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三章 ――白色の王子と透明な少女――
④<王子1> 『道案内』
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⑤【ロキ】
「お母さんを探しに……ですか?」
黒髪の少女がその大きな黒い瞳を瞬かせる。
エストアを探したい。
朝食を終え、後片付けが一段落したところで、俺はそう少女に切り出した。
「ああ、そうだ。君のお母さんがいそうな場所を知らないか?」
昨日、『夜のノカ』から『森のノカ』へ進むルートを聞き出した俺は、一人その道を調べながら辿っていた。
その成果は、何もなし。
エストアとレオンの痕跡は何一つ見つけられなかったまま、『森のノカ』聖堂へと戻ってきてしまった。
エストアもレオンも、俺達の前から忽然と消え失せていた。
黒いローブの男を探すには、まず“協力者”である可能性の高い、エストアかレオンから事情を聞き出すのが先決だ。そう結論づけた俺だったが、完全に出鼻をくじかれていた。
「……難しいですね。『森のノカ』と一言で言っても、広いですから」
そうだ。この町は木の上に広がった町であるだけに、土地の制限がない。
場所によっては一本の樹木に沢山の店が並んでいたりする。高低差のある町並みは見るにはいいが生活するにしても、誰かを探し回るにしても不便すぎる。
「そもそも何故母を? 二日は珍しいですが、家を空けることはそう珍しいことではないですよ」
そこだ。この少女にどこまで話して良いものか、どこまでエストアが伝えているのかが全く分からない。
教会聖堂に住む親子。
こう言ってしまえば一言で済むが、内情は複雑だ。
この黒髪の少女はエストアが育てている孤児だ。そして、本人にはそのことを伝えていない。
それどころか少女の話しぶりから察するに、エストアが『教会』の異端審問官《インクィジター》だったことも伝わっていないように思う。
知っているのならば話が早いが、俺の口からそれを伝えるのは、躊躇《ためら》われる。
「少しお母さんに用事があってね。昨日から探しているんだがみつからないんだ」
ブロンドの髪をぴっちり結び纏《まと》めたエストアの顔を思い浮かべる。
彼女がこの町に巣くう魔族の“協力者”だったとして、その理由は一体なんなのだろう。
現状、レオンが“協力者”である可能性が一番高いから、レオンの協力者にすぎないのだろうか。
「……そうですね、前に母が言っていましたが……この町には“高見の広場”と呼ばれている町で一番高くて景色の良い場所があるんです。食事場などもあるのですが……母は若い頃、そこにある高級宿に泊まっていたことがあるらしく、私に良くその話を聞かせてくれてました。今でも母お気に入りの広場です」
高級宿か……。
この暮らしぶりから察するに、貧乏でもないが決して贅沢な暮らしをしていない。
そんなエストアが高級宿に寝泊まりしていた。それは確かに少し気になるな。
「後は、“風除けの切株”ですね。町の少し下層に、大きな切株が並んでいる場所があって、母はよくそこに行くらしいです。……理由は分かりませんが」
大きな切株か……。この森は上空から眺めたが、それには気がつかなかった。目立たない場所にあるのかもしれない。
「どちらも気になるな。……場所は分かるか?」
「えーっと……分かるのですが、伝えるとなると……」
まあそうだろうな。この町は階段と枝の橋だらけで目印らしい目印もなかったりする。
口頭での道案内は至難の業だろう。
……仕方ない。
「もし良ければだが、道案内してくれないかな? お礼はするから」
「……き、今日ですか?」
少女が驚いた顔を見せる。
「そう。知っての通り、俺はこの町に来たばかりだ。案内できる人間は限られている。だがまあ、何か予定があれば、諦めよう」
黙り込んだ少女が何やら考え込んでいる。
何か予定でもあったのだろうか。……ならば仕方ない。昼間っから相手するのは気が進まないがシルワあたりでも――
「……い、行きます! お供します!」
突如、少女が声を張り上げる。
「大丈夫なのか? 何か予定があったんじゃ――」
「いえ! 大丈夫です! たいした予定じゃないです!」
「そ、そうか……」
何かは分からないが、たいした予定じゃないというならそうなのだろう。
やけに嬉しそうに声を張り上げていたが、そんなに出かけるのが好きなんだろうか。
まあ、気にしてもしょうがない。無事これで案内人はできたな。
「ちょっと待ってて下さいね! す、すぐに準備、済ませてきます!」
少女は慌ただしく、部屋から去っていった。
突然の申し出にも関わらず、協力的なのはありがたい。何かお礼をしなくてはならないな。
まあなんにせよ、後は、エストアを見つけるだけだ。
⑥【ロキ】
まずは“高見の広場”へと少女に案内され向かった先は絶景の空間だった。
四つの大木に固定された大きな広場に多種多様な露天の店が出店されている。
並木道の途中途中に傘付きのテーブルや椅子が置かれ、『森のノカ』の住人が談笑を楽しんでいる。
広場の端は高めの手すりが設置され、そこからは『森のノカ』の町並みや広大な大自然が一望できた。
四つの大木の内、一本は内部がくり抜かれ、宿泊場になっている。
少女の言っていた高級宿だ。それも頷ける佇まいと内装だ。
「……うーん、そんな女性は、うちには泊まってないねぇ」
妙に幅の広い宿屋の女将が首を振る。エストアの特徴を伝えたところ、暫く考えた後にそう答えてきた。
「髪はほどいているかもしれない。おそらく長めで、癖のないブロンドだ」
「そんな女なんて山ほどいるよ。どちらにせよ、一人で泊まっているブロンドの髪色の女なんていないし、誰かと一緒だとしても年配の女性ばかりだね。うちじゃないんじゃないかい?」
エストアはまだ三十代前半といった見た目をしている。年配というには無理がある年齢だ。この女も誰かを庇っているようには見えないし……どうやら無駄足になりそうだな。
「それより、アンタ、……あー、もしかして……」
何かを言い足そうな女将の目線で、すぐに何を言いたいのか察しがつく。
「ああ、……名乗るのを忘れていたな。ルスラン王国第五王子ロキだ」
「やっぱりかい! その白銀の髪見りゃわかるよ。どうだい? 宿が決まっていないなら、是非ともうちに!」
「いや、悪いがもう既に泊まる場所はある」
こんな高級宿など、居心地が悪くてしょうがない。聖堂の片隅で雑魚寝するくらいが丁度良い身分だ。
*****
「外れでしたね」
宿屋の女将と別れ、カフェテラス付きの食事処で、黒髪の美少女とお茶を楽しむ。
これが観光にでも来たのであれば心躍るシチュエーションだ。
実際はそんな浮かれてもいられないが。
「そんな時もあるさ。……まあこれだけ気持ちの良い場所に来られたんだ。息抜きには丁度良い」
流れる風を感じながら、紅茶を口に含む。
「そう言ってもらえると、私も嬉しいです」
少女の持つ、短めの黒髪が風でなびく。褐色の肌が日差しに照らされて活発そうな印象を与えている。
服装はワンピースだが、王都でも珍しい花柄の染色がされていて、可愛らしさを際立たせている。
今は被っていないが、白色の麦わら帽子に同じ色の深めのポシェットまで装着している。
やけにおめかしをしているが、外に出るときはいつもこんな気合いが入っているのだろうか。
準備をする、と言って暫く時間がかかっていたし、女の子というのは古今東西出かける前に時間をかける生き物なのだろう。
「……聞いていいことかは分からないが、その右足はどうしたんだ?」
「右足ですか?」
気になる程度ではないが、若干庇って歩いているような印象があった。
初めて会った日も思ったことだ。
「いや、痛めているならば、無理をさせてしまったと思ってな」
「……大丈夫ですよ。ちょっと前、敵にやられちゃいました。その時の名誉の負傷です」
「敵?」
「そう、敵です。私達の敵。……私は、皆を救うために影ながら戦う『正義の味方』なんです」
黒髪の少女がニコニコと話す。『正義の味方』か……元々暮らしていた世界では幼い頃良く耳にしたが、こちらの世界ではとんと聞かなくなってしまった言葉だな。
そんなものに憧れを持つ歳でもなさそうだ。
悪漢かモンスターにでも襲われた過去を、少女なりに濁しているのだろう。
「……なんにせよ、今こうして生きているならそれで良かった」
「大丈夫ですよ。私、これでも結構強いんですから」
どれだけ強くても、それは少女の枠から抜け出せない強さだろう。本物の悪党に敵う強さなど、この少女が持ち合わせているとも思えない。
自分は強いから大丈夫。そう言って死んでいった軍団長もいる。
歴史を紐解けば、自国の戦力に胡座をかいていた強国が攻め滅ぼされてしまう例などいくらでも出てくる。
「過信は自分の身を滅ぼすだけだ。……次に危ない目に遭ったときは、助けを呼べ。……俺がいるならば、すぐにでも向かう。いなくても、助けられる人間はいるかもしれない」
「……心配してくれるんですね。ありがとうございます」
少女の潤んだ瞳が俺を見つめる。
黒髪黒目なのもあり、日本にいた頃とどうしても重ね合わせてしまうな。
俺は日本にいた頃、大事な存在を失った。
だからこそ、目に見える範囲は手助けしていきたい。それがこの世界で新たな生を受けた者としての義務だと信じている。
少女から目を離し、町行く住人達や観光客を見つめる。ワイバーンの襲撃からそう日が経っていないが、住人達は次へ進もうと動き出していた。
活気がこの町を包んでいる。この町は良い町だ。きっと、すぐにでもいつも通りの日々に変わっていくのだ――
―― !! ――
――あ、あれは……ッ!
「……“風除けの切株”へ、行く必要がなくなったな」
「へ?」
素っ頓狂な声を出す少女を尻目に、俺の視線は風景の一点に集中していた。
額から、汗が流れ落ちる。
衝撃が、俺の身体を駆け巡る。
「……エストアを見つけた。“女”と一緒だ」
呟くように少女に説明する。
エストアが広場の端を歩いていた。その姿は遠目でもはっきりと分かった。
女と連れだって、建物の影へと消えていった。
エストアを見つけた。それはいい。元々の目的はそれだったから、果たせたのは幸運だった。
そうじゃない。
俺が受けた衝撃はそれじゃない。
「そんな、馬鹿な。何故だ。何故ここに――」
エストアと一緒に歩いていた女。
その女を俺は知っている。
遠目だが、はっきりと分かった。それだけ目立つ存在だった。
「何故だ。何故あの女がエストアと歩いている……?」
俺の呟きに、少女が首を傾けた。
「お母さんを探しに……ですか?」
黒髪の少女がその大きな黒い瞳を瞬かせる。
エストアを探したい。
朝食を終え、後片付けが一段落したところで、俺はそう少女に切り出した。
「ああ、そうだ。君のお母さんがいそうな場所を知らないか?」
昨日、『夜のノカ』から『森のノカ』へ進むルートを聞き出した俺は、一人その道を調べながら辿っていた。
その成果は、何もなし。
エストアとレオンの痕跡は何一つ見つけられなかったまま、『森のノカ』聖堂へと戻ってきてしまった。
エストアもレオンも、俺達の前から忽然と消え失せていた。
黒いローブの男を探すには、まず“協力者”である可能性の高い、エストアかレオンから事情を聞き出すのが先決だ。そう結論づけた俺だったが、完全に出鼻をくじかれていた。
「……難しいですね。『森のノカ』と一言で言っても、広いですから」
そうだ。この町は木の上に広がった町であるだけに、土地の制限がない。
場所によっては一本の樹木に沢山の店が並んでいたりする。高低差のある町並みは見るにはいいが生活するにしても、誰かを探し回るにしても不便すぎる。
「そもそも何故母を? 二日は珍しいですが、家を空けることはそう珍しいことではないですよ」
そこだ。この少女にどこまで話して良いものか、どこまでエストアが伝えているのかが全く分からない。
教会聖堂に住む親子。
こう言ってしまえば一言で済むが、内情は複雑だ。
この黒髪の少女はエストアが育てている孤児だ。そして、本人にはそのことを伝えていない。
それどころか少女の話しぶりから察するに、エストアが『教会』の異端審問官《インクィジター》だったことも伝わっていないように思う。
知っているのならば話が早いが、俺の口からそれを伝えるのは、躊躇《ためら》われる。
「少しお母さんに用事があってね。昨日から探しているんだがみつからないんだ」
ブロンドの髪をぴっちり結び纏《まと》めたエストアの顔を思い浮かべる。
彼女がこの町に巣くう魔族の“協力者”だったとして、その理由は一体なんなのだろう。
現状、レオンが“協力者”である可能性が一番高いから、レオンの協力者にすぎないのだろうか。
「……そうですね、前に母が言っていましたが……この町には“高見の広場”と呼ばれている町で一番高くて景色の良い場所があるんです。食事場などもあるのですが……母は若い頃、そこにある高級宿に泊まっていたことがあるらしく、私に良くその話を聞かせてくれてました。今でも母お気に入りの広場です」
高級宿か……。
この暮らしぶりから察するに、貧乏でもないが決して贅沢な暮らしをしていない。
そんなエストアが高級宿に寝泊まりしていた。それは確かに少し気になるな。
「後は、“風除けの切株”ですね。町の少し下層に、大きな切株が並んでいる場所があって、母はよくそこに行くらしいです。……理由は分かりませんが」
大きな切株か……。この森は上空から眺めたが、それには気がつかなかった。目立たない場所にあるのかもしれない。
「どちらも気になるな。……場所は分かるか?」
「えーっと……分かるのですが、伝えるとなると……」
まあそうだろうな。この町は階段と枝の橋だらけで目印らしい目印もなかったりする。
口頭での道案内は至難の業だろう。
……仕方ない。
「もし良ければだが、道案内してくれないかな? お礼はするから」
「……き、今日ですか?」
少女が驚いた顔を見せる。
「そう。知っての通り、俺はこの町に来たばかりだ。案内できる人間は限られている。だがまあ、何か予定があれば、諦めよう」
黙り込んだ少女が何やら考え込んでいる。
何か予定でもあったのだろうか。……ならば仕方ない。昼間っから相手するのは気が進まないがシルワあたりでも――
「……い、行きます! お供します!」
突如、少女が声を張り上げる。
「大丈夫なのか? 何か予定があったんじゃ――」
「いえ! 大丈夫です! たいした予定じゃないです!」
「そ、そうか……」
何かは分からないが、たいした予定じゃないというならそうなのだろう。
やけに嬉しそうに声を張り上げていたが、そんなに出かけるのが好きなんだろうか。
まあ、気にしてもしょうがない。無事これで案内人はできたな。
「ちょっと待ってて下さいね! す、すぐに準備、済ませてきます!」
少女は慌ただしく、部屋から去っていった。
突然の申し出にも関わらず、協力的なのはありがたい。何かお礼をしなくてはならないな。
まあなんにせよ、後は、エストアを見つけるだけだ。
⑥【ロキ】
まずは“高見の広場”へと少女に案内され向かった先は絶景の空間だった。
四つの大木に固定された大きな広場に多種多様な露天の店が出店されている。
並木道の途中途中に傘付きのテーブルや椅子が置かれ、『森のノカ』の住人が談笑を楽しんでいる。
広場の端は高めの手すりが設置され、そこからは『森のノカ』の町並みや広大な大自然が一望できた。
四つの大木の内、一本は内部がくり抜かれ、宿泊場になっている。
少女の言っていた高級宿だ。それも頷ける佇まいと内装だ。
「……うーん、そんな女性は、うちには泊まってないねぇ」
妙に幅の広い宿屋の女将が首を振る。エストアの特徴を伝えたところ、暫く考えた後にそう答えてきた。
「髪はほどいているかもしれない。おそらく長めで、癖のないブロンドだ」
「そんな女なんて山ほどいるよ。どちらにせよ、一人で泊まっているブロンドの髪色の女なんていないし、誰かと一緒だとしても年配の女性ばかりだね。うちじゃないんじゃないかい?」
エストアはまだ三十代前半といった見た目をしている。年配というには無理がある年齢だ。この女も誰かを庇っているようには見えないし……どうやら無駄足になりそうだな。
「それより、アンタ、……あー、もしかして……」
何かを言い足そうな女将の目線で、すぐに何を言いたいのか察しがつく。
「ああ、……名乗るのを忘れていたな。ルスラン王国第五王子ロキだ」
「やっぱりかい! その白銀の髪見りゃわかるよ。どうだい? 宿が決まっていないなら、是非ともうちに!」
「いや、悪いがもう既に泊まる場所はある」
こんな高級宿など、居心地が悪くてしょうがない。聖堂の片隅で雑魚寝するくらいが丁度良い身分だ。
*****
「外れでしたね」
宿屋の女将と別れ、カフェテラス付きの食事処で、黒髪の美少女とお茶を楽しむ。
これが観光にでも来たのであれば心躍るシチュエーションだ。
実際はそんな浮かれてもいられないが。
「そんな時もあるさ。……まあこれだけ気持ちの良い場所に来られたんだ。息抜きには丁度良い」
流れる風を感じながら、紅茶を口に含む。
「そう言ってもらえると、私も嬉しいです」
少女の持つ、短めの黒髪が風でなびく。褐色の肌が日差しに照らされて活発そうな印象を与えている。
服装はワンピースだが、王都でも珍しい花柄の染色がされていて、可愛らしさを際立たせている。
今は被っていないが、白色の麦わら帽子に同じ色の深めのポシェットまで装着している。
やけにおめかしをしているが、外に出るときはいつもこんな気合いが入っているのだろうか。
準備をする、と言って暫く時間がかかっていたし、女の子というのは古今東西出かける前に時間をかける生き物なのだろう。
「……聞いていいことかは分からないが、その右足はどうしたんだ?」
「右足ですか?」
気になる程度ではないが、若干庇って歩いているような印象があった。
初めて会った日も思ったことだ。
「いや、痛めているならば、無理をさせてしまったと思ってな」
「……大丈夫ですよ。ちょっと前、敵にやられちゃいました。その時の名誉の負傷です」
「敵?」
「そう、敵です。私達の敵。……私は、皆を救うために影ながら戦う『正義の味方』なんです」
黒髪の少女がニコニコと話す。『正義の味方』か……元々暮らしていた世界では幼い頃良く耳にしたが、こちらの世界ではとんと聞かなくなってしまった言葉だな。
そんなものに憧れを持つ歳でもなさそうだ。
悪漢かモンスターにでも襲われた過去を、少女なりに濁しているのだろう。
「……なんにせよ、今こうして生きているならそれで良かった」
「大丈夫ですよ。私、これでも結構強いんですから」
どれだけ強くても、それは少女の枠から抜け出せない強さだろう。本物の悪党に敵う強さなど、この少女が持ち合わせているとも思えない。
自分は強いから大丈夫。そう言って死んでいった軍団長もいる。
歴史を紐解けば、自国の戦力に胡座をかいていた強国が攻め滅ぼされてしまう例などいくらでも出てくる。
「過信は自分の身を滅ぼすだけだ。……次に危ない目に遭ったときは、助けを呼べ。……俺がいるならば、すぐにでも向かう。いなくても、助けられる人間はいるかもしれない」
「……心配してくれるんですね。ありがとうございます」
少女の潤んだ瞳が俺を見つめる。
黒髪黒目なのもあり、日本にいた頃とどうしても重ね合わせてしまうな。
俺は日本にいた頃、大事な存在を失った。
だからこそ、目に見える範囲は手助けしていきたい。それがこの世界で新たな生を受けた者としての義務だと信じている。
少女から目を離し、町行く住人達や観光客を見つめる。ワイバーンの襲撃からそう日が経っていないが、住人達は次へ進もうと動き出していた。
活気がこの町を包んでいる。この町は良い町だ。きっと、すぐにでもいつも通りの日々に変わっていくのだ――
―― !! ――
――あ、あれは……ッ!
「……“風除けの切株”へ、行く必要がなくなったな」
「へ?」
素っ頓狂な声を出す少女を尻目に、俺の視線は風景の一点に集中していた。
額から、汗が流れ落ちる。
衝撃が、俺の身体を駆け巡る。
「……エストアを見つけた。“女”と一緒だ」
呟くように少女に説明する。
エストアが広場の端を歩いていた。その姿は遠目でもはっきりと分かった。
女と連れだって、建物の影へと消えていった。
エストアを見つけた。それはいい。元々の目的はそれだったから、果たせたのは幸運だった。
そうじゃない。
俺が受けた衝撃はそれじゃない。
「そんな、馬鹿な。何故だ。何故ここに――」
エストアと一緒に歩いていた女。
その女を俺は知っている。
遠目だが、はっきりと分かった。それだけ目立つ存在だった。
「何故だ。何故あの女がエストアと歩いている……?」
俺の呟きに、少女が首を傾けた。
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