群像転生物語 ――幸せになり損ねたサキュバスと王子のお話――

宮島更紗/三良坂光輝

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四章    ―― 夢と空の遺跡 ――

遺跡6 『運命の交差点』

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 ドーム型の高い天井からホタルみたいな光が雪のように落ちていく。
 丸く広く設けられた空間の真ん中で、私は目の前にある光るもやの奥に話しかける。『人間』の黒い影が揺らめいている。

「人間? あなたは人間なの?」

「そうだ。女、お前は魔族か?」
 逆に、男に問いかけられる。
 魔族なのかと。

 ――そうだ。

 私はもう、人間じゃない。
 つばさは死んで、私はノエルに生まれ変わった。

「私は……魔族。そうだよ。私はもう、ただの魔族」

「女。あまり時間がないから手短にいく。そして嘘偽りなく答えろ。そちらに黒いローブの男が向かったはずだ。それはお前の仲間か?」
 黒いローブの男……フィリーを攻撃したあの存在。

「……あんなの、仲間のはずないよ。今はいないけど、私の仲間は他にいる。助けに向かわなきゃ」
 エアやリレフ、テトラをフィリーと同じ目にはあわせられない。
 それにフィリーのことも、どうにかしないと。

「……そうか。ならば、ローブ男の近くに人間の女がいたはずだ。浅黒の肌、黒髪の女だ。まだ生きているのか?」
 ……人間の女? そんなの見ていない。あの時、黒いローブの男はひとりだったはずだ。

「私が見た時にはいなかった。……いたのは黒いローブの魔族だけ。なにか、この真ん中に付いてる宝石のエネルギーを吸ってたみたいだったよ」

「宝玉《オーブ》だな。どうやら、コイツは魔力増幅機能も果たしているみたいだ。……それより人間の女は本当にいないんだな? どこかに隠れていたとかではなく。……そこに死んでいるわけでもなく」

「いないって。ここには隠れるところはないし、死体もない。……私が来た時はだよ。出口がいっぱいあるし、どこかに逃げたのかも」
 『人間』は私の言葉を聞いて、なにか考え込んでいるようだった。
 しばらくのあいだ、沈黙が訪れる。
 そして――

「――そうか。分かった。……女、お前は戦えるのか?」

「……少しは。それより、今度はこっちの質問にも答えてよ。コレはなんなの?」
 謎のもやから聞こえてくる男の声に尋ねる。影が少しだけ動いた。

「これは『魔界』と世界を繋ぐ扉だ。ここをくぐれば、お前は『世界』にたどり着ける」
 『魔界』? 魔族半島のこと?
 『世界』って人間の住む世界……? じゃあ、わざわざドラゴン山脈を越えなくても、ここから人間の住むところに向かえるってこと?

「さっきの黒いローブはなんなの? 人間の世界の敵?」

「どちらかというと、魔族の敵だろうな。敵対してるのなら気をつけろ。……奴は『夢魔法』の使い手だ」

「夢魔法……?」

「頭に手をかざされた瞬間に、悪夢の世界に誘われる。こちらも何人かやられた」

「じゃ、じゃあフィリーも……」
 夢の中に引きずり込まれているってこと?
 手をかざすだけで眠らせられるなんて、チートだ。

「フィリー? それが誰かは分からないが、大事な存在なら急いだ方がいい。こちらもそうだったが、日に日に目に見えて衰弱していく」

「急ぐって? どうすればいいの?」

「奴を倒す。……といっても難しいかもしれないな。その他にも回復させる方法はあるにはあるが……」

「勿体ぶらないでよ。それはなに?」
 しばらく、静寂が続く。もやの中の人物が動きを止める。

「……女、お前はなんのために戦っている?」
 唐突に男が尋ねてきた。

 なんのために……って、私は戦いたいわけじゃない。
 ここにだって、テトラのツガイを探しにきただけだ。

 でも、私には魔法っていう力がある。
 いざとなったら、私は自分の持った力を使って、全力で戦うと思う。
 ……なんのために、と言われたら――

「……仲間のため。私は、魔族だから。仲間のためになら、家族のためになら、私は戦える」

「仲間のためならば、人間の敵にすら、なる覚悟か?」
 ……なにを言ってるんだろうこの人は。

 ……そんなこと、分からない。どんな状況なのか分からないのに、そんなこと、答えられるわけがない。

「人間が悪いなら、そうだけど……仲間が間違ってるんなら、説得する……と思う」

「――そうか」
 再び、静寂が続く。フィリーを助ける方法を聞いているのに、なんでこの人はこんな話題を出してるんだろう。
 痺れを切らしそうになった瞬間、もやの影が少しだけ動いた。

「……女、手を伸ばせ」
 手を? この中に手を突っ込めってこと?

「……なんで? 私、あなた達の居場所には行きたくないんだけど」
 そんなことより、フィリーを助けなきゃ。

「右手を突っ込めば、右手だけこちらの世界に現れる。試したから大丈夫だ」

「そういう問題じゃない」

「いいか、これは『魔界』の問題でもあるんだ。そしてお前のためでもある。いいから、早くしてくれ」
 しぶしぶ、私は光るもやに手を近づける。

 指先がもやにあたる。
 え、なにこのくすぐられてるみたいな感覚。怖いんですけど。

「手がバラバラになるとかないよね――ってぅああ!?」
 突如現れた腕に手を捕まれ引き込まれる。
 強い力に引っ張られ、私の腕が肘までもやの中に引きずり込まれる。

「なんなの? なにしたいの?――って痛!」
 指先に鋭い痛みが走る。
 慌てて引っ込めようとするけど、もやの向こうの男にしっかりと腕を捕まれていて引き戻せない。

「変なことしたら、魔法撃つよ!」

「そいつは怖いな。……もう大丈夫だ。戻せ」
 なにその偉そうな口調。
 私はぶつぶつ言いながらもやから自分の手を引き抜く。

「……はい?」
 自分の指に起こった変化に、つい、変な声を上げてしまった。

「……少しの間、それを貸す。悪夢の特効薬だ」

「いやいやいやいや、待って、ちょっと待って」
 もう一度、自分の指に顔を近づける。正確にはその中の一本。薬指だ。
 薬指に、光る物がはめられていた。小さな宝石が付いた、可愛らしいデザインの物だ。

 私の薬指に指輪がはめ込まれていた。

「勘違いするなよ。その指がピッタリだったから、そこに付けただけだ」

「ふつうに手渡せばいいじゃん!」

「あまりにも綺麗な手だったからな。ついつい、やってしまった」

「綺麗だだだぁ!?」
 色々と状況に追いついてなくて、動揺してしまう。

「――っと、早いな、もうここが見つかったか。……女。悪いが、詳しく説明している暇はなさそうだ。明日、同じ時間にここに訪れる。その時にはその指輪、熨斗《のし》を付けて返せよ」

「なにそれ。意味分からない。一体なんなの!?」

「ああ、後、少しだけサービスしておいた。もし、黒いローブの男と戦うハメになったなら、……俺を思い出せ」

「思い出せって……あなたの事、知らないんだけど!」

「ただの比喩だ。その指輪とお前の間に、『血の盟約』を行った。お前はもう『魔――」
 ぶつん、と物音を立ててもやが消え去った。
 まるで電気を消したみたいに、石碑の輝きも消えてなくなる。

「そこで終わる!? ちゃんと……ちゃんと説明してよ!」
 私の叫びに答えるはずもなく、石碑は動きを止めてしまう。

 なんなの? なんで尻切れトンボで消えちゃうの!?

 先ほどもやの中で感じた痛みを思い出し、指先を見る。
 指に小さな傷ができていた。血がぷくりと膨れ上がってる。


 ……なにしてんのあの人。

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