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三章 ――白色の王子と透明な少女――
⑥<少女3> 『シーカーガル戦』
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⑦【ソフィア】
「き、消えた!?」
『しゃがんで!』
考えるよりも先に身を縮める。頭上を突風が駆け抜ける。
メフィスは私の頭に居るから、言葉が私の耳にすぐに入ってきていた。だから即座に反応ができた。
けれど、私の背後に居たマシューは――
「……ふざけんな」
狼の化け物が、マシューを捕らえていた。毛むくじゃらの大きな手でマシューの身体を握り締め、血走った目を私に向けながら唸り声を上げている。
マシューは気絶してしまっているようだ。身動き一つしていない。声一つ上げていない。
「出ろ! 『私』!」
細剣《レイピア》の先から生み出された“私”は酷い顔をしていた。
憎しみを込めた目で、シーカーガルを睨み付けている。それはきっと、私も同じだ。
狼の左右に飛んだ私たちは敵に向け連続で突きを繰り返す。右側と左側からの波状攻撃がシーカーガルの身体に突き刺さっていく。
威嚇の咆吼を上げ、片腕を振り回すシーカーガル。けれど、そんな攻撃、私たちにあたるはずがない。
けれど……効果がないのはこちらの攻撃も同じだ。まるで深手を負わせている手応えがない。硬い毛に守られていて、中々シーカーガルの皮深くまで剣が入り込まない。
負けられない。マシューは、絶対に私が助ける。
自分の動きは自分が良く分かる。
上段、下段を使い分け、時に“私”の頭の上から私が突きを繰り出し、時にフェイントを織り交ぜながらシーカーガルの息つく間もない攻撃が続く。
突如、狼の口が広がり、その長い牙と口の中があらわになる。
肉色の大きな舌には、先ほどまで食べていた蝶の残骸が汚らしくこびり付いている。輝苔《カガヤキゴケ》も食べたのだろう。喉の奥が淡く輝いている。
どうやら狼は分身として生み出した“私”に狙いを定めたようだった。“私”が腰を下げ剣を振った瞬間、シーカーガルの長い牙が襲いかかってきた。“私”はそれを自重の動きだけで避ける。けれど、そこで生まれてしまった隙を狙い、狼の爪が振り上がった。
――あぶない!
私は“私”の手を掴み、引っ張る。
狼の爪が“私”の服を切り裂き、宙に揺れていた“私”の髪を切断する。
“私”は既に飛び上がっていた。私の手を握ったまま腕を軸に宙を回転する。
マシューを持つシーカーガルの腕に“私”の剣が突き刺さった。
けれどやっぱり浅い。
“私”もそれを感じたのか、自らの手を剣から離す。そして、私に視線を送ってきた。
……了解、“私”!
この局面で、やることは一つでしょ!
手を離した私は回転し、勢いを付けたまま、剣の柄先を蹴り上げた。
狼の腕に刺さっていた刀身がさらに深く、めり込む。足越しに剣先が骨まで達した感覚が訪れる。
狼の咆吼が響き渡り、マシューが地面へと落ちてきた。
私は“私”と手を重ね合わせ、自分の剣を“私”に放る。
――私の愛剣、使って。その間に私は――
受け取った“私”は頷《うなず》き、私の剣を掲げてシーカーガルに向かっていった。
よし、“私”が狼を引きつけてくれている今のうちだ。
私はマシューを抱きかかえ、壁の端の方へと連れて行く。
『ふぃ~、振り落とされないのに必死だったよ』
メフィスののんびりした口調に、滾っていた感情が落ち着いていく。
「よ、よかったぁ……マシュー……無事で良かったぁ……」
どこも潰れていない。骨も折れてなさそう。気絶しているだけだ。
『奇跡だよ。そのまま食べられていてもおかしくなかった』
不吉な事を言わないで。……でも、本当にそうだ。
“私”と二人で戦ったから良く分かる。あの狼、強すぎる。
「……さっきのアイツが消えたのはなんなの?」
『シーカーガルは自分の身体を消すことができるんだ。気配どころか歩く音すら聞こえないから、正直、ちゃんとした対策なんてない』
やっぱりアレ、消えてたんだ。
私が初激を避けられたのは、運が良かったわけね。
……。
……早いし、力も強いし、固いし、その上身体を消せる?
はっ、
「……そんなのどうやって倒せばいいのよ! 出すならどうにかなりそうなヤツ出しなさいよ!!」
『だから誰に言ってるの!?』
はぁ、はぁ。叫んだら少し落ち着いた。
愚痴っててもしょうがない。マシューがここに倒れている以上、逃げるなんて選択肢はできない。
私がここでやるしかないんだ。
そう……私が、
「やって――」
気合いを入れようとした瞬間、私の剣が足元に転がってきた。
遅れて、べきべきと嫌な音が私の耳に届く。
「……わ、私ぃいいいいい!!!!」
シーカーガルを見ると、“私”がよい子には見せられないような姿にねじ曲げられている。夢に出てくる光景になる前に、慌てて解除する。
「戦友になんてことを……アナタ、絶対に許さない!」
『キミはホント、分身を碌な目に遭わせないね』
ごめんね“私”。今度一緒にお買い物行こうね。
戦友が私に向け、飛ばしてくれたのだろう。その思いを受け取り、自分の愛剣を拾い上げる。
狼の遠吠えが洞窟内を反響した。
夢魔法使いの私と、消える狼。その第二開戦が始まった。
⑧【ソフィア】
シーカーガルが再び消えた。
私は全神経を集中させ、耳を澄ませる。
……駄目だ。何も聞こえない。気配も音も消すって本当だったんだ。
「!!」
瞬間、悪寒が走った。
「『大白鳩《シェバト》』!」
背中に大白鳩《シェバト》が出た瞬間、長い牙にむしり取られる。
前面に飛び回転して先ほどまで私が居た場所を見る。シーカーガルが大白鳩《シェバト》をむさぼり食っていた。
『随分とお腹が空いているみたいだね』
「……だね。美味しそうに食べてる」
虫もコケも動物もなんだって食べる。なんて悪食なヤツなんだ。
蝶とか苦くて美味しくないのに。まあ人とは味覚が違うんだろうけど。
でも本当に危なかった。後ちょっとだけ、大白鳩《シェバト》を出すのが遅れていたら、私の背中はゴッソリと無くなっていた。
「『変な彫刻の石』!」
狼の上に現れる重い石像。けれど、瞬時に察知したシーカーガルは上空に腕を振るい、はじき飛ばす。
予想はしていた。この狼に、そんな小手先の技は通じない。
隙ができればそれで良い。既に私は俊足を使って近づいていた。細剣《レイピア》が狼の腹を突く。
「まだまだ!」
高速の突きを繰り返す。腹には突き刺さるものの、肉深くまでは到達しない。
襲いかかる狼の両腕を避けながら、突きで少しずつ傷を付けていく。
狼の右腕が猛威を振るう。すんでのところで避け、腹を狙おうとした瞬間、それは起こった。
狼が激しく吠えたのだ。音波の直撃を受けた私の脳に耳鳴りが響く。
身体が自分の意志に反して竦み上がる。
これは、マズい!
私の隙を突いて、牙が私に襲いかかる。
「――『石けん』!」
突如口の中に現れた石けんの味に驚いたのか、狼は激しく石けんを吐き出す。
「――『バケツ』!」
ガコン、と狼の脳天に、バケツが被さる。丁度バケツに蓋をするように頭を覆われ視界が真っ暗になった狼は、叫び声を上げてバケツを外そうともがく。
……なんか、なんか、
「かっこよくない! 自分で言うのもどうかだけど!」
『いいや、夢魔法でこんなことできるのキミくらいだよ』
絶対皮肉でしょ! 呆れている顔が想像付くよ! 見えないけど!
バケツを引きちぎった狼は怒りに満ちた目で私を睨み付けている。
「なんかこう、派手な攻撃ができない! 何かない!?」
『この森で出会ったあの魔物出して、光まほ――
「それは絶対嫌!」
『せめて最後まで言わせて!』
言わせるものか。そしてもう私は二度とあのメダルのお化けを見たくない。
どんなことがあっても、あれだけは呼び出さない!
狼が四つん這いになり、遠吠えを響かせる。また消える気だ。
消えていく狼の顔に狙いを済ませ、素早く近づく。
高速の突きが透明な空間を突き抜ける。
――手応えがない!!
左足に突如訪れる衝撃。そして続けざま起こる背中への衝撃。
慌てて飛んだ瞬間、ガチリと歯と歯が組み合わさる音が響く。
……危なかった。後もう少し離れるのが遅れたら、噛みつかれて私の腕がもっていかれるところだった。
「メフィス、私の身体どうなってる?」
『ぱっと見無事だよ。血も出ていない』
良かった。何か見えない衝撃を受けたけど、直感で動いたお陰で爪からは避けられたみたい。背中と左足が痛むけど、動けないほどじゃない。
「……どうしよう。あいつ、何か食べるまでは消えるつもり?」
『そうみたいだね。キミのこともそうだけど僕の心配もしてね。僕が食べられたらもう夢魔法は使えないよ』
そんなの分かってる。私だってメフィスの内蔵なんかみたくない。けれど、見えない一撃を避けつつ攻撃するなんてどうすればいいんだ。
「!!」
背後に飛んだ瞬間、ガチリと音が響く。着地し、剣を回すと何か固い物に刀身があたり、はじき返された。どうやら、透明なあいつの爪にあたったみたい。
『良く分かったね』
「……カン」
『良く避けられたね!?』
本当だよ。でも本当に偶然だ。そう何度もできることじゃない。
厄介なのは一撃でも切り裂かれたら終わりってところだ。
私の玉のお肌を犠牲にすればアイツに一撃を与えられるかもしれない。
でもそれは駄目。残るような傷ができた時点で負けだと思う。
こんなことなら、やっぱり王都にいるときに全身甲冑を見とくべきだ――
私の前を飛んでいた蝶が、切り裂かれた。
即座に剣を振るうと、固い物に弾き飛ばされる。迷わず二激、三激と剣を振るう。それはどれもはじき飛ばされ、腕に衝撃が残る。
マズい、押し切られ――
「で、出ろ! 『樽のお風呂』!」
私の周辺が輝き、私は風呂釜に包まれる。そこに激しい衝撃が走った。
樽が宙に浮き倒れて転がる。慌てて抜け出した途端、樽は潰され残骸が散らばる。
「危ないところだった」
『キミの機転には本当に驚かされるよ』
「驚きついでに言うね。分かったよ、アイツを倒す方法」
「それは――」
ええい、説明している暇は無い!
「出ろ! 『星水《ほしみず》の水玉』!」
ぽん、と拳くらいの大きさの水玉が私の前に現れた。
それはゆらりゆらりと揺れながら宙に浮かんでいる。私はその動きをじっと見つめる。
水玉が一際大きく動いた。
「――そこだ!」
振るった細剣《レイピア》の先が水玉を貫通し、一点を貫く。衝撃が腕を駆け抜ける。
そして――刀身に赤い液体が流れ落ちてきた。
ぱっと私の前に、狼が現れた。細剣《レイピア》の剣先は狼の口を貫通し、喉の奥を裂いて首から外に飛び出ている。
シーカーガルの大きな身体が、ゆっくりと花畑に倒れ込んでいった。
「き、消えた!?」
『しゃがんで!』
考えるよりも先に身を縮める。頭上を突風が駆け抜ける。
メフィスは私の頭に居るから、言葉が私の耳にすぐに入ってきていた。だから即座に反応ができた。
けれど、私の背後に居たマシューは――
「……ふざけんな」
狼の化け物が、マシューを捕らえていた。毛むくじゃらの大きな手でマシューの身体を握り締め、血走った目を私に向けながら唸り声を上げている。
マシューは気絶してしまっているようだ。身動き一つしていない。声一つ上げていない。
「出ろ! 『私』!」
細剣《レイピア》の先から生み出された“私”は酷い顔をしていた。
憎しみを込めた目で、シーカーガルを睨み付けている。それはきっと、私も同じだ。
狼の左右に飛んだ私たちは敵に向け連続で突きを繰り返す。右側と左側からの波状攻撃がシーカーガルの身体に突き刺さっていく。
威嚇の咆吼を上げ、片腕を振り回すシーカーガル。けれど、そんな攻撃、私たちにあたるはずがない。
けれど……効果がないのはこちらの攻撃も同じだ。まるで深手を負わせている手応えがない。硬い毛に守られていて、中々シーカーガルの皮深くまで剣が入り込まない。
負けられない。マシューは、絶対に私が助ける。
自分の動きは自分が良く分かる。
上段、下段を使い分け、時に“私”の頭の上から私が突きを繰り出し、時にフェイントを織り交ぜながらシーカーガルの息つく間もない攻撃が続く。
突如、狼の口が広がり、その長い牙と口の中があらわになる。
肉色の大きな舌には、先ほどまで食べていた蝶の残骸が汚らしくこびり付いている。輝苔《カガヤキゴケ》も食べたのだろう。喉の奥が淡く輝いている。
どうやら狼は分身として生み出した“私”に狙いを定めたようだった。“私”が腰を下げ剣を振った瞬間、シーカーガルの長い牙が襲いかかってきた。“私”はそれを自重の動きだけで避ける。けれど、そこで生まれてしまった隙を狙い、狼の爪が振り上がった。
――あぶない!
私は“私”の手を掴み、引っ張る。
狼の爪が“私”の服を切り裂き、宙に揺れていた“私”の髪を切断する。
“私”は既に飛び上がっていた。私の手を握ったまま腕を軸に宙を回転する。
マシューを持つシーカーガルの腕に“私”の剣が突き刺さった。
けれどやっぱり浅い。
“私”もそれを感じたのか、自らの手を剣から離す。そして、私に視線を送ってきた。
……了解、“私”!
この局面で、やることは一つでしょ!
手を離した私は回転し、勢いを付けたまま、剣の柄先を蹴り上げた。
狼の腕に刺さっていた刀身がさらに深く、めり込む。足越しに剣先が骨まで達した感覚が訪れる。
狼の咆吼が響き渡り、マシューが地面へと落ちてきた。
私は“私”と手を重ね合わせ、自分の剣を“私”に放る。
――私の愛剣、使って。その間に私は――
受け取った“私”は頷《うなず》き、私の剣を掲げてシーカーガルに向かっていった。
よし、“私”が狼を引きつけてくれている今のうちだ。
私はマシューを抱きかかえ、壁の端の方へと連れて行く。
『ふぃ~、振り落とされないのに必死だったよ』
メフィスののんびりした口調に、滾っていた感情が落ち着いていく。
「よ、よかったぁ……マシュー……無事で良かったぁ……」
どこも潰れていない。骨も折れてなさそう。気絶しているだけだ。
『奇跡だよ。そのまま食べられていてもおかしくなかった』
不吉な事を言わないで。……でも、本当にそうだ。
“私”と二人で戦ったから良く分かる。あの狼、強すぎる。
「……さっきのアイツが消えたのはなんなの?」
『シーカーガルは自分の身体を消すことができるんだ。気配どころか歩く音すら聞こえないから、正直、ちゃんとした対策なんてない』
やっぱりアレ、消えてたんだ。
私が初激を避けられたのは、運が良かったわけね。
……。
……早いし、力も強いし、固いし、その上身体を消せる?
はっ、
「……そんなのどうやって倒せばいいのよ! 出すならどうにかなりそうなヤツ出しなさいよ!!」
『だから誰に言ってるの!?』
はぁ、はぁ。叫んだら少し落ち着いた。
愚痴っててもしょうがない。マシューがここに倒れている以上、逃げるなんて選択肢はできない。
私がここでやるしかないんだ。
そう……私が、
「やって――」
気合いを入れようとした瞬間、私の剣が足元に転がってきた。
遅れて、べきべきと嫌な音が私の耳に届く。
「……わ、私ぃいいいいい!!!!」
シーカーガルを見ると、“私”がよい子には見せられないような姿にねじ曲げられている。夢に出てくる光景になる前に、慌てて解除する。
「戦友になんてことを……アナタ、絶対に許さない!」
『キミはホント、分身を碌な目に遭わせないね』
ごめんね“私”。今度一緒にお買い物行こうね。
戦友が私に向け、飛ばしてくれたのだろう。その思いを受け取り、自分の愛剣を拾い上げる。
狼の遠吠えが洞窟内を反響した。
夢魔法使いの私と、消える狼。その第二開戦が始まった。
⑧【ソフィア】
シーカーガルが再び消えた。
私は全神経を集中させ、耳を澄ませる。
……駄目だ。何も聞こえない。気配も音も消すって本当だったんだ。
「!!」
瞬間、悪寒が走った。
「『大白鳩《シェバト》』!」
背中に大白鳩《シェバト》が出た瞬間、長い牙にむしり取られる。
前面に飛び回転して先ほどまで私が居た場所を見る。シーカーガルが大白鳩《シェバト》をむさぼり食っていた。
『随分とお腹が空いているみたいだね』
「……だね。美味しそうに食べてる」
虫もコケも動物もなんだって食べる。なんて悪食なヤツなんだ。
蝶とか苦くて美味しくないのに。まあ人とは味覚が違うんだろうけど。
でも本当に危なかった。後ちょっとだけ、大白鳩《シェバト》を出すのが遅れていたら、私の背中はゴッソリと無くなっていた。
「『変な彫刻の石』!」
狼の上に現れる重い石像。けれど、瞬時に察知したシーカーガルは上空に腕を振るい、はじき飛ばす。
予想はしていた。この狼に、そんな小手先の技は通じない。
隙ができればそれで良い。既に私は俊足を使って近づいていた。細剣《レイピア》が狼の腹を突く。
「まだまだ!」
高速の突きを繰り返す。腹には突き刺さるものの、肉深くまでは到達しない。
襲いかかる狼の両腕を避けながら、突きで少しずつ傷を付けていく。
狼の右腕が猛威を振るう。すんでのところで避け、腹を狙おうとした瞬間、それは起こった。
狼が激しく吠えたのだ。音波の直撃を受けた私の脳に耳鳴りが響く。
身体が自分の意志に反して竦み上がる。
これは、マズい!
私の隙を突いて、牙が私に襲いかかる。
「――『石けん』!」
突如口の中に現れた石けんの味に驚いたのか、狼は激しく石けんを吐き出す。
「――『バケツ』!」
ガコン、と狼の脳天に、バケツが被さる。丁度バケツに蓋をするように頭を覆われ視界が真っ暗になった狼は、叫び声を上げてバケツを外そうともがく。
……なんか、なんか、
「かっこよくない! 自分で言うのもどうかだけど!」
『いいや、夢魔法でこんなことできるのキミくらいだよ』
絶対皮肉でしょ! 呆れている顔が想像付くよ! 見えないけど!
バケツを引きちぎった狼は怒りに満ちた目で私を睨み付けている。
「なんかこう、派手な攻撃ができない! 何かない!?」
『この森で出会ったあの魔物出して、光まほ――
「それは絶対嫌!」
『せめて最後まで言わせて!』
言わせるものか。そしてもう私は二度とあのメダルのお化けを見たくない。
どんなことがあっても、あれだけは呼び出さない!
狼が四つん這いになり、遠吠えを響かせる。また消える気だ。
消えていく狼の顔に狙いを済ませ、素早く近づく。
高速の突きが透明な空間を突き抜ける。
――手応えがない!!
左足に突如訪れる衝撃。そして続けざま起こる背中への衝撃。
慌てて飛んだ瞬間、ガチリと歯と歯が組み合わさる音が響く。
……危なかった。後もう少し離れるのが遅れたら、噛みつかれて私の腕がもっていかれるところだった。
「メフィス、私の身体どうなってる?」
『ぱっと見無事だよ。血も出ていない』
良かった。何か見えない衝撃を受けたけど、直感で動いたお陰で爪からは避けられたみたい。背中と左足が痛むけど、動けないほどじゃない。
「……どうしよう。あいつ、何か食べるまでは消えるつもり?」
『そうみたいだね。キミのこともそうだけど僕の心配もしてね。僕が食べられたらもう夢魔法は使えないよ』
そんなの分かってる。私だってメフィスの内蔵なんかみたくない。けれど、見えない一撃を避けつつ攻撃するなんてどうすればいいんだ。
「!!」
背後に飛んだ瞬間、ガチリと音が響く。着地し、剣を回すと何か固い物に刀身があたり、はじき返された。どうやら、透明なあいつの爪にあたったみたい。
『良く分かったね』
「……カン」
『良く避けられたね!?』
本当だよ。でも本当に偶然だ。そう何度もできることじゃない。
厄介なのは一撃でも切り裂かれたら終わりってところだ。
私の玉のお肌を犠牲にすればアイツに一撃を与えられるかもしれない。
でもそれは駄目。残るような傷ができた時点で負けだと思う。
こんなことなら、やっぱり王都にいるときに全身甲冑を見とくべきだ――
私の前を飛んでいた蝶が、切り裂かれた。
即座に剣を振るうと、固い物に弾き飛ばされる。迷わず二激、三激と剣を振るう。それはどれもはじき飛ばされ、腕に衝撃が残る。
マズい、押し切られ――
「で、出ろ! 『樽のお風呂』!」
私の周辺が輝き、私は風呂釜に包まれる。そこに激しい衝撃が走った。
樽が宙に浮き倒れて転がる。慌てて抜け出した途端、樽は潰され残骸が散らばる。
「危ないところだった」
『キミの機転には本当に驚かされるよ』
「驚きついでに言うね。分かったよ、アイツを倒す方法」
「それは――」
ええい、説明している暇は無い!
「出ろ! 『星水《ほしみず》の水玉』!」
ぽん、と拳くらいの大きさの水玉が私の前に現れた。
それはゆらりゆらりと揺れながら宙に浮かんでいる。私はその動きをじっと見つめる。
水玉が一際大きく動いた。
「――そこだ!」
振るった細剣《レイピア》の先が水玉を貫通し、一点を貫く。衝撃が腕を駆け抜ける。
そして――刀身に赤い液体が流れ落ちてきた。
ぱっと私の前に、狼が現れた。細剣《レイピア》の剣先は狼の口を貫通し、喉の奥を裂いて首から外に飛び出ている。
シーカーガルの大きな身体が、ゆっくりと花畑に倒れ込んでいった。
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