群像転生物語 ――幸せになり損ねたサキュバスと王子のお話――

宮島更紗/三良坂光輝

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三章  ――白色の王子と透明な少女――

    ③<王子3> 『追体験』

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⑤【ロキ】

「どうしたんだい? ロキ。さっきから考え事しているようだけど」
 不意に向かいから声をかけられ、俺は目を開ける。
 丁度窓をすり抜けてきた眩しい日差しが目に差し込み、眩ませる。その後、花畑に居るような匂いが充満した馬車の室内が俺の視界に広がった。
 揺られる馬車の中、目の前には強い癖毛の白い髪を肩まで伸ばした男が座っている。国王譲りの、赤い瞳を持ちながらも王とは違い、柔らかな眼差しで俺を見つめている。

「バルドル……いや、なんでもない。大丈夫だ」
 ……妙に頭が冴えている。いつの間にか眠ってしまっていたのだろうか。
 おかしいな、俺がこの男の前で眠るなど絶対に無い筈なのに。

「ここはどこだ? 俺は何故、馬車に乗っている?」
 窓から外を見ると王都郊外にある田園風景が広がっていた。
 少し先を見ると、ラベンダーのような花が咲き乱れる畑も広がっている。

「冗談で言ってるのかな。『エスタールに向かう前に一度は妹と会ってやれ』そう言い出したのは国王だよ」

「……そうだったな。」
 そういえばそうだった。俺の身体もいつの間にか、十歳の頃に変わっている。目の前に居るバルドルも今より若干若々しい気がする。俺は今、エスタールに向かう前の現在に戻ってきている。

「……いい加減、機嫌を直してくれないかな。俺の事を信用できない気持ちは分かるし、二人なのが嫌なのも分かるけれど、他の王子は忙しいんだ。今日は二人っきりで沢山楽しもう」

「身の毛が弥立つ冗談だな。いつ暗殺されるか分からない状況で一体何を楽しめと?」

「……王子が王子を殺すわけがない。誤解だよ」
 何が誤解だ。この爽やかな顔をしたボンクラめ。
 俺は三歳の頃暗殺されかかった。その主犯格だと考えられるのが、この目の前に座る第三王子バルドルだ。
 証拠があるわけじゃないが、消去法でコイツに絞り込まれる。コイツ以外に俺を殺すことで利がある人間はいないからだ。

「なんにせよ、妹に会ったらそこでお別れだ。俺は歩いて帰る」

「別に構わないけど……決して本人には王家のことを伝えちゃ駄目だよ。本人が王族であることも、ロキが王族であることも」

「そこだ。何故そんな面倒なことをする?」

「血筋的には、国王の末っ子なんだけど、情婦の子だからね……世間体的に良くない」

「とは言っても白い髪に赤い瞳、他人が見たら、国王の娘だと一目で分かってしまう。本人だっていつかは気がつくだろう」

「その時はその時。本人が自覚するならそれは仕方ないことだ。けれど僕らからは伝えるべきことじゃない」
 今年五歳になった妹の家庭事情はある程度知っている。
 王が気まぐれで呼んだ情婦達の一人が身ごもり、王家に黙って子を産んだらしい。
 たった一晩の情事だったらしく、太宰官の連中も把握しきれていなかったようだ。黙って産んだはいいが、赤子は王の子である宿命により、白銀の髪と赤い瞳を持って生まれてしまい、王の子であることはすぐに王家に伝わってしまった。
 本来であれば母子ごと犬の餌にでもなってしまうのが通例なのだが、王が面白がってしまい、育てることが許され五年が経過してしまったわけだ。

「それでも、せめて王都から離れた場所に移せばいいんだけど。……王の戯れは俺も理解がしきれない」

「表立って王族とは認められないが、それでも末っ子が可愛いのだろう。案外、迷っているのかもしれないな」
 可愛い末っ子を自分の見える範囲に収めるか、隔離するかで。

「あの父上が? それはないな。王は人の感情なんて捨てなきゃやってられない。……王族だってそうさ。愛情なんか、邪魔な感情でしかない」
 ……これだ。この男の嫌いなところは。
 第三王子《バルドル》は一見すると爽やかな優男だが、その内面はどす黒く、それが隠しきれていない。
 正論ではあるだけに余計タチが悪い。

「……人の感情を捨てている人間ならば、邪魔になれば弟も簡単に切り捨てられるだろうな」

「……邪推しないでもらいたい。ほら、着いたよ」
 揺られていた馬車が止まり、馬が嘶く。
 窓から外をのぞき込むと、色気の強いブロンドの女が慌てながら、こちらまで駆けているところだった。

        *****

 庭先に案内されると、暗い表情を浮かべた少女がしゃがみ込み、じっと植え込みの花を見つめている。
 長く伸びた髪は癖っ毛ぎみで、軽いウェーブをかけたようになっている。
 髪の中央に止められた青いリボンが白銀の波に止められ際立って見える。

「お兄ちゃん誰?」
 すぐ近くまで近づいて、やっと俺に気がついたのだろう。
 赤い大きな瞳が俺に向けられる。
 大人しげな、か細い声だった。透明感のある白い肌と相まって、病弱な少女を思わせる。

「……ただの通りがかりだ。何を、泣いていたんだ?」
 少女の醸し出す、毒気のない可愛らしさにあてられ、つい頭を撫でてしまう。
 少女は嬉しそうに顔を上げ、表情が別人のように切り替わる。

「お母さんに怒られたの。大事なお皿割っちゃって」

「そうか。それは災難だったな」
 ちらりと、先ほど駆けてきていた母親の方をみると、離れたところでバルドルと何やら話をしている。話は聞こえてこないが、妙に親しげだ。
 バルドルは二十五歳で女の方も同じくらいの年頃だ。歳も近そうだし話が合うのかもしれないな。

「……後でもう一度、今度は一緒にお母さんに謝りに行こう。きっと許してくれるさ」
 まあこのくらいはサービスだ。もう二度と会わないだろう可愛い妹のために少しぐらい協力しても罰はあたらないだろう。

「ホントに? いいの?」

「ああ、構わない……けれど、その前に一つだけ、約束してもらいたいことがある」

「約束?」

「ああ……それはね――」
 少女の目線に合わせるようにしゃがみ込み、小さな手を握り締める。

「これから君は、沢山の苦労をするだろう。嫌な思いも沢山する。……悲しくて、辛くて自分が嫌になってしまうときが来るかもしれない」

「嫌だ……そんなの」
 純粋なのだろう。明るかった少女の表情に悲しみが帯びる。
 ……王家に無かった事にされた子でありながら、誰の目が見ても王族の人間であると勘違いされる見た目。
 この子も成長すれば、きっと自分の運命に気がつくだろう。
 自分が何者か、自分ですら決められない時期が来るのだろう。
 そして、それを誰も忠告はしない。それほどまでに王族の闇は、下手に触れてはならない領域だからだ。
 だから、俺がほんの少しの忠告をする。兄として、微々たる手助けをする。

「……そんな時は、俺を思い出せ。今日俺は君と一緒に、お母さんに謝りにいく。同じように……どうしようもないときも、周りを見わたせば仲間はいる。手助けをしてくれる相手はどこかにいる。希望を信じて、友達を信じて手を差しのばしてみな。……その相手を見つけることが、俺と君との約束だ」

「……よく分からない」
 かみ砕いて伝えたつもりだったが、それでも分かりづらかったか。……五歳児だもんな。
 えーと、どう言ったものか……。

「……正義の味方になりなさい。困っている人が居たら、助けなさい。それを続けていれば、きっといつか仲間ができる。お互いに信じられる友達が増えていく。その友達が、きっと君が困ったときに助けてくれる」
 やっと理解してくれたのだろう。少女は満面の笑みを浮かべる。
 全く、俺が正義を口にするとはな。正義なんて立場によって、国によってコロコロ姿を変える物だ。流石の俺でも、これだけ小さな子供にそこまで伝えることはしないがな。

「……うん、分かった! 私、正義の味方になる! 困っている人がいたら……絶対に助ける!」
 何か、間違った方向に導いてしまった気がしなくもないがまあいいだろう。
 俺は少女の手を握り、立ち上がる。
 少女を見ると、大きな丸い目の端に水滴が残っていた。

「……元気になったか?」

「うん、ありがとうお兄ちゃん!」

「ならば、涙をぬぐえ。姫に涙は似合わない」

「ひめ?」

「……なんでもない」
 口が滑ってしまったな。とうの妹は深く考えることもなく、両手を使い、両目を覆うように涙をこすり取っている。愛くるしいことこの上ない。

 さあ、後は……この子の母親に謝るだけだ。
 さて、あの母親は――







 突風が吹き抜けた。
 男の叫び声が夜空に溶け込んでいく。
 ライトアップされた“石碑”の前で二人の男女が血を流している。

 女は横たわり、切り裂かれた背中から血を噴き出しながら何かを呟いている。
 男は女に寄り添うように座り込み、泣き濡らした顔を夜空に向けている。

「これは……コイツらは……」
 そうだ――俺は……。
 俺は……つばさを――
 血塗られた男女から目を離すと、一際輝きを放つ大きな石版が宙を浮いていた。
 その前には男が立っていた。

 黒いローブを身に付けた男が石碑の前に立ち、俺を見つめていた。

「もう、十分だろ?」
 ゆっくりと、静かに、俺に近づいてくる。

「……俺は……俺は……なんて、ことを……何故、俺は」
 忘れたい。今見た光景を、全て忘れてしまいたい。

「何故、何故お前は……この光景を俺に見せた」

 知らなければ……こんなこと、知らなければ……俺は幸せだったのに。

 俺はその場に崩れ落ちる。

 宝玉《オーブ》を握り締め、這うように石碑へと向かう男を尻目に、俺は頭を沈める。
 
 常見重工ビルの屋上に、自分の拳を叩きつける。

「ふざけるな……こんなこと、こんな過去《みらい》……俺は絶対に認めない!」

「僕は悪夢を見せることもできるけれど、君が見てきた過去を再生することもできる。……約束したように、これは事実だ。君の見てきた世界だ。……これが、君の過去であり、未来だ」
 男がゆっくりと、俺の前に近づいてくる。体毛に覆われた手から伸びる、長く太い爪を俺の額にあてる。

「最初に説明したけれど……君は夢の全てを覚えている訳ではない。全てを忘れている可能性だってある。それでも約束は約束だ。……これから、君にかけた、『夢魔法』を解除する」

「……だったら、伝えてくれ。もしも忘れているのならば、俺にこの事実を伝えてくれ」

「いいのかい? きっと、後悔するよ」

「……それでも、構わない。俺は、あの世界に残された俺には、知る必要がある」

「……残念だけど、それはできない。僕はこの世界の僕だ。現実の僕と記憶が共有されていない。消えて、それで終わりさ」

「……ふざけるな。だったら、だったら何故この光景を俺に見せた!」

「君が一番、もう一度見たいと思っている光景だからさ。君は心の奥底で、この光景をもう一度見ることを望んでいた。だから僕はそれを叶えただけだ。憎むのならば……自分自身にするんだね」

「……その通りだな」

「それじゃあ、さようなら。この世界。そして、さようなら。この世界の魔族達《・・・》」

「ふざけるな……ふざけんなぁああああ!!!!」
 ぶつりと、視界が暗闇に包まれた。


⑥【ロキ】

「……目が覚めたかい?」

「メフィスか……俺はどれくらい眠っていた?」

「ほんの僅かな時間だよ。僕が無理矢理起こしたから」

「随分と長い時間眠っていたかのようだ。……それに悪夢を見ていた気がする」

「夢の中の僕は、希《まれ》に遊び心をみせるみたいだね。きっと君に何かをしたんだろう。悪さをしていなければいいけれどね」

「構わない……目的は果たせた」

「彼女は、いたのかい?」

「ああ……やっと、全てを理解できた」
 オーレンの紹介で、囚われた黒いローブの男、メフィスに出会った俺は、この魔族が見てきた経験を聞き、全容を把握した。

 与えられた情報の中には黒いローブの男が持つ、魔法の力も含まれる。
 チートに近い能力を秘めた『夢魔法』だが、その持つ力の中で、俺は一つの能力に着目した。
 それは、即ち『相手の過去を夢の中で追体験させる力』だ。
 相手の見てきた光景を、過去を、夢として相手に見せることのできる力だ。

 この能力を聞いた途端、俺は一つの使い道を見つけた。
 それは――地下室の死体についてだ。

 腹をかっさかれて、吊された死骸。その顔を見て俺は“どこかで見たことのある顔だ”と考えた。
 いくら考えても思い出せない、特徴のない顔。
 それを思い出すのに、絶好の能力だった。

「なるほどな……だから、アイツはあそこに……」
 だから俺はメフィスと取引をした。
 『夢魔法』を使い、見たい夢を見させてもらう変わりに……牢獄から脱出させる。そう約束し、俺は夢の中に入っていった。

「結局、誰だったの? 地下室の死体ってのは」
 そして俺は、そこで死体になる前の……まだ元気だった頃の女に出会った。
 それは――

「説明は後だ……行くぞ、メフィス」
 俺は立ち上がり、尻と腕に付いた砂を払い落とす。

「行くってどこに?」
 そんなもの、この局面ではたった一つだ。

「ソフィアを助けにいく。……ナルヴィは、アイツは、ソフィアの手には負えない」


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