群像転生物語 ――幸せになり損ねたサキュバスと王子のお話――

宮島更紗/三良坂光輝

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三章  ――白色の王子と透明な少女――

結-上巻①<王子1> 『ルスラン大聖堂』

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「……よく分からない」
 正直な私の感想に、白い髪のお兄ちゃんはちょっとだけ困った顔をみせる。
 少しだけ考え込んで、私に向かい、言った。

「……正義の味方になりなさい」
 私の心は、お兄ちゃんの落ち着いた声に包まれる。

「困っている人がいたら、助けなさい。それを続けていれば、きっといつか仲間ができる。お互いに信じられる友達が増えていく。その友達が、きっと君が困ったときに助けてくれる」
 友達が増えれば、助けてくれる。
 だから、友達を増やすために、私は――

 言葉が伝わった瞬間、滲んでいた私の視界が一気に開ける。
 これから、私が何をしなくちゃいけないのか、はっきりと分かる。

 そっか、お兄ちゃんが伝えたいことは、簡単な事だった。
 私は――私は、

「……うん、分かった! 私、正義の味方になる! 困っている人がいたら……絶対に助ける!」
 私の言葉に笑顔を見せ、お兄ちゃんは立ち上がる。

「……元気になったか?」

「うん、ありがとうお兄ちゃん!」

「ならば、涙をぬぐえ。姫に涙は似合わない」

「ひめ?」

「……なんでもない」
 ひめってなんだろう。
 ま、いいか。

 涙を両手で擦り落として、もう一度お兄ちゃんを見上げる。
 残っていた涙が空の青に溶け込んだ。
 白色が青に溶け込んだ。

 私の悲しみは、青空に溶け込んで、消えていた。


    *****

 あの日、あの時、私は夢を見ていたんだと思う。

 そう――あの時の光景は、
 今は朧気《おぼろげ》になってしまった情景だ。

 あの日、私はお母さんに叱られて、涙を浮かべて座っていた。

 自分が嫌になって、泣いていた。

 気がつけば、あの人は私の隣にいた。
 いつの間にか、優しそうな男の人が立っていた。

 私に進むべき道を教えてくれた。

 あの白い王子様に出会ってから、
 私はずっと――

 私はきっと、ずっと、――正義の味方だ。



①【ロキ】
 視界が蒼に満たされる。
 うねりを続ける蒼の光が俺の身体を包み込む。

 突如、視界が弾け、薄暗い部屋に俺の身体が放り出された。重度の船酔いと立ちくらみが同時に襲いかかったような感覚に包まれ、身体と意識が急速に離れていく。

『しっかり! 無事着いたみたいだよ。王都にね!』
 頭の上から響く声に、失われた意識が踏みとどまり、身体を動かす。

「……良く、元気でいられるな。魔族の感覚は人間と違うのか?」
 込み上げてくる吐き気を押さえながら頭上にいる魔族、メフィスに語りかける。

『僕だって気持ち悪いよ。何度かこの移動装置は使ったから……ようは慣れさ』

「この感覚は慣れそうにないけどな。……だが助かった。今は一刻も早くバルドルとソフィアを探さないと」

 メフィスの夢魔法を使い、鶏馬《ルロ》を呼び出した俺は、逸る気持ちを抑えながら『森のノカ』聖堂へと辿り着いた。そして、そこで待っていたものは既に物言わぬ姿にされたエストアの亡骸だった。
 恐らく黒髪の少女、ナルヴィの仕業なのだろう。
 俺が森のノカへと辿り着くために使った転移盤《アスティルミ》も既に使われてしまっていた。
 仕方がないので修理用の縄梯子を使い『夜のノカ』聖堂の地下に設置された転移盤《アスティルミ》を使いなんとか王都中央にある大聖堂地下へと辿り着いたわけだ。

「……なんだこれは」
 部屋の外にある通路は、むせ返るような血のにおいに満たされていた。沢山の扉が並んだ通路の床を彩るように沢山の軽装の男達が倒れている。
 ある者は首を撥ねられ、ある者は四肢を切り取られ、身体の一部が散らばっている。

『ナルヴィの仕業だろうね』

「エストアの死体もそうだったが、まるで鋭利な刃物で切り裂かれた痕だな」

『ナルヴィはかなり特殊な影魔法の使い手だよ。人間が簡単に勝てるような存在じゃない。無策のまま戦いを挑んでもこうなるだけだ。くれぐれも気をつけてね』
 女の子の姿をしたナルヴィを思い浮かべる。
 正体が『厄災』の眷属だと分かった今でも、爽やかな笑顔を見せていたあの黒髪の少女がこれをやったとは到底思えなかった。

「しかし、思っていたよりも時間がかかってしまったな。……もう既に魔界に向かっていなければ良いが」

『ここの転移石は僕の本体がいる魔界に繋がっている。本当の最悪は、僕の本体がナルヴィと戦うことかもしれない』

「随分と使い勝手の良い魔法のようだが、お前の本体は強いのか?」

『……そこそこかな。ナルヴィだって、不意を突ければ悪夢に引き込んでしまえる。そうすればもう僕の勝ちだ。……ただ、別に僕自身はそんなに戦闘能力が高いわけじゃないから、瞬殺されて終わる可能性だって大きいよ』

「本体へ事前に注意喚起することはできないのか?」

『できない。今ここにいる僕と本体は記憶が共有されていないから。やれるとすれば、ここにいる僕が一刻も早く転移石から本体に戻って融合することかな。そうすれば、人間の仲間と過ごした僕の経験や記憶は本体と融合される』

「……急ごう。転移石はどっちだ?」
 バルドルは宝玉《オーブ》を持っている。奴の捨て台詞こそ『決着は王都で付けよう』というものだったが、本当にそのつもりなのか怪しいものだ。
 いつ転移石を使い魔界へと逃げてしまうかもしれない。そうなってしまえば、追うのは至難の業になってしまう。

 ナルヴィもこの大聖堂へと向かったのは想定外だったが、今はなによりソフィアを助けるのが最優先だ。
 俺の立つ廊下は前も後ろも先が見えないほど長い。両側とも死体が散らばっているだけで、動く人影は見受けられなかった。

『このまま真っ直ぐ行くと大きな階段がある場所にいける。まずはそこに行こう』
 メフィスの言葉に従い、転がる聖職者達の死骸を避けながら歩みを進める。

「……メフィス、少しだけ耳を貸してもらえないか」
 両側に並んで設置された扉を次々に通り過ぎながら、俺はメフィスに語りかける。

『僕にできることならば、耳だけじゃなく力も貸すよ』

「お前がなぜ、魔族を憎んでいるのか俺にはまだ深く理解ができていない。だが、魔族を滅ぼすため、人間に肩入れしていることは分かった」

『正確には、魔族が生まれ持って持つ意識を憎んでいるんだけどね』

「お前は人間界にきて、様々な事を知ったと思う。人間は立場や経験で、さまざまな考えが生まれる。人間の集団は一つの考えに縛られて生きていない。バルドルのように、お前に敵対したり、仲間のように、お前に味方したりだってそうだ」

『うん……ほんとうにそう思う』

「メフィス、俺はお前と話していて思った。……それは魔族だって同じだとな。今お前は仲間を助けようと頑張っている。同じように魔族だって、自分の仲間である魔族が危機に瀕したら助けたくなるだろう。人間が敵意を持って攻めてきたら、仲間のために反撃だってするだろう」

『……何が言いたいの?』

「人間も、魔族も関係がない。憎しみからは敵意しか生まれない。何故魔族を憎むのかは知らないが、魔族を滅ぼすという選択肢以外も考えてくれないか? 魔族を滅ぼすという目的ではなく、もっと違う解決方法を目指してくれないか? それは、人間のためでもあり、魔族のためでもある。……もっと言うと、お前のためでもあり、俺のためでもあるんだ」

『……なぜ、キミのためなんだ?』

「仮に魔族側がなにもしていないのに、人間が魔族を攻めるなんて愚行を侵すならば、俺は魔族のために戦うだろう。なんとしてでも人間を止めてみせる。何故なら……魔族も、仲間を大事にする存在だと分かったからだ。心を持つ存在だと分かったからだ。……誰でもない、メフィス、お前を見てな」

『……』

「憎しみの連鎖を生み出さないでくれ。……今、お前の本体が強い憎しみを持っていたとしても、それは一時的なものだ。きっと、救いが生まれる。希望がわいてくる。だからその感情だけに縛られないでくれ」

『なぜ、そんなことが言えるんだ。僕が何年、“彼女”を待ち続けていたか、絶望し続けたのか、分かるのか!』

「だったら、お前はソフィアといる時も、絶望していたのか?」
 俺の質問に、メフィスは黙り込む。

「どれだけ強い憎しみを持ったところで、そんなもの一時的なものだ。仲間との友情に勝てるような感情じゃない。……お前はソフィアと一緒にいれて、楽しかったと言っていた。仲間がいるならば、希望は生まれる。日々の楽しみが生まれる。……もう、今のお前はとっくに絶望に打ち勝っているんだよ」
 俺だって深い絶望を味わいながら生きているが、楽しいときは楽しい。嬉しいときは嬉しい。一つの感情に縛られて生きていない。
 反して憎しみだけに縛られた人間も見てきた。絶望に囚われ続けた人間を倒してきた。それは必ず連鎖する。どこかに新たな憎しみを生み出す。それこそ、呪いの類いと変わらない。
 メフィスはその呪いに囚われてしまっているのだろう。だが、ソフィアと出会い。仲間と過ごす楽しさを知った。

 ならば、きっと、囚われてしまった憎しみの感情から抜け出せるはずだ。

『……この戦い、絶対に、負けられなくなったね』
 地下へと続く大きな階段を中央に持つ広間に辿り着いた。メフィスは俺に道案内を行いながらぼそりと呟いた。

『この感情、絶対に僕の本体へと届けないと』


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