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三章 ――白色の王子と透明な少女――
⑩<王子5> 『ワイバーン戦①』
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⑫【ロキ】
「アイツは……なんだ?」
エストアに呼ばれ、診療所の外に出た俺達はすぐに、何が起こったのか把握できた。
それだけの衝撃と、圧倒的な存在感を持った生物だった。
ノカの町を支える巨大な古木、その間を縫うように、『夜のノカ』上空を飛んでいた。
巨大な影が俺達の居る方向に向かい近づいてくる。
木陰の間から走る太陽の射線に、影が照らされる。
「ワイバーン……」
エストアが絞り出すように声を吐き出す。
巨大な翼竜が苔むしたような緑の翼を広げ、ゆっくりと羽ばたきながら俺達に近づいてくる。
身体は赤いトカゲをそのまま大きくしたような姿。
長い首の先に付いた頭はオレンジがかっていて、ゴツゴツした亀のような顔をしている。
尻尾は紫がかっていて、先端は蠍を思わせる大きな針が見え隠れする。
「レオン、この辺りにワイバーンの巣があるのか?」
刀身が波打った独特な剣を構えるレオンに尋ねる。
「あるわけねーだろ。ワイバーンどころか、ゴブリン一匹出ない地方だ」
「……魔物よけはねぇダか?」
俺の背中に隠れながら、鳥女が怯えた声を出す。
そうだ。仮に魔物が出ない地方だとしても、万が一の措置のため、魔物よけは町の周りに設置されているはずだ。
「あるに決まってる。……ただ、あの様子じゃあ、機能してねーなぁ」
ゆっくりと飛行を続けていたワイバーンが甲高い鳴き声を上げた。
「……私達を見つけたみたいね。どうしますか? 王子」
エストアの両腕に付けていたバングルが青く輝き、光のリングが浮かび上がっている。
……魔導具か。『教会』の中でも、一部の人間しか持てないはずの武器だ。
「ここで見逃せば、『森の町』が危険に晒される。……やれるか?」
「やるっきゃねぇだろ。……エストア!」
「分かっている……わよ!」
腕を掲げたエストアが、光のリングをワイバーン目掛け放った。
勢いよく放たれたリングは回転しながら広がり、巨大な翼竜を凌ぐほど大きく膨らむ。
ワイバーンにあたった瞬間、リングは細かく分裂し、丸い球体となって翼竜を包み込む。 上空の大きな影が、動きを止めた。
直後、翼竜の身体は町の石畳に叩きつけられていた。
衝撃と、轟音が響き渡る。
重いボールを床にたたき落とすかのような動きに、翼竜は光る球体の中で暴れながら抵抗を続けている。
「あの大きさだと、持って三秒よ」
「……だろうな!」
波打つ剣を持つレオンが叫ぶ。その剣の周辺には緑色の幻影が広がり、徐々に大きくなっていく。幻影が、巨大な緑色の剣に変わっていく。
レオンが石畳に張り付いて暴れる翼竜へと飛びかかっていった。
「なんですだ? あれは」
背後でそれを覗いていた鳥女が、俺のマントを引っ張る。
「魔導具だ。……アレを使えば魔法のような、特殊な力を使う事ができる」
「はへぇ~王子様もお持ちなのですか?」
「俺は持ち合わせていない。……だが、万が一のためにも今後は持っていた方がいいかもしれないな」
今現在も護身用として、なんの変哲もない鉄の剣を腰に下げているが、あんな化け物相手に振るったところで戦力の足しにもならない。
剣の腕前は皆無だが、魔道具ならば妙な特殊能力が備わっていたりもする。戦いの幅が広がるのはアリだな。
アテが無いわけじゃないからな。あの伯爵には借りもあることだし、一つくらいおねだりしてもバチはあたらないだろう。
「ところで、ネル。お前は戦えないのか?」
「め、滅相も無いですダ! ネルネルは優しいから、アリんこ一匹殺せねぇダ」
まあ、戦える医師など、そうはいないだろうから仕方がないな。俺の知る世界でも、メスを投げるのが得意なモグリの医者ぐらいしか思い当たらない。
戦えないのは俺も同じだし、文句も言えないだろう。
しかし――
「凄いな、アイツら」
地に落ちた翼竜に挑むレオンとエストアを眺める。
レオンは地で暴れる翼竜の攻撃を紙一重で避けながら、巨大な剣の幻影を操り、着実にワイバーンの身体に傷を付けている。
エストアは少し離れた位置でレオンに助言をしながら、ワイバーンが空に逃れようとした瞬間に光のリングで動きを止め、それを阻止している。
会話から察するに、親しい仲のようだし、お互いにどう動けば良いのか分かり合えているのだろう。
ワイバーンが甲高い嘶《いなな》きを上げた。
レオンの剣閃を固い表皮で弾いた翼竜が、口から火炎弾を放つ。
それは予備動作無しの行動だった。何も無いところから突如、火炎弾が現れたと錯覚する程、素早い行動だった。
だが、レオンはそれを緑の幻影で斜めに受け流し、直撃を避ける。
「レオン! 左!」
エストアが叫ぶ。火炎弾に意識が集中していたレオンの思慮の外、左側からサソリの尾が襲いかかったからだ。
鋭い尾先が刺さる直前、レオンは身体を捻り波打つ剣の刀身を尾にあてる。
火花の半円が宙に広がった。
レオンを仕留め損ねたワイバーンの尾が半円を描く。
「エス――」
それは、レオンの呼び声よりも先に起こった。
丸太のように太い翼竜の尾が、エストアの腹を叩きつけたのだ。
吹き飛び、地面を転がるエストア。
そして翼竜は――空へと飛び立った。
「……クソっ!」
暫く翼竜の動きを見つめていたレオンが、エストアへと駆け寄る。それは俺達も同じだった。
翼竜が徐々にその姿を小さくしていく。
「動かしちゃダメだべ! ネルに任せるダ!」
真っ先にエストアへと駆けつけたネルがレオンを抑制する。
医師に任せた方が良い。そう判断したのだろう。レオンが大きく舌打ちして再び上空を見上げた。
翼竜の姿が小さくなっていく。葉の生い茂る古木をなぞるように、上昇を続けている。
「……マズいぞ、『森の町』へと向かってやがる」
「急いで戻ろう。住人が危険に晒されている」
あんな化け物が突如現れたら町は阿鼻叫喚に包まれるだろう。間に合うものではないが、一人でも多くの住人を助けなくては。
レオンと小さくうなずきあい、俺達は昇降機の設置されている教会聖堂へと走った。
「アイツは……なんだ?」
エストアに呼ばれ、診療所の外に出た俺達はすぐに、何が起こったのか把握できた。
それだけの衝撃と、圧倒的な存在感を持った生物だった。
ノカの町を支える巨大な古木、その間を縫うように、『夜のノカ』上空を飛んでいた。
巨大な影が俺達の居る方向に向かい近づいてくる。
木陰の間から走る太陽の射線に、影が照らされる。
「ワイバーン……」
エストアが絞り出すように声を吐き出す。
巨大な翼竜が苔むしたような緑の翼を広げ、ゆっくりと羽ばたきながら俺達に近づいてくる。
身体は赤いトカゲをそのまま大きくしたような姿。
長い首の先に付いた頭はオレンジがかっていて、ゴツゴツした亀のような顔をしている。
尻尾は紫がかっていて、先端は蠍を思わせる大きな針が見え隠れする。
「レオン、この辺りにワイバーンの巣があるのか?」
刀身が波打った独特な剣を構えるレオンに尋ねる。
「あるわけねーだろ。ワイバーンどころか、ゴブリン一匹出ない地方だ」
「……魔物よけはねぇダか?」
俺の背中に隠れながら、鳥女が怯えた声を出す。
そうだ。仮に魔物が出ない地方だとしても、万が一の措置のため、魔物よけは町の周りに設置されているはずだ。
「あるに決まってる。……ただ、あの様子じゃあ、機能してねーなぁ」
ゆっくりと飛行を続けていたワイバーンが甲高い鳴き声を上げた。
「……私達を見つけたみたいね。どうしますか? 王子」
エストアの両腕に付けていたバングルが青く輝き、光のリングが浮かび上がっている。
……魔導具か。『教会』の中でも、一部の人間しか持てないはずの武器だ。
「ここで見逃せば、『森の町』が危険に晒される。……やれるか?」
「やるっきゃねぇだろ。……エストア!」
「分かっている……わよ!」
腕を掲げたエストアが、光のリングをワイバーン目掛け放った。
勢いよく放たれたリングは回転しながら広がり、巨大な翼竜を凌ぐほど大きく膨らむ。
ワイバーンにあたった瞬間、リングは細かく分裂し、丸い球体となって翼竜を包み込む。 上空の大きな影が、動きを止めた。
直後、翼竜の身体は町の石畳に叩きつけられていた。
衝撃と、轟音が響き渡る。
重いボールを床にたたき落とすかのような動きに、翼竜は光る球体の中で暴れながら抵抗を続けている。
「あの大きさだと、持って三秒よ」
「……だろうな!」
波打つ剣を持つレオンが叫ぶ。その剣の周辺には緑色の幻影が広がり、徐々に大きくなっていく。幻影が、巨大な緑色の剣に変わっていく。
レオンが石畳に張り付いて暴れる翼竜へと飛びかかっていった。
「なんですだ? あれは」
背後でそれを覗いていた鳥女が、俺のマントを引っ張る。
「魔導具だ。……アレを使えば魔法のような、特殊な力を使う事ができる」
「はへぇ~王子様もお持ちなのですか?」
「俺は持ち合わせていない。……だが、万が一のためにも今後は持っていた方がいいかもしれないな」
今現在も護身用として、なんの変哲もない鉄の剣を腰に下げているが、あんな化け物相手に振るったところで戦力の足しにもならない。
剣の腕前は皆無だが、魔道具ならば妙な特殊能力が備わっていたりもする。戦いの幅が広がるのはアリだな。
アテが無いわけじゃないからな。あの伯爵には借りもあることだし、一つくらいおねだりしてもバチはあたらないだろう。
「ところで、ネル。お前は戦えないのか?」
「め、滅相も無いですダ! ネルネルは優しいから、アリんこ一匹殺せねぇダ」
まあ、戦える医師など、そうはいないだろうから仕方がないな。俺の知る世界でも、メスを投げるのが得意なモグリの医者ぐらいしか思い当たらない。
戦えないのは俺も同じだし、文句も言えないだろう。
しかし――
「凄いな、アイツら」
地に落ちた翼竜に挑むレオンとエストアを眺める。
レオンは地で暴れる翼竜の攻撃を紙一重で避けながら、巨大な剣の幻影を操り、着実にワイバーンの身体に傷を付けている。
エストアは少し離れた位置でレオンに助言をしながら、ワイバーンが空に逃れようとした瞬間に光のリングで動きを止め、それを阻止している。
会話から察するに、親しい仲のようだし、お互いにどう動けば良いのか分かり合えているのだろう。
ワイバーンが甲高い嘶《いなな》きを上げた。
レオンの剣閃を固い表皮で弾いた翼竜が、口から火炎弾を放つ。
それは予備動作無しの行動だった。何も無いところから突如、火炎弾が現れたと錯覚する程、素早い行動だった。
だが、レオンはそれを緑の幻影で斜めに受け流し、直撃を避ける。
「レオン! 左!」
エストアが叫ぶ。火炎弾に意識が集中していたレオンの思慮の外、左側からサソリの尾が襲いかかったからだ。
鋭い尾先が刺さる直前、レオンは身体を捻り波打つ剣の刀身を尾にあてる。
火花の半円が宙に広がった。
レオンを仕留め損ねたワイバーンの尾が半円を描く。
「エス――」
それは、レオンの呼び声よりも先に起こった。
丸太のように太い翼竜の尾が、エストアの腹を叩きつけたのだ。
吹き飛び、地面を転がるエストア。
そして翼竜は――空へと飛び立った。
「……クソっ!」
暫く翼竜の動きを見つめていたレオンが、エストアへと駆け寄る。それは俺達も同じだった。
翼竜が徐々にその姿を小さくしていく。
「動かしちゃダメだべ! ネルに任せるダ!」
真っ先にエストアへと駆けつけたネルがレオンを抑制する。
医師に任せた方が良い。そう判断したのだろう。レオンが大きく舌打ちして再び上空を見上げた。
翼竜の姿が小さくなっていく。葉の生い茂る古木をなぞるように、上昇を続けている。
「……マズいぞ、『森の町』へと向かってやがる」
「急いで戻ろう。住人が危険に晒されている」
あんな化け物が突如現れたら町は阿鼻叫喚に包まれるだろう。間に合うものではないが、一人でも多くの住人を助けなくては。
レオンと小さくうなずきあい、俺達は昇降機の設置されている教会聖堂へと走った。
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