群像転生物語 ――幸せになり損ねたサキュバスと王子のお話――

宮島更紗/三良坂光輝

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三章  ――白色の王子と透明な少女――

    ②<少女2> 『燈のナルヴィ』

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②【ソフィア】

 王子様との食事を終え、再び自室へと戻ってきた。
 私のベッドを見ると目が覚めたメフィスが宝玉《オーブ》を転がして遊んでいた。
 約束していた『メフィスの事情』を尋ねる機会が、やっとできた。

『元々ボクは魔界……魔族達が住む世界のことね。その中で、ある魔族を探していたんだ。ボクの大事な存在さ』

「ある魔族?」

『うん。人間で言うと恋人みたいな相手さ。色々と事情があって、離ればなれになってしまったから、ずっと探していた』

「恋人!? そんなのいるの!?」
 こんな変な生き物なのに!? なんか負けた気分なんだけど。

『失礼だなぁ。魔族にはみんな恋人がいるよ。ボクはちょっと複雑なんだけどね。まあそんな事情で、魔界の色んな場所を探し回っていた。そんな時、ある場所へと辿り着いたんだ』

「ある場所?」

『人間界への扉がある場所だよ。そしてボクはそこで、悪いものに心を奪われてしまった』

「悪いものって?」

『……好奇心だよ』

 人間界への扉を見つけたメフィスは、好奇心に負け、人間界へと向かってしまった。
 扉の先は、荘厳な建築物の中だったらしい。
 時折見かける人間達から隠れながら会話を聞き、メフィスは自分のいる場所を把握した。そこは――

「大聖堂!? ルスラン王都の!? あの中に、扉があるの!?」

『そうだよ。ルスランっていう国の、大聖堂の地下にボクは辿り着いていたんだ』

 人間達に捕まったら何をされるか分からない。そう感じたメフィスはすぐに魔界に戻ろうとしたらしい。
 そして、戻る途中で迷子になり、妙な通路へと辿り着いた。

『そこは、両側にずらりと扉が並ぶ通路だったんだ。進んでも進んでも、同じ風景ばかり。戻ろうかな、と思ったところで、一つの扉から物音が聞こえてきた。……そして、アイツを見つけたんだ』

 物音を聞き、恐る恐る扉を開くと、部屋の中央で大きな輪が輝きを放っていた。
 そして、その真下には――

「魔族が倒れていた。ぱっと見は人間だったけど、ボクには分かったよ。なんでこんなところに魔族が、と思いながら近づこうとしたんだけど――」

 すぐに慌ただしく人間達が部屋の中に入ってきた。
 幸いにも隠れる場所があったらしく、メフィスは物陰から様子を伺っていた。

「そして一番最後に入ってきた、一番偉そうな人がこう言ったんだ。『この女が来たことは誰にも伝えるな』」

 人間達にそう伝え、その人物は倒れている魔族を抱え、部屋から出て行ってしまったらしい。

「ボクもその後をつけてずっと様子を伺っていたんだけど……目覚めたアイツとその人間はとても意気投合していた。そして、ボクは聞いたんだ」

 そのふたりは、王国《ルスラン》を混沌に陥れ、滅亡させるための相談をしていた。

「混沌って……。そんなことして、どうなるの」

『知らないよ。細かい話はボクも分からないし。ただ言えるのは、魔族の方は、人間全てを憎んでいるようだったし、人間の方はルスラン王国の偉い人達を憎んでいるようだった。だから意気投合したみたい』

 ふたりの話に集中していたメフィスは、近くにあった置物に身体を充ててしまい、大きな物音を立ててしまった。
 見つかってしまった。そう感じたメフィスは必死になって逃げたらしい。
 広い大聖堂地下を駆け、やっとの思いで魔界への扉に辿り着き、魔界に逃げ込んだらしい。

『ボクが逃げ込んでからそんなに時間は経ってないと思う。人間界への扉は閉じてしまった。それが大体半年くらい前にあった、一連の出来事だ』

「なるほど~……」
 私は頭の中で今の話をまとめる。

 人間界に遊びに行ったメフィスはそこで王国を滅ぼそうとする魔族と、それに協力する人間に出会い、魔界に逃げ帰ってきた。

「その魔族が、過去の王様が話していた『燈《ともしび》のナルヴィ』だったってことね」

『そうだよ。人間の方が、魔族をナルヴィと呼んでいた。僕も『厄災』の眷属だとは思っていなかったけれど、過去の王様の話を聞いて、合点がいった』

「ナルヴィはなんでルスラン大聖堂まで来たの?」

『分からない。人間世界を調べるためだったのかもしれないし、魔界に帰るためだったのかもしれない……続き話すね』
 魔界に逃げ帰ってきたメフィスは悩んでいた。一つの国を滅ぼそうとする魔族と人間。それを知ってしまったからには、止めるべきなんじゃないか。そう感じていたらしい。
 でも人間界への扉は閉じてしまった。そして、自分は恋人を探すため、魔界に止まらないといけない。

『だからボクは、夢魔法を使って、自分の分体を作り出すことにしたんだ。それがこの身体だよ』
 作り出された分体のメフィスはその身一つで時間をかけ、半年の歳月をかけてルスラン大聖堂まで辿り着いたらしい。

『大聖堂に侵入するのには成功したんだけど、そこで問題が発生した。……人間達に見つかってしまったんだ』
 大聖堂の人間達に見つかってしまったメフィスは命からがら逃げ、過去にナルヴィが倒れていた部屋まで辿り着いた。
 そこにあった妙な装置に触れた途端、ノカまで飛ばされてしまったらしい。
 メフィスを追っていた男達と共に。

「この家の地下にもある装置ね。王子様が倒れていたところの……アレって移動装置みたいなやつなの?」

『その王子様を僕は見ていないけれど、そうみたいだね。遠く離れていてもあの装置を使えば一瞬で目的地にたどり着ける。……ただ、一度使ったら半年は使えなくなるみたいだけど』

「それって“片道が”ってこと?」

『片道がってこと』
 じゃあ、王子様が帰ってしまったら、後半年は会えなくなってしまうんだ。
 それは……嫌だな。

『僕が飛ばされたのはこの町の地下にあるもう一つの町……レオンが『夜のノカ』と呼んでいた町にある聖堂だった』

「聖堂の人達と一緒に飛ばされたんだよね。大丈夫だったの?」

『なんとかね。一度は逃げ切れた。その後は逃げながらナルヴィを探していたんだ。過去にこの町の転移装置から聖堂へと現れたんなら、この町にいる筈だと思ってね。……そして、ナルヴィはすぐに見つかった』

「ど、どこにいたの?」
 生唾を飲み込み、メフィスの続く言葉に耳を傾ける。

『聖堂だよ。『森のノカ』聖堂に、ナルヴィはいた』

 どうやら『夜のノカ』と『森のノカ』は聖堂同士が昇降機で繋がっているらしい。
 それを伝って、メフィスは『森のノカ』聖堂へと辿り着いた。そこで、ナルヴィを見つけた。

「聖堂!? あの中に悪の魔族がいるってこと!?」

『うん。常にはいないみたいだけど、拠点にはしているみたいだね』
 昨日オーレンさんと眺めたツタで覆われた聖堂を思い起こす。
 あの中に、悪の魔族がいたのか。

『そこで僕はこっそりナルヴィを観察していたんだけど……毎日、宝玉《オーブ》を使って魔力を回復させているようだった。少しずつ、少しずつ、ナルヴィの力が強まるのを感じたんだ』

「それで、宝玉《オーブ》を奪い取ったんだ」

『それもあるけれど……理由はもう一つある。ヤツを町中で見つけてしまったんだ』
 ナルヴィの監視を続けるメフィスは見てしまった。
 教会大聖堂で見つけた、人間。ナルヴィに協力する人間の姿を。

『この二人が揃ってしまうのなら、もう明日には世界を滅ぼすつもりなのかもしれない。そう思った僕はいてもたってもいられなくなって……ナルヴィの隙をついて宝玉《オーブ》を奪い取ったんだ』

「そして、私に出会ったというわけね」

『そういうこと。これが……全てさ』

 話の一区切りがつき、これまでのメフィスの話、過去の王様の話を合わせ、思考を張り巡らせる。

 この町の地下には『厄災』の眷属、『燈《ともしび》のナルヴィ』が封じられた宝箱が隠されていた。
 私達が見つけたあの宝箱だ。
 けれど、何者かがその宝箱を見つけ、ナルヴィを封印から解いてしまった。
 封印から解かれたナルヴィは『森のノカ』聖堂に隠れ、宝玉《オーブ》を使って魔力を回復させていた。
 ……あれ? 待って。

「ナルヴィはそもそも、この宝玉《オーブ》をどこで手に入れたの? 封印されていたなら、持っているわけがないよね」

『ああ、それは多分、あの人間が渡したんだと思う』

「じゃあその人間はどこで手に入れたの?」

『その宝玉《オーブ》はルスランの大聖堂地下にある“魔界への扉に付いていた宝玉《オーブ》”だと思うよ。魔界の方の扉にも同じのが付いていた。多分、両方取り付けていないと魔界への扉は開かれないんだと思う』

「あー、だから半年前、メフィスが戻った途端に魔界の扉が閉じちゃったんだね」

 封印から解かれたナルヴィは、『夜のノカ』聖堂の地下からルスラン王国大聖堂へと飛んだ。
 そこで協力する人間に出会い、宝玉《オーブ》を受け取ることで、世界を再び滅ぼすことを企んだというわけね。

「だいたい、事情は分かったかも……メフィスは、ナルヴィの姿、見れば分かるんだよね」

『うん。人間の女と変わらない姿をしているけど、見れば分かるよ』

「人間の女って……広いね。もっと特徴とかないの?」

『特徴らしい特徴のない姿だったから……どちらにせよ、キミが倒しに行くなら僕も行く事になるんだし、その時になったら教えるよ』
 それもそうね。……後、気になることって言ったら――

「そもそも、私で倒せるの? 『帝都の厄災』時代の魔族だよ。眷属だよ?」

『それは……正直分からない。ナルヴィがどんな魔法を使うのか、今がどの程度の強さなのかハッキリとは分からないんだ』

「無責任! あ、でも魔法はあの影の子供を出す魔法なんでしょ?」

『……うーん、アレが全てだとは思えないんだ。魔族の魔法は種族特性も混じるから奥が深い。僕だってキミに『物でも生き物でも一つ出せる』って夢魔法を渡しているけれど、それだけじゃない』

「ああ、なんか言ってたね。夢の中に入れるんだっけ?」

『夢の中に僕を生み出せる夢魔法だ。ああ、あと、相手に好きな夢を見させることもできるよ』

「えっ、それ凄い! 早く言ってよ! やってよ!」
 だったら、王子様とあんなことやこんなことする夢とか……ぐへへへへ。

「顔が気持ち悪い。使えるだろうけど、また僕が小さくなっちゃうから駄目。……まあだから、同じようにナルヴィも何か別のことをできるかもしれない』
 ……何をしてくるか分からない相手に勝負を挑む。最悪、さっくり返り討ちにあうかもしれないというわけね。
 ……ちょっと、安請け合いしちゃったのかもしれない。今更、後には引けないけれど。

『ああ、でも、半年前のナルヴィは本当に誰が見ても分かるくらい弱っていた。今は宝玉《オーブ》の力で回復してきているみたいだけど、僕が奪い取ったからこれ以上の回復はできない。多分、厄災時代の力はまだ取り戻していないだろうし、倒すなら今しかないと思う』
 なるほど。そういう見方もできるのか。
 まあ、ウダウダ考えていても仕方がないよね。どちらにせよ、このままだと人間の世界が滅んでしまうんだから。

「……ナルヴィはどうやって、人間の世界を滅ぼそうとしているんだろうね」

『分からない。『厄災』の眷属達はどれも一国を簡単に滅ぼせるくらい強かったみたいだから、僕らの想像もつかないような魔法を使えるのかもしれないね』

 なんにしても、誰かがやらなきゃいけないなら、私が迷ってちゃ絶対ダメだ。
 ……うん、明日は絶対、何があってもナルヴィを倒しに行こう。
 それで、私は、世界を救うんだ。
 
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