群像転生物語 ――幸せになり損ねたサキュバスと王子のお話――

宮島更紗/三良坂光輝

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三章  ――白色の王子と透明な少女――

    ②<二人2> 『時間』

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③【バルドル】

「ご苦労だったね。下がっていいよ」
 戦闘員の敬礼を受けながら、バルドルは手に持った宝玉《オーブ》を見つめる。ソフィアから受けた傷に包帯が巻かれ、血が滲んでいく。

「……あのクソガキめ」
 既に戦闘員は部屋から出て行っていた。舌打ち混じりに吐いた毒を受けたのは、部屋のベッドで眠り続けるナルヴィと……床に転がった物言わぬ死体だけだった。

 殺すには惜しい女だった。
 バルドルの寵愛を受ける十二番目の愛人で、大きな胸だけが取り柄の道具《おんな》だったが、彼の言う事には全て素直に従う都合の良い存在でもあった。
 放っておいても、害はなかっただろうなとバルドルは漠然と思いを巡らせる。

 なんの害もなかったが、女の顔を見た途端、ソフィアへの殺意と思いが重なり心が乱れてしまった。
 バルドルが自分を取り戻してみると、腹を割かれて敷物を汚す女が倒れていた。

「まあいい、少しは気が晴れた。……しかし、『教会』も不用心だな。まさか昨日の今日で俺が行動するとは思っていなかったのかな」
 鈍く光を反射する、宝玉《オーブ》を眺めながら、沈んでいた気持ちが浮かび上がるのを感じ取る。

 城の魔石保管所は厳重な警備がなされている。バルドルは手先からそう聞かされていた。 ソフィアに伝えた話が伝わったのだろう。

 新たな魔石を得ることはできない。そう感じ取ったバルドルの動きは速かった。

 魔石が駄目ならば、宝玉《オーブ》がある。
 宝玉《オーブ》には魔力増幅機能が備わっている。その力を使えば……宝玉《オーブ》の力を使いナルヴィの魔力を回復させれば、受けた夢魔法に対抗できるかもしれない。
 そう思い、『教会』に潜伏する手先を使って奪うよう指示を行った。

 結果はあっけないほどに上手くいった。『教会』の警備は薄く、宝玉《オーブ》は容易く奪い取ることができた。

「さて、上手く行くといいんだが……」
 バルドルは宝玉《オーブ》の力を吸い取るナルヴィを間近で見たことがあった。
 台座に置いた宝玉《オーブ》に手をかかげ、何か光る帯のようなものを吸収していた。

 ベッドに横たわるナルヴィを見つめると、身動き一つしていない。自分の力では、掲げる手も動かないだろう。

 ならば……、とバルドルは思い立った。
 ナルヴィを目覚めさせるため、宝玉《オーブ》を奪ったものの、バルドル自身の努力で、目覚めさせる気はさらさらなかった。
 眠り続けるナルヴィの口を開き、宝玉《オーブ》を咥えさせる。
 ナルヴィの口と比較すると大きすぎる宝玉《オーブ》だったが、顎が外れても良いと思いながら押し込む。
 突っかかっていた前歯がぱきりと折れ、ナルヴィの口の中にずるりと宝玉《オーブ》が入り込む。
 宝玉《オーブ》が輝きだし、光の帯がナルヴィの体内に流れ込んでいく。

 これで良し、とバルドルは椅子へと座り込んだ。
 少し強引な手ではあったが、結果は上手くいきそうだった。このままずっと口の中に入れておけば、半自動的にナルヴィの体内に宝玉《オーブ》の力が流れ込む。
 厄災の眷属が目覚めてさえしまえば、打つ手は無限に存在する。

 自分の行いに満足をしながら、いつしかバルドルは眠りについていた。
 深い眠りに身体を委ねるバルドルに、黒い影が迫っていた。

 それは、同じく眠り続けるナルヴィの身体から吹き出た、憎悪の塊だった。

 影が、バルドルを飲み込んだ。
 顔まで闇に埋もれた瞬間、異変に気がついたバルドルだったが、最早時は既に遅すぎた。バルドル自慢の身体は動きを止め、誇りにしていた顔の皮膚が、筋肉が剥がれ落ちる。
 体中が溶けていく感覚を味わいながら、バルドルはゆっくりと眠りに誘われる。

 永遠の眠りへと。


④【ロキ】
「あれは……なんだ?」
 宝玉《オーブ》が盗まれた。その報告を受け、エメットとソフィア、俺の三人は大聖堂から飛び出した。
 その俺達の目に映ったものは……巨人だった。

 夜の王都の町並みを巨人が練り歩いている。それはかつて俺が捕まった巨人よりも遙かに大きく、俺が見てきた中で、最も大きな存在だった。それは、転生前も含まれる。

 大聖堂よりも、高層ビルよりも遙かに大きい影の巨人が光る目を動かしながら王都を練り歩いていた。

「あんなの……どうすればいいのよ」
 横に立つソフィアが呟く。

「……あれがナルヴィの魔法ならば、体内に光点があるはずだ……そこを狙えば――」

「残念だけど、無理だろうね……高すぎるし、いっぱいある」
 エメットが目を細めながら俺の提案を中断させた。

 分かっている。俺だって奴の首筋と上半身に散らばる光点が見えないわけじゃない。それでも、提案したかった。
 打つ手がないだなんて認めたくなかった。

 あんな巨大な魔法生物など、想定外だ。どう対処すれば良いのかまるで検討がつかない。

「光点が無理なら、足を狙うのはどうだ?」

「……どうやら、建物は貫通するみたいだよ。人だけが、体内に流れこんでいっている」
 巨人の足元を見ると、確かに液体のように建物を包み込んでいる。そして巨人の足が離れると……建物の中に居た人間だけが巨人の足に取り残されもがきながら消えていった。
 そういえば、影の子供も剣をすり抜けていたな。
 あの調子ならばどんな剣技を使っても、どれだけの弓矢を放ったところで無意味だろう。

「……魔石はもうないの? 魔法を使える人達を集めてみんなで攻撃すれば……」
 ソフィアの提案に首を振る。

「魔石戦士は各地に散らばっている。今からそれを集めるのは、無理がありすぎる」
 なんにせよ、あんな巨大な敵を相手できる魔石戦士に見当はつかない。
 ガラハドでも見た瞬間に逃げる道を選ぶだろう。

「ロキでも、対処法を思いつかないのは、いよいよ良くないね……王都はもう、駄目かな」
 他人事のように言うエメットを殴り倒したくなる。
 分かっている。俺だってどうにかできないか、考えている。
 だが、戦力が足らなすぎる。事前に準備をする時間はまったくなかった。
 思いつかない。

 アイツに対抗できる戦略は、最早、なにもない。

 目を閉じ、思考に身を委ねる俺の袖に小さな動きがあった。
 見ると、ソフィアが俺の袖を引っ張っていた。
 視線は、巨人へと向けられている。

 そして――。

「……影が、繋がっている」
 ぼそりと、ソフィアが呟き、巨人の一点を指差した。

「繋がっている……?」

「うん、足のところです。細い影が、伸びています」
 言われて目を細めてみると、確かに巨人の足に合わせて細い影が伸び縮みを繰り返している。

「確かにそうだね。けれど、あれがどうしたの?」
 エメットも気がついたようだ。

「ナルヴィと戦っている時に、見ました。ナルヴィが影の敵を作り出した時のことです。……ナルヴィは、自分の影を伸ばして、敵を作った後、その影を切り取ってました」
 自分の影を変化させる魔法か……だとしたら――

「あの影の先に、ナルヴィ本体がいるということか?」

「多分そうだと思います。何故かは分からないけれど、ナルヴィは魔法を使っていながらも自分から切り離すことをしていない」

「魔法だけが暴走しているってことかな?」
 宝玉《オーブ》の一件と繋げるならば、バルドルがナルヴィに宝玉《オーブ》を与え、その結果暴走した。恐らくはそういうことなのだろう。

「本体が分かるならば、そこに辿り着けば……」

「どう見たって巨人の足元を通り抜けることになるよ。どうやって行くのさ。それに――」
 エメットが一息つき、少し悩んだ顔を見せ続けた。

「ナルヴィは影が本体なんだよ。どれだけ切り裂いても、叩き潰しても、無限に蘇る。だから、厄災時代には英雄達が苦労したんだ。色々試した結果、封じ込めるしかなかった」

「……やけに詳しいな」

「……禁書の情報だよ。けれど、信憑性のある情報だと思って」
 まあいい。今は胡散臭い金髪の追求をしている場合じゃない。

「本体を叩いて倒せないのなら、封印しかない」
 俺の提案にソフィアが大きな赤い瞳を向ける。

「あの箱は? マシューの部屋にあったアレ。あの宝箱に閉じ込めていたみたいだし」
 封印の箱のことか。そういえば、バルドルが大聖堂まで持ってきていたな。
 ごたごたの際、転移石の部屋に転がっていたのは覚えているが……。

「うちで回収はしたけど、使い方はどうするの? 流石の僕もどうやって封じ込めたのかまでは把握していないよ」

「とりあえず、ナルヴィの身体を突っ込んでみるとかは?」

「そんな行き当たりばったりで大丈夫?」
 ソフィアの提案に、エメットが呆れた顔をみせる。

「それでも……このまま放っておけば王都は全滅だ。手をこまねいているよりかは、行動した方がいい」

「うん、……私もそう思います。少しでも多くの人達を助けないと」
 幸いにも巨人は王都を練り歩いているだけで攻撃する気配はない。
 だが、踏まれた建物の中にいた人間は犠牲になっていく。巨大な足に、次々と王都の十人が飲み込まれていく。
 無計画なのはどうしようもない。少しでも希望があるのならば、そこから活路を切り開いてみせる。


⑤【ソフィア】
 そこは貧民街の一角だった。巨人の存在に気がついた王都の住人達がめいめいに扉から飛び出し、手荷物とともに走り抜けていく。

 目的地であるナルヴィの居場所、本体がある一室に私たちは辿り着いていた。
 宝玉《オーブ》を口に咥え、眠るナルヴィの息の根を止めるため、エメットさんはメイスを抜き、ロキ王子は剣を抜いた。
 そして私は――部屋を追い出されていた。
 子供には見せられない光景になるからなんだって。今更なによ。死体なんて、大聖堂地下から助けを呼びに行くまでに沢山見たよ。
 道で馬車にひかれた小動物の死骸とか観察していたことだってあるんだからね。

「もう大丈夫、入っていいよ」
  ふてくされながら待っていると私の背後にあった扉が開かれて、金髪の男性、エメットさんが顔を出してきた。
 その表情だけで、私は状況が芳しくないことが感じ取れていた。

    *****

「やっぱり、駄目でしたか?」
 血が飛び散るベッドを見ながら、少女の姿を保ち眠り続けるナルヴィを見つめる。

「禁書の通りだったよ。心臓を突いても、顔を潰しても、首を撥ねても、元の姿に戻っていく」
 ロキ王子が眉間に皺を寄せ、手に持った宝玉《オーブ》を見つめている。

「宝箱も……駄目でしたか?」
 肝心の宝箱は、床に転がっている。分かりきったことだったけれど、尋ねてしまう。
「うん、足を入れてみても、頭を入れてみても、破片を入れてみても……なにも起こらない。やっぱり、使い方がさっぱりだ」
 軽い口調だったけれど、エメットさんも余裕がないみたいだ。ナルヴィを睨み付けながら唇をかみ始めた。

「巨人も消える気配はないです。こうしている間にも、王都の人達が……」
 ナルヴィが眠るベッドの足辺りから影が伸び、建物の壁を貫通して動き回っている。影の巨人の動きが止まる気配はまるでない。

「……戻りましょう。私たちで、少しでも多くの人達を助けないと」
 魔法を使うナルヴィをどうにかできないなら、ここにいてもしょうがない。
 もう遅いかもしれないけれど、私たちにできることだって、まだまだあるはずだ。

「少し待て、ソフィア」
 飛び出そうとした私に、低く落ち着いた声が届いてきた。
 相変わらず宝玉《オーブ》を見つめているロキ王子の呼びかけだ。

「……なにか、分かったんですか?」

「いいや、さっぱりだ。策も、打つ手も、何も浮かばない」

「だったら――!」

「しーっ! ソフィアちゃん、気持ちは分かるけれど、少し大人しくしていてねぇ~」
 外に飛び出そうとした私の腕がエメットさんに引き留められる。

「大人しくなんてできません! 王都には友達だっているんです。今こうしている間にも、助けを求めている人だっているかもしれません。あなた達は、その人達を見殺しにするんですか!?」

「僕らが動いたって助けられるのはたかが知れてるよ~。それよりも、もっと……僕たちにしかできないことがあるんじゃないかな?」

「なんですかそれは!! こんなところで、のんびりして、時間だけが過ぎてって……」
 こうしている間にも、沢山の人達の命が失われている。
 それなのに、こんなところで、私はなにもできずにいる。
 
「そんなの……そんなの、正しいことじゃないよ! 時間が勿体ないよ!!」

「時間……?」
 不意に、ロキ王子が顔を上げた。
 何か取り憑かれていた悪い物が消え去ったかのように、表情をがらりと変える。

 暗く、厳しい表情から、どこか……少年のような明るさを持った表情へと。

「時間……そうだ、時間だ!」
 ロキ王子は手に持っていた宝玉《オーブ》を腰に付けた革袋の中にしまい、エメットさんへと近づく、そして――

「エメット! 俺が倒れてから、どれだけの時間が経った!?」

「ちょ、ちょっと、ロキ。落ち着いてよ!」
 エメットさんの両肩を掴み激しく揺らす。揺れる度、顔から発生した謎の光が部屋中に舞い散る。

「もうすぐ、丸一日経つか経たないかくらいですよ。それが、どうしたんですか?」
 私の答えに、ロキ王子の動きが止まった。
 そして――

「二人とも……大聖堂へ、急いで戻るぞ!」
 私たちの疑問も他所に、ロキ王子は部屋の出口を大きく開いた。
 慌てて私たちも家の外に出てみると、人混みをすり抜けながら大聖堂に向かうロキ王子が見えた。
 追いつくのもやっとの早さで走り続けている。

「もう~、急になんなのさ。ロキ」
 エメットさんも激しく呼吸をしながらもなんとかついてきている。

「エメット! 大聖堂に辿り着いたら、お前に一つ頼みがある! ソフィア! 俺達はすぐに向かうぞ!」

「へ!? ど、どこにですか?」

「そんなもの、一つに決まっているだろう!」
 一つに決まっている?
 それって、……一体どこのことよ!

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