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第一章
『第六話』
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休日が終わり十二月七日の月曜日。時刻は午後二時。僕は住んでいるマンションの自室ではなく、マンションの近くにあるカフェにやってきていた。ある人と待ち合わせをしているからだ。その人物を待っている間、仕事の続きをやることにしている。
仕事に集中していると背後から誰かに抱き締められた。驚きのあまり思わず固まってしまっていると「あ、ごめん」と謝罪の言葉が頭から降ってきた。
背後をゆっくり振り返るとそこに立っていたのはスーツ姿の女性だった。
僕と同じ黒髪のロングヘアに僕の青色の瞳よりも少し薄い水色の瞳。僕より少しだけ高い身長の女性。五月七日心華、僕の二つ上の姉だ。
「姉さん、驚かさないでよ」
「ごめんごめん! まさかそんなに驚くと思わなかったから」
「……ここ、姉さんの奢りね」
「仰せのままに」
姉さんはそう言うと執事の人がするようなお辞儀をした。その様子が面白くて僕は少しだけ声を出して笑った。僕が笑ったのを見ると姉さんは満足そうに笑みを浮かべた。
姉さんは、オメガの僕とは違いアルファだ。姉さんはアルファだけど、僕が唯一大丈夫なアルファの人間だと言っても過言ではない。
「で、どうしたのよ。一昨日、突然メール来てびっくりしたのよ?」
「迷惑、だった?」
「まさか! 嬉しいよ、心広ったら滅多に連絡くれないんだもん。お姉ちゃんはこれでも寂しいんだぞ~」
「仕事、忙しくて」
「そっか、なら仕方ないね。で、本題は?」
姉さんはそう問い掛けながら店員さんが持ってきたお水を飲み始めた。
「土曜日に、アルファの人に『番になって下さい』って言われた」
「んっ!?」
僕の言葉に驚いたらしい姉さんは飲んでいた水で噎せてしまったらしく、ゲホゲホと咳き込んでいた。
「番って、心広はアルファ苦手でしょ? いつの間にそんな相手を……」
「誤解しないでよ、その人とは初対面。同じマンションに住んでいる三日月さんって人」
「は? 初対面? どこの世界に初対面のアルファがオメガの子に番になってって言うのよ」
「姉さん、現実は小説より奇なり、だよ」
「なんか心広が言うと説得力あるわね」
そんな会話をしている間に店員さんが姉さんの分のコーヒーを持ってきた。
「にしても変わったアルファがいたもんね」
「姉さんもアルファでしょ」
「そうなんだけどさ。ねえ心広、その人さ、心広の運命の相手なんじゃないの?」
「……え」
姉さんに言われて僕はあることに気付いた。僕は、自分の運命の番について考えたことすらなかったのだ。
そりゃオメガなら誰だって夢見るだろう、世界のどこかに自分の運命の番がいることに。
けれど、僕は考えたことすらなかった。それは、僕の生まれ育った環境のせいだろう。
「考えたこと、なかったよ」
「まあそうでしょうね。あの人たちのせいだもの」
姉さんの言う〝あの人たち〟とは僕と姉さんの実の両親、つまり斐都からして祖父母にあたる人たちのことだ。あの人たちは、僕を嫌っている。いや、嫌っているどころではないだろう。人生の汚点と思っているかもしれない。
斐都は、祖父母に会ったことがない。僕が会わせていないのもあるがあの人たちが、斐都の存在を知らないからだろう。
閑話休題。
「取り敢えずさ、少しその人のこと観察してみたら? 調べるくらいは探偵に頼んでもいいと思うわよ」
姉さんはそう言いながら少し冷めたコーヒーを口に含んだ。
「そういえば、次のヒートはいつくらい?」
「来月の中旬くらいかな」
「分かったわ。その時は連絡して、斐都を預かるから」
「ありがとう、姉さん」
「償いよ、あの時、助けてあげなられなかったから」
「それはもういいよ、仕方なかったんだし」
僕がそう言って笑みを浮かべると姉さんは酷く悲しそうな表情を浮かべた。
姉さんの気持ちも分かっている。今だって思い出そうとすれば思い出せる。
己の身体に伸びてくる数人の手、己の身体を舐め回すようね視線、飛んでくる暴言。何度も謝る自分の姿。
瞼を閉じたらその風景が見えるのだ、嫌な風景が。
仕事に集中していると背後から誰かに抱き締められた。驚きのあまり思わず固まってしまっていると「あ、ごめん」と謝罪の言葉が頭から降ってきた。
背後をゆっくり振り返るとそこに立っていたのはスーツ姿の女性だった。
僕と同じ黒髪のロングヘアに僕の青色の瞳よりも少し薄い水色の瞳。僕より少しだけ高い身長の女性。五月七日心華、僕の二つ上の姉だ。
「姉さん、驚かさないでよ」
「ごめんごめん! まさかそんなに驚くと思わなかったから」
「……ここ、姉さんの奢りね」
「仰せのままに」
姉さんはそう言うと執事の人がするようなお辞儀をした。その様子が面白くて僕は少しだけ声を出して笑った。僕が笑ったのを見ると姉さんは満足そうに笑みを浮かべた。
姉さんは、オメガの僕とは違いアルファだ。姉さんはアルファだけど、僕が唯一大丈夫なアルファの人間だと言っても過言ではない。
「で、どうしたのよ。一昨日、突然メール来てびっくりしたのよ?」
「迷惑、だった?」
「まさか! 嬉しいよ、心広ったら滅多に連絡くれないんだもん。お姉ちゃんはこれでも寂しいんだぞ~」
「仕事、忙しくて」
「そっか、なら仕方ないね。で、本題は?」
姉さんはそう問い掛けながら店員さんが持ってきたお水を飲み始めた。
「土曜日に、アルファの人に『番になって下さい』って言われた」
「んっ!?」
僕の言葉に驚いたらしい姉さんは飲んでいた水で噎せてしまったらしく、ゲホゲホと咳き込んでいた。
「番って、心広はアルファ苦手でしょ? いつの間にそんな相手を……」
「誤解しないでよ、その人とは初対面。同じマンションに住んでいる三日月さんって人」
「は? 初対面? どこの世界に初対面のアルファがオメガの子に番になってって言うのよ」
「姉さん、現実は小説より奇なり、だよ」
「なんか心広が言うと説得力あるわね」
そんな会話をしている間に店員さんが姉さんの分のコーヒーを持ってきた。
「にしても変わったアルファがいたもんね」
「姉さんもアルファでしょ」
「そうなんだけどさ。ねえ心広、その人さ、心広の運命の相手なんじゃないの?」
「……え」
姉さんに言われて僕はあることに気付いた。僕は、自分の運命の番について考えたことすらなかったのだ。
そりゃオメガなら誰だって夢見るだろう、世界のどこかに自分の運命の番がいることに。
けれど、僕は考えたことすらなかった。それは、僕の生まれ育った環境のせいだろう。
「考えたこと、なかったよ」
「まあそうでしょうね。あの人たちのせいだもの」
姉さんの言う〝あの人たち〟とは僕と姉さんの実の両親、つまり斐都からして祖父母にあたる人たちのことだ。あの人たちは、僕を嫌っている。いや、嫌っているどころではないだろう。人生の汚点と思っているかもしれない。
斐都は、祖父母に会ったことがない。僕が会わせていないのもあるがあの人たちが、斐都の存在を知らないからだろう。
閑話休題。
「取り敢えずさ、少しその人のこと観察してみたら? 調べるくらいは探偵に頼んでもいいと思うわよ」
姉さんはそう言いながら少し冷めたコーヒーを口に含んだ。
「そういえば、次のヒートはいつくらい?」
「来月の中旬くらいかな」
「分かったわ。その時は連絡して、斐都を預かるから」
「ありがとう、姉さん」
「償いよ、あの時、助けてあげなられなかったから」
「それはもういいよ、仕方なかったんだし」
僕がそう言って笑みを浮かべると姉さんは酷く悲しそうな表情を浮かべた。
姉さんの気持ちも分かっている。今だって思い出そうとすれば思い出せる。
己の身体に伸びてくる数人の手、己の身体を舐め回すようね視線、飛んでくる暴言。何度も謝る自分の姿。
瞼を閉じたらその風景が見えるのだ、嫌な風景が。
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