74 / 147
三章 ――白色の王子と透明な少女――
⑦<少女4> 『メダルのお化け』
しおりを挟む
⑩【ソフィア】
「はぁ……はぁ……も、もう嫌、私もうこの乗り物、絶対乗らない!」
大白鳩《シェバト》あるし! 飛んでも半日くらいかかりそうなくらいの距離移動した気がするけど絶対もう乗らない!
薄暗い森の中に降り立ち、私を運んできた乗り物を蹴り飛ばそうと振り向く。
浮島は既に飛び去っていた。
瞬きのうちに木々の間をすり抜け小さくなっていく。
「ちょっ……帰り、どうすんのよぉおおお!!!!」
私の叫びが木々をこだまする。
勝手に連れてきておいて置き去りとか無責任にもほどがある!
『ほらほら、一人で遊んでないで、早く弟君探すよ。……何か嫌な予感もするし』
頭の上のメフィスが不穏な発言をする。
……でも、私も降りた瞬間分かっていた。
高くそびえた木々から差し込む閃光は薄く、森全体が薄暗く鬱蒼としている。
視界は狭く霧も出ているせいか、少し先でも見通せない。
森の町にいた時は気にならなかった虫の這う音が連鎖する。気味の悪い鳴き声の鳥が森のあちこちで合図を出しあっている。
森の町は木の枝を利用して、高い位置に作られた町だ。そこから少し離れた私の住んでいるところも、標高は高い。
でもここは違う。森の町の遙か下、古木が根を這う大地に私は降り立ったんだ。
「こんなところ、マシューが来たらすぐに泣き出してもおかしくないわよ。早く探しましょう!」
とは言ってもどこを探せばいいんだろう。大きな木の根っこが這い回っていて、迷路のようになっているし、少し先も真っ暗で視界が悪すぎる。
「出ろ! 『ランタン』!」
カシャン、と細剣《レイピア》の先にランタンの持ち手が重なった。淡い光が私の周辺に広がる。
よし、これで少しはマシになったけど……それでも暗い。欲を言えばもっと森全体を照らせる光が欲しかった。
「ねえメフィス、太陽とか出せないの?」
『うん、もし出せたとしても僕らは焼け死ぬだろうね』
ちっ分かってるよ、冗談だよ。
「マシュー! いるなら出てこーい! いないなら、いないって言えー!」
……こう言えば、いつもなら「いないー!」って答える筈なのに、返事はない。
この辺りにはいないんだろうか。ってか、私が全然違うところに来たんだとしたらどうしよう。
かさりと、目の前の巨大な根っこの影で何かが動いた。私の心臓が跳ね上がる。
「マ、マシュー?」
私の声にガサガサ、と物音で反応する。
……なぁんだ、そこにいたのね可愛い弟よ。
「……なぁんて言うと思ったか! 馬鹿め!」
『うぁ! 急に大声出さないでよ。ビックリした!』
私は先に付けたランタンごと細剣《レイピア》を構え、様子を伺う。
どうせアレでしょ? マシューだと思って近づいてみたら変な魔物で、うわーきゃーひゃー的な感じでしょ? もう私は簡単に騙されないわよ。
私は成長したのよ! 純粋なソフィアさんはもういないのよ!
「よ、よーし! 三つ数えるから、すぐに出てきなさい。じゃないと私のこの剣がアンタの口をかっさばいて頭を貫いて脳髄をズタズタにしちゃうわよ!」
『脅し文句が怖いよソフィア……』
慎重に、慎重に、物音のする方向に近づいていく。
もうすぐだ。もうすぐ、物音の正体が分かる。
「こら! 返事しろって言ってるのよ!」
『言ってないし、魔物だったら返事できないよ』
メフィスが何か言うのを無視して私は脚力を使い、一気に距離を詰めた。
そして――
「きゅい!?」
尾っぽがフサフサした小動物が落ちていた木の実をかじっていた。
突然現れた私を見て、目を見開いて驚いている。
「か、可愛――あっ!」
見とれる私を置いて、小動物は飛び跳ねながら逃げていった。
逃げなくてもいいのに……私とちょっと遊んでくれてもいいのに。
ふう、でも安心した。
「そ、そうだよね、良かったぁ~、そう簡単に魔物なんて――」
ま、魔物なんて――
あー……
後ろに気配を感じる。何かすっごい視線を感じる。
恐る恐る振り返ると、私のすぐ後ろにそれはいた。
私の理解を超えた存在が、そこにいた。
それは大きなメダルのような生き物だった。
私の背丈くらい大きな丸い生き物。
身体全体が石のように硬そうで、ぱっと見では無機物のような雰囲気を持っていたけれど、私が生き物だと判断したのは理由がある。
メダルの縁を囲うように小さな人の顔がびっしりと付いていた。その一つ一つが動いていて、何か良く分からない言葉を垂れ流している。
顎は全てメダルの中心を指していて、メダルの中心は大きな眼球になっていた。
私の顔くらいの大きさ。そのつぶらな瞳が、私をじっと見つめていた。
「#$%&&””!」
音速の突きが眼球に突き刺さる。
細剣《レイピア》の刀身がメダルの中心を貫いた。ランタンが眼球にぶち当たり割れて燃え広がる。
『ちょっと、今なんて言ったの!?』
「うるさい! 何あれ、気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪いぃぃぃいいい!」
既に私は走っていた。とにかくあの気持ち悪いメダルのお化けから逃げる事だけを考えていた。
何よあれ、なんで人の顔があんなびっちり付いてるの。真ん中の目玉もなによ。なんであんな大きいの? 嫌でも目が合っちゃったわよ。ああ、もう夢に出てきそう。ホント気持ち悪い!
「大体、出会い頭の落差が酷すぎるでしょ! あんなに可愛い小動物に会えてほんわかしてたのに! ああもう! 出ろ! 『謎の小動物』! 出ろ! 『私の部屋のぬいぐるみ』! 出ろ! 『この前雑貨屋さんで見た可愛らしい鳥の置物』!」
『夢魔法を無駄遣いするなぁ!』
可愛い物を次々に出して傷を負った心を癒やす。
なんか、後ろからゴロゴロ何かが近づいてきている気がする。見たくない! 私は絶対見たくない!
だめだソフィア。どれだけ嫌でも、現実を見つめなきゃいけないときだってあるんだよ。もしかしたら私の勘違いの可能性だって……
振り向くと、先ほど倒したはずのメダルお化けが、転がりながら私に近づいてきている。
「そうですか! こんな時は予想通りですか! 読者の予想は裏切って期待には応えなさいよ! どれだけ性格ねじ曲がってんのよ!?」
『誰と何を話してるの!?』
私も分からない。もう、気持ち悪過ぎて頭が混乱してしまっている。
あぁ、えっとどうしよう。と、とにかくあのゴロゴロを止めないと。ゴロゴロを……ゴロゴロをぉおおおお!!!
「出ろ! 『ワイバーン』!」
『嘘ぉん!?』
細剣《レイピア》の先から噴射された巨大な翼竜がゴロゴロを飲み込む。そのまま上空へ頭を持ち上げ……消えた。
ワイバーンの口があったあたりからメダルのお化けが飛び出してくる。
「短すぎでしょ!? しっかりしなさいよ!」
『言ったよ僕は!? 瞬きの時間って言ったよ!?』
ワイバーンもせめて一噛みしてから逝きなさいよ! ってアイツ宙を浮いてない!?
嫌々見ると高速で回転しながら私を見つめるつぶらな瞳。
ってか目玉ぶっさした筈なのに何事もなかったかのように復活してるし。
で、でもここまま宙に浮いていてくれれば、逃げ切れる。私は気持ち悪いアレから解放される!
次の瞬間、私の背中を悪寒が走った。何か分からないまま真横に転がる私。その横を光の光線が駆け抜ける。
爆風が上がり、土煙ごと私の身体は吹き飛ばされ、後ろにあった木の根にぶち当たった。
「げほっ、げほっ何今の?」
『多分、光魔法だ。上位の魔物は魔法が使えるんだ』
「どう見たってアイツ闇寄りじゃない!」
『知らないよ!』
でもこの目でも見た。あのメダルお化けは中央の目から光線を発射させて攻撃してきた。認めたくないけれど、あの敵は『光魔法』も使えるんだ。
「……だったら、やることは一つでしょ!」
私は立ち上がり、細剣《レイピア》の先を浮かぶメダルお化けに合わせる。
中央の目玉が私を睨み付け、白く光る。……今だ!
「出ろ! 『脱衣所の全身鏡』!」
どん、と私の前に見慣れた全身鏡が置かれた。メダルお化けから発射された光魔法の光線は全身鏡に反射され自分に跳ね返る。
硬い金属音のような音を立て、メダルのお化けは地面に落下した。
近づいてみると、身体の半分が焦げたメダルのお化けが、地面に倒れながらうごめいている。気持ち悪い。
真ん中の大きな眼球がぐるぐる色々な方向に目線を送っている。気持ち悪い。
生き残った縁に付いている顔達が何かを呟きながら次々に舌を出していく。気持ち悪い。
え、……沢山の長く伸びた舌で焦げた身体をベロベロ舐めてる。舐めたところから焦げた身体が元の状態に戻っている。私が突いた眼球が回復したのってこれの所為?
「ホントに気持ち悪い! 出ろ! 『道端にあった変な彫刻の石』!」
メダルお化けのちょっと上の方で変な彫刻の石を呼び出す。
呼び出した瞬間、自重で落下し、メダルお化けの身体を押しつぶす。
……うわぁ……石と地面の間で沢山の長く伸びた舌が触手みたいになってびちびち動いている。
「気色悪い気色悪い気色悪い! 『変な彫刻の石』! 『変な彫刻の石』! 『変な彫刻の石』! 『変な彫刻の石』!」
『ちょっ、ちょ、ソフィア落ち着いて!』
はぁ……はぁ……き、強敵だった。何度も心が折れそうになった。けれど、私は打ち勝った。恐怖に打ち勝ったんだ。
メダルのお化けは地面と大きな石の間でもはや形も残してないだろう。紫色の液体が広がっていく。……夢魔法の解除はちょっと後にしよう。見たら多分、吐く。
「さ、さてと、マシューを探さな……きゃ……」
私達の周りをゴロゴロと重い物が転がる音がする。連続して。私の周りを囲うように。
『あぁ、これは……良くないかもね』
うるさい、分かってる。……これは、とってもマズい。
私の周りを囲うように、沢山のメダルお化け達が集まってきている。
どれも真ん中の目が血走っていて私を睨み付け、様子を伺っていた
⑪【ソフィア】
私の周りを囲うように、沢山のメダルお化け達が集まってきている。
どれも真ん中の目が血走っていて私を睨み付け、様子を伺っていた
「絶対仲間を殺されて怒っているよね。『これは誤解よ。ただの事故よ』って言ったら許してくれるかな?」
『無理だろうね。だって嘘じゃん』
そうだけど。殺意しっかり込めて念入りにやっちゃったけど。
『ソフィア、魔族の格言に、こんな言葉があるんだ……』
「正直、この状況で言い出すのが怖いんだけど聞くよ」
『ゴブリンは、一匹見たら三十匹居ると思え』
そうね。ゴブリンじゃないけど、まさにその状況。
「……で? だから?」
『声が怖い! 続きがあるんだ……“三十匹に出会ったら、逃げるが勝ち”』
そうね。流石は魔族。良いこと言うね。
……でも、そんなの、そんなの――
「……ったりまえでしょ!!」
メダルとメダルの隙間を狙い、全身の力を解放し走り出す私。様子を伺っていたメダル達が一気に動き出す。
「……死ぬ死ぬ死ぬ死ぬぅ!?」
行く手を阻むメダルを避け、空から連続して放たれる光魔法の光線をカンで避け、舌の触手をかいくぐる。
ってかコイツらまともな口がないのに私を捕まえてどうするつもりよ?
……はっまさか……。
「まさか、周りに付いてる小さな顔の口を使って、少しずつ少しずつ私を捕食するつもり? それともその沢山ある長い舌を使って目か耳か口から侵入してきて血が空っぽになるまで吸い取るとか!? 脳みそとか内臓とかを耳から絞り出してくるとか!?」
『想像力豊かすぎてついていけない!』
駄目だ、絞り出されてたまるか!
でも逃げても逃げても追いつかれ、行く手を阻まれて囲まれる。このままじゃ……捕まってしまう!
「ねぇちゃん!」
大白鳩《シェバト》で逃げる? でもコイツら空も飛べるし絶対追いかけてくるよね。光魔法で大白鳩《シェバト》ごと美味しくお肉料理にされるなんて絶対嫌だよ。
「ねぇちゃん!! こっち! こっち!」
こんなことなら王都に居るときにでも一度、全身甲冑《パレードアーマー》でも見ておくんだった。……ああでも夢魔法で出しても、着込んでる間に攻撃されそう。
「はっ、そうだ、また“私”を出して、絞り出されている間に大白鳩《シェバト》で逃げるとか? あっ、一度に一体しか出せない。駄目だ――ってマシュー!?」
ふと向けた視線の先にマシューが居た。古木にできたうろの一つに潜り込んで、私に向けて手招きしている。
「ソフィア! 早くこっちに!」
木のうろ。確かにあの大きさならメダル達は入ってこられない。ここからじゃ良く分からないけれど、奥行きもありそうだし、助かるかも!
それに……それに……
マシューの元気な顔を見た瞬間、私の心は一つの感情で満たされる。
怪我一つなさそう。顔色もいい。
あぁ、マシュー……
「よくも私をこんなところに来させたわね!!」
怒りで心が満たされる。
あのガキ……どんだけ心配かけたと思ってんだ!
怒りを原動力にメダルの攻撃を避け、大木の根をつたい駆け上がる。
死ねない。私はあの糞ガキの頭を引っぱたくまでは死ねない。
「あっねぇちゃん!止まっ――」
『ソフィア! 足元!』
「マシュー! アンタふざけんぁなああああぁああ!?」
木のうろに入り込んだ瞬間、私は足を滑らせた。予想に反してうろの中はツルツルになっていた。
そして、深かった。
うろの中に突撃した私は足を滑らせ、その勢いのままうろの中を滑り降りていく。
「ぁあああああああ!?」
長い、長い長い! これ大丈夫? 私このまま死ぬの!? うろの中で足を滑らせて死ぬとかそんなつまらない人生でいいの?
「で、出ろ! 『ふかふかお布団』!」
私の真下に布団が出た瞬間、視界が一気に広がった。地下にできた洞窟の広場に、私は辿り着いていた。
お尻から床に叩きつけられる。
『だ、大丈夫!? ソフィア!』
頭の上のメフィスが心配してくれる。
「……痛い」
『大丈夫そうだね』
どこをどう見てそう判断したのよ。掛け布団が間に挟まってくれたおかげで大事にはならなかったけど、それでも痛い。
落ち着いてみると周りを見わたす余裕ができる。
ここは光蘚が群生している洞窟だった。洞窟全体が緑色に明るく照らされている。
横も縦も広く、壁はツルツルしている。縦穴が一つ空いていて、私はそこから落ちてきた。良く見ると縄ばしごがかけられている。
「ここはどこ!? マシュー! 降りてこれる!?」
「随分と、騒がしいヤツが来たもんだな」
「ひっ……」
洞窟の端に、男が横たわっていた。丁度光蘚の影になっていて気がつかなかった。
突然の声かけに、私の心臓が跳ね上がる。
「な、なんなの? 誰ですか!?」
「あぁ、緊張しなくていいさ嬢ちゃん。オレはこのザマだ。なんにもできやしねぇ」
男が片足を上げる。太股の辺りに添え木がしてあり、布でそれを固定していた。
歳は良く分からないけど、結構大人。お母さんくらいかも。無精髭がよく似合っている男の人だ。
「弟君がお姉ちゃんの声がする、と言って行ってしまったが、なんとか助けられたみたいだな」
「え、えっと、あの……ソフィアと申します。マシューのお知り合いですか?」
「いいや、ここで少し助けただけだ。それでオレの名は――」
男は腰に妙な長剣を付けていた。刀身が波打っている変な形の剣だ。
「レオン。『夜のノカ』管理者、レオンだ。……忘れられた町へようこそ、お嬢ちゃん」
「はぁ……はぁ……も、もう嫌、私もうこの乗り物、絶対乗らない!」
大白鳩《シェバト》あるし! 飛んでも半日くらいかかりそうなくらいの距離移動した気がするけど絶対もう乗らない!
薄暗い森の中に降り立ち、私を運んできた乗り物を蹴り飛ばそうと振り向く。
浮島は既に飛び去っていた。
瞬きのうちに木々の間をすり抜け小さくなっていく。
「ちょっ……帰り、どうすんのよぉおおお!!!!」
私の叫びが木々をこだまする。
勝手に連れてきておいて置き去りとか無責任にもほどがある!
『ほらほら、一人で遊んでないで、早く弟君探すよ。……何か嫌な予感もするし』
頭の上のメフィスが不穏な発言をする。
……でも、私も降りた瞬間分かっていた。
高くそびえた木々から差し込む閃光は薄く、森全体が薄暗く鬱蒼としている。
視界は狭く霧も出ているせいか、少し先でも見通せない。
森の町にいた時は気にならなかった虫の這う音が連鎖する。気味の悪い鳴き声の鳥が森のあちこちで合図を出しあっている。
森の町は木の枝を利用して、高い位置に作られた町だ。そこから少し離れた私の住んでいるところも、標高は高い。
でもここは違う。森の町の遙か下、古木が根を這う大地に私は降り立ったんだ。
「こんなところ、マシューが来たらすぐに泣き出してもおかしくないわよ。早く探しましょう!」
とは言ってもどこを探せばいいんだろう。大きな木の根っこが這い回っていて、迷路のようになっているし、少し先も真っ暗で視界が悪すぎる。
「出ろ! 『ランタン』!」
カシャン、と細剣《レイピア》の先にランタンの持ち手が重なった。淡い光が私の周辺に広がる。
よし、これで少しはマシになったけど……それでも暗い。欲を言えばもっと森全体を照らせる光が欲しかった。
「ねえメフィス、太陽とか出せないの?」
『うん、もし出せたとしても僕らは焼け死ぬだろうね』
ちっ分かってるよ、冗談だよ。
「マシュー! いるなら出てこーい! いないなら、いないって言えー!」
……こう言えば、いつもなら「いないー!」って答える筈なのに、返事はない。
この辺りにはいないんだろうか。ってか、私が全然違うところに来たんだとしたらどうしよう。
かさりと、目の前の巨大な根っこの影で何かが動いた。私の心臓が跳ね上がる。
「マ、マシュー?」
私の声にガサガサ、と物音で反応する。
……なぁんだ、そこにいたのね可愛い弟よ。
「……なぁんて言うと思ったか! 馬鹿め!」
『うぁ! 急に大声出さないでよ。ビックリした!』
私は先に付けたランタンごと細剣《レイピア》を構え、様子を伺う。
どうせアレでしょ? マシューだと思って近づいてみたら変な魔物で、うわーきゃーひゃー的な感じでしょ? もう私は簡単に騙されないわよ。
私は成長したのよ! 純粋なソフィアさんはもういないのよ!
「よ、よーし! 三つ数えるから、すぐに出てきなさい。じゃないと私のこの剣がアンタの口をかっさばいて頭を貫いて脳髄をズタズタにしちゃうわよ!」
『脅し文句が怖いよソフィア……』
慎重に、慎重に、物音のする方向に近づいていく。
もうすぐだ。もうすぐ、物音の正体が分かる。
「こら! 返事しろって言ってるのよ!」
『言ってないし、魔物だったら返事できないよ』
メフィスが何か言うのを無視して私は脚力を使い、一気に距離を詰めた。
そして――
「きゅい!?」
尾っぽがフサフサした小動物が落ちていた木の実をかじっていた。
突然現れた私を見て、目を見開いて驚いている。
「か、可愛――あっ!」
見とれる私を置いて、小動物は飛び跳ねながら逃げていった。
逃げなくてもいいのに……私とちょっと遊んでくれてもいいのに。
ふう、でも安心した。
「そ、そうだよね、良かったぁ~、そう簡単に魔物なんて――」
ま、魔物なんて――
あー……
後ろに気配を感じる。何かすっごい視線を感じる。
恐る恐る振り返ると、私のすぐ後ろにそれはいた。
私の理解を超えた存在が、そこにいた。
それは大きなメダルのような生き物だった。
私の背丈くらい大きな丸い生き物。
身体全体が石のように硬そうで、ぱっと見では無機物のような雰囲気を持っていたけれど、私が生き物だと判断したのは理由がある。
メダルの縁を囲うように小さな人の顔がびっしりと付いていた。その一つ一つが動いていて、何か良く分からない言葉を垂れ流している。
顎は全てメダルの中心を指していて、メダルの中心は大きな眼球になっていた。
私の顔くらいの大きさ。そのつぶらな瞳が、私をじっと見つめていた。
「#$%&&””!」
音速の突きが眼球に突き刺さる。
細剣《レイピア》の刀身がメダルの中心を貫いた。ランタンが眼球にぶち当たり割れて燃え広がる。
『ちょっと、今なんて言ったの!?』
「うるさい! 何あれ、気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪いぃぃぃいいい!」
既に私は走っていた。とにかくあの気持ち悪いメダルのお化けから逃げる事だけを考えていた。
何よあれ、なんで人の顔があんなびっちり付いてるの。真ん中の目玉もなによ。なんであんな大きいの? 嫌でも目が合っちゃったわよ。ああ、もう夢に出てきそう。ホント気持ち悪い!
「大体、出会い頭の落差が酷すぎるでしょ! あんなに可愛い小動物に会えてほんわかしてたのに! ああもう! 出ろ! 『謎の小動物』! 出ろ! 『私の部屋のぬいぐるみ』! 出ろ! 『この前雑貨屋さんで見た可愛らしい鳥の置物』!」
『夢魔法を無駄遣いするなぁ!』
可愛い物を次々に出して傷を負った心を癒やす。
なんか、後ろからゴロゴロ何かが近づいてきている気がする。見たくない! 私は絶対見たくない!
だめだソフィア。どれだけ嫌でも、現実を見つめなきゃいけないときだってあるんだよ。もしかしたら私の勘違いの可能性だって……
振り向くと、先ほど倒したはずのメダルお化けが、転がりながら私に近づいてきている。
「そうですか! こんな時は予想通りですか! 読者の予想は裏切って期待には応えなさいよ! どれだけ性格ねじ曲がってんのよ!?」
『誰と何を話してるの!?』
私も分からない。もう、気持ち悪過ぎて頭が混乱してしまっている。
あぁ、えっとどうしよう。と、とにかくあのゴロゴロを止めないと。ゴロゴロを……ゴロゴロをぉおおおお!!!
「出ろ! 『ワイバーン』!」
『嘘ぉん!?』
細剣《レイピア》の先から噴射された巨大な翼竜がゴロゴロを飲み込む。そのまま上空へ頭を持ち上げ……消えた。
ワイバーンの口があったあたりからメダルのお化けが飛び出してくる。
「短すぎでしょ!? しっかりしなさいよ!」
『言ったよ僕は!? 瞬きの時間って言ったよ!?』
ワイバーンもせめて一噛みしてから逝きなさいよ! ってアイツ宙を浮いてない!?
嫌々見ると高速で回転しながら私を見つめるつぶらな瞳。
ってか目玉ぶっさした筈なのに何事もなかったかのように復活してるし。
で、でもここまま宙に浮いていてくれれば、逃げ切れる。私は気持ち悪いアレから解放される!
次の瞬間、私の背中を悪寒が走った。何か分からないまま真横に転がる私。その横を光の光線が駆け抜ける。
爆風が上がり、土煙ごと私の身体は吹き飛ばされ、後ろにあった木の根にぶち当たった。
「げほっ、げほっ何今の?」
『多分、光魔法だ。上位の魔物は魔法が使えるんだ』
「どう見たってアイツ闇寄りじゃない!」
『知らないよ!』
でもこの目でも見た。あのメダルお化けは中央の目から光線を発射させて攻撃してきた。認めたくないけれど、あの敵は『光魔法』も使えるんだ。
「……だったら、やることは一つでしょ!」
私は立ち上がり、細剣《レイピア》の先を浮かぶメダルお化けに合わせる。
中央の目玉が私を睨み付け、白く光る。……今だ!
「出ろ! 『脱衣所の全身鏡』!」
どん、と私の前に見慣れた全身鏡が置かれた。メダルお化けから発射された光魔法の光線は全身鏡に反射され自分に跳ね返る。
硬い金属音のような音を立て、メダルのお化けは地面に落下した。
近づいてみると、身体の半分が焦げたメダルのお化けが、地面に倒れながらうごめいている。気持ち悪い。
真ん中の大きな眼球がぐるぐる色々な方向に目線を送っている。気持ち悪い。
生き残った縁に付いている顔達が何かを呟きながら次々に舌を出していく。気持ち悪い。
え、……沢山の長く伸びた舌で焦げた身体をベロベロ舐めてる。舐めたところから焦げた身体が元の状態に戻っている。私が突いた眼球が回復したのってこれの所為?
「ホントに気持ち悪い! 出ろ! 『道端にあった変な彫刻の石』!」
メダルお化けのちょっと上の方で変な彫刻の石を呼び出す。
呼び出した瞬間、自重で落下し、メダルお化けの身体を押しつぶす。
……うわぁ……石と地面の間で沢山の長く伸びた舌が触手みたいになってびちびち動いている。
「気色悪い気色悪い気色悪い! 『変な彫刻の石』! 『変な彫刻の石』! 『変な彫刻の石』! 『変な彫刻の石』!」
『ちょっ、ちょ、ソフィア落ち着いて!』
はぁ……はぁ……き、強敵だった。何度も心が折れそうになった。けれど、私は打ち勝った。恐怖に打ち勝ったんだ。
メダルのお化けは地面と大きな石の間でもはや形も残してないだろう。紫色の液体が広がっていく。……夢魔法の解除はちょっと後にしよう。見たら多分、吐く。
「さ、さてと、マシューを探さな……きゃ……」
私達の周りをゴロゴロと重い物が転がる音がする。連続して。私の周りを囲うように。
『あぁ、これは……良くないかもね』
うるさい、分かってる。……これは、とってもマズい。
私の周りを囲うように、沢山のメダルお化け達が集まってきている。
どれも真ん中の目が血走っていて私を睨み付け、様子を伺っていた
⑪【ソフィア】
私の周りを囲うように、沢山のメダルお化け達が集まってきている。
どれも真ん中の目が血走っていて私を睨み付け、様子を伺っていた
「絶対仲間を殺されて怒っているよね。『これは誤解よ。ただの事故よ』って言ったら許してくれるかな?」
『無理だろうね。だって嘘じゃん』
そうだけど。殺意しっかり込めて念入りにやっちゃったけど。
『ソフィア、魔族の格言に、こんな言葉があるんだ……』
「正直、この状況で言い出すのが怖いんだけど聞くよ」
『ゴブリンは、一匹見たら三十匹居ると思え』
そうね。ゴブリンじゃないけど、まさにその状況。
「……で? だから?」
『声が怖い! 続きがあるんだ……“三十匹に出会ったら、逃げるが勝ち”』
そうね。流石は魔族。良いこと言うね。
……でも、そんなの、そんなの――
「……ったりまえでしょ!!」
メダルとメダルの隙間を狙い、全身の力を解放し走り出す私。様子を伺っていたメダル達が一気に動き出す。
「……死ぬ死ぬ死ぬ死ぬぅ!?」
行く手を阻むメダルを避け、空から連続して放たれる光魔法の光線をカンで避け、舌の触手をかいくぐる。
ってかコイツらまともな口がないのに私を捕まえてどうするつもりよ?
……はっまさか……。
「まさか、周りに付いてる小さな顔の口を使って、少しずつ少しずつ私を捕食するつもり? それともその沢山ある長い舌を使って目か耳か口から侵入してきて血が空っぽになるまで吸い取るとか!? 脳みそとか内臓とかを耳から絞り出してくるとか!?」
『想像力豊かすぎてついていけない!』
駄目だ、絞り出されてたまるか!
でも逃げても逃げても追いつかれ、行く手を阻まれて囲まれる。このままじゃ……捕まってしまう!
「ねぇちゃん!」
大白鳩《シェバト》で逃げる? でもコイツら空も飛べるし絶対追いかけてくるよね。光魔法で大白鳩《シェバト》ごと美味しくお肉料理にされるなんて絶対嫌だよ。
「ねぇちゃん!! こっち! こっち!」
こんなことなら王都に居るときにでも一度、全身甲冑《パレードアーマー》でも見ておくんだった。……ああでも夢魔法で出しても、着込んでる間に攻撃されそう。
「はっ、そうだ、また“私”を出して、絞り出されている間に大白鳩《シェバト》で逃げるとか? あっ、一度に一体しか出せない。駄目だ――ってマシュー!?」
ふと向けた視線の先にマシューが居た。古木にできたうろの一つに潜り込んで、私に向けて手招きしている。
「ソフィア! 早くこっちに!」
木のうろ。確かにあの大きさならメダル達は入ってこられない。ここからじゃ良く分からないけれど、奥行きもありそうだし、助かるかも!
それに……それに……
マシューの元気な顔を見た瞬間、私の心は一つの感情で満たされる。
怪我一つなさそう。顔色もいい。
あぁ、マシュー……
「よくも私をこんなところに来させたわね!!」
怒りで心が満たされる。
あのガキ……どんだけ心配かけたと思ってんだ!
怒りを原動力にメダルの攻撃を避け、大木の根をつたい駆け上がる。
死ねない。私はあの糞ガキの頭を引っぱたくまでは死ねない。
「あっねぇちゃん!止まっ――」
『ソフィア! 足元!』
「マシュー! アンタふざけんぁなああああぁああ!?」
木のうろに入り込んだ瞬間、私は足を滑らせた。予想に反してうろの中はツルツルになっていた。
そして、深かった。
うろの中に突撃した私は足を滑らせ、その勢いのままうろの中を滑り降りていく。
「ぁあああああああ!?」
長い、長い長い! これ大丈夫? 私このまま死ぬの!? うろの中で足を滑らせて死ぬとかそんなつまらない人生でいいの?
「で、出ろ! 『ふかふかお布団』!」
私の真下に布団が出た瞬間、視界が一気に広がった。地下にできた洞窟の広場に、私は辿り着いていた。
お尻から床に叩きつけられる。
『だ、大丈夫!? ソフィア!』
頭の上のメフィスが心配してくれる。
「……痛い」
『大丈夫そうだね』
どこをどう見てそう判断したのよ。掛け布団が間に挟まってくれたおかげで大事にはならなかったけど、それでも痛い。
落ち着いてみると周りを見わたす余裕ができる。
ここは光蘚が群生している洞窟だった。洞窟全体が緑色に明るく照らされている。
横も縦も広く、壁はツルツルしている。縦穴が一つ空いていて、私はそこから落ちてきた。良く見ると縄ばしごがかけられている。
「ここはどこ!? マシュー! 降りてこれる!?」
「随分と、騒がしいヤツが来たもんだな」
「ひっ……」
洞窟の端に、男が横たわっていた。丁度光蘚の影になっていて気がつかなかった。
突然の声かけに、私の心臓が跳ね上がる。
「な、なんなの? 誰ですか!?」
「あぁ、緊張しなくていいさ嬢ちゃん。オレはこのザマだ。なんにもできやしねぇ」
男が片足を上げる。太股の辺りに添え木がしてあり、布でそれを固定していた。
歳は良く分からないけど、結構大人。お母さんくらいかも。無精髭がよく似合っている男の人だ。
「弟君がお姉ちゃんの声がする、と言って行ってしまったが、なんとか助けられたみたいだな」
「え、えっと、あの……ソフィアと申します。マシューのお知り合いですか?」
「いいや、ここで少し助けただけだ。それでオレの名は――」
男は腰に妙な長剣を付けていた。刀身が波打っている変な形の剣だ。
「レオン。『夜のノカ』管理者、レオンだ。……忘れられた町へようこそ、お嬢ちゃん」
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説

マッサージ
えぼりゅういち
恋愛
いつからか疎遠になっていた女友達が、ある日突然僕の家にやってきた。
背中のマッサージをするように言われ、大人しく従うものの、しばらく見ないうちにすっかり成長していたからだに触れて、興奮が止まらなくなってしまう。
僕たちはただの友達……。そう思いながらも、彼女の身体の感触が、冷静になることを許さない。

僕が美少女になったせいで幼馴染が百合に目覚めた
楠富 つかさ
恋愛
ある朝、目覚めたら女の子になっていた主人公と主人公に恋をしていたが、女の子になって主人公を見て百合に目覚めたヒロインのドタバタした日常。
この作品はハーメルン様でも掲載しています。
クールな生徒会長のオンとオフが違いすぎるっ!?
ブレイブ
恋愛
政治家、資産家の子供だけが通える高校。上流高校がある。上流高校の一年生にして生徒会長。神童燐は普段は冷静に動き、正確な指示を出すが、家族と、恋人、新の前では

【R18】幼馴染がイケメン過ぎる
ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。
幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。
幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。
関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。
〈社会人百合〉アキとハル
みなはらつかさ
恋愛
女の子拾いました――。
ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?
主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。
しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……?
絵:Novel AI
💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活
XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる