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三章 ――白色の王子と透明な少女――
⑦<少女4> 『無駄にはしない』
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⑬【ソフィア】
「驚いたな、『燈のナルヴィ』を倒すなんて……俺は君を見誤っていたよ」
軽い調子の声が私の背中にあたり、広間に広がった。一時期は素敵だと思っていた声も今になったら嫌悪感しか覚えない。
「……君のせいで俺の計画は台無しだ。けれど、それもここまでだ」
大勢の男達が部屋の中に入ってくる。話し合いながらナルヴィを囲み、担ぎ上げる。
「……どうするんですか? その子を」
私は床に座り込みながら、沸いて出た疑問をそのまま口にする。
「見たところ、まだ生きているようだしね。ゆっくり時間をかけて君から受けた呪いを解除するよ。魔石を使ってみてもいいし、宝玉《オーブ》を使ってみてもいい」
「……メフィスが最後に振り絞ってくれた力を、呪いだなんていわないで」
私はゆっくりと立ち上がり、振り返る。
そこにはバルドル王子が立っていた。貼り付けたような笑顔はそのままに、勝ち誇った目を私に向けている。
その周辺には『教会』の礼服を着た男達が立っていた。
「……逃げたんじゃなかったんですね」
「まさか、こうして仲間を連れて戻ってきただけさ。ナルヴィの手助けをするためにね」
「なんで、あなたは人間なのに……ナルヴィの手助けをしているんですか? なぜ、ルスランを滅ぼそうとしているんですか?」
「子供のキミには理解できないさ。それに俺はナルヴィを利用しているだけだ。彼女は存分に王国を……世界をかき混ぜてもらった後に、再度、封印するつもりだった」
「……最低ですね」
この男は、ナルヴィすら自分の都合のために利用することしか考えていない。
仲間だなんて、微塵も思っていない。
きっとこの周りにいる男達もそうなんだろう。仲間だといいながら、自分のために都合良く使う道具みたいに考えているんだ。
「どうとでも言えばいいさ。さて、キミのお気に入りの魔族もいなくなったようだし、もうキミも魔法を使えないんだろう? 大人しく捕まってもらえるかな」
その通りだ。私の手助けをしてくれる友達はもういない。夢魔法を使えるメフィスは、もういなくなってしまった。
けれど……、
だけど、私は負けない。
メフィスの頑張り、無駄にはしない
「……あなたの自分勝手で、どれだけ周りが迷惑してると思っているんですか」
「俺は俺なりに王国を考えている。それが少し他人と考えが合わないだけだ」
世界をかき混ぜて、色んな人間を、魔族を利用して?
……はっ、ふざけんじゃないわよ。
「そんな考え、誰とも合うわけがないでしょ。あなたが考えていることは……ただのわがままな考え。馬鹿な考えよ」
「これだから、女、子供は。……キミには生涯、理解できないだろうけど――」
「そんなもん理解したくないわよ!」
まだ話し足りなそうにしている王子を遮る。
これ以上、この男の言葉なんか聞いちゃ駄目だ。
「王子……私はね、世界を引っかき回すなんて自分勝手を見過ごさない。誰かを危険な目に遭わせる、そんな存在を絶対に許さない」
相変わらず笑顔を貼り付けたような顔を睨み付ける。拳を握り締める。
「私は、メフィスの思いを無駄にはしない。身を挺してナルヴィを止めた思い、それを受け継ぐ!」
そうだ。メフィスは消えちゃったけれど、その思いは残っている。
夢魔法は消えちゃったけれど、私の中に、メフィスは残っている。
腰に差していた剣を抜き、剣先をバルドル王子に向ける。
「あなたの悪い企み、私が止めてみせる!」
私の啖呵にもバルドル王子は動じていない。それどころか周りを見わたし、鼻で笑ってきた。
「馬鹿な女だ。この状況をよく考えるんだな。キミに勝ち目があるとでも?」
そうだ。もう夢魔法は使えない。
バルドル王子だけでも勝てないのに、その周りには十人くらい屈強な男達がいる。
二、三人は腕を切れると思うけれどいっぺんに襲われたら私なんてひとたまりもない。
だから私は――。
「バルドル王子! 私はあなたに、決闘を申し入れる!」
決闘。その言葉に口を開いて応えるバルドル。
それもそのはず、敵国でもない、それどころか騎士でもないただの小娘が王族に決闘を申し入れるなんて、長いルスラン王国歴史でも初めてだろう。
「……キミは、本気で言っているのか?」
「本気よ。……それにあなたは、私と約束をしている」
「約束……?」
身に覚えがないといった顔。そうだよね。あなたがこんな小娘との会話、まともに覚えているはずがない。
「もし、一撃でも剣をあてられたら、なんでも望みを一つ叶えてくれるという約束です」
「ああ、……あれか」
合点がいったといった表情で私を見つめ、嫌な笑みを浮かべる。
「なんだ、キミはまだ俺との輝ける未来でも夢見ているのか? 残念だけど、そんな可能性、微塵もない」
違う。確かにあの時の私はそんなことを考えてしまっていた。頭がどうかしていた。
そうじゃない。
今の私は、頭がちゃんとしている。しっかりと物事を考えられている。
「バルドル王子、約束して。もし私が勝ったら……ナルヴィのことも、世界を引っかき回すなんて野望も忘れて、生涯大人しくしていなさい。これが……これが私の望みだ!」
私の宣言に、王子はまた鼻で笑う。
「勝てるつもりでいるのかい? キミとの実力差はあの夜、散々味わってもらったよね。……一応、言っておくけれど、キミは俺には勝てないよ」
「そんなの、やってみなくちゃ分からない」
「分かるよ。それに真剣勝負だよ。受ければキミも無事じゃすまないし、キミも自分の惚れた男に剣を向けるなんて、やりづらいんじゃないか?」
舌打ちしたくなる。
なにを、涼しい顔して言っているのよ。なにを寝ぼけたこと、言ってるのよ。
……決めた。
絶対に、この男に負けてやらない。絶対に、その涼しい顔を引きはがす。
「ごちゃごちゃ言ってないで、早く決めなさいよ。受けるの? 受けないの!?」
バルドル王子はやれやれといった仕草で周りの男達を見わたし、男達から失笑が生まれる。
けれど、私の目を見つめ、絶対に引き下がらないといった決意も受け取ったのだろう。
ため息をつき、腰の細剣《レイピア》を抜いた。
「……いいだろう。俺も男だ。申し込まれた決闘は受けて立つ。手加減はしないよ」
「……望むところだ」
周りの男達からしてみたら、小娘の戯れ言。王子が受けるとは思っていなかったようだ。
ざわめきが広がっていく。
「ナルヴィは連れて行け。そこに転がっている王子もだ」
バルドル王子が床に倒れているロキ王子を顎で指し示す。
「……駄目、ロキ王子は連れていかないで」
王国を滅茶苦茶にしようとしているこの男達に連れて行かれたら、なにをされるか分かったものじゃない。
「……いいだろう。ナルヴィだけだ、全員、この部屋から出ていけ」
バルドル王子の指示を受け、男達はナルヴィを抱え、不満を口にしながらもぞろぞろと空間から出ていく。
私とバルドル王子。そして倒れ込んでいるロキ王子の三人だけがこの場に残された。
「これで、邪魔は入らない。俺がキミをどれだけ残虐な方法で殺したとしても、それを咎める人間はいない」
バルドル王子がその汚い本性を顔に浮かべる。
初めて見たときは、綺麗な人だと思っていた。
夜通し、眺められた。
今は、もうそんな感情は沸いてこない。綺麗だなんて微塵も思わない。
私の目の前に立つのは、黒色に染まった『白色の王子』だ。
「……いきます」
「……どうぞ」
一対一の一騎打ち。
今度こそ、絶対に、負けてやらない。
細剣《レイピア》の先が交錯し、激しい火花があがった。
「驚いたな、『燈のナルヴィ』を倒すなんて……俺は君を見誤っていたよ」
軽い調子の声が私の背中にあたり、広間に広がった。一時期は素敵だと思っていた声も今になったら嫌悪感しか覚えない。
「……君のせいで俺の計画は台無しだ。けれど、それもここまでだ」
大勢の男達が部屋の中に入ってくる。話し合いながらナルヴィを囲み、担ぎ上げる。
「……どうするんですか? その子を」
私は床に座り込みながら、沸いて出た疑問をそのまま口にする。
「見たところ、まだ生きているようだしね。ゆっくり時間をかけて君から受けた呪いを解除するよ。魔石を使ってみてもいいし、宝玉《オーブ》を使ってみてもいい」
「……メフィスが最後に振り絞ってくれた力を、呪いだなんていわないで」
私はゆっくりと立ち上がり、振り返る。
そこにはバルドル王子が立っていた。貼り付けたような笑顔はそのままに、勝ち誇った目を私に向けている。
その周辺には『教会』の礼服を着た男達が立っていた。
「……逃げたんじゃなかったんですね」
「まさか、こうして仲間を連れて戻ってきただけさ。ナルヴィの手助けをするためにね」
「なんで、あなたは人間なのに……ナルヴィの手助けをしているんですか? なぜ、ルスランを滅ぼそうとしているんですか?」
「子供のキミには理解できないさ。それに俺はナルヴィを利用しているだけだ。彼女は存分に王国を……世界をかき混ぜてもらった後に、再度、封印するつもりだった」
「……最低ですね」
この男は、ナルヴィすら自分の都合のために利用することしか考えていない。
仲間だなんて、微塵も思っていない。
きっとこの周りにいる男達もそうなんだろう。仲間だといいながら、自分のために都合良く使う道具みたいに考えているんだ。
「どうとでも言えばいいさ。さて、キミのお気に入りの魔族もいなくなったようだし、もうキミも魔法を使えないんだろう? 大人しく捕まってもらえるかな」
その通りだ。私の手助けをしてくれる友達はもういない。夢魔法を使えるメフィスは、もういなくなってしまった。
けれど……、
だけど、私は負けない。
メフィスの頑張り、無駄にはしない
「……あなたの自分勝手で、どれだけ周りが迷惑してると思っているんですか」
「俺は俺なりに王国を考えている。それが少し他人と考えが合わないだけだ」
世界をかき混ぜて、色んな人間を、魔族を利用して?
……はっ、ふざけんじゃないわよ。
「そんな考え、誰とも合うわけがないでしょ。あなたが考えていることは……ただのわがままな考え。馬鹿な考えよ」
「これだから、女、子供は。……キミには生涯、理解できないだろうけど――」
「そんなもん理解したくないわよ!」
まだ話し足りなそうにしている王子を遮る。
これ以上、この男の言葉なんか聞いちゃ駄目だ。
「王子……私はね、世界を引っかき回すなんて自分勝手を見過ごさない。誰かを危険な目に遭わせる、そんな存在を絶対に許さない」
相変わらず笑顔を貼り付けたような顔を睨み付ける。拳を握り締める。
「私は、メフィスの思いを無駄にはしない。身を挺してナルヴィを止めた思い、それを受け継ぐ!」
そうだ。メフィスは消えちゃったけれど、その思いは残っている。
夢魔法は消えちゃったけれど、私の中に、メフィスは残っている。
腰に差していた剣を抜き、剣先をバルドル王子に向ける。
「あなたの悪い企み、私が止めてみせる!」
私の啖呵にもバルドル王子は動じていない。それどころか周りを見わたし、鼻で笑ってきた。
「馬鹿な女だ。この状況をよく考えるんだな。キミに勝ち目があるとでも?」
そうだ。もう夢魔法は使えない。
バルドル王子だけでも勝てないのに、その周りには十人くらい屈強な男達がいる。
二、三人は腕を切れると思うけれどいっぺんに襲われたら私なんてひとたまりもない。
だから私は――。
「バルドル王子! 私はあなたに、決闘を申し入れる!」
決闘。その言葉に口を開いて応えるバルドル。
それもそのはず、敵国でもない、それどころか騎士でもないただの小娘が王族に決闘を申し入れるなんて、長いルスラン王国歴史でも初めてだろう。
「……キミは、本気で言っているのか?」
「本気よ。……それにあなたは、私と約束をしている」
「約束……?」
身に覚えがないといった顔。そうだよね。あなたがこんな小娘との会話、まともに覚えているはずがない。
「もし、一撃でも剣をあてられたら、なんでも望みを一つ叶えてくれるという約束です」
「ああ、……あれか」
合点がいったといった表情で私を見つめ、嫌な笑みを浮かべる。
「なんだ、キミはまだ俺との輝ける未来でも夢見ているのか? 残念だけど、そんな可能性、微塵もない」
違う。確かにあの時の私はそんなことを考えてしまっていた。頭がどうかしていた。
そうじゃない。
今の私は、頭がちゃんとしている。しっかりと物事を考えられている。
「バルドル王子、約束して。もし私が勝ったら……ナルヴィのことも、世界を引っかき回すなんて野望も忘れて、生涯大人しくしていなさい。これが……これが私の望みだ!」
私の宣言に、王子はまた鼻で笑う。
「勝てるつもりでいるのかい? キミとの実力差はあの夜、散々味わってもらったよね。……一応、言っておくけれど、キミは俺には勝てないよ」
「そんなの、やってみなくちゃ分からない」
「分かるよ。それに真剣勝負だよ。受ければキミも無事じゃすまないし、キミも自分の惚れた男に剣を向けるなんて、やりづらいんじゃないか?」
舌打ちしたくなる。
なにを、涼しい顔して言っているのよ。なにを寝ぼけたこと、言ってるのよ。
……決めた。
絶対に、この男に負けてやらない。絶対に、その涼しい顔を引きはがす。
「ごちゃごちゃ言ってないで、早く決めなさいよ。受けるの? 受けないの!?」
バルドル王子はやれやれといった仕草で周りの男達を見わたし、男達から失笑が生まれる。
けれど、私の目を見つめ、絶対に引き下がらないといった決意も受け取ったのだろう。
ため息をつき、腰の細剣《レイピア》を抜いた。
「……いいだろう。俺も男だ。申し込まれた決闘は受けて立つ。手加減はしないよ」
「……望むところだ」
周りの男達からしてみたら、小娘の戯れ言。王子が受けるとは思っていなかったようだ。
ざわめきが広がっていく。
「ナルヴィは連れて行け。そこに転がっている王子もだ」
バルドル王子が床に倒れているロキ王子を顎で指し示す。
「……駄目、ロキ王子は連れていかないで」
王国を滅茶苦茶にしようとしているこの男達に連れて行かれたら、なにをされるか分かったものじゃない。
「……いいだろう。ナルヴィだけだ、全員、この部屋から出ていけ」
バルドル王子の指示を受け、男達はナルヴィを抱え、不満を口にしながらもぞろぞろと空間から出ていく。
私とバルドル王子。そして倒れ込んでいるロキ王子の三人だけがこの場に残された。
「これで、邪魔は入らない。俺がキミをどれだけ残虐な方法で殺したとしても、それを咎める人間はいない」
バルドル王子がその汚い本性を顔に浮かべる。
初めて見たときは、綺麗な人だと思っていた。
夜通し、眺められた。
今は、もうそんな感情は沸いてこない。綺麗だなんて微塵も思わない。
私の目の前に立つのは、黒色に染まった『白色の王子』だ。
「……いきます」
「……どうぞ」
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