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三章 ――白色の王子と透明な少女――
転-下巻①<王子1> 『昔話②』
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①【ロキ】
手を動かす度に、太い鎖が悲鳴を上げる。痛めた肩が、自分自身の体重を受けて外れそうになる。
「いい格好だな、王子」
俺の前に立つ英国紳士風の男、オーレンが表情一つ変えずに俺を見上げている。
『灰色の樹幹』に捕らえられた俺は、アジトに連れ込まれた後、上着を脱がされ両腕に鎖を取り付けられ吊し上げられた。
良くある拷問スタイルだ。テレビでは見たことがあるが、まさか自分自身がそれを体感することになるとはな。
「……悪いがお前の趣味に付き合っている暇は無い。降ろしてくれないか?」
まあ、こう頼んでみても無駄だろう。
オーレン以外にも、俺を取り囲む男達は一様に、憎しみの視線を俺に叩きつけている。
「私はこれでも心から愛する妻がいてね。昨年、他界してしまったのだが……まだ私の心には、彼女が住んでいる」
シルワが男色だと言っていた気がしたが……彼女なりの冗談だったのだろう。
「それは、お悔やみ申し上げる。香典でも持ってこようか?」
「コウデンが何かは分からないが、気を遣う必要などない。……彼女に瓜二つの、一人娘もいるのでな」
「父親似でなくて良かったな。……美人ならば、紹介してもらいたいものだ」
「紹介したさ。自慢の一人娘だ。……名を“シルワ”と言う。美人だっただろう?」
……なるほどな。
そいつは、厄介だ。
詰まるところコイツは俺と同様に、娘の復讐心に燃えているわけだな。くそ……俺に当たるなどお門違いも甚だしい。
「シルワの敵討ちというわけだな。……悪いが見当違いだ。他をあたってくれ」
「そう一概には言えんさ。なんせ貴様らは王族だ。腹の内で何を考えているのか理解に苦しむ存在なのでな」
「それには全くもって同意しよう。だがここで俺を傷みつけたところで……シルワを死に追いやった存在が笑うだけだ」
「お前はその検討がついているのか? お前ら王族は、一体何をしにこの町へとやってきた」
「それは以前、伝えたはずだが?」
「このわしが、表向きの言葉に惑わされるとでも? 一体何を隠している。……お前は一体何を掴み、娘は死んだ!?」
それは……俺が聞きたいくらいだ。
「俺は何も掴めちゃいない。なんでもいい、シルワが死んだ理由を掴みたいくらいだ。『灰色』で何かを掴んでいるのならば、教えてくれないか?」
「ルスラン王族がこの町に現れた途端、町は大混乱だ。そして王族に関わった娘がこの世を絶った。これでも無関係というならば、わしはそれでもよい。……喋りたくなるまで可愛がるだけだ」
鞭を持った男が二人、近づいてきた。二人とも少し困った顔をしている。
王族に手を上げる。その事の重大さに気がついているのだろう。
「……俺は、何も知らない」
そうだ。この町にいながらも、何一つ情報を掴むことができなかった。
また一人、俺の目の前で、命が消えていってしまった。
俺は、無力な存在だ。
……これは、その報いか。
覚悟を決めた方が良さそうだな。
空気を切り裂く鞭の音が、小部屋の中に鳴り響いた。
②【ロキ】
「少し、私の話をして良いかね?」
体中から走る激痛を堪えながら目を開くと、オーレンが相変わらず無表情のまま、俺を見つめていた。
「……嫌だ、と言っても話すのだろう?」
胸も腹も皮が切り裂かれ、赤い滴が止まらずに流れ続けている。
背は見えないが、傷みから察するに同じような状況だろう。
顔は今のところ手を出されていない。お楽しみは後に取っておくタイプなのだろう。
「……私は昔ね、金鉱を買うか買わないかで迷ったことがある」
「奇遇だな、俺もそうだ」
三歳の頃だがな。まあその必要はなくなってしまったので、放っておいてしまったが。
「まだ未入札の、誰も手を付けていない新品の金鉱だよ。もし買おうと思ったら鉱業ギルド内に巣くう、本職の猛者達と競り合うことになっただろう」
「……ガリオン鉱山かオークス炭鉱跡だな。どちらもルスランの北にあるから、視察に向かい良く覚えている。鉱業ギルドが前面に出るのならば炭鉱跡の方か?」
一度は手を付け、手放した物件だからな。ギルドとしてより惜しくなるのは後者だ。
「……流石だな。ならば分かるだろう、アレがどれほど広大で、どれほどカネをかけないといけないか」
「入札価格は膨大、設備投資に事前の人件費、あの広さなら最低でも百人は必要か。……ああ、監督や設計なんかも必要だな。ちょっと考えるだけでも膨大なカネが必要になりそうだ」
「それだけの投資をしてみても実入りが無く、資金が回収できない可能性もあった。それどころか私が無理をすれば鉱業ギルドのツラに泥を塗ることになる。そうなれば、腕利きの職人たちは絶対に私の事業に手を貸さなくなるだろう。カネを出して買っても、まともに掘れる人間がいないということになりかねん」
「良い判断だろう。……だが、確かあの炭鉱跡は――」
「そうだ。監督者が相当な腕を持っていたようでな、ほどなく莫大な金塊が発掘された。入札したのは、鉱業ギルドの新米集団だ。盗賊あがりでそれなりに蓄えを持っていたようだな」
「だが、幾ら有名な盗賊団といえども、金鉱を丸ごと買えるほどのカネはないだろう。どこかに金づるでもいたのか?」
「なあに、真相など、簡単なことだ。奴ら以外、全ての組織が損失を怖れてしまっただけだ」
なるほどな、思っていたよりも入札金額が上がらなかった訳だ。
王国《ルスラン》は談合を禁じている。金鉱並のデカいヤマならば『教会』もしゃしゃり出る筈だ。入札に法務執行官《ジャッジメント》が同行するので不正のしようがない。
金塊を手にした盗賊団は新米であるが故に、リスクを怖れず攻めた金額を提示したのだろう。結果、金鉱を手にし、莫大なカネを手にすることができた。
「それを聞いた時、私は思ったよ。『連盟の横紙を破り、ギルド内の新人どもが手に入れられるのならば、私にも機会があった』とな。そうだろう? 私の息がかかった人間を雇い、鉱業士団を作ってギルドに所属させるだけでいい。それだけで私は金脈を手にすることができた。私は本当に後悔したよ。なぜあの時、もう少し考えなかったのかとな。なぜあの時、鉱業ギルドというただの連盟に過ぎぬ団体を怖れてしまったのか。そう沢山、後悔した」
「……新米士団の頭がギルド上層部に顔が効く人間だったのかもしれない。ギルドが餞のつもりで贈ったら、思っていた以上の実入りがあっただけかもしれない。王族にツテがあったのかもしれない。……事実俺も、ゴロツキどもに金脈を掘らせようとした事があるからな。可能性を言い出したらキリがない。切り替えて次に進むんだな」
ギルドとはその業界を生業とする会社組織の集まりだと考えて良い。所謂、連盟だ。
建前上、連盟に上下関係はないが……当然現実は違う。当然、新米どもが良い思いをすればそれを快く思わない組織や人間達もでてきてしまう。
その新米どもが上手くやれたのだから、自分もチャレンジすればどうにかなったのかもしれない。オーレンの言っていることはそういうことだ。
「その通りだ。だが、失敗から何も学ばないのは、愚者のすることだ。私がこの失敗から学んだ事はなんだと思うかね?」
「……破産の恐怖に打ち勝ち、挑戦する心か?」
「そんな甘ったれた心など私が持つと思うかね? ……権威など、怖れるに足りんということだ。表の顔がどれだけ大きかろうが、人間の作る組織など付け入る隙はいくらでもある。どれだけ強大な存在であったとしても、カネと工夫次第でいくらでも乗り越えることができる」
「……それが『王族』であってもか」
「『王族』など、国家が作りあげた、まやかしの権威に過ぎんよ」
「……その割には、娘を俺に会わせたりと下心も見せているじゃないか。まやかしの『王族』に取り入ろうとでも思ったんだろうが――」
頬に衝撃が走った。首の後、頬にじんわりと傷みが広がっていく。俺を殴ったオーレンの右手が、俺の首筋を握る。
「ふざけるなよ『王子』。俺は反対したんだ。……ルスラン王族など、関われば碌な事にならないとな。仮に貴様みたいな若造に惚れたところで、大事にはされないと散々忠告したんだ。それを……それでも、シルワは、……」
俺の首筋に力が込められていく。口の中に鉄の味が広がっていく。
「……俺はただの抜け殻だ。幸せになり損ねた、人間《ぬけがら》でしかない。本当にあいつは何故、俺なんか――」
また、頬に衝撃が走る。間髪入れずに二激目が、反対の頬にねじ込まれる。
脳が衝撃で揺れ、視界が真っ白になる。
「それ以上、娘を侮辱することは許さん。シルワは腑抜けを愛する女でない。……男を見る目はあった。……それなのに……“俺なんか”だと? “抜け殻”だと!? ふざけるな!! お前が自分を卑下にすればするだけ、“抜け殻”を愛した女に傷がつく。何故それが分からんのか!!」
「オーレン……お前」
オーレンは男の顔をしている。王族ではなく、俺自身に、男の俺に、言葉を伝えている。
俺は……シルワの亡骸の前で、散々後悔したにも関わらず、また彼女の信頼を蔑《ないがし》ろにしてしまっていた。
自分を蔑《さげす》むことで、彼女の愛情を否定してしまっていた。
「……娘はお前を一目見た時から気に入っていた。会わせろとしつこくせがむから、会わせてみた! ワシも……お前と話をし、お前を見込んで娘を預けた。それが見込み違いだったと言うのか! お前は自ら、ワシら二人の決断が、過ちだったと言うのか!」
俺は、馬鹿な男だ。
強がっていても、二度目の十六歳を向かえようとも、中身はただの子供じゃないか。
『失敗から何も学ばないのは、愚者のすることだ』
この男の言う通りじゃないか。今回起こった一連の事件で、俺が学ばなくてはならないものが何か理解できた。それは――
「……オーレン」
「なんだ!?」
「俺はお前達を信用していなかった……彼女をもっと早く信用し、言葉を交わしていれば違った未来もあったかもしれない。俺がこの結末の元凶だ……すまなかった。」
他人を信じる心だ。シルワは俺を信頼し、愛してくれた。だが俺は信頼どころか、信用すらしていなかった。
裏切られてもいい、そのつもりで一度は信用するべきだったんだ。
「遅いかもしれないが、俺はシルワの愛情に酬いたいと思っている。この事件の真相を暴くことが、この町の一連の出来事を解決することが、彼女への餞だと思っている。……俺はお前を信用したい。小僧がナマを言うなと思うだろうが……力を貸してくれないか」
「……シルワはお前のことを、小僧ではないと言っていた。ワシもお前をただの小僧だとは思わん。お前は抜け殻でも腑抜けでもない」
「彼女は当然だろう。……なんせ――」
――。
―― !! ――
突然、思考の暗雲に光明が差した。
その光は周りの暗雲を照らし広がりを見せる。
「……そうか、彼女は――シルワはあの時、見つけていたんだな」
「どうした……?」
俺の表情を訝《いぶか》しがるオーレンを余所目に思考を続ける。
アイツが元凶だとするならば、この一連の出来事、そのほとんどは解決される。
ほとんどの違和感がぬぐい去られる。
だが……それだと腑に落ちない点が出てきてしまう。
それは他でもない、俺が依頼された、一週間前に起こった事件。
『眠り病』の事件だ。
……アイツを黒いローブの男と結びつけるのは無理がありすぎる。
それは即ち――
「オーレン、答えてくれ。この町に、魔族は二匹《・・》いるんだな」
「その通りだろう。『眠り病』の魔族と別に、影を操る魔族がどこかに潜んでいる」
それがアイツだということだ。
……アイツが、影の魔法を使い、シルワを殺したということだ。
そして――
『もうあなたの目的は達成しているわよぉ』
シルワの言葉が蘇る。
俺の目的は眠り病の原因である、黒いローブの男を捕らえることだ。
それは、シルワにも伝えてある。つまり――
「『灰色』は捕らえたんだな。魔族の一匹……『黒いローブの男』を」
「……ああ、地下牢に入れてある」
やはりか……。
これで全て分かった。
この町に魔族が二匹いるともっと早く分かっていれば、もっと早く真相にたどり着けた。
黒いローブの男は、『眠り病』にのみ関わっていたんだ。
ワイバーンも、影の子供も、地下室にいた女の死体も、シルワが襲われたのも、黒いローブの男は何一つ関わっちゃいない。
全てはアイツの仕業だった。
「……オーレン、俺を信じてこの拘束を解いてくれないか?」
「今更ふざける――」
「シルワを殺した黒幕、影の魔法を操る存在が誰か分かった。……ここに捕らえられているエストアと、後は……『黒いローブの男』と話をしたい」
シルワを殺した相手は分かった。
後の問題は、ただ一つだけだ。
手を動かす度に、太い鎖が悲鳴を上げる。痛めた肩が、自分自身の体重を受けて外れそうになる。
「いい格好だな、王子」
俺の前に立つ英国紳士風の男、オーレンが表情一つ変えずに俺を見上げている。
『灰色の樹幹』に捕らえられた俺は、アジトに連れ込まれた後、上着を脱がされ両腕に鎖を取り付けられ吊し上げられた。
良くある拷問スタイルだ。テレビでは見たことがあるが、まさか自分自身がそれを体感することになるとはな。
「……悪いがお前の趣味に付き合っている暇は無い。降ろしてくれないか?」
まあ、こう頼んでみても無駄だろう。
オーレン以外にも、俺を取り囲む男達は一様に、憎しみの視線を俺に叩きつけている。
「私はこれでも心から愛する妻がいてね。昨年、他界してしまったのだが……まだ私の心には、彼女が住んでいる」
シルワが男色だと言っていた気がしたが……彼女なりの冗談だったのだろう。
「それは、お悔やみ申し上げる。香典でも持ってこようか?」
「コウデンが何かは分からないが、気を遣う必要などない。……彼女に瓜二つの、一人娘もいるのでな」
「父親似でなくて良かったな。……美人ならば、紹介してもらいたいものだ」
「紹介したさ。自慢の一人娘だ。……名を“シルワ”と言う。美人だっただろう?」
……なるほどな。
そいつは、厄介だ。
詰まるところコイツは俺と同様に、娘の復讐心に燃えているわけだな。くそ……俺に当たるなどお門違いも甚だしい。
「シルワの敵討ちというわけだな。……悪いが見当違いだ。他をあたってくれ」
「そう一概には言えんさ。なんせ貴様らは王族だ。腹の内で何を考えているのか理解に苦しむ存在なのでな」
「それには全くもって同意しよう。だがここで俺を傷みつけたところで……シルワを死に追いやった存在が笑うだけだ」
「お前はその検討がついているのか? お前ら王族は、一体何をしにこの町へとやってきた」
「それは以前、伝えたはずだが?」
「このわしが、表向きの言葉に惑わされるとでも? 一体何を隠している。……お前は一体何を掴み、娘は死んだ!?」
それは……俺が聞きたいくらいだ。
「俺は何も掴めちゃいない。なんでもいい、シルワが死んだ理由を掴みたいくらいだ。『灰色』で何かを掴んでいるのならば、教えてくれないか?」
「ルスラン王族がこの町に現れた途端、町は大混乱だ。そして王族に関わった娘がこの世を絶った。これでも無関係というならば、わしはそれでもよい。……喋りたくなるまで可愛がるだけだ」
鞭を持った男が二人、近づいてきた。二人とも少し困った顔をしている。
王族に手を上げる。その事の重大さに気がついているのだろう。
「……俺は、何も知らない」
そうだ。この町にいながらも、何一つ情報を掴むことができなかった。
また一人、俺の目の前で、命が消えていってしまった。
俺は、無力な存在だ。
……これは、その報いか。
覚悟を決めた方が良さそうだな。
空気を切り裂く鞭の音が、小部屋の中に鳴り響いた。
②【ロキ】
「少し、私の話をして良いかね?」
体中から走る激痛を堪えながら目を開くと、オーレンが相変わらず無表情のまま、俺を見つめていた。
「……嫌だ、と言っても話すのだろう?」
胸も腹も皮が切り裂かれ、赤い滴が止まらずに流れ続けている。
背は見えないが、傷みから察するに同じような状況だろう。
顔は今のところ手を出されていない。お楽しみは後に取っておくタイプなのだろう。
「……私は昔ね、金鉱を買うか買わないかで迷ったことがある」
「奇遇だな、俺もそうだ」
三歳の頃だがな。まあその必要はなくなってしまったので、放っておいてしまったが。
「まだ未入札の、誰も手を付けていない新品の金鉱だよ。もし買おうと思ったら鉱業ギルド内に巣くう、本職の猛者達と競り合うことになっただろう」
「……ガリオン鉱山かオークス炭鉱跡だな。どちらもルスランの北にあるから、視察に向かい良く覚えている。鉱業ギルドが前面に出るのならば炭鉱跡の方か?」
一度は手を付け、手放した物件だからな。ギルドとしてより惜しくなるのは後者だ。
「……流石だな。ならば分かるだろう、アレがどれほど広大で、どれほどカネをかけないといけないか」
「入札価格は膨大、設備投資に事前の人件費、あの広さなら最低でも百人は必要か。……ああ、監督や設計なんかも必要だな。ちょっと考えるだけでも膨大なカネが必要になりそうだ」
「それだけの投資をしてみても実入りが無く、資金が回収できない可能性もあった。それどころか私が無理をすれば鉱業ギルドのツラに泥を塗ることになる。そうなれば、腕利きの職人たちは絶対に私の事業に手を貸さなくなるだろう。カネを出して買っても、まともに掘れる人間がいないということになりかねん」
「良い判断だろう。……だが、確かあの炭鉱跡は――」
「そうだ。監督者が相当な腕を持っていたようでな、ほどなく莫大な金塊が発掘された。入札したのは、鉱業ギルドの新米集団だ。盗賊あがりでそれなりに蓄えを持っていたようだな」
「だが、幾ら有名な盗賊団といえども、金鉱を丸ごと買えるほどのカネはないだろう。どこかに金づるでもいたのか?」
「なあに、真相など、簡単なことだ。奴ら以外、全ての組織が損失を怖れてしまっただけだ」
なるほどな、思っていたよりも入札金額が上がらなかった訳だ。
王国《ルスラン》は談合を禁じている。金鉱並のデカいヤマならば『教会』もしゃしゃり出る筈だ。入札に法務執行官《ジャッジメント》が同行するので不正のしようがない。
金塊を手にした盗賊団は新米であるが故に、リスクを怖れず攻めた金額を提示したのだろう。結果、金鉱を手にし、莫大なカネを手にすることができた。
「それを聞いた時、私は思ったよ。『連盟の横紙を破り、ギルド内の新人どもが手に入れられるのならば、私にも機会があった』とな。そうだろう? 私の息がかかった人間を雇い、鉱業士団を作ってギルドに所属させるだけでいい。それだけで私は金脈を手にすることができた。私は本当に後悔したよ。なぜあの時、もう少し考えなかったのかとな。なぜあの時、鉱業ギルドというただの連盟に過ぎぬ団体を怖れてしまったのか。そう沢山、後悔した」
「……新米士団の頭がギルド上層部に顔が効く人間だったのかもしれない。ギルドが餞のつもりで贈ったら、思っていた以上の実入りがあっただけかもしれない。王族にツテがあったのかもしれない。……事実俺も、ゴロツキどもに金脈を掘らせようとした事があるからな。可能性を言い出したらキリがない。切り替えて次に進むんだな」
ギルドとはその業界を生業とする会社組織の集まりだと考えて良い。所謂、連盟だ。
建前上、連盟に上下関係はないが……当然現実は違う。当然、新米どもが良い思いをすればそれを快く思わない組織や人間達もでてきてしまう。
その新米どもが上手くやれたのだから、自分もチャレンジすればどうにかなったのかもしれない。オーレンの言っていることはそういうことだ。
「その通りだ。だが、失敗から何も学ばないのは、愚者のすることだ。私がこの失敗から学んだ事はなんだと思うかね?」
「……破産の恐怖に打ち勝ち、挑戦する心か?」
「そんな甘ったれた心など私が持つと思うかね? ……権威など、怖れるに足りんということだ。表の顔がどれだけ大きかろうが、人間の作る組織など付け入る隙はいくらでもある。どれだけ強大な存在であったとしても、カネと工夫次第でいくらでも乗り越えることができる」
「……それが『王族』であってもか」
「『王族』など、国家が作りあげた、まやかしの権威に過ぎんよ」
「……その割には、娘を俺に会わせたりと下心も見せているじゃないか。まやかしの『王族』に取り入ろうとでも思ったんだろうが――」
頬に衝撃が走った。首の後、頬にじんわりと傷みが広がっていく。俺を殴ったオーレンの右手が、俺の首筋を握る。
「ふざけるなよ『王子』。俺は反対したんだ。……ルスラン王族など、関われば碌な事にならないとな。仮に貴様みたいな若造に惚れたところで、大事にはされないと散々忠告したんだ。それを……それでも、シルワは、……」
俺の首筋に力が込められていく。口の中に鉄の味が広がっていく。
「……俺はただの抜け殻だ。幸せになり損ねた、人間《ぬけがら》でしかない。本当にあいつは何故、俺なんか――」
また、頬に衝撃が走る。間髪入れずに二激目が、反対の頬にねじ込まれる。
脳が衝撃で揺れ、視界が真っ白になる。
「それ以上、娘を侮辱することは許さん。シルワは腑抜けを愛する女でない。……男を見る目はあった。……それなのに……“俺なんか”だと? “抜け殻”だと!? ふざけるな!! お前が自分を卑下にすればするだけ、“抜け殻”を愛した女に傷がつく。何故それが分からんのか!!」
「オーレン……お前」
オーレンは男の顔をしている。王族ではなく、俺自身に、男の俺に、言葉を伝えている。
俺は……シルワの亡骸の前で、散々後悔したにも関わらず、また彼女の信頼を蔑《ないがし》ろにしてしまっていた。
自分を蔑《さげす》むことで、彼女の愛情を否定してしまっていた。
「……娘はお前を一目見た時から気に入っていた。会わせろとしつこくせがむから、会わせてみた! ワシも……お前と話をし、お前を見込んで娘を預けた。それが見込み違いだったと言うのか! お前は自ら、ワシら二人の決断が、過ちだったと言うのか!」
俺は、馬鹿な男だ。
強がっていても、二度目の十六歳を向かえようとも、中身はただの子供じゃないか。
『失敗から何も学ばないのは、愚者のすることだ』
この男の言う通りじゃないか。今回起こった一連の事件で、俺が学ばなくてはならないものが何か理解できた。それは――
「……オーレン」
「なんだ!?」
「俺はお前達を信用していなかった……彼女をもっと早く信用し、言葉を交わしていれば違った未来もあったかもしれない。俺がこの結末の元凶だ……すまなかった。」
他人を信じる心だ。シルワは俺を信頼し、愛してくれた。だが俺は信頼どころか、信用すらしていなかった。
裏切られてもいい、そのつもりで一度は信用するべきだったんだ。
「遅いかもしれないが、俺はシルワの愛情に酬いたいと思っている。この事件の真相を暴くことが、この町の一連の出来事を解決することが、彼女への餞だと思っている。……俺はお前を信用したい。小僧がナマを言うなと思うだろうが……力を貸してくれないか」
「……シルワはお前のことを、小僧ではないと言っていた。ワシもお前をただの小僧だとは思わん。お前は抜け殻でも腑抜けでもない」
「彼女は当然だろう。……なんせ――」
――。
―― !! ――
突然、思考の暗雲に光明が差した。
その光は周りの暗雲を照らし広がりを見せる。
「……そうか、彼女は――シルワはあの時、見つけていたんだな」
「どうした……?」
俺の表情を訝《いぶか》しがるオーレンを余所目に思考を続ける。
アイツが元凶だとするならば、この一連の出来事、そのほとんどは解決される。
ほとんどの違和感がぬぐい去られる。
だが……それだと腑に落ちない点が出てきてしまう。
それは他でもない、俺が依頼された、一週間前に起こった事件。
『眠り病』の事件だ。
……アイツを黒いローブの男と結びつけるのは無理がありすぎる。
それは即ち――
「オーレン、答えてくれ。この町に、魔族は二匹《・・》いるんだな」
「その通りだろう。『眠り病』の魔族と別に、影を操る魔族がどこかに潜んでいる」
それがアイツだということだ。
……アイツが、影の魔法を使い、シルワを殺したということだ。
そして――
『もうあなたの目的は達成しているわよぉ』
シルワの言葉が蘇る。
俺の目的は眠り病の原因である、黒いローブの男を捕らえることだ。
それは、シルワにも伝えてある。つまり――
「『灰色』は捕らえたんだな。魔族の一匹……『黒いローブの男』を」
「……ああ、地下牢に入れてある」
やはりか……。
これで全て分かった。
この町に魔族が二匹いるともっと早く分かっていれば、もっと早く真相にたどり着けた。
黒いローブの男は、『眠り病』にのみ関わっていたんだ。
ワイバーンも、影の子供も、地下室にいた女の死体も、シルワが襲われたのも、黒いローブの男は何一つ関わっちゃいない。
全てはアイツの仕業だった。
「……オーレン、俺を信じてこの拘束を解いてくれないか?」
「今更ふざける――」
「シルワを殺した黒幕、影の魔法を操る存在が誰か分かった。……ここに捕らえられているエストアと、後は……『黒いローブの男』と話をしたい」
シルワを殺した相手は分かった。
後の問題は、ただ一つだけだ。
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