僕を愛して

冰彗

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第一章

『第十話』

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 家に帰って斐都を寝室のベッドに寝かせ冷蔵庫の中を見ると卵の雑炊で一番大事な卵がなかった。予備も、だ。

「あちゃー」

 なくなってたか。

 そんなことを思いながら冷蔵庫を閉め、頭を悩ませた。

 どうするどうする? 今から買いに行くか? 風邪をひいている斐都を置いて?

 寝室に行って斐都の様子を見る。すやすやと眠っていて苦しそうな印象は保育園に迎えに行った時ほどではない。

 よし、五分、いや十分だ。十分で帰ってこよう。流石に十分もあれば帰ってこれるだろう。

 そう思い、財布とスマホだけ持ちもう一度斐都の所へ向かう。

「すぐ帰ってくるからね」

 そう言い斐都の頭を一撫でする。そして家を出て近くのスーパーへ走って向かった。

 ○○○

 住んでいるマンションから徒歩三分で着くスーパーに着き卵だけを買って自宅へ戻ろうと来た道を走っていた。けれど普段走ったりしないため、少し走っただけで息が上がっていた。

 ――もう少し運動しておけばよかったなぁ。

 そんなことを後悔しながら呼吸を整えるためにゆっくり歩いていると前をちゃんと見ていなかったせいで誰かとぶつかってしまった。

「す、すみません」

「あ~、こちらこそ……って、なんか甘い匂いしねえ?」

「えぇ? 甘い匂い?」

「そーそ、小学生の時授業で嗅いだ――ヒート中のオメガの甘い匂い」

「っ……!」

 歯と歯の間から短い悲鳴が漏れた。ヒートは来月の中旬くらい、そのはずだった。

 甘い匂いが漏れているってことは、ヒートが早まった? いや、今そんなことは考えなくていい。

「失礼、します」

 そう言ってその場を立ち去ろうとした。けれど、ぶつかってしまった人たちはそれを許してくれなかった。

「ねーねーお兄さん。お兄さんもしかして、オメガ?」

「いや、あの……」

「俺アルファだからさ、相手してあげよっか?」

 アルファ?

 ぶつかった男の人はアルファだったらしく、僕を抱き締めてきた。

 逃げないと。逃げて、家に帰らないと。

 そうは思っていても、身体は恐怖やらなんやらで動けずにいた。

「あはっ。お兄さん固まっちゃったよ」

「これもう同意ってことでいいんじゃね? 早くホテル行こうぜ」

「だなー!」

 二人はそう言って僕の両手を引いてホテルへ向かおうとした。

「いや、だっ……嫌だ! 誰か、誰か……!」

 誰か、助けてっ!

 心のうちでそう思っていると背後から突然右肩を掴まれて後ろに引かれた。

「嫌がっていますよ、彼」

 そう言う声は聞き覚えのある声だった。ゆっくりと背後を振り返るとそこに立っていたのは三日月さんだった。

「三日月、さん」

「大丈夫ですか、心広さん」

 三日月さんはそう言うと僕を安心させるためか優しい笑みを浮かべた。その笑みに僕は、心の底から安心した。

 安心していると僕をホテルに連れ込もうとした男の人二人は舌打ちをして「番持ちかよ」と捨て台詞を吐いてどこかへ行ってしまった。

「まだ番じゃないんですねよねぇ……」

 男の人二人が見えなくなると三日月さんは少し残念そうにそう言った。

 僕は三日月さんから離れ頭を深く下げた。

「心広さん?」

「三日月さん、助けていただきありがとうございます。そして、お手を煩わせてしまい、申し訳ございません」

 感謝と謝罪の言葉を一緒に述べる。

 助けてくれてありがとう、面倒を掛けてごめんなさい。

「心広さん、もしかしてですが心広さんがオメガだから助けたと思っていませんか?」

「……? 違うんですか?」

 顔をあげて三日月さんの方を見ると彼は少し困ったような表情を浮かべていた。

「まあそれも助けた理由の一つではあるのですが根本は違います。俺は、心広さんだから助けたんです。と言いますか、好きな人を助けるのに理由は要りませんよ」

 彼は優しい口調、言葉遣いでそう言うとこれまた優しい笑みを浮かべて僕の頭を撫でてきた。

 なんだろう、心がポカポカする。温かくなる。

 そんなことを思っていると斐都を一人で家に置いていることを思い出した。

「あ、あの三日月さん。斐都を家で一人にしているので失礼しても?」

「嗚呼、はい。勿論です。斐都くん、風邪ですか?」

「はい、そうですね」

「なるほど、では急いで帰った方がいいですね」

「はい、失礼します」

 僕はそう言うとマンションに向かって走り出した。

 斐都、起きちゃってるかもなぁ。

 そんなことを考えながら急いだ。
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