群像転生物語 ――幸せになり損ねたサキュバスと王子のお話――

宮島更紗/三良坂光輝

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三章  ――白色の王子と透明な少女――

    ⑦<少女4> 『宝箱』

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⑨【ソフィア】

「“私”を出して戦っていたとき、見えたんだ。アイツの口の中に輝苔《カガヤキゴケ》があったのが」
 食べかすと一緒になって、確かに淡い光を放っていた。
 それを思い出した私は、輝苔《カガヤキゴケ》の習性を利用することを思いついた。

『輝苔《カガヤキゴケ》は仲間のいる場所目掛けて飛んでいく。その特性を利用したんだね』
 見えなくても、口がある場所の推測ができれば、そこを重点的に攻撃すればいい。
 狼の口がある場所は、星水の間に浮いていた水玉が教えてくれる。

「私もまさか一撃で倒せるとは思ってなかったけれどね」
 目の前に広がる花畑には、細剣《レイピア》を喉に貫通させ、息絶えた狼の死骸が倒れ込んでいた。

『シーカーガルは本来群れで行動する。……多分だけど、天井にある裂け目から足を滑らせて落ちて、群れからはぐれたんだろうね』
 そんな間抜けなヤツに苦戦したのか。私の腕も、まだまだだ。

 端に寄せていたマシューに近づいてみると、それはもう気持ちよさそうに眠っている。
 ああ、なんか見てたらムカムカしてきた。

「『星水《ほしみず》の水玉』!」

「ぶへぇ!?」
 マシューの寝顔辺りで水玉を出す。突然現れた水の塊に驚き、弟は起き上がる。

「な、なに!? なに!? ねぇちゃん!? あの狼はどうなったの!?」

「おちつきなさい、おねぇちゃんが倒したよ」

「倒した!? ……ホントだ! すげぇ!」
 花畑に倒れている狼を見て、感嘆の声を上げるマシュー。
 おーおー……。人の苦労も知らないで、無邪気なこと。

「すげぇ! ね、ね、どうやって倒したの!? 見たかった!」

「……うるさい」
 暢気なことを言うマシューにだんだん腹が立ってくる。

「あー僕も魔法見たかっ――え?」
 ホント、ムカムカする。
 ちっとも役に立たないし、近くに居るだけでうざったいし。

「ちょ、ちょっと、そ、ソフィア?」

「うるさい、黙れ」
 私はマシューの小さな身体を抱きしめていた。

 まったく、誰のせいでこんなに苦労してると思ってるんだ。
 今日は私、予定あったんだよ。
 世界を救うって重大な使命があったんだよ。
 それ、取りやめてアンタを探しにきたんだからね。もっと、ありがたがりなさいよ。

「……よかった」

「え?」

「なんでもない。……行こう」
 固まるマシューを解放し、立ち上がる。
 さあ、後の問題は一つだ。

「あの高い位置にある裂け目から進むんだろうけど……一緒には飛べないし、どうしよう」
 水が流れ落ちる壁の裂け目を見つめ考える。やっぱり先に行って縄梯子でも――

『あー、そのことだけどさ』
 私達を見守っていたメフィスが口を挟んでくる。

「何かイイ方法思いついた?」

『イイ方法もなにも……先に弟君だけを大白鳩《シェバト》で上に送って、その後ソフィアが飛べばいい話じゃない?』

 ……。

「……はっ!? そ、そうだ! その手があった!?」

『頭が良いのか悪いのか。キミは本当に良く分からない子だね……』
 うるさい、ちょっと考えすぎていただけだ。でも良かった。これでなんとかこの白日の間を抜け出せる。
 花畑に倒れるシーカーガルに別れを告げ、私は大白鳩《シェバト》を呼び出した。


⑩【ソフィア】
 壁の裂け目に入り込み、細い道を進み続ける。
 呼び出した『ランタン』の灯りを頼りに進み続ける。
 また蝙蝠や虫を警戒していたけれど、いつまで歩いても動きを見せるのは、ランタンの灯りに照らされてできた、私とマシューの影だけ。
 不意に、洞窟が途切れた。
 そう感じるほど、突如別世界が広がった。

「わぁ……」

「す、凄い!」

 そこはツタで覆われた小部屋だった。
 太陽の光が入り込み、小部屋全体が緑色に満ちている。
 部屋の真ん中には台が設置され、その中央に、それはあった。
 小物入れ程度の小さな箱。でも明らかに“それ”と分かる装飾がほどこされた箱。

「……宝箱。やった、見つけた!」
 マシューも台に置かれた宝箱を見つけ、興奮して私を引っ張っている。
 分かってるわよ。興奮してないで少しは落ち着きなさい。

「マシュー……私ら、お金持ちだよ!」

「やったぁ!!」
 これが落ち着いていられるか! 大人ぶっていられるか!
 お宝だよ!? 正直、半信半疑だったけど、本当にあったんだよ!? これが興奮せずにいられるか!

「よ、よし、マシュー。一緒に開けましょう。何が出ても、半分こだからね」
 心臓の鼓動を押さえながら宝箱の蓋に手をかける。
 鍵がかかっている訳でもなく、蓋は私とマシューの手に合わせ上に持ち上がる。

「……いくよ、ソフィア」

「うん、……出ろ! お宝!」
 宝箱の蓋は開かれた。
 そして――

「……」

「……」

「……なんにも、入っていないね」

「うん……なんにも、入っていない」
 宝箱の中は空っぽだった。埃一つ、入り込んでいないきれいな宝箱の底が見える。
 宝箱に手をかけると、ばちりと音を立てて台座から転がった。
 地面に落ちた宝箱がひっくり返り、汚れた底が見える。

 ……なぁんにもない。

 ためしに持ち上げて、振ってみる。

 ……なぁんにも起こらない。

「ねえ、嘘でしょ!? ここまで来させといて、何も無いって嘘でしょ!?」

「ちょ、ソフィア! 落ち着いて!」
 宝箱をガタガタ振る私を止めるマシュー。
 え、ちょっと嘘でしょ。
 まさかここまで辿り着いた冒険が本当の宝だなんて生ぬるいこと言い出すんじゃないでしょうね!? ここまでの絆が宝だなんて言い出すんじゃないでしょうね!?

「そんなもの宝でもなんでもないわよ! 金を出せ金を!」

「ちょっ、落ち着いてってば!……ソ、ソフィア!?」
 マシューが素っ頓狂な声を上げ、私を指差す。正確には胸の下の位置だ。
 宝箱を元の場所に置き、目線を下げると、すぐにそれに気がついた。

「……宝玉《オーブ》が光っている」
 服の下に入れていた宝玉《オーブ》が一際強く輝いている。地図の時とは違い、点滅もせず、強い光が服を通して主張していた。
 慌てて宝玉《オーブ》を服から取り出した途端、それが起こった。
 大きな声が部屋中を満たしたのだ。

――承認した!――
「か、勝手に承認しないでよ」
 耳を塞ぎたくなるほど大きな声に応えてみるが反応はない。

――承認した!――
「だから――」

「お、おねぇちゃん……」
 マシューに引っ張られ、彼が指差す方向を見る。

 何を指していたのか、それはすぐに理解できた。

 宝箱全体が輝き、光を放っていた。その光は宝箱の上空で収縮し、一つの物体に形作られていく。

 光の地図と同様に、立体の姿が固定されていく。

 光で作られた一人の男性が、私達の前に現れた。
 それは淡く色あせていて、後ろの風景が透けて見えるほどだった。
 不安定なのか時折、体中を黒い線が走っていく。
 目線は真っ直ぐ虚空を見つめていて、私達に向けられていない。
 男の口が動いた。

「――宝玉《オーブ》を持つ者よ。よくぞここまで訪れた」
 それは落ち着いた、けれども良く通るりんとした声だった。
 髪は長く、整った顔立ちをしている。
 仕立ての良さそうな服の上に、豪華な装飾が施された軽装の鎧を着けている。背中にはマント。多分、かなり偉い人だ。

「――私の名は、アーサー=フォン=エクセリア=ルスラン。ルスラン王国の現国王だ」

「王様……?」
 知らない名前だ。ルスランの国王は、パレードの時に見たことがある。髭の立派なおじさんだった。
 こんな格好いい人じゃない。

「――我々は、今現在、人類史上最大の危機に瀕している」
 男の人は戸惑う私達を無視して話を進める。どうやら、私たちの事は見えていないみたい。
 そして急に何を話し始めているんだこの人は。

「――友であるアレクシスもホズも奴らの驚異的な力の前に散っていった……だが我々は、人間は、魔族の脅威になど絶対に屈しない」

「魔族……?」
 この人、魔族と戦っているってこと?

「――私はこの大陸全ての命を救うため……親友であるグルグェイグの仇を討つため、これより二度目の決戦に赴く」
 知らない名前ばかりだ。一体この人はなんの話をしているんだろう。

「――宝玉《オーブ》を持つ者よ。そなたが正義の心を持つことを祈る。絶対に、この箱を奴らの手に渡してはならぬ」

「だから、奴らって誰よ!?」

「しっ! ねぇちゃん、この人まだ話してるよ」
 弟になだめられ、続く言葉に耳を傾ける。

「――人の尊厳を奪われた友、グルグェイグ……美皇帝グルグェイグの仇を討つために――」
 美皇帝? あれ? それって、絵本に出てくる美皇帝のこと?

 ……えーっと、確か、アレは――

「――その箱を『厄災』、そして眷属の手に渡してはならぬ。絶対に――」
 そうだ。『帝都の厄災と良きグリフォン』。絵本に出てきた皇帝が、確か美皇帝だ。
 ……え、じゃあ――

「――絶対に、『帝都の厄災』エルデナの手にだけは!」
 この人……何百年も前の人ってこと……?

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