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四章 ―― 夢と空の遺跡 ――
遺跡6 『運命の交差点』
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⑧
ドーム型の高い天井からホタルみたいな光が雪のように落ちていく。
丸く広く設けられた空間の真ん中で、私は目の前にある光るもやの奥に話しかける。『人間』の黒い影が揺らめいている。
「人間? あなたは人間なの?」
「そうだ。女、お前は魔族か?」
逆に、男に問いかけられる。
魔族なのかと。
――そうだ。
私はもう、人間じゃない。
つばさは死んで、私はノエルに生まれ変わった。
「私は……魔族。そうだよ。私はもう、ただの魔族」
「女。あまり時間がないから手短にいく。そして嘘偽りなく答えろ。そちらに黒いローブの男が向かったはずだ。それはお前の仲間か?」
黒いローブの男……フィリーを攻撃したあの存在。
「……あんなの、仲間のはずないよ。今はいないけど、私の仲間は他にいる。助けに向かわなきゃ」
エアやリレフ、テトラをフィリーと同じ目にはあわせられない。
それにフィリーのことも、どうにかしないと。
「……そうか。ならば、ローブ男の近くに人間の女がいたはずだ。浅黒の肌、黒髪の女だ。まだ生きているのか?」
……人間の女? そんなの見ていない。あの時、黒いローブの男はひとりだったはずだ。
「私が見た時にはいなかった。……いたのは黒いローブの魔族だけ。なにか、この真ん中に付いてる宝石のエネルギーを吸ってたみたいだったよ」
「宝玉《オーブ》だな。どうやら、コイツは魔力増幅機能も果たしているみたいだ。……それより人間の女は本当にいないんだな? どこかに隠れていたとかではなく。……そこに死んでいるわけでもなく」
「いないって。ここには隠れるところはないし、死体もない。……私が来た時はだよ。出口がいっぱいあるし、どこかに逃げたのかも」
『人間』は私の言葉を聞いて、なにか考え込んでいるようだった。
しばらくのあいだ、沈黙が訪れる。
そして――
「――そうか。分かった。……女、お前は戦えるのか?」
「……少しは。それより、今度はこっちの質問にも答えてよ。コレはなんなの?」
謎のもやから聞こえてくる男の声に尋ねる。影が少しだけ動いた。
「これは『魔界』と世界を繋ぐ扉だ。ここをくぐれば、お前は『世界』にたどり着ける」
『魔界』? 魔族半島のこと?
『世界』って人間の住む世界……? じゃあ、わざわざドラゴン山脈を越えなくても、ここから人間の住むところに向かえるってこと?
「さっきの黒いローブはなんなの? 人間の世界の敵?」
「どちらかというと、魔族の敵だろうな。敵対してるのなら気をつけろ。……奴は『夢魔法』の使い手だ」
「夢魔法……?」
「頭に手をかざされた瞬間に、悪夢の世界に誘われる。こちらも何人かやられた」
「じゃ、じゃあフィリーも……」
夢の中に引きずり込まれているってこと?
手をかざすだけで眠らせられるなんて、チートだ。
「フィリー? それが誰かは分からないが、大事な存在なら急いだ方がいい。こちらもそうだったが、日に日に目に見えて衰弱していく」
「急ぐって? どうすればいいの?」
「奴を倒す。……といっても難しいかもしれないな。その他にも回復させる方法はあるにはあるが……」
「勿体ぶらないでよ。それはなに?」
しばらく、静寂が続く。もやの中の人物が動きを止める。
「……女、お前はなんのために戦っている?」
唐突に男が尋ねてきた。
なんのために……って、私は戦いたいわけじゃない。
ここにだって、テトラのツガイを探しにきただけだ。
でも、私には魔法っていう力がある。
いざとなったら、私は自分の持った力を使って、全力で戦うと思う。
……なんのために、と言われたら――
「……仲間のため。私は、魔族だから。仲間のためになら、家族のためになら、私は戦える」
「仲間のためならば、人間の敵にすら、なる覚悟か?」
……なにを言ってるんだろうこの人は。
……そんなこと、分からない。どんな状況なのか分からないのに、そんなこと、答えられるわけがない。
「人間が悪いなら、そうだけど……仲間が間違ってるんなら、説得する……と思う」
「――そうか」
再び、静寂が続く。フィリーを助ける方法を聞いているのに、なんでこの人はこんな話題を出してるんだろう。
痺れを切らしそうになった瞬間、もやの影が少しだけ動いた。
「……女、手を伸ばせ」
手を? この中に手を突っ込めってこと?
「……なんで? 私、あなた達の居場所には行きたくないんだけど」
そんなことより、フィリーを助けなきゃ。
「右手を突っ込めば、右手だけこちらの世界に現れる。試したから大丈夫だ」
「そういう問題じゃない」
「いいか、これは『魔界』の問題でもあるんだ。そしてお前のためでもある。いいから、早くしてくれ」
しぶしぶ、私は光るもやに手を近づける。
指先がもやにあたる。
え、なにこのくすぐられてるみたいな感覚。怖いんですけど。
「手がバラバラになるとかないよね――ってぅああ!?」
突如現れた腕に手を捕まれ引き込まれる。
強い力に引っ張られ、私の腕が肘までもやの中に引きずり込まれる。
「なんなの? なにしたいの?――って痛!」
指先に鋭い痛みが走る。
慌てて引っ込めようとするけど、もやの向こうの男にしっかりと腕を捕まれていて引き戻せない。
「変なことしたら、魔法撃つよ!」
「そいつは怖いな。……もう大丈夫だ。戻せ」
なにその偉そうな口調。
私はぶつぶつ言いながらもやから自分の手を引き抜く。
「……はい?」
自分の指に起こった変化に、つい、変な声を上げてしまった。
「……少しの間、それを貸す。悪夢の特効薬だ」
「いやいやいやいや、待って、ちょっと待って」
もう一度、自分の指に顔を近づける。正確にはその中の一本。薬指だ。
薬指に、光る物がはめられていた。小さな宝石が付いた、可愛らしいデザインの物だ。
私の薬指に指輪がはめ込まれていた。
「勘違いするなよ。その指がピッタリだったから、そこに付けただけだ」
「ふつうに手渡せばいいじゃん!」
「あまりにも綺麗な手だったからな。ついつい、やってしまった」
「綺麗だだだぁ!?」
色々と状況に追いついてなくて、動揺してしまう。
「――っと、早いな、もうここが見つかったか。……女。悪いが、詳しく説明している暇はなさそうだ。明日、同じ時間にここに訪れる。その時にはその指輪、熨斗《のし》を付けて返せよ」
「なにそれ。意味分からない。一体なんなの!?」
「ああ、後、少しだけサービスしておいた。もし、黒いローブの男と戦うハメになったなら、……俺を思い出せ」
「思い出せって……あなたの事、知らないんだけど!」
「ただの比喩だ。その指輪とお前の間に、『血の盟約』を行った。お前はもう『魔――」
ぶつん、と物音を立ててもやが消え去った。
まるで電気を消したみたいに、石碑の輝きも消えてなくなる。
「そこで終わる!? ちゃんと……ちゃんと説明してよ!」
私の叫びに答えるはずもなく、石碑は動きを止めてしまう。
なんなの? なんで尻切れトンボで消えちゃうの!?
先ほどもやの中で感じた痛みを思い出し、指先を見る。
指に小さな傷ができていた。血がぷくりと膨れ上がってる。
……なにしてんのあの人。
ドーム型の高い天井からホタルみたいな光が雪のように落ちていく。
丸く広く設けられた空間の真ん中で、私は目の前にある光るもやの奥に話しかける。『人間』の黒い影が揺らめいている。
「人間? あなたは人間なの?」
「そうだ。女、お前は魔族か?」
逆に、男に問いかけられる。
魔族なのかと。
――そうだ。
私はもう、人間じゃない。
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「私は……魔族。そうだよ。私はもう、ただの魔族」
「女。あまり時間がないから手短にいく。そして嘘偽りなく答えろ。そちらに黒いローブの男が向かったはずだ。それはお前の仲間か?」
黒いローブの男……フィリーを攻撃したあの存在。
「……あんなの、仲間のはずないよ。今はいないけど、私の仲間は他にいる。助けに向かわなきゃ」
エアやリレフ、テトラをフィリーと同じ目にはあわせられない。
それにフィリーのことも、どうにかしないと。
「……そうか。ならば、ローブ男の近くに人間の女がいたはずだ。浅黒の肌、黒髪の女だ。まだ生きているのか?」
……人間の女? そんなの見ていない。あの時、黒いローブの男はひとりだったはずだ。
「私が見た時にはいなかった。……いたのは黒いローブの魔族だけ。なにか、この真ん中に付いてる宝石のエネルギーを吸ってたみたいだったよ」
「宝玉《オーブ》だな。どうやら、コイツは魔力増幅機能も果たしているみたいだ。……それより人間の女は本当にいないんだな? どこかに隠れていたとかではなく。……そこに死んでいるわけでもなく」
「いないって。ここには隠れるところはないし、死体もない。……私が来た時はだよ。出口がいっぱいあるし、どこかに逃げたのかも」
『人間』は私の言葉を聞いて、なにか考え込んでいるようだった。
しばらくのあいだ、沈黙が訪れる。
そして――
「――そうか。分かった。……女、お前は戦えるのか?」
「……少しは。それより、今度はこっちの質問にも答えてよ。コレはなんなの?」
謎のもやから聞こえてくる男の声に尋ねる。影が少しだけ動いた。
「これは『魔界』と世界を繋ぐ扉だ。ここをくぐれば、お前は『世界』にたどり着ける」
『魔界』? 魔族半島のこと?
『世界』って人間の住む世界……? じゃあ、わざわざドラゴン山脈を越えなくても、ここから人間の住むところに向かえるってこと?
「さっきの黒いローブはなんなの? 人間の世界の敵?」
「どちらかというと、魔族の敵だろうな。敵対してるのなら気をつけろ。……奴は『夢魔法』の使い手だ」
「夢魔法……?」
「頭に手をかざされた瞬間に、悪夢の世界に誘われる。こちらも何人かやられた」
「じゃ、じゃあフィリーも……」
夢の中に引きずり込まれているってこと?
手をかざすだけで眠らせられるなんて、チートだ。
「フィリー? それが誰かは分からないが、大事な存在なら急いだ方がいい。こちらもそうだったが、日に日に目に見えて衰弱していく」
「急ぐって? どうすればいいの?」
「奴を倒す。……といっても難しいかもしれないな。その他にも回復させる方法はあるにはあるが……」
「勿体ぶらないでよ。それはなに?」
しばらく、静寂が続く。もやの中の人物が動きを止める。
「……女、お前はなんのために戦っている?」
唐突に男が尋ねてきた。
なんのために……って、私は戦いたいわけじゃない。
ここにだって、テトラのツガイを探しにきただけだ。
でも、私には魔法っていう力がある。
いざとなったら、私は自分の持った力を使って、全力で戦うと思う。
……なんのために、と言われたら――
「……仲間のため。私は、魔族だから。仲間のためになら、家族のためになら、私は戦える」
「仲間のためならば、人間の敵にすら、なる覚悟か?」
……なにを言ってるんだろうこの人は。
……そんなこと、分からない。どんな状況なのか分からないのに、そんなこと、答えられるわけがない。
「人間が悪いなら、そうだけど……仲間が間違ってるんなら、説得する……と思う」
「――そうか」
再び、静寂が続く。フィリーを助ける方法を聞いているのに、なんでこの人はこんな話題を出してるんだろう。
痺れを切らしそうになった瞬間、もやの影が少しだけ動いた。
「……女、手を伸ばせ」
手を? この中に手を突っ込めってこと?
「……なんで? 私、あなた達の居場所には行きたくないんだけど」
そんなことより、フィリーを助けなきゃ。
「右手を突っ込めば、右手だけこちらの世界に現れる。試したから大丈夫だ」
「そういう問題じゃない」
「いいか、これは『魔界』の問題でもあるんだ。そしてお前のためでもある。いいから、早くしてくれ」
しぶしぶ、私は光るもやに手を近づける。
指先がもやにあたる。
え、なにこのくすぐられてるみたいな感覚。怖いんですけど。
「手がバラバラになるとかないよね――ってぅああ!?」
突如現れた腕に手を捕まれ引き込まれる。
強い力に引っ張られ、私の腕が肘までもやの中に引きずり込まれる。
「なんなの? なにしたいの?――って痛!」
指先に鋭い痛みが走る。
慌てて引っ込めようとするけど、もやの向こうの男にしっかりと腕を捕まれていて引き戻せない。
「変なことしたら、魔法撃つよ!」
「そいつは怖いな。……もう大丈夫だ。戻せ」
なにその偉そうな口調。
私はぶつぶつ言いながらもやから自分の手を引き抜く。
「……はい?」
自分の指に起こった変化に、つい、変な声を上げてしまった。
「……少しの間、それを貸す。悪夢の特効薬だ」
「いやいやいやいや、待って、ちょっと待って」
もう一度、自分の指に顔を近づける。正確にはその中の一本。薬指だ。
薬指に、光る物がはめられていた。小さな宝石が付いた、可愛らしいデザインの物だ。
私の薬指に指輪がはめ込まれていた。
「勘違いするなよ。その指がピッタリだったから、そこに付けただけだ」
「ふつうに手渡せばいいじゃん!」
「あまりにも綺麗な手だったからな。ついつい、やってしまった」
「綺麗だだだぁ!?」
色々と状況に追いついてなくて、動揺してしまう。
「――っと、早いな、もうここが見つかったか。……女。悪いが、詳しく説明している暇はなさそうだ。明日、同じ時間にここに訪れる。その時にはその指輪、熨斗《のし》を付けて返せよ」
「なにそれ。意味分からない。一体なんなの!?」
「ああ、後、少しだけサービスしておいた。もし、黒いローブの男と戦うハメになったなら、……俺を思い出せ」
「思い出せって……あなたの事、知らないんだけど!」
「ただの比喩だ。その指輪とお前の間に、『血の盟約』を行った。お前はもう『魔――」
ぶつん、と物音を立ててもやが消え去った。
まるで電気を消したみたいに、石碑の輝きも消えてなくなる。
「そこで終わる!? ちゃんと……ちゃんと説明してよ!」
私の叫びに答えるはずもなく、石碑は動きを止めてしまう。
なんなの? なんで尻切れトンボで消えちゃうの!?
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……なにしてんのあの人。
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