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第二章
一八話
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「着いた。」
どこか見覚えのある…と言うか、昨夜駆けずり回った通りを歩むこと十数分。
ふと立ち止まった男の呟き声に反応して上げた視線の先には、倒壊寸前と言った面持ちの廃墟が佇んでいた。
2階建てで窓枠にガラスは嵌っておらず、入り口の扉も腐ってほとんど外れかかっていた。
「ここは?」
「ガキの頃に使ってた隠れ家だ。」
そう答えた声が妙に沈んでいたように思えて横目に見上げると、彼はその瞳に隠しきれない後悔と悲しみを滲ませて廃墟を見上げていた。
「大丈夫?」
「ん?あぁ、問題ない。行くぞ。」
俺の呼びかけに、彼は即座に憂いを引っ込めて笑って頷いてみせた。
何も覚えていない俺がそれ以上追求できるはずもなく、廃墟へと歩を向ける振動に黙って身を任せる。
そうしてなすがままに廃墟に足を踏み入れると、またしても奇妙な感覚に襲われた。
俺はこの場所を知っている、と。
勿論こんな場所来たことはないし、こんな埃と湿気の匂いが立ち込める古びた廃墟なんて見たことすらないはずなのに。
ボンヤリと思案に耽る俺を抱えたまま、男は無言で歩を進め、真っ直ぐに2階へと続く階段を軋ませた。
階段を1段上るたびにあの感覚が強くなっていき、2階に上り切った頃には酷い目眩でグッタリと男に見を預けることしかできなくなっていた。
苦しい。
辛い。
怖い。
それでも不思議と彼の歩みを止めようとは思わなかったし、止めてほしくないとすら思っていた。
「ぁ……」
朦朧とした意識の中、視界に映ったそれに吐息が溢れる。
それは、扉だった。
埃の積った薄暗い廊下の突き当りにある、古びた木製の、なんの変哲もないただの扉。
ぎしぎし。
床が軋むごとに扉が近づき、扉が近づくごとにぐるぐると視界がかき混ざる。
ついに扉の前で立ち止まると、俺は衝動のままに身を捩って男の腕から抜け出そうとした。
丁寧に俺を床に下ろして覚束ない身体を支えてくれる男に縋りながら、扉へと歩み寄る。
「これ、は……」
腰当たりの位置に刻み込まれた歪な傷に手を伸ばし、人為的に削られた凹凸にそっと指を這わせる。
間違いない。
懐かしいその形は、本来この世界には存在するはずのない文字。
ひらがなだった。
「か、がり……」
「!」
肩を支える男の腕が強張る。
「何故、その名を。」
感情を押し殺したような掠れた問いかけに、俺は扉の文字を撫でて答えた。
「ここに、書かれてる。」
「………読めるのか。それが。」
「ん。」
「何と書かれてる…否、何と書いたんだ。」
文字から手を離し、首を捻って彼を見上げた。
「りょうと、かがりくんの、へや。」
今にも泣き出しそうな精悍な男の顔に、窶れきった幼い少年の泣き顔が重なって見えた気がした……その瞬間。
「ぅ……!ぅぐ、ぅぅうう……っ!」
突然握り潰されそうな頭痛を覚え、咄嗟に頭を抱えて俯くと、生理的に零れた涙が床にぽたぽたと水滴の痕を残した。
「おい!大丈夫か!?」
倒れ込みそうな身体を抱きすくめて声を掛けてくれる彼に心配しなくていいと答えたいのに、苦痛のあまり言葉にならない。
呻き声を上げるばかりの俺の背を撫でながら、男は絞り出すように言った。
「ごめんな……でも、この先に進んでほしい。この部屋に入って取り戻せるのなら、辛くても、取り戻してほしい。叶う事なら俺は…俺は、お前に思い出してほしいんだ。だから、頼む。頼む……」
今にも泣きだしそうな声で懇願する男に、痛みとは別の涙が溢れて零れた。
思い出さないと。
彼のために。
この子のために。
僕はドアノブに震える手を掛け、ゆっくりと回して………………
どこか見覚えのある…と言うか、昨夜駆けずり回った通りを歩むこと十数分。
ふと立ち止まった男の呟き声に反応して上げた視線の先には、倒壊寸前と言った面持ちの廃墟が佇んでいた。
2階建てで窓枠にガラスは嵌っておらず、入り口の扉も腐ってほとんど外れかかっていた。
「ここは?」
「ガキの頃に使ってた隠れ家だ。」
そう答えた声が妙に沈んでいたように思えて横目に見上げると、彼はその瞳に隠しきれない後悔と悲しみを滲ませて廃墟を見上げていた。
「大丈夫?」
「ん?あぁ、問題ない。行くぞ。」
俺の呼びかけに、彼は即座に憂いを引っ込めて笑って頷いてみせた。
何も覚えていない俺がそれ以上追求できるはずもなく、廃墟へと歩を向ける振動に黙って身を任せる。
そうしてなすがままに廃墟に足を踏み入れると、またしても奇妙な感覚に襲われた。
俺はこの場所を知っている、と。
勿論こんな場所来たことはないし、こんな埃と湿気の匂いが立ち込める古びた廃墟なんて見たことすらないはずなのに。
ボンヤリと思案に耽る俺を抱えたまま、男は無言で歩を進め、真っ直ぐに2階へと続く階段を軋ませた。
階段を1段上るたびにあの感覚が強くなっていき、2階に上り切った頃には酷い目眩でグッタリと男に見を預けることしかできなくなっていた。
苦しい。
辛い。
怖い。
それでも不思議と彼の歩みを止めようとは思わなかったし、止めてほしくないとすら思っていた。
「ぁ……」
朦朧とした意識の中、視界に映ったそれに吐息が溢れる。
それは、扉だった。
埃の積った薄暗い廊下の突き当りにある、古びた木製の、なんの変哲もないただの扉。
ぎしぎし。
床が軋むごとに扉が近づき、扉が近づくごとにぐるぐると視界がかき混ざる。
ついに扉の前で立ち止まると、俺は衝動のままに身を捩って男の腕から抜け出そうとした。
丁寧に俺を床に下ろして覚束ない身体を支えてくれる男に縋りながら、扉へと歩み寄る。
「これ、は……」
腰当たりの位置に刻み込まれた歪な傷に手を伸ばし、人為的に削られた凹凸にそっと指を這わせる。
間違いない。
懐かしいその形は、本来この世界には存在するはずのない文字。
ひらがなだった。
「か、がり……」
「!」
肩を支える男の腕が強張る。
「何故、その名を。」
感情を押し殺したような掠れた問いかけに、俺は扉の文字を撫でて答えた。
「ここに、書かれてる。」
「………読めるのか。それが。」
「ん。」
「何と書かれてる…否、何と書いたんだ。」
文字から手を離し、首を捻って彼を見上げた。
「りょうと、かがりくんの、へや。」
今にも泣き出しそうな精悍な男の顔に、窶れきった幼い少年の泣き顔が重なって見えた気がした……その瞬間。
「ぅ……!ぅぐ、ぅぅうう……っ!」
突然握り潰されそうな頭痛を覚え、咄嗟に頭を抱えて俯くと、生理的に零れた涙が床にぽたぽたと水滴の痕を残した。
「おい!大丈夫か!?」
倒れ込みそうな身体を抱きすくめて声を掛けてくれる彼に心配しなくていいと答えたいのに、苦痛のあまり言葉にならない。
呻き声を上げるばかりの俺の背を撫でながら、男は絞り出すように言った。
「ごめんな……でも、この先に進んでほしい。この部屋に入って取り戻せるのなら、辛くても、取り戻してほしい。叶う事なら俺は…俺は、お前に思い出してほしいんだ。だから、頼む。頼む……」
今にも泣きだしそうな声で懇願する男に、痛みとは別の涙が溢れて零れた。
思い出さないと。
彼のために。
この子のために。
僕はドアノブに震える手を掛け、ゆっくりと回して………………
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