群像転生物語 ――幸せになり損ねたサキュバスと王子のお話――

宮島更紗/三良坂光輝

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四章    ―― 夢と空の遺跡 ――

空 2 『オーレド』

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「起こしに来ただけなのに、火炎弾撃つかふつーよ」

「女の子の部屋に勝手に入ってくるな! 馬鹿フィリー!!」
 鍵かけてなかった私も悪いけどさ。
 すんでのところで火炎弾を避けたフィリーと一緒になって、懸命の消火活動を行った。

 なんとか壁の一部が焦げるだけで済んで、今こうしてフィリーと朝ご飯を食べている。
 フィリーは横でふてくされてパンをムシャムシャしているけど、私も譲れない。
 だって、目が覚めたら半裸のマッチョが鷲の羽を広げて立ってるんだよ。 
 そりゃあ咄嗟に魔法撃っちゃうよ。自衛だよ!

 でも大事にならなくて本当に良かった。寝ぼけて撃った自分の魔法で部屋全焼とか、黒歴史確定だもん。絶対死にたくなる。

「あなた達、まだ別の部屋で寝てるの? いい加減一緒に寝なさい」
 冷菜スープを持ってきて、向かいに腰掛けたお母さんがあきれ顔を見せる。
 裸の上に白いバスローブみたいなの付けてて、胸元が大きく開いている。

 ……朝から刺激的なの見せないでよ。サキュバスってそんなのしなきゃいけない決まりでもあるの? 私、絶対したくないんですけど。

「コイツにだけ言えよ。母さん。ごねてんのはコイツのほうだぜ」

「ふざけんな。ぜーったい嫌。アホ、変態、スケベ!」

「あぁん!?」
 フォークを置いて喧嘩を始める私たちを見て、お母さんがため息をつく。

「まぁまぁ。そう急ぐことじゃないさ。こういうのは、本人らの好きにさせてあげよう」
 鷲の翼を広げたお父さんがのんびりと話し、卵とポポロ芋を炒めたお皿に鉤爪を伸ばす。

「あなたがそうやって言うから駄目なのよ。あまりこの子らを甘やかさないで」
 不機嫌になったお母さんがそのお皿をお父さんから引き離す。

「俺達だって、このぐらいの頃は色々あったじゃないか。この子らにも色々思うところだってあるさ」
 お父さんも負けじと身を乗り出し、離されたお皿を自分の近くまで引き寄せる。

「そんなこと子供の前で言わないでよ。もう十六歳越えたツガイなんだから、一緒のベッドで寝て交尾するのは当たり前じゃない」
 魔族の両親が私とフィリーの教育方針の違いで言い争いをしている。
 私からしてみたら、朝っぱらから子供の前で交尾の話する親のほうがよっぽど当たり前の光景じゃない。
 けど、文句も言わずに黙々と朝ご飯を食べる。
 ここは、そんな世界だからだ。

 平和な日本で生まれて、高校生になった私は一度死に、魔族の街で生まれ変わった。
 そしたらそこはもっと平和なところだった。

 犯罪がおこらない。ちょっとした言い争いくらいならあるけれど、大きな争い事にはならない。
 皆が皆、それぞれに人生のパートナーを持っていて、そのパートナーと一緒になって街を盛り上げようと頑張っている。
 そんな世界に放りこまれ、早くも十六年が経った私にもパートナーがいる。
 隣でふてくされながらスープを飲んでいるフィリーだ。

 私とフィリーは同じ時間、同じ場所でこの世界に生まれた。
 双子ってことね。
 魔族は必ず双子を産む。そしてその双子は生涯一緒に暮らすことが定められている。
 これが魔族のしきたりだ。

 魔族からしてみたら当たり前のこと。でも、元人間の私はまだそれを心の底から受け入れられないでいる。
 だってさぁ、兄弟だと思っていたら結婚相手だったんだよ。
 本当は、私もフィリーも一六歳になったから――えーっと、アレをして新しい子供作りを頑張らないといけないみたいなんだけど、なかなか割り切れないよ。

 フィリーのことは嫌いじゃないけど、恋人としてはまだ見れてない。……多分。
 だから、恋人として私が自覚できるようになるまで、関係を進めるのをストップしちゃってる。
 フィリーも私のその気持ちが分かっているのか、なにも言ってこないし、されてない。
 本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

「いつまでやってんだよ親父、そろそろ行くぜ」
 お母さんと皿の奪い合いをしていたお父さんに声をかけ、フィリーが身支度を始める。

「あ、もう行くんだ。お弁当はいつもの時間でいい?」

「今日はいらねー。現場がちょっと遠くだしな」

「えー、じゃあ早く言ってよ」

「まだ作ってないんだろ。今でいいじゃねーか」
 仕込みとかあるんだよ、このやろう。

 この世界にもお金が流通していて、魔族はそれぞれ仕事を持っている。
 フィリーもお父さんと一緒で大工仕事。
 私も昔はたまに呼ばれてたけど、成長してからはめっきり呼ばれなくなっちゃった。
 今は何をしているのかというと、お母さんがお裁縫を得意としているので、服の材料集めで街の外をブラブラしたり、端材を燃やしたりだとか?

 お母さんが作るオーダーメイドの服は結構お客さんが付いてるんだよ。色は白と黒と赤ばっかりだし、ちょっときわどいのも多いけど、スパンコールドレスみたいなのも作れるし、麦わら帽子だって縫えるし、ハイヒールだってできちゃう。ちなみに私も何度か教わったけど、できあがったぼろ切れを見たお母さんにため息を付かれた。

「あ、そうそう。私も今日はちょっと遠出してくるから、お昼ご飯はいいわ」
 フィリーとお父さんが仕事に行った後、洗い物をしていると、隣でコップを拭いていたお母さんが切り出してきた。

「えー……もうレイレイ魚、水で戻しちゃったよ。一人じゃ食べきれないよ」
 料理は好きだし、得意なほうだから今やお母さんに並ぶ腕前になっている。
 レイレイ魚とは近くの濁流川で取れる、腐りやすい魚だ。魔族独自の製法でカチカチの干物にして、水で戻して焼いて食べる。
 折角朝一で魚の干物を戻しておいたのに。

「ごめんなさい。第四区画《オーレド》の近くに温泉が湧いたみたいだから調査に来てくれって頼まれちゃったの」
隣の街オーレド? 遠くない? いつ帰ってくるの?」
 私たちの住む街、第三区画《ブルシャン》の他にも、魔族の街は存在する。それは私たちの生きる大地、魔族半島内に点在していて、オーレドはブルシャンの西側、隣の街に位置していた。隣って言っても、歩いて行ったら行きだけで三日はかかる。

「飛んだらすぐよ。明日の夜には帰ってくるわ」

「それでも泊まりになるんだね。分かったよ」
 レイレイ魚は晩ご飯にでも出そう。
 ちょっと痛んでるかもしれないけど、食べるのはフィリーとお父さんだからなんとかなる。

「私も面倒くさいんだけどね。寄り合い辞めさせようかしら」
 そんなことを言いながらも、お母さんはウキウキしている。いいなぁ、温泉。
 お父さんが街の市長さん達と仲がいいらしく、今回のもその繋がりなんだろう。

 洗い物が終わると、お母さんは余所行きのきわどい服に着替えどこかに飛んで行ってしまった。

 さてと、私は今日一日どうしようかな。
 うーん、服の材料はまだまだありそうだし、食材もしばらくは持ちそう。

 ……。

 ……やばい、暇だ。

 こんなとき、無趣味は駄目だよね。まあ趣味っていったら料理なんだけど、食材無駄にするわけにもいかないし……どうしよう。

「こんなときは……」

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