群像転生物語 ――幸せになり損ねたサキュバスと王子のお話――

宮島更紗/三良坂光輝

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四章    ―― 夢と空の遺跡 ――

遺跡5 『鏡』

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「なにをぼうっと突っ立ってるんだ。まぁ、座れ。汚いところだけど」
 悠人が自分の隣をぽんぽんする。ってか汚いところだと?

「ここ私の部屋なんだけど! 毎日けっこう頑張って綺麗にしてるんだよ!」

「冗談だよ。来たのは久しぶりだけど、変わらないなこの部屋は」

「来るなら来るって言ってよ。べつにいいけど」
 私は頬を膨らませながら、悠人の隣に座る。……よかった、変な物は落ちてない。たまに下着とかほったらかしにしちゃうから危なかった。

「驚かそうと思ってな。つばさの嫌がることはなぜか無性にしたくなる」

「意地悪だもんね。悠人は昔から。あ、これ飲む? 美味しいよ」
 飲んでいたジュースの入ったコップを差し出す。
 ……飲みかけだけど、ストロー外せば――あっ

「……甘い。お前、昔から好きだよな、こういう味」
 こいつ、ストロー使って飲みやがった。


 ……いいけど。

 ……別にいいけど!!

「で、で? ど、ど、どうしたの? 急に」

「なにをどもってんだ」

「うるさぁあい!!」
 バチンと私の平手打ちの音が部屋に響く。

「いってぇ……この暴力女!」

「どっちがだ!! ふざけんな馬鹿!!」
 毎回毎回、天然で私を攻撃してきやがって。

 毎度毎度、ボディーブローみたいな攻撃してきやがって!

 受けるこっちの身にもなれ!


「こほん、で? どうしたの?」

「……急に、何事もなかったかのように戻ったな」

「もうそれはいいから!」

「いや、……つーか、アレだ。……告白の返事を聞きにきたんだよ」

「あー、告白ね。こくは――ぅあい!?」
 ヤバい、喉から変な音が出てしまった。
 隣の悠人は私から顔をそむけて窓の方を見ている。

 そ、そうだ。そういえば、私は告白されていたんだった。

 重工の屋上で。
 ずっと待っていた言葉を聞かされていたんだった。

「いつっ……」

「……どうした?」
 急に、頭の中で激痛が走った。
 沸いて出てこようとした、なにかを止めるように激痛が広がった。

「なんでもない。そ、それで、返事だっけ。私保留にしてた?」

「いや、聞こえなかった。なんせあの時俺達は――」
 ジジッと悠人の身体に筋が走る。悠人の身体が少しずつ崩れていく。

「そ、そっかぁ……えーっと、じゃあ改めて言うね」
 悠人の身体が薄れていく。あの時の姿に変わっていく。

「私も、悠人と――悠人と――あ、あれ?」
 急に涙がこぼれ落ちた。

 おかしい。嬉しいのに。なんで私は泣いてるんだろう。

 なんで、私の気持ちはこんなに沈み込んでるんだろう。

「ご、ごめん。コレは違うからね」

「いや、違わない」

「え……?――ひっ」
 顔を上げると、悠人は口から血を吐いていた。
 両手が、胸の辺りが鮮血で染められている。

「お前はずっと、泣いていればいいんだ。俺がこんなに苦しんでいるのに。俺のことをすっかりと忘れやがって」

「ち、違う。違うよ!」
 悠人のことを忘れたことはない。
 今でも、私の心には悠人が住んでいる。

 ……今? 今ってなに? 今っていつのこと!?

「俺がこれだけ苦しんで、死んだってのに、お前は新しい人生で、幸せそうにしやがって」

「だって……悠人は……だって、死んだんだよ。私だけずっと考えてても、もう――」

「だからどうした。お前にはもう、幸せになる権利はないんだよ」
 分かってる。心の中で、それを認められていないのは分かってる。

 私は閉じ込めていた。

 悠人が死んだ、あの日の記憶を。血を流して苦しんでいた悠人の姿を。
 その現実から目を背けて、私は――私は――

「ノエル……」

「フィリー……ひっ!?」
 いつの間にか、部屋の隅にフィリーが立っていた。
 フィリーは頭半分を消し飛ばしていて、翼が一枚折れていた。
 体中傷だらけで血を流した姿で、私を睨み付けている。

「オレがこれだけ傷ついて、それでもツガイとして一緒にいたいと思ってんだぜ。それなのに、お前はそいつを選ぶんだな」

「フィリー、違う。私は――わたしはもう」

「違わねーよ。結局おめーは俺達とは違うんだ。俺達と同じ道は歩けねーんだよ」

「そんなことない! 私は、私は……」
 私は……

 私は、なに?

 私は、なにもの?

 私は、私は、私は、私は、私は、私は、私は、私は、

「つばさ、お前は俺を忘れて、そいつを選ぶんだな」

「ノエル、てめーは思い出に縛られて、オレを好きにはなることはねーんだな」
 違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う――

「つばさ、お前はどっちを選ぶんだ?」

「ノエル、おめぇ……結局、どちらでいたいんだ?」

「私は……私は!」



 そうだ、私は……生まれ変わった。



 悠人が死んでから、私は人間を捨てた。




 ――私は、魔族、サキュバスだ。


 バチンと頭の中で何かがはじけ飛ぶ。
 部屋が音を立てて崩れ去っていく。

 私のお気に入りのベッドが、勉強机が、棚が消えていく。
 崩れ落ちる世界の中で、私は鏡に映る自分自身を見た。

 ずっと目を背けていた自分自身を見た。

 赤みを帯びた、長い髪。少しきつめの顔立ち。
 そこに立つ女は、ノエルの姿をしていた。

 その両目は、青白く光り輝いていた。

    *****

  
    *****

    *****



 ぴちょん、ぴちょん、と水の滴る音が聞こえてくる。
 それに合わせるように、「にー」「にー」と妖精《フェアリー》の鳴き声が響く。
 私の頭が揺すぶられる。

「……つっ」
 頭の中で激痛が走る。
 なんだろう、頭の中を虫が這い回ったような不快感がある。

 ……。
 そうだ、私はフィリーと一緒にリザードマンと戦って、
 そして――

「フィリー!?」

「にー!!」
 起き上がった私を見て、妖精《フェアリー》がぴょんぴょんと跳びはねる。
 私は、戦いのあった空間に倒れていた。
 あれだけあった、リザードマンの死体は消えていた。
 まるで、なんの戦闘もなかったかのように消え失せていた。

「なに? ……なにがあったの?」
 床に視線を這わせると、床に倒れるフィリーを見つける。

「フィリー! 大丈夫!?」
 慌てて駆け寄り、抱きかかえる。
 見たところ、特に大きな怪我はない。けれど、フィリーは私になにも反応を示さない。

「ちょっと、フィリー! フィリー!!」
 首筋に指をあてる。
 ……脈はある。浅いけど呼吸もしている。良かった。生きてる。
 ……けど、なに、この不安。

 いくら揺らしても、フィリーに反応はない。ただ、目を閉じて眠ったように意識を失っている。
 フィリーの眠りはいつも浅い。物音一つですぐに目を開けるくらい。
 こんなこと、今までになかった。

「なにが……あったの? なにかの、魔法?」
 そうだ、あの黒いローブを着た存在。あれが、フィリーに何かをやっていた。
 そして私も――

「――ぉぃ」
 静寂の空間に、じじっ、と物音が響いた。
 それと同時に、誰かの声が響く。

 その時私は気がついた。何か機械じみた作動音と、辺りが強い光に照らされていることに。

 目線を上げ、辺りを見渡す。
 それは、すぐに私の目に入ってきた。
 中央に設置された、浮かぶ“石碑”が輝いていた。

「な、なに……?」
 石碑に取り付けられた水晶玉が強い光を放っている。それはプロジェクターのように手前に広がっていて、石碑の前に、人一人が入れそうな光のもやが生まれている。

「――ぉぃ」

「へ!?」
 光のもやから、何かが聞こえてきた。
 これは――人の声?

「――ぉぃ、――に、だれ――るか?」
 私が近づくごとに、その声は大きくなっていく。
 ところどころ、擦れていて、電波が悪い時の携帯電話音声のようになっている。

「――誰か、いないのか?」
 私が前に立った瞬間、突如、クリアに聞こえてきた。
 もやの中で、人の影が立っている。

「いるよ、あなたは……? これは、なに?」
 石碑にはめ込まれた宝石が輝く光を打ち出して、光るもやを作り出している。
 私はそのもやの前に立っている。

「――か? 俺は――」
 もやの中の人物が言葉を止める。

 その人物の姿はうねった磨りガラスのようなもやに覆われて、把握することができない。

 ざらついた音声のせいで分かりづらいけど、多分、男の人だ。

 その男は何故か、笑ったようだった。

 自分自身をあざ笑うかのように。

 そして、一拍おいてから、続けた。
 
「俺は――『人間』だ。この腐った世界に生まれた、ただの『人間』だ」

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