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不法侵入者に初キスを奪われました

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 いつものように学校生活を終えた私、長谷川椿は、親友の遠藤さくらがチョコレートパフェを誕プレとして奢ってくれるというので、カフェでチョコと生クリームの甘味の融合を堪能していた。
 さくらはゆるふわ三つ編みが似合うかわいらしい女の子だ。
 指輪のことを相談すると、彼女は信じられないと笑った。

「おじさんかお兄さんからのプレゼントなんじゃないの?」
「お父さんも兄さんも指輪なんて知らないって。お父さんは今もフランスにいるし」
「もらったこと忘れてるだけじゃない?」
「あんな大きなダイヤの指輪もらったら忘れるわけないよ」
「そんなに大きいの?見に行っていい?」
「うん、来て。一人で家に入るの怖いし」

 兄に連絡したら今日は帰ると言ってくれたけど、仕事が忙しいので何時になるかわからない。
 さくらが一緒にいてくれるなら心強いと安堵した。


 それから他愛無い話をして店を出て、私の家へ向かう途中、大きな交差点の赤信号に引っかかった。
 この信号は長いからうんざりする。
 同じく帰宅途中の学生やスーツを着たおじさん、チャラそうな若者、自転車に乗った赤ちゃん連れの女性、いろんな人が後ろにいる。
 最近やっと和らいできた暑さが今日はまたぶり返していて、不快な汗が苛立ちを生み信号を待つ時間がやたら長く感じた。

 誰かに背中を押されたのはそんな時。
 自分の体が車道に出たと気づいた時には、大型トラックが目の前に迫っていた。

 あ、私死ぬ。

 昔の思い出が走馬灯のように……なんてことはなく。
 死ぬならあの指輪を一回くらいはめておけばよかったなあとぼんやり後悔しながら、目を瞑った。




 しかし数秒待っても、体に何の衝撃もなかった。誰かの悲鳴も、トラックが避けてどこかにぶつかる音も聞こえない。
 それどころか、なんだか嗅ぎなれたにおいが鼻孔をくすぐった。
 ローズマリーのアロマオイルの香り。私の部屋のにおい。
 死んだら天国へ行く前に幽霊になって自分の部屋に来るのかな? なんてバカな考えが浮かんで、そんなバカなと一人ツッコミしてから目を開けた。

 見慣れた薄緑のカーテンに木製のベッド、長細い本棚。
 紛れもなく私の部屋。

「え?」

 どうしてこんなところに? 夢だった? と思ったけど、転んだときに擦りむいた膝からは血が出ていた。
 そしてまた一つ、おかしな点に気づく。
 私の腰に誰かの腕があった。筋肉質の、たくましい男性の腕。
 私は今、誰かに後ろから抱き締められている。
 
「ひえっ!」
 
 変な裏声が出た。驚愕で体ががちがちに硬直する。
 なに? 誰? なんで私の部屋に? 鍵は? やっぱり知らない人が勝手に私の部屋に入っていたの?
 頭の中はパニックで、でも怖くて動けない。

「おい、大丈夫か?」

 耳元で若い男性の声がした。
 大丈夫じゃないです。あなたが元凶です。と言いたいけど恐怖で声が出ない。
 腰に回されていた男性の腕が動き、顔に触れる。
 ゾクゾクって寒気がした私に気づくことなく、無理矢理右を向かせた。
 怖くてギュッと目を瞑る。

「なんで目閉じてんの」
 
 怖いからです。気味が悪いからです。なんて言えるわけがなく。
 すると、唇に何か柔らかいものが一瞬だけ触れた。

「…………!!」
 
 この感触は……。経験はないけど、まさか。

「開けないならまたキスするよ」

 やっぱり唇だったか!
 私のファーストキスがこんな得体の知れない男に奪われてしまった。
 恐怖と悲しみと悔しさを抱えながら、恐る恐る目を開けた。男性とばっちり目が合う。
 私は驚きで目を瞬かせる。
 そこにいたのは、夢の中にいた金色の瞳の男性だった。
 
 え……本物?

 美しい金色の瞳。長い上向きのまつ毛。髪も金色。白い肌。
 ドキンドキンと胸が高鳴る。
 不法侵入する怪しい人に違いないのに、彼の顔を見たら不思議と恐怖はなくなった。

「椿?」

 少し厚い唇が動く。
 夢ではこの唇で深いキスを交わしていた。
 本当にしたらどれほど気持ちいいんだろうなんて想像したらだんだん顔が火照ってきて、さらにその後の行為も鮮明に思い出して全身がゾクリとした。 

 火照った顔で見つめていたら、彼の顔もだんだん熱を帯びてきて、瞳が切なそうに潤む。
 ゆっくり彼の顔が近づいてきた。
 ダメだと頭ではわかっているのに、操られるように目を閉じてしまう。
 
 唇が重なり、すぐさま彼の舌が私の舌を擦った。歯の裏もゆっくり舐めて、されるがままの口の中を味わってくる。

「ん……ふっ……」

 実際やると息継ぎをどこでしていいのかわからず、酸欠で頭がぼんやりしてきた。でも気持ちいい。やめたくない。
 
 そこで、スマホの着信音が鳴った。
 出なきゃと思って顔を離そうとしたけど、彼の手が私の頭の後ろを押さえて離してもらえなかった。
 さすがに冷静になってきて、逃れようと抵抗したけどびくともしない。
 深く差し込まれた舌が容赦なく私の口内を犯す。他のことなんて考えられないように。 

 気持ちいいけどダメだ。
 再び飛びかけていた理性を引き戻して、私は思いっきり鳩尾めがけて肘打ちした。
 
「うっ」

 意表をつかれた彼が痛みで悶えた隙に離れ、鞄を持って部屋を脱出する。
 全速力で走って近くのコンビニに逃げ込んでから、鞄に入れていたスマホを取り出した。
 着信相手はさくらだった。すでに切れていたのでかけなおす。

『椿ちゃん!?どこにいるの!?大丈夫!?』
「さくら、変な人がうちにいる!」
『え? 家? どういうこと?』

 車にひかれそうになったことをようやく思い出した。
 あの交差点から家までは五百メートルくらい離れている。とてもじゃないけど一瞬で家に帰るなんて出来っこないのに。
 今更ながら訳がわからなくて混乱した。

「今、家の近くのコンビニで、夢の中の人とキスして、鳩尾殴った!」
『は?』

 呆れたさくらの声。そうだろうね。今私は何を口走ったのか、自分でもよくわからない。

『と、とりあえずコンビニにいるのね?行くから待ってて』

 プツッと通話が切れた。
 ふう、と息をはく。
 辺りを見回して、あの変な人が来ていないことを確かめる。
 よし、いない。金髪だから来れば目立つはず。
 動転した気を紛らわせるように立ち読みを開始したけれど、内容なんて入ってこない。意味不明な状況過ぎて、頭が回らない。

「椿ちゃん! 大丈夫?」

 しばらくして来てくれたさくらに抱きついた。彼女と抱きあうと安心する。高一からの付き合いなのに、まるでずっと昔から知っている友人のようだ。

 さくらは落ち着かせるようにポンポンと背中を軽く叩いた。

「どうしようね。家に変な人がいるなら警察呼ばないと」

 警察と聞いて、ためらう。確かに不法侵入は犯罪だけど、あの人を警察につきだすなんて……なんだかかわいそう……と思ってしまった。
 黙りこんだ私を見て、さくらは首をかしげた。

「えっと……。ちゃんと事情を聞いた方が良さそうだね?」

 とりあえずカフェオレを買って公園へ行く。
 まずはさくらがあの後のことを教えてくれた。
 急ブレーキをかけたトラックは私が転んだところを通りすぎてから止まった。
 私が完全にひかれたと思った目撃者たちは慌てて私を探したけれど肉の断片どころかぶつかった跡さえ見つからず、騒然となったらしい。

「トラックの人は大丈夫だった? 後続車の追突とか……」
「それはなかったよ。たまたま交通量が少なかったから。トラックも何もひいてないと分かったら走っていっちゃったし」

 ほっと胸を撫で下ろす。

「椿ちゃんはよくあの状況から逃げられたね」
「それが、気づいたら家にいたの」
「ちょっと意味がわからないんだけど」

 さくらの目がぱちくりしている。
 
「私もわからない。でも、家にいたの」
「記憶がないくらい動転してたってこと?」
「ううん。一瞬で家にいたの」
「だからその意味がわからないんだけど」
「だよね。私もわからない」
「じゃあ変な人って? あと、キスしたとか言ってなかった?」
「あーそれは……」

 なんと説明すればいいのか。
 気づいたら男性の腕の中にいて、でもその男の人は最近夢で見る人だったからついキスしちゃたと?
 信じてもらえる訳がない。
 一先ず彼の外見だけ教えることにした。

「部屋に男の人がいたの。金髪で、目の色も金色で、綺麗な顔の……」
「そ……それって、あの人?」
「え?」

 さくらの怯えた声で顔を上げると、いつの間に現れたのか、五メートルほど離れたところに金髪の男の人がいた。
 じっとこちらを見ている。やっぱりかっこいい。でもこの状況はすこぶる怖い。

「に……逃げたほうがいいよね?」

 辺りには他に誰もいないけど、周りは住宅だから、叫べば誰かが顔を出してくれるはず。
 しかし急いで逃げようと腰をあげた私たちよりも、彼の動作の方が早かった。
 左手首を掴まれる。

「は……放してください!」
「なあ。これ、見覚えない?」
「え?」
 
 そう言って彼が取り出したのは、大きなダイヤモンドがついた指輪。
 朝見た指輪だった。
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