群像転生物語 ――幸せになり損ねたサキュバスと王子のお話――

宮島更紗/三良坂光輝

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三章  ――白色の王子と透明な少女――

    ⑥<王子3> 『管理人』

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⑧【ロキ】
 猫の影をそのまま立体化したかのような、独特な形をした提灯が通路の左右に置かれ、淡い光を放つ。
 石造りの薄暗い通路を歩いていると、ほどなく扉もない小部屋へと辿り着いた。
 小部屋の中は脱ぎ捨てられた服、放置された武具や動物の骨などで乱雑に散らかっていて、壁の一部が鉄格子のような柵になっていた。
 中央には椅子が設置され、痩せた無精ひげの男が一人座っている。

「よう、エストア。こんなところに来るとは珍しいな」
 短く刈られた茶色の髪をバリバリと掻きながら、男が眠そうな瞳を向ける。
 歳は三十代前半くらいだろうか、中途半端に伸びたひげがやけに似合う男だった。

「ほんとうに、こんなところよ。相変わらず、片付けが出来ないのね。レオン」
 エストアが眉を潜めながら部屋を見渡し、深いため息をつく。

「お前が来ると分かってりゃ、少しは見栄え良くしていたんだがなぁ」

「嘘ばっかり。あなたが自分の部屋を綺麗にしているところ、想像が付かないわ。私が片付けてばかりだったじゃないの」

「確かに、確かに……それで……?」
 レオンと呼ばれた男が俺の方に目線を移し、鼻で笑う。

「隣の小僧は新しい男か? お前の趣味も随分と、悪くなったもんだな」
 趣味の悪い男で悪かったな。……いや、エストアの男でもないが。

「悪い冗談言わないで。このお方は――」

「ああ、言わなくても分かる。ルスランの王族様だろ? その白い髪と赤い目見りゃ誰だって分かる」
 そう言って、男は欠伸をしながら背中をバリバリと掻き始める。
 コイツ、俺が王族だと分かった上でのさっきの冗談か? 中々、面白そうな男じゃないか。

「第五王子ロキだ。エストアとは今日出会ったばかりでな。お互いを知ろうとしている真っ最中だ」

「やめとけ、やめとけ。コイツは顔ほど、男に甘くはねーぞ」
 男は首筋に腕を回したまま、のんびりと言い放つ。

「そういった相手を手懐けるのもまた、一興だ」

「そいつは全面的に同意だが、王都の可愛い子ちゃん相手に勝手にやってくれや。コイツには俺っていう先約があるんでね」

「釣っておいて勝手に手放したのはあなたで……って、変な冗談はやめにして。……王子も、おやめ下さい。彼は見ての通りの馬鹿なので、本気にしてしまいます。無礼をお許し下さい」
 エストアが顔面蒼白になりながら懇願する。

「いやいや、構わない。レオンと言ったな。エストアとどういった関係かは知らないが、俺は目的を達せれば消える身だ。他人の恋路を邪魔するほど野暮な事をするつもりもない。安心してくれ」

「そいつは嬉しいね。それで? 王子様が『夜のノカ』になんの用だ?」
 やっと本題か。……とは言っても、そもそもコイツは何者なんだ? 教会管理施設に居るということは『教会』の関係者だとは思うが……。

「彼は『教会』から、『夜のノカ』全体の現状維持を任されています。普段は、魔物が入り込まないよう手入れをしたり、生えすぎたキノコを伐採したりしております」
 疑問が顔に出ていたのか、エストアが察して補足を入れてくる。

「なるほど……管理人か。ならば、知っているな。『眠り病』に侵されたこの町の住人が、『夜のノカ』のどこかにいるはずだ。そこまで案内してもらいたい」

「この町の……?」
 レオンが怪訝な顔をしながらエストアを見つめ、彼女が小さくうなずく。

「……なるほどねぇ。どうやら、王子様は色々とご存じのようだ。確かに、ここ『夜のノカ』には眠ったまま起きない男達が隔離されている。連れて行くのは構わねーが、何をするつもりなのか、聞いてからだな」

「王族仕込みの治療をするだけだ。治るかどうかは保証ができないが、できる限りのことはする」

「王族が治療を? 随分と、畑違いなことをしなさる。あそこには医者やシスター達も控えているんだぜ。任せておけばよいでしょうに」

「詳細は控えるが、王族だからこそできる治療もある。ついでに言うが、ルスラン王国大聖堂祭司兼、王族直属啓蒙長けいもうちょうからの指名でもある」
 金髪チャラ導師の仰々しい肩書きを口にすることになるとはな。
 俺の懐には兄上から預かった魔石付きの指輪が収められている。ここに来る前に調べてみたが、取り付けられた魔石の正体は『夢魔法』だった。
 他人の夢の中に潜り込み、その夢を見ている本人と、夢の中で話ができるという魔法だ。
 正に、今回のケースにピッタリな魔石だが、眠り病の治療にどう役立てるのかは現在のところ未知数だ。
 父上や兄上のことだから、この指輪を使えば眠り病は解決できると確信して送ってきたんだろうが……もう少し詳細も添えてもらいたかった。
 贅沢を言ってもしょうがない。眠り病の患者に使ってみれば、分かることもあるだろう。

「生憎と本家のヤツらとは距離を置いているんでね。肩書き言われても分かるもんじゃないが、まあいいだろ。嘘は付いていなそうだしな」

「少しは信用できたか? ならば、いい加減その武器を降ろしてくれ」
 不意の発言に、俺以外の二人が身体を固める。

「……なんだって?」

「廃れた町の管理者と言う割には、随分と臆病なんだな。そろそろ、背中の後ろで構えている武器を降ろしてもらいたいんだが?」
 俺の言葉に、男はニヤリと不敵な笑みを見せ、首筋に回していた腕をゆっくりと上げる。男の背後から一振りの武器が現れた。刀身が波打ったような独特の形をした剣だ。

「なぜ分かったのか、教えてもらえねーか? 王子様」

「会話をしている間、常に利き手を後ろに回している。不自然なことこの上ない。後は、腕と足の筋肉だな。いつでも動けるようにしていただろう」
 レオンは鼻で笑い、手に持った剣を床に転がす。
 俺自身、武芸に達者な訳ではないが、英雄ガラハドと訓練を重ねてきた経験がある。
 最低限、身を守る知識は持っているつもりだ。

「いやはや、どうやら人は見た目によらないらしいな。恐れ入ったぜ、王子様」

「相手が何者か分からないうちは、油断しない。良い心がけじゃないか」

「そう言ってもらえると嬉しいね。その調子じゃあ、オレが本気で切るつもりもなかったことも見抜いてるんだろ?」

「そうだな。殺気は感じられなかった。そもそも、お前達が王族に手をかける理由などどこにもないだろう」

「いやいや、人と女は裏で何考えているのか分からねーよ。信じた瞬間、平気な顔で裏切りやがる。気をつけな」
 本当にそうだ。この世界に来てからというものの、誰が味方で誰が敵なのか初対面では判別がつかなかったりする。

「彼は『教会』の元、異端審問官《インクィジター》です。退役後、私と同じように施設管理に転属されました。昔の職業柄、警戒していただけです。お許しを」
 それまで顔面蒼白でやりとりを見守っていたエストアが、頭を下げる。
 異端審問官《インクィジター》か『教会』の持つ私兵達を束ねるエリート集団だ。

「納得だ。なぜこんな所に居るのか興味は尽きないが、取り急ぎ、用件を片付けたい。案内してくれるか?」

「……仰せのままに。気に入ったぜ。王子様」
 レオンが右手を差し出してきた。……暗器とかはなさそうだな。まあ、癖の強い男だが悪い奴でもなさそうだ。今は、信用しても大丈夫だろう。

「男に気に入られても、嬉しくはない。……だがまあ、よろしくな」
 無骨な男の手を、強く握り締めた。

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