群像転生物語 ――幸せになり損ねたサキュバスと王子のお話――

宮島更紗/三良坂光輝

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四章    ―― 夢と空の遺跡 ――

 夢2 『夢幻の街』

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 真っ暗闇の中を落ちていく。

 右も左も、上も下も分からない。

 ただ、私はふわりふわりと落ちていく。

 暗闇の中を泳いでいる。


 突然、視界が開けた。

 テレビの画面が切り替わるように、ぱっと視界がクリアになる。


 そこは第三区街《ブルシャン》の上空だった。
 私はブルシャンめがけて落下していた。

「ちょ、嘘でしょ!?」
 ヤバいヤバいヤバいヤバい!!
 なに!? 私、死ぬの!?
 ってか、これホントに大丈夫なの!?

 夢の中だから死んでもオッケー的なこと、お母さんが言ってたけど感覚は普通にあるよ。
 これ、落ちたら結構痛いんじゃない!?
 夢の中入った瞬間、苦しんで死ぬとか嫌だよ!!

 パニックに陥っている間に、居住区の石畳がぐんぐん迫っていく。
 石畳のひび割れ一つ一つが、やけにクリアに見える。

 これ、漫画みたいに私の形で穴が空いてすむとか……
 ……ないよねー。ですよねー。



 ……あ、コレ、終わった。



 覚悟を決めた私の視界に、赤い影が映り込んできた。
 突如太い腕が伸びてきて、空から落ちる私を支える。
「ふ、フィリー!」

「ノエル……首に腕をまわせ!」

「そ、そうだね。ごめん」
 落下する私に追いついたフィリーが空中で私を支え、ちょうどお姫様だっこの形になる。
 落下速度が一気に弱まり、私たちは居住区の広場に無事着陸した。

「ありがと。ってかフィリーなんでここにいるの?」
 私たちの住むブルシャンとまったく同じ風景だけど、ここはフィリーの夢の中だ。

 お母さんに教わったとおり、『人間』から受け取った指輪に魔力を注ぎ込むと、指輪に付いた宝石から赤い電撃が放出された。
 黒いローブの男がやっていた魔法と同じ光だ。

 赤い光が電気のようにフィリーの体中に駆け巡り、口の中から体内に入っていく。
 それに合わせ、私の身体も電気となりフィリーの体内へと吸い込まれていった。

 そして、今に繋がる。

「ノエル……」

「はい?――ぬぁあ!?」
 急にフィリーに抱きしめられた。
 強い力に身体が圧縮される。

「な、な、な、なにをするだぁ!?」

「ノエル……本当にノエルなのか?」
 暴れる私をものともせずに、フィリーの腕は私を掴んで放さない。

「わ、私だけど!? なに? どうしたの?」

「……無事で良かった」

「もー、フィリー! 放して! ちゃんと説明して!」
 私の呼びかけにフィリーがやっと解放してくれた。

 まったく、不意打ちで女の子に抱きつくなんて……
 コレが私じゃなかったら普通に犯罪だよ、っていうか私だったらオッケーってのもおかしいんだけど、私とフィリーはツガイだからしょうがないっていうか、受け入れてもいないけど、しかたないよねってなるようなならないようななるような。っていうか、私もいい加減、人間との時も合わせたらけっこうな歳なんだから抱きしめられるなんて、そのくらいのことで動じたりなんかしなぁばばばばばばばばばばば。

 ……って――
「……フィリー、目が赤い」

「う、うるせぇよ!」
 私の指摘にフィリーは顔を背ける。

「……何があったの?」
 静まりかえったブルシャンに、不吉を帯びた風が流れていった。


「酷い……お母さん」
 フィリーに連れられ、私たちの住む家まで戻ってみると、私を出迎えたのはお母さんの死体だった。

 右腕と左足は引きちぎられ、部屋の片隅に転がっている。

 いつもの、のんびりした表情からは想像も付かないほど顔が歪み、血走った瞳が虚空を見つめていた。

 二つに切り開かれたお腹から沢山の内臓が飛び出している。

「ゴブリンだ。オレが来た時にはもう手遅れだった」

「ゴブリン……」
 夢の中の出来事なのは分かっている。それでも私の心を嫌悪感が駆け巡る。
 お母さんはお裁縫が得意なだけの、ただのサキュバスだ。
 家事をするとき器用に魔法を使っているけど、戦いに使うなんて普段考えてもいないはずだ。

 普段は厳しいけど、優しいお母さんだ。

 そんなお母さんを、こんな目に遭わせるなんて。

「……二階には、お前がいた。ゴブリンにやられて、死にかけていた……」

「私が……?」
 フィリーが眉間に皺を寄せながら切り出してきた。
 私がこの夢に入り込む前の話だ。
 フィリーはいつのまにか静まりかえった街に立っていた。
 どこの家に入ってみても、中はゴブリンが占領し、家の持ち主の魔族は殺されていた。
 エアとリレフの死体も見つけたらしい。

 自分の家に戻ってみるとお母さんの死体と、二階で苦しんでいる私を見つけた。

 これが、フィリーの悪夢。
 多分、魔族の苦しむ夢として、これ以上の悪夢はないと思う。……自分で言うのもアレだけど、自分の一番大事な存在が苦しんでいる姿を見せつけられるのだから。

 どうにか私を助けようと、手当の道具を探しに飛んでいたところ、空から落ちてくる私を見つけたらしい。

「だから、私を……どうする? 二階、見に行く」
「いや……、いい」
 フィリーの表情からは、絶対に足を踏み入れたくないという意思を感じる。
 良かった。私だって、自分自身が苦しんでいる姿なんて見たくもない。

「分かった……。じゃあさ、死んでいる魔族と、私以外で誰か見かけたりしなかった?」
 お母さんは夢の支配者を探せって言っていた。
 こんな救いのない夢。早いところ終わらせたい。

「誰か? ……見かけてねーな」

「どこかに、この夢を作っている敵がいるよ。それを見つけないと」

「夢? なに言ってんだ?」
 フィリーがいぶかしげな顔を見せる。

「いい、フィリー。これは夢なの。あなたの夢の中。私は現実の世界から、悪夢に囚われたフィリーを助けにきた」

「……またなにか、本の話か?」
 ……駄目か。夢の中が現実だと思うタイプの夢みたい。フィリーはまるで信じようとしない。

「……いいや、じゃあとにかく、手分けして怪しい敵を――え!?」
 ずわっと景色が歪んだ。
 まるで映画のシーンが替わるように、流れるように景色が動き、切り替わっていく。

 一瞬にして、私たちは居住区の中央休憩所に立っていた。
 中心に大きな木が設置されその周りを囲むように石の長椅子が並んでる。
 街の真ん中にある魔族の休憩スペースだ。

「……ノエル。信じなかったオレが悪かった」
 隣に立つフィリーは、一点を見つめていた。


 私たちの前には黒いローブの男が立っている。


 少し離れた位置で、黒い筒のように生えている。


 そしてその両脇には――

「確かに、これは夢だな」
 フィリーが両腕の鉤爪を構える。ぎりり、と歯軋りの音が聞こえてきた。

 両腕を広げる男の脇には――リレフとエアがいた。
 ふたりは私たちを睨み付け、敵意を露わにしていた。

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