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三章 ――白色の王子と透明な少女――
④<王子2> 『夜のノカ』
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⑤【ロキ】
「忘れられた町へ進む道は、聖堂の中か。灯台もと暗しだな」
内臓が浮き上がるような独特の浮遊感を感じながら、隣に立つエストアへ話しかける。
「歩いて向かえる道もありますが、遠回りになりますので。……『教会』は一つの町に馴染むため、様々な状況を考えて聖堂を設計しています。これもその一環なのです」
上下に動くエレベーターのような箱の中に俺達はいた。
いくつもの太い鎖に支えられていて、歯車とウィンチを合わせたような装置を使って古木の真横を降りている。
俺の体よりも太い鎖なので切れて落ちる心配はなさそうだが、エレベーターの前面は華奢な手すり一本しか通っていない。コレが折れて落下したら確実にあの世行きだろう。
「俺が転移してきた転移盤《アスティルミ》もその一環か? 正直、あんな奇妙な装置が聖堂にあるとは知らなかったんだが」
「転移盤《アスティルミ》は、元を遡るとアエルヒューバの遺産だったと聞きました。設計書まで用意されていたので、比較的建造が楽だったようです」
アエルヒューバ王朝時代の遺産か。ならばあのオーパーツ感も納得だ。
昔々、アエルヒューバ王国という大陸全土を支配していた国があったらしい。
その時代は、人間と魔族が仲良く暮らし、文明技術の交換を積極的に行っていた。
急速に文明が発達し、不思議な装置が世に溢れていたらしい。
そんなある日、一匹の魔族がこう思ったそうだ。
人間は短命で、醜い。全ての人間は魔族に支配されるべきだ。
その魔族に数多くの魔族達が賛同し、遂に禁術を生みだしてしまった。
元は、全ての人間を支配するための魔法だったが、その力は絶大で、生みだした魔族達ですらどうすることもできないほど、暴走してしまった。
結果、アエルヒューバの文明は滅んでしまった。
残された人間は、禁術を生みだした魔族を憎み、それは今にいたる。
こんな話だ。
正直、どこまで本当のことかは分からないが、過去、アエルヒューバという国があって、不思議な装置が次々に作られていたのは本当の話だ。
大陸各地にその遺跡が残っており、その中に現存している不思議装置を利用することもある。
ただ、大抵は設計図すら残っていないから、量産はもちろんのこと、メンテナンスすらできずに放置されていたりするが。
「転移盤《アスティルミ》から、あなたが現れたと聞いた時は驚きました。使われる時は、何ヶ月も前に事前に通達が来ると聞かされておりましたから」
「緊急事態、というほどでもなかったんだがな。……文句は王都に居る金髪の女たらしに言ってくれ」
エメットを知らないのだろう。エストアが首を傾げる。
……だが、言われてみると、少し引っかかるな。
幾ら原因不明の病といえども、伝染病の疑いが少ない病。にも関わらず、あの金髪チャラ導師は調査を急ぐためにわざわざ転移盤《アスティルミ》を俺に使わせた。
ルスラン王族に対し、自ら積極的に教会の秘密をばらしている。そこまで急ぐことなのだろうか。
……もしくは急がなくてはいけない、別の何かがあるのか?
正直、あのチャラ導師は何を考えているのか分からない部分があり、独特の腹黒さも見え隠れするときがある。
だが、それとは別に妙な正義感を出してきたりもする。
だから、ただの気まぐれで、ただの親切心により使わせた可能性も高い。
可能性は低いが、発病してしまった住人達の身を案じて早く移動できる手段を提示してきたのかもしれない。
そして別の思惑がある可能性も捨てきれない。
……駄目だな、現時点では情報が少なすぎて考えていても仕方がないことだ。
今は、『眠り病』解決のため、調査を続けることに専念した方がいいな。
そのうち、何か掴めるものもあるかもしれない。
「見えてきました。……あれが、忘れられた町……『夜のノカ』です」
エストアの示唆する方向を見ると、古木の巨大な幹と根を縫うように町並みが広がっている。真っ昼間にも関わらず太陽の光は全て木々に遮られ、暗闇の中、持ち主を失った建築物達が哀愁を漂わせながら終わりを求めている。
……確かにあれは、仮に瘴気が無かったとしても、見捨てられておかしくはない。
太陽の光を浴びなければ、人は生きていけない。身体は活動できたとしても心が病んでしまう。
だが、一方で、幻想的でもあった。
輝蘚《カガヤキゴケ》が群生しているのだろう。町中いたるところで淡い光が放たれていて、上空から見るとまるで夜空の星空を連想させる。
町を囲うように巨大なキノコが生えていて、傘からホタルのような光が舞い散っている。
町並みを走る道にはランプをそのまま大きくしたようなものが置かれていて、人一人歩いていない道を照らし続けている。
生活する上で、必要な光は確保されていたのだろう。
「もうすぐ、夜の町の聖堂に入ります」
昇降機の行き先は町の外れに建てられた古い聖堂へと向かっているようだ。
天井の一部に四角い穴がぽっかりと空いている。
「聖堂から聖堂へと繋ぐルートか。『教会』はどうしても自分らが民衆の中心にならないと気が済まないようだ」
「住民のことを考えた結果です。この昇降機一つとっても、修理するにせよ、維持するにせよ、誰かがやらなくてはいけません。『教会』がやるのであれば、自分たちの施設の方がやりやすいでしょう?」
確かに、それはその通りかもしれない。
だが、転移盤《アスティルミ》といい、このエレベーターといい、民衆の足や行動を制限しているようにも思えてしまう。管理したい思惑が見え隠れしている。
幻想の町並みは俺が見とれているうちに少しずつ大きくなり、俺達の乗るエレベーターは斜塔を横切り、建物の中に吸い込まれていく。
分厚い石の天井を経て、大きな音と震動を立ててエレベーターは停止した。
「……この聖堂までは、教会管理の施設です。……行きましょう。彼を説得できると良いのですが」
心許なかった手すりを持ち上げ、エストアは目の前を走る通路を歩き始めた。
「忘れられた町へ進む道は、聖堂の中か。灯台もと暗しだな」
内臓が浮き上がるような独特の浮遊感を感じながら、隣に立つエストアへ話しかける。
「歩いて向かえる道もありますが、遠回りになりますので。……『教会』は一つの町に馴染むため、様々な状況を考えて聖堂を設計しています。これもその一環なのです」
上下に動くエレベーターのような箱の中に俺達はいた。
いくつもの太い鎖に支えられていて、歯車とウィンチを合わせたような装置を使って古木の真横を降りている。
俺の体よりも太い鎖なので切れて落ちる心配はなさそうだが、エレベーターの前面は華奢な手すり一本しか通っていない。コレが折れて落下したら確実にあの世行きだろう。
「俺が転移してきた転移盤《アスティルミ》もその一環か? 正直、あんな奇妙な装置が聖堂にあるとは知らなかったんだが」
「転移盤《アスティルミ》は、元を遡るとアエルヒューバの遺産だったと聞きました。設計書まで用意されていたので、比較的建造が楽だったようです」
アエルヒューバ王朝時代の遺産か。ならばあのオーパーツ感も納得だ。
昔々、アエルヒューバ王国という大陸全土を支配していた国があったらしい。
その時代は、人間と魔族が仲良く暮らし、文明技術の交換を積極的に行っていた。
急速に文明が発達し、不思議な装置が世に溢れていたらしい。
そんなある日、一匹の魔族がこう思ったそうだ。
人間は短命で、醜い。全ての人間は魔族に支配されるべきだ。
その魔族に数多くの魔族達が賛同し、遂に禁術を生みだしてしまった。
元は、全ての人間を支配するための魔法だったが、その力は絶大で、生みだした魔族達ですらどうすることもできないほど、暴走してしまった。
結果、アエルヒューバの文明は滅んでしまった。
残された人間は、禁術を生みだした魔族を憎み、それは今にいたる。
こんな話だ。
正直、どこまで本当のことかは分からないが、過去、アエルヒューバという国があって、不思議な装置が次々に作られていたのは本当の話だ。
大陸各地にその遺跡が残っており、その中に現存している不思議装置を利用することもある。
ただ、大抵は設計図すら残っていないから、量産はもちろんのこと、メンテナンスすらできずに放置されていたりするが。
「転移盤《アスティルミ》から、あなたが現れたと聞いた時は驚きました。使われる時は、何ヶ月も前に事前に通達が来ると聞かされておりましたから」
「緊急事態、というほどでもなかったんだがな。……文句は王都に居る金髪の女たらしに言ってくれ」
エメットを知らないのだろう。エストアが首を傾げる。
……だが、言われてみると、少し引っかかるな。
幾ら原因不明の病といえども、伝染病の疑いが少ない病。にも関わらず、あの金髪チャラ導師は調査を急ぐためにわざわざ転移盤《アスティルミ》を俺に使わせた。
ルスラン王族に対し、自ら積極的に教会の秘密をばらしている。そこまで急ぐことなのだろうか。
……もしくは急がなくてはいけない、別の何かがあるのか?
正直、あのチャラ導師は何を考えているのか分からない部分があり、独特の腹黒さも見え隠れするときがある。
だが、それとは別に妙な正義感を出してきたりもする。
だから、ただの気まぐれで、ただの親切心により使わせた可能性も高い。
可能性は低いが、発病してしまった住人達の身を案じて早く移動できる手段を提示してきたのかもしれない。
そして別の思惑がある可能性も捨てきれない。
……駄目だな、現時点では情報が少なすぎて考えていても仕方がないことだ。
今は、『眠り病』解決のため、調査を続けることに専念した方がいいな。
そのうち、何か掴めるものもあるかもしれない。
「見えてきました。……あれが、忘れられた町……『夜のノカ』です」
エストアの示唆する方向を見ると、古木の巨大な幹と根を縫うように町並みが広がっている。真っ昼間にも関わらず太陽の光は全て木々に遮られ、暗闇の中、持ち主を失った建築物達が哀愁を漂わせながら終わりを求めている。
……確かにあれは、仮に瘴気が無かったとしても、見捨てられておかしくはない。
太陽の光を浴びなければ、人は生きていけない。身体は活動できたとしても心が病んでしまう。
だが、一方で、幻想的でもあった。
輝蘚《カガヤキゴケ》が群生しているのだろう。町中いたるところで淡い光が放たれていて、上空から見るとまるで夜空の星空を連想させる。
町を囲うように巨大なキノコが生えていて、傘からホタルのような光が舞い散っている。
町並みを走る道にはランプをそのまま大きくしたようなものが置かれていて、人一人歩いていない道を照らし続けている。
生活する上で、必要な光は確保されていたのだろう。
「もうすぐ、夜の町の聖堂に入ります」
昇降機の行き先は町の外れに建てられた古い聖堂へと向かっているようだ。
天井の一部に四角い穴がぽっかりと空いている。
「聖堂から聖堂へと繋ぐルートか。『教会』はどうしても自分らが民衆の中心にならないと気が済まないようだ」
「住民のことを考えた結果です。この昇降機一つとっても、修理するにせよ、維持するにせよ、誰かがやらなくてはいけません。『教会』がやるのであれば、自分たちの施設の方がやりやすいでしょう?」
確かに、それはその通りかもしれない。
だが、転移盤《アスティルミ》といい、このエレベーターといい、民衆の足や行動を制限しているようにも思えてしまう。管理したい思惑が見え隠れしている。
幻想の町並みは俺が見とれているうちに少しずつ大きくなり、俺達の乗るエレベーターは斜塔を横切り、建物の中に吸い込まれていく。
分厚い石の天井を経て、大きな音と震動を立ててエレベーターは停止した。
「……この聖堂までは、教会管理の施設です。……行きましょう。彼を説得できると良いのですが」
心許なかった手すりを持ち上げ、エストアは目の前を走る通路を歩き始めた。
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