群像転生物語 ――幸せになり損ねたサキュバスと王子のお話――

宮島更紗/三良坂光輝

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四章    ―― 夢と空の遺跡 ――

空夢3 『エピローグ』

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「ちゃんと、約束守ってくれたんだね。『人間』」
 “石碑”から光り輝くもやが生まれていた。
 もやの向こうで『人間』の人影が揺らめいている。

「そこにいるのか? 『魔族』」
 いるよ。私はずっと、魔族半島で暮らしていく。
 ここに、私はいる。

「ねえ、うさんくさい人。ちょっとだけ、お願い事していいかな?」

「ぶしつけだな。女。そして、うさんくさいとは心外だ」

「今から、魔族をふたり、そっちに送るから……人間の世界で、かくまってくれない? ほとぼりが冷めるまででいいよ」
 影が揺らめいている。『人間』は少し考えて、答えた。

「……色々言いたいことはあるが、それ以前に……『人間』の俺を信用するのか?」

「あなたは私を、フィリーを助けてくれた。あなたがいたから、私は『魔族』になれる……あなたは悪い『人間』じゃない。……あなたのことは信頼できる」

「なにかは分からないが、手が綺麗な女に信頼されるのは悪くはないな」
 相変わらず、うさんくさい言い回し。
 この人の特徴なんだろうけど……何故か、懐かしい気持ちもわいてくる。

「じゃあ……いい?」

「……そうだな。構わない。見知らぬ魔族の頼みを受ける。それもまた、一興だ」

 私は、テトラとメフィスを見つめる。
 二人とも、私と光るもやを交互に見つめている。

「聞いたとおりだよ。あなた達ふたりなら、きっと人間界でも大丈夫」

「ノエルちゃん! お、おい! コラ!」
 駆けてきた蜘蛛のおじさんをフィリーが止める。

「早く行け! テトラ! メフィス! 幸せにな!」
 テトラとメフィスはお互いに頷き、もやの前に立つ。
 覚悟を決めたのだろう。

 あ、そうだ。これも返さないと。
 私は少しだけ、名残惜しさを感じながら指輪を外す。
 知らない男に付けられた指輪だけど、いざ手放すってなったら、ちょっとだけ寂しいものがあるよね。

「これを、もや中の『人間』にわたして。……ありがとうと」
 テトラに指輪をわたす。テトラは目を潤ませながら頷く。

「ノエル……ありがとう。私のために、ありがとう」

「いいよ。友達だもん。……向こうで、幸せになってね」
 友達が幸せになるなら、それだけで私も幸せな気持ちになる。
 私はそれで、十分だ。

 ふたりはうなずきあって、もやの中へと入り込んでいった。

「『人間』の人、ふたりをお願いね」

「驚いたな。この男か。説得したのか?」

「心を元に戻したのは、隣のユニコーンの方だよ」

「……そうか。もうこの扉は、閉じていいんだな。お前は来ないのか?」

「……私はただの『魔族』。私の居場所はこっちだよ」

「少し残念だ。お前とは、もう少し親睦を深めたかった」

「残念でした。私には先約がいます」
 ちらりとフィリーを見つめる。
 フィリーは私の視線に気づかず、魔族達を必死に止めている。

「そうか。ならば口説くのは諦めよう。事情は、このふたりに聞けばいいんだな?」

「うん。……ごほんっ、あー、男。悪いけど、詳しく説明している暇はなさそうだ」
 私の芝居がかった言い方に、男は声を出して笑いだす。

「どこかで聞いたセリフだな。……じゃあ、名残惜しいがこれでお別れだ」

「あ、待って。もう会うこともないだろうから、言うね」

「おそらく二度と、こうして話すことはないだろうな。……だから、聞こう」

「……色々と、ありがとう」

「こちらこそ。……ありがとう」
 なぜか、お礼を言われてしまった。
 私は男に、なにもしていないはずなのに。

 いいや、『人間』の考えることはよくわからない。
 私はもう『魔族』なんだから。

「……じゃあな。『魔族』」

「うん、元気でね『人間』」
 さようなら。優しくて、親切な人。


 光るもやは、霞のように消え去った。


 『人間』の世界への扉は閉じられた。


「本当に、ありがとう……『人間』。元気でね、テトラ」

 ドーム型の天井からホタルみたいな光が放たれ雪のように散っている。
 部屋の中央には浮かぶ“石碑”のカケラが、淡い輝きを放っていた。




 家に帰り着いた私たちはこっぴどく怒られた。
 それはもう、鬼のような顔になったお母さんに並んで正座されられ、魔族のしきたりについて何時間も何時間も同じ話を聞かされた。
 お母さんは頭に血が上ると同じ話を何度も何度も何度も何度もしだす。
 やっぱりこういうところが嫌いだ。

 どうやら、あの遺跡は古い魔族の間では有名な場所らしい。
 何年かに一度ある人間との交流に使われる場で、万が一のために若い魔族達には秘密にしている場所らしかった。

 私たちには厳しい箝口令が敷かれた
 その上、しばらくの間は見張りも立つらしい。
 私たちは長い年月、あの場所には行けなくなりそうだ。
 人間の世界に興味はないから、いいけどさ。

「……あら、もうこんな時間? 晩ご飯の準備しなきゃ」

「いや、もう、オレら大丈夫ッス腹イッパイッス」

「い、一日くらい晩御飯抜きでも大丈夫です。はい」
 ふたりともお母さんの前でネズミみたいに小さくなっている。

「駄目よ。私がお腹空いたんだから。そろそろあの人も帰って――はっ!?」
 お母さんが分かりやすく口に手を置く。

「大変! 忘れてたわ」
 ばたーん、と家の扉が大きく開かれる音が響き渡る。

「フィりぃいいいい!!!! 今帰ったぞぉおおおお!!!!」
 お父さんの大きな声が家中に響き渡る。
 お母さんは頭に手を置き、眉を潜めている。
 なに? ものすごい物音響かせて近づいてくるんだけど。

 ドカンっと部屋の扉が吹っ飛んだ。
 お父さんが転がるように入ってくる。背中にはパンパンに何かが詰まった風呂敷を背負っている。

「なんだよ、親父、騒々し――あがぅ!?」

「フィりぃいいいい!!!! お父さんが薬草を採ってきたぞぉおおお!!!! 沢山食うぇえええ!!!!」
 ところどころ身体が焦げたお父さんが薬草を次から次にフィリーの口に詰め込む。
 それをこれでもかってほど、冷たい視線で見つめるお母さん。

「忘れてたわ。……悪夢に効く薬草を採りに向かわせたのよ。一房でいいって言ったのに」

「お、お父さん! フィリー、もう起きてるよ! ってかフィリー死んじゃう!」

「あががががが!?」

「フィリぃいいい!!!! 可哀想に!!!! 沢山食えよぉおおおお!!!!」

「私の話をきけぇ!!」


 私たち魔族が暮らす平和な街、第三区街《ブルシャン》。
 その中、居住区の片隅にはいつも賑やかな家がある。

 魔族ならではの愛情に溢れた家だ。

 私の家、私の家族が暮らす家だ。

 これからもずっと、この家では私たちの喧噪が響くのだろう。

 だから、明日もまた、楽しみだ。

 みんなと暮らしていく未来が、楽しみだ。


 私は魔族に生まれて、本当に良かった。



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