群像転生物語 ――幸せになり損ねたサキュバスと王子のお話――

宮島更紗/三良坂光輝

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三章  ――白色の王子と透明な少女――

    ⑨<少女4> 『新たな力』

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⑪【ソフィア】
 叫び声に満たされる森の町を私の身体が駆け抜ける。
 目に映る子供の影を次々と光の粒子へと変えていく。

「……数が、多すぎる」
 もう五十体は倒したよ。でも、周りを見わたすとまだそこら中を影が走り回っている。
 橋から斜め下の通路をぞき込むと、逃げ遅れた女の人が二匹の影に挟まれ震えていた。

「……あーもう! 二度とやらないって決めたのに!」
 私は助走をつけ、高く飛んだ。
 森の風が、悲鳴が、私の身体を駆け抜ける。

 だん、と音を立て、私は女の人の目の前に降りたった。
 二匹の影が私に意識を移した。けれど、遅い。既に私は細剣《レイピア》の狙いを絞っていた。

 ……コイツは、右足付け根。
 鋭い剣先が影の中で光る一点を突き刺す。
 ぼんっと音を立て、影の子供は細かな光の粒に変わり広がっていく。

 コイツは、右目辺り!
 再び、光の粒子が広がった。
 何度も倒しているうちに分かった事だけど、この影の弱点、身体の中でなんか光っている点は、個体によって位置がバラバラだ。目立つ光だから分かるんだけど、毎回位置を確認して突き抜かなきゃいけない。

 助けた女の人のお礼を受け、私は階段を駆け上がる。

「……もう、なんなの!? 一体!」
 なんか流されて戦ってるけど、この子供の影は一体なんなんだろう。生き物じゃないのは明白だ。こんな生き物いてたまるか。
 一番可能性が高いのはやっぱり、アレだよね。子供っぽいと思われるかもだけど、魔法――

「!!」
 広場になっている枝の上を駆けていた私の前に、突如子供の影が現れた。
 ……なんかこの子、今何も無いところから突然現れなかった?
 突いても突いても減ってかないはずだよ。
 こんなの、どうすればいいの?

 戸惑う私を囲むように、次々と子供の影が現れる。
 十の影に囲まれたところで、私は大きく息を吸い込んだ。

「上等よ! 何匹でもかかってこい!」
 広場に光る粒子が広がった。
 それは次々に連鎖し、まるできらめく虹の中を通り抜けて行くように錯覚する。

 もうこうなったら根比べだ。
 なんだかよく分からない現象だけど、終わりは絶対にあるはずだ。
 私が疲れて動けなくなるのが先か、この子達が尽きるのが先か。

 剣術大会準優勝の肩書きにかけて、私は絶対に諦めない!

      *****

「だ、駄目。もう駄目……多すぎる」
 私は膝を立て、肩で息をする。その周りを影の子供達が囲っていた。その数は瞬きの度に増え、私の逃げ道を塞いでいる。
 む、ムリムリ。だって、相手は無限に出て来るんだもん。休む暇が全くないんだもん。
 私、人間なんだよ。体力が無尽蔵にあるわけじゃないんだよ!

「こ、コレって……マズい状況?」
 私を囲う子供達の頭が次々と割れていく。どんどん、どんどん大きくなっていく。

 ――ごめん、お母さん。先に行くけど来ないでね。無事でいてね。

 ――マシュー、大事にしてた干し肉食べちゃったけど恨まないでね。

 ――あと、王子様、もう一回、姿を見たかったよ。

『諦めちゃ駄目だ!』
 ああ、まだ私、十三歳だよ。これから沢山、楽しい事あったのに――

『まだキミは、戦える!』
 せめて恋の一つくらいしたかったなぁ。ほんと、つまらない人生だ――

『こっちだ、こっちを見て!』
 私の足元に、謎の生物が居た。
 四本足で、大きな耳をパタパタさせている。
 大きさは私のくるぶしくらい。長めの鼻が印象的な紫の生物だ。
 大きな丸い宝石が付いた首飾りをぶら下げている。

 ……。

 ……。

 ……。えい。

『ちょお!?』
 レイピアで突き刺そうとすると、飛び跳ねて逃げられる。
 ちっ、意外と素早い。

『な、何をするんだぁ!』

「うるさい! 折角、人が有終の美飾ろうとしてんのよ!? 空気読みなさいよ幻覚!」
 突如放たれた私の大きな叫びに、周りの影達もビクリとする。

『幻覚じゃない! 僕はちゃんとここにいる!』

「幻覚じゃなければ余計怖いわよ! ことば話すぬいぐるみなんて、怖い絵本でしか見たことないわよ!」

『ぬいぐるみじゃない! れっきとした魔族だ! ……いいから僕を持って!』

「怖い怖い怖い! 私を呪い殺す気!? 取り憑く気!? 他行って他に!」

『現在進行形で食べられそうな子が何を言ってるのさ!?』
 ……はっ!? しまった、非現実的な事が大きすぎてつい現実逃避してしまった。
 そうだった。なんか私が突然叫んだおかげか、空気読んでくれたみたいだけど、私、謎の子供達にぱっくりされそうになっていたんだった。

「アナタを持ったらどうなるの!?」

『キミを経由すれば、僕の魔法をキミが使えるようになる!』
 なにそれ、怖い。

「私経由って何よ!? それ、絶対、健康に悪いんじゃない!?」
 そうこうしている間にも、動きを再開した影の頭が膨れ上がっている。

『健康を気にする前に今、死にたいの!? 説明している暇はない!』
 そうだ。私はまだまだ、人生を楽しまなきゃいけない。
 今、こんなところで、食べられる訳にはいかない。

 ――ああ、もう、どうにでもなれ!
 飛び跳ねていた紫の生物を抱え込む。

「で、どうすればいいの!?」

『キミが思う、最も強い存在を強く思い描いて。それが現実となって現れるから』
 凄い。凄いけど、こんな局面でぱっと思いつかない。

 ――って!

 子供の一人が襲いかかってきた。大きく広がった頭の先を寸前で避ける。

『早く!』

「うるさい! そんなのすぐに思いつかないよ! 強い存在……強い存在――」
 一体動いたからか、子供の影が次々に動き始める。攻撃が連鎖していく。
 ……ああ、もう! アレしか思いつかない! アレでいいや!

 私は頭の中に一人の人物を思い浮かべる。
 私が知る、最も強い存在の姿を。

 一瞬、視界に赤い光が広がった。
 細剣を持つ右手に赤いしじまが広がる。そのしじまは渦になり、細剣を通って剣先から広がっていく。
 そして、それは現れた。

「す、凄い……ホントに出てきた」
 私が知る、最も強い存在。
 私が知る、最も頼りになる存在が。

『……キミがそれでいいなら、いいけどさ』
 謎の生物が呆れた声を出す。

 私の前には、“私”が立っていた。
 最も頼りになる存在、“私”が細剣《レイピア》を持ち、影達に対峙していた。

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