後宮の華

冰彗

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一話『後宮下女』

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 後宮は女たちのドロドロとした戦いの場であると秀鈴シューリンは理解している。幼い頃、近所に住んでいたお医者さまが元皇帝付きの医師だったとかでよく王宮で仕事をしていた頃の話を聞きに行っていたのだ。

 おっとりとした性格のお医者さまは幼かった秀鈴が訪ねる度に嬉しそうに笑みを浮かべてお菓子とお茶を出してくれ、縁側で話を聞いていたものだ。

 ある日、秀鈴はお医者さまに問い掛けた。『後宮での武器はなんなのだろう?』と。お医者さまは少し悩んだような表情を浮かべたが答えてくれた。『それは多分、口が堅い事だろう』と。

 秘密を多く所有している上に口が堅いのならば位の高い人に気に入られるかもしれない。興味をひかれるのだろうと秀鈴が理解出来るようになったのは齢九歳になった頃だった。

 そんな後宮に何の縁があってか秀鈴は今現在、後宮下女として働いている。

 後宮下女になった経緯を簡単に説明すると人さらいにあったのだ。山に入って山菜やら薬草やらを取っている時にさらわれてしまったのだ。

 全くもって迷惑な話だ、と思いつつも後宮下女として働き始めてそろそろ半年が経とうとしている。もう半年も経てば諦めもつくというものだ。

 それに何より、お給料が良い! 後宮下女になる前は近所に住んでいるお医者さまの助手的な仕事をしていたがお給料はお小遣い稼ぎ程度のものだった。それに比べればお給料の良い後宮下女の方が良いというものだ。一番やりたいと思っている医学の勉強は全く出来ないのが難点だと秀鈴は頭を悩ませてしまう。

 思わず深い溜息が秀鈴の口から漏れてしまう。洗濯物を洗っていた手も止まってしまう程だ。

「帰りたいけど、下女こっちの方がお給料良いしなぁ」

 でもお師匠さまは悪い方ではないし……。

 悶々と悩む秀鈴の元に同じ後宮下女である明蘭ミンランがやってきた。

「秀鈴、洗濯物は終わった?」

「あ、ごめんなさい。まだなの、少し考え事をしていて……」

「ならあたしも手伝うわ! 一人よりも二人の方が終わるのは早いしね~」

「明蘭、何か話したい事があるのね?」

 クスッと笑いながら秀鈴が明蘭に問い掛けると明蘭は「あはは、バレちゃったか」と悪戯がバレた子どものような笑みを浮かべて秀鈴と共に洗濯物を洗い始めた。

「今回はどんな噂?」

「よくぞ聞いてくれました! あのねあのね、秀鈴は後宮の奥の奥に大きな宮があるのは知ってた?」

「後宮の奥の奥? 知らないなぁ、まず行った事がないから」

「そこからなのね!? 秀鈴って本当に噂に興味がないわよね」

「知らなくても困るものではないしね」

「まあそうなんだけどね。後宮の奥の奥にある宮に住んでいる方はとっても綺麗な御方だって噂なのよ」

「噂なの? 実際に見た事のある人は?」

「残念ながら居ないのよ。宮に引きこもったように出て来られないらしいのよ。でも、その方の姿を見た事のある女官にょかんの話によれば月のように透き通った長い髪に綺麗な花笠色の瞳をした御方だって話よ!」

「へぇ、初めて聞いたわ。で、何故そんな方が噂になっているの?」

「嗚呼そうそう。その方の御名前は誰も知らないんだけどね、身長が結構高いらしいのよ。そこであたしが話したいって思っている噂になるんだけどね」

 なんでもその御方、後宮に住んでおられるのに女人にょにんではないらしいのよ。

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