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三章 ――白色の王子と透明な少女――
②<王子1> 『聖者の依頼』
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③【ロキ】
「眠り病?」
「うん、その名の通りの奇病だよ」
エメットがキラキラした光を撒き散らしながら紅茶を口に含む。
そんな仕草も妙に様になっているところが余計腹が立つ。
王都一番の大通り、有名店のカフェテラスで喧噪に紛れながら男二人が顔を付き合わせていた。
お洒落な町並みでお茶タイム。これが女の子相手ならばまだ俺のテンションも上がるんだが、残念なことに俺の前に座っているのは『教会』きってのチャラ男、『愛の伝道師』を自称する金髪祭司のエメットだ。
「眠り続けて目覚めない病気か……水をぶっかけてみても駄目なのか?」
「そんな可哀想なこと、やってみる人間なんて君ぐらいだけど、仮にそれをしたとしても起きないだろうね」
あきれ顔のエメットを見つめながら状況を整理する。
帝国との小競り合いを乗り越え、ルスラン王国第五王子ロキ、つまり俺の守護するエスタール公国は平和を取り戻した。
取り戻したはいいが、所詮は辺境にある田舎国家エスタールだ。その後トラブルが続くこともなく、何事も起こらない日々が続いていた。
俺自身も復興作業をしつつ、従者であるガラハドと一緒になって農作物を育てるのんびりとした日々を送っていた。まあ、良いことなんだがな。
そんなある日、俺の住まうエスタール領主邸に上等な鳥が一羽舞い降りてきた。
その足には、しっかりと括り付けられた一枚の手紙が。
『教会』押し印付きの仰々しい見た目をした封書だ。
嫌な予感を覚えつつ開いてみると……
『やあ、元気かい? たまにはキミと会いたいな』
見た瞬間破り捨ててやろうかと思った。
いや、実際続く話がなければ微塵のためらいもなく破り捨てていたことだろう。
よくよく読んでみると、ルスランの領地内、一部の地方で妙な病が流行りそうだから一度相談したいといった内容。
国王にも封書を送ったらしいのだが、現在、戦争の気配を感じ取った直後らしく、後手後手に回されているとのことだった。
正直、病の治し方など専門外もいいところだったが、放っておくわけにもいかない。
流行病ほど怖い物はない。前の世界でも、ペストなんかが流行って何人もの犠牲者が出たりしていた訳だしな。
ということで、従者ガラハドを引き連れて再び王都に凱旋を果たしたという訳だ。
ああ、今現在ガラハドは城内に待たせている。
俺の母親シャルルに会い、それとなくガラハドを連れてきていることを伝えといたから、今頃は困り顔をしながらも二人の会話を楽しんでいる頃だろう。
二人とも、本当に奥手だからな。まったく、世話を焼かせる。
「『教会』として拾えているだけでいい、現在の患者はどれくらいだ?」
「五人。ここから西にずっと行ったところにノカって町があるんだけど、発症した人間は今、その地方にしかいない」
「森の町ノカか。観光名所だな」
「知ってるんだ。そう、ターンブル領からも観光客が来るほど、そこそこ賑わっている町だよ。当然、『教会』としてもお布施が馬鹿にできないんだ」
「結局は金か。慈愛の心はどうした」
「勿論、この大陸中生きとし生けるもの全てに『教会』は慈愛の心を持っているよ。ちょーっとだけ優先順位があるだけさ」
酷い話だ。まあ『教会』への文句は今更言っても仕方がない。
問題は『眠り病』への対策だが……
「ここまで来ておいてなんだが、俺に医療知識など、皆無だぞ。探せば、腕の良い医者くらいは見つけられるかもしれないが」
「ああ、それは大丈夫だよ。医者はもうとっくに派遣しているから。もうね、原因不明のお手上げ状態だってさ」
まあ、『教会』と医者なんて持ちつ持たれつの関係性。腕の良い医者など、王族以上に独自ネットワークが構築されているはずだ。だが、その医者ですらお手上げならば益々俺をここに呼んだ理由が分からない。
「ならば一体、俺に何をさせようとしている? 先に行っておくが義援金ならば他を当たるんだな」
「ロキが年中、素寒貧なことくらい分かってるよ。そうじゃなくて……」
エメットは自分の懐をあさり、一つの小さな物体をテーブルの上に転がした。
それを見た瞬間、悪寒が背筋を駆け巡る。
「……なんの冗談だ、気色が悪い」
エメットが取り出したそれは、小さな宝石が付けられた指輪だった。
リングを捻ったような見た目で、主張しすぎない装飾が施されている。
「勘違いしないでもらいたいなぁ……僕だって、指輪をあげるなら可愛い子羊ちゃんの手に渡したいんだから」
「それでこそチャラ導師だ。遂に気が触れたのかと心配したぞ。……それで、なんだコレは?」
恐る恐る手に取ってみるが、特になんの変哲も無い指輪だった。サイズが小さめなので、俺の小指に丁度良いくらいだ。小ぶりの透明な宝石が取り付けられていて、婚約指輪を連想させる。
「さっき、王に封書を送ったって言ったでしょ? 返答はなかったわけだけど……変わりに王太子殿下から送られてきた」
「兄上から? コレをか?」
兄上であるテュール王太子は今現在大陸中央南にあるキューリア湾のいざこざにかかりっきりになっていた筈だ。
城内に居るには居るが、こんな地方の小事に関わろうとするとは思えない。
王から何かを言われたのだろうか。
「使いが言うには、『コレを王族の誰かに渡せば、分かるよ~』ってお言付けもあったらしいね。だから、キミをここに呼んだんだ」
なるほどな、今現在暇を持てあましている王族となると限りがある。
王やテュール王太子は論外、第二王子は王太子のサポートでもっと忙しい。
第四王子も領地内で小競り合いを抱えていたはずだ。
王族というカテゴリーで言うならば公爵達や腹違いの姉あたりか。ああ、腹違いならば妹も一人居たな。まだ俺がエスタールに赴任する前に会ったきりだが。
四人の兄上含め俺もそうだが、全員国王譲りの真っ白な髪に赤い瞳を持っている。
妹はそれに加え、色白で透き通るような肌をしているからな。病弱で薄幸な少女を連想し、心配したものだ。
その妹や上の姉達は政治から比較的離されているので除外。
王太子の兄上は選族思考が高い。王太子殿下の言う“王族”とは恐らく王とその息子、王子達のことを指すのだろう。
となると、誅殺大好き第三王子《ボンクラ》か俺かってことになる。
第三王子バルドルに物事を頼むと後が面倒くさくなるのは周知の事実。
となると、俺しか残らないということか。
「まんまと貧乏くじを引かされた、というわけだな」
「そう言わないでよ。それで、何かわかった?」
そう言われても、残念ながらさっぱりだ。
この指輪どころか、悲しいことに二度の人生で婚約指輪すらろくに拝んだことのない男だぞ。
兄上もなんのつもりでこんな指輪を……うん?
「――この宝石、恐らく、魔石だな」
「そうなの?」
エメットが意外そうに聞き返す。それもそうだ。人が魔法を使うために必須の鉱石、魔石はもっと大きめ、どんなに小さな物でもピンポン球くらいのサイズはある。こんな小さく加工がされた魔石など見たこともない。
「魔石には独特な光の歪みがある。『血の盟約』を行ってみれば、もっと確実なことが分かるだろうがな」
魔石と所有者をリンクさせ、魔法の使用を可能にする『血の盟約』はルスラン王族のみが行える。
だからこそ、王族はどんな魔石でも扱う事ができ、魔法の使用者を限定することで大陸東半分を支配してきた。
「『血の盟約』、出来るようになったんだ。ちょっとやってみせてよ」
エメットが目を輝かせて身を乗り出している。
「冗談言うな。兄上からも使用を許した者以外はなるべく見せるなと言われている。こんなところで、こんな胡散臭い男が居ながらやれる筈がない」
「ケチ。さっきの前振りはなんだったのさ」
チャラ導師が残念そうに頬を膨らませている。そして、その姿は恐らく、そう見せかけているだけだ。コイツの本心はもっと別の所にある。それが透けて見えるからこそ、胡散臭いと言われる原因だろうに。まあ、人の事は言えないがな。
「なんにせよ、父上が兄上を通してわざわざ送って下さった物だ。『眠り病』の解決に役立つ魔法が使えるのだろう」
「そうだろうね。キミさえ良ければ、是非解決まで一肌脱いでもらいたいけど、どうだろう?」
「……まあ、乗りかかった船だしな。知らぬ人間にこの魔石を使わせるくらいならば、いいだろう」
幸いにも、今現在エスタールは平和そのもので、緊急でやることも無い。良いことではあるのだが退屈もしていたから、丁度良い。
「キミに封書を出して正解だったよ。それで、ノカにはどうやって向かうつもりだい?」
エメットがよく分からないことを聞いてくる。どうやっても何も、この国の移動手段は主に馬か馬車だ。当然、俺もそのつもりでいた。
「王都からノカまで馬車で五日かかるよ。もっと別の、良い手段があるんだけど」
「良い手段?」
エメットが頷き、キラキラした笑顔を向けながら続ける。
「転移石さ。キミも、エスタールで見かけたでしょ?」
④【ロキ】
「こんなこともあろうかと、前もって色んな申請を通しといたから、遠慮無く使って構わないんだよ」
王都中央にある教会大聖堂の地下通路に、胡散臭い男の声が響き渡る。
「本当は枢機卿の同行が必要なんだけど、今回はそれも免除。僕が立ち会えばいいんだって。良かったね……って、そんな顔しないでよ。いい男が台無しだよ」
そんな酷い顔をしていたのだろうか。まあしていたのだろう。
なんせ、この胡散臭いチャラ導師にしてやられたのだからな。
転移石を「エスタールで見かけたでしょ?」と言われた時、俺はついつい「何故それを」と答えてしまった。
そうしたら、してやったりといった顔でエメットは答えた。
「やっぱり、エスタールにもあったんだ」
さらりとカマをかけられ、まんまとそれに引っかかった訳だ。俺としたことが……。
だから、この男はイマイチ心の底から信用できないんだ。
悪い男ではないように思えるが、それすらも虚像を見せられているかのような錯覚に陥ることがある。
俺が少し前にエスタールで見つけた転移石だが、俺がこの世に生まれる前の世界、日本では“石碑”と呼ばれるオーパーツだった。
それが砕かれていくつかのパーツに分かれ、何故かこの世に存在している。
その理由は未だに不明、俺も色々と調べてみたが、分からない事だらけだった。
その転移石には宝玉《オーブ》と呼ばれる拳大の宝石を取り付けることができる窪みがある。
宝玉《オーブ》は転移石のエネルギー原のようなものだ。
それを取り付けると魔族達が住む世界、『魔界』との扉が開き、その間を自由に行き来できる。
そして、それは正確に言うと違う。宝玉《オーブ》を取り付けた転移石間を自由に行き来できるというのが正しい表現だろう。
俺がエスタール公族と協力して調べてみた結果、『魔界』側の転移石にも宝玉《オーブ》が取り付けられていて、それを外すと転移が出来ない仕組みになっていた。
行き先と、到着先、二つの宝玉《オーブ》が設置されて初めて転移ができるということだな。
まだまだ“石碑”のカケラが存在すると仮定して、三つ以上宝玉が設置されていたらどうなるのか、気になるところだ。
また、人数制限もありそうだ。『魔界』への移動を繰り返す度、宝玉《オーブ》の輝きが弱くなっていくからだ。
エスタール公族曰く、大陸内に存在する教会聖堂の地下には必ず、似たようなものが存在していると言っていた。
今回は、その“似たようなもの”を使用するため、このように大聖堂地下を歩いている訳だ。
「『教会』はどの程度、転移石について把握しているんだ?」
もう、一度バレてしまったからにはしょうがない。
この際、腹を割って話していった方が実りのある会話になるだろう。
「殆ど何も。現在『教会』で把握している転移石は二つ。ああ、今回エスタールにもあることが判明したから三つだね」
「他の二つは何処にある?」
「……なんでそんなこと聞くのかな?」
一瞬だけだが、エメットの笑顔が消え去る。
「こちらも情報を伝えた。ならば同じ情報を返すのが礼儀なんじゃないか?」
「それにしても二つは多いかな。単純に二倍のお返しになっちゃう。女の子相手なら全然有りだけどね」
「茶化すな。ならば一つだけで構わない」
「ここだよ」
エメットは立ち止まり、指先で床を示す。
「転移石はここの地下に設置されている。宝玉《オーブ》ごと厳重な警備がなされてね。間違っても侵入しようと思わないように。消し飛ばされちゃうよ」
なるほど、確かにここならば、簡単に使われないように警備もしやすいだろう。それにしても――
「今度はそちらが口を滑らせたな。そうか、教会は宝玉《オーブ》についても把握しているんだな」
「転移石と切っては切れない間柄でしょ。転移石のことを知っているなら、別に秘密にすることじゃないよ」
「それもそうだな。それで、アレは一体なんなんだ? 何故、転移ができる? いつから存在する?」
俺の質問にエメットは表情一つ変えずに首を振る。
「全部、分からないよ。アレで魔界に行けることは分かっている。ただ、それだけさ。何故そんなものが人間界と魔界に設置されているのか。僕としても興味は尽きないけれどね」
俺はそこに前世界との繋がりも含まれる。
だが、流石に簡単には情報を掴めないか。エメットの言葉が嘘か本当かは分からないが少なくとも今のところこれ以上の情報は掴めないだろう。
「ただ、昔から『教会』でも研究を進めていたみたいだね。魔石のカケラを大量に使った疑似転移石が造られている。それがこれさ」
エメットが通路の左右に続く扉のうち、一つを選び開く。
「転移盤《アスティルミ》。大陸中の教会聖堂同士を繋ぐ、架け橋さ」
扉の先は小部屋になっていた。
壁には窓も飾り付けも何も無い。ただの真っ白な壁だ。
だからこそ、中央に設置された背の高い建造物が目立つことこのうえない。
それは背丈が二メートルほどだろうか。
土とも金属ともつかない素材の筒が、輪を描いていた。フラフープを立てたような形状だ。
輪の途中所々木の根っこのような触手が伸びていて、床と癒着している。見た目は余り良い物では無い。というかグロい。
筒の真ん中には四角いキューブが浮いていてクルクルと回転をしている。そしてそこから発生している碧色の光が水のように輪の中で濃縮され漂っている。
「アス……なんだって?」
「転移盤《アスティルミ》。転移石と違って宝玉《オーブ》は必要ない。けれど、ある一カ所へと向かうことしか出来ない装置さ。この転移盤《アスティルミ》はノカの町にある教会聖堂に繋がっている」
「なるほどな……戻りたいときはどうすればいいんだ?」
「向こうに設置されている転移盤《アスティルミ》で同じことをすればいいよ。ここに戻ってくる。けれど気をつけてね。一度使ったら、半年は使えなくなっちゃうから」
「簡単には戻れないということだな。……もう一度言うが、仲間は連れて行けないのか?」
「……言ったでしょ。一度に六人まで移動できるけど、今回上の人達に通せた申請は一名だけ。しかも王族だったからなんとかなったんだよ。気持ちは分かるけど従者を連れて行くのは諦めて。これでも頑張ったんだから」
頑張りついでにもう一名くらいはどうにかしてもらいたかった。
従者であるガラハドには事前に事情を説明し、既に馬を使ってノカの町まで向かってもらっている。
今回に関しては、奇病の調査だから武はそこまで必要としていないが、どこで何があるか分からないのがこの世界だ。ガラハドが到着するまでは慎重に調査するべきだろう。
エメットから使用方法を詳しく説明された後、キューブ状の鉱石に手を置く。
碧色の光が更に強く発光する。
……ああ、しまった。大事なことを聞き忘れていた。
「……ミイラ取りがミイラになる。ということにならなければいいがな。今回の『眠り病』だが、感染の心配はないのか?」
「前半、何を言っているのか分からないけど、『眠り病』はうつる病じゃないよ。……多分だけどね」
「多分ってなんだ、多分って」
「でも、混乱は避けたいかな。『眠り病』のことはできる限り、町の人達には伝えないで。それと、ロキ自身も……くれぐれも気をつけてね」
「その時はそれまでの命だったということだな」
眠りから覚めずにこの世界を旅立つ。それもまた悪くはないのかもしれない。
ふと沸いてきた自虐的な思いを払いのけ、俺は意識を集中する。
碧が白色へと変化する。
俺の身体が白色に溶け込み、薄れていく。
「あ、一つ伝え忘れてた!」
エメットが慌てて駆け寄ってきた。
「このタイミングかよ!?」
空気を読め、このチャラ導師。
「この転移盤《アスティルミ》だけど、希《まれ》に、凄く希《まれ》にだけど、全然別の場所に飛ばされることがあるから、気をつけ――」
視界が、音が白色に溶け込む。エメットの姿が視界から完全に溶け消える。
「ふ、不吉なフラグ立てて消えるんじゃねぇえええ!!」
俺の叫び声が光に溶け込み消えていった
「眠り病?」
「うん、その名の通りの奇病だよ」
エメットがキラキラした光を撒き散らしながら紅茶を口に含む。
そんな仕草も妙に様になっているところが余計腹が立つ。
王都一番の大通り、有名店のカフェテラスで喧噪に紛れながら男二人が顔を付き合わせていた。
お洒落な町並みでお茶タイム。これが女の子相手ならばまだ俺のテンションも上がるんだが、残念なことに俺の前に座っているのは『教会』きってのチャラ男、『愛の伝道師』を自称する金髪祭司のエメットだ。
「眠り続けて目覚めない病気か……水をぶっかけてみても駄目なのか?」
「そんな可哀想なこと、やってみる人間なんて君ぐらいだけど、仮にそれをしたとしても起きないだろうね」
あきれ顔のエメットを見つめながら状況を整理する。
帝国との小競り合いを乗り越え、ルスラン王国第五王子ロキ、つまり俺の守護するエスタール公国は平和を取り戻した。
取り戻したはいいが、所詮は辺境にある田舎国家エスタールだ。その後トラブルが続くこともなく、何事も起こらない日々が続いていた。
俺自身も復興作業をしつつ、従者であるガラハドと一緒になって農作物を育てるのんびりとした日々を送っていた。まあ、良いことなんだがな。
そんなある日、俺の住まうエスタール領主邸に上等な鳥が一羽舞い降りてきた。
その足には、しっかりと括り付けられた一枚の手紙が。
『教会』押し印付きの仰々しい見た目をした封書だ。
嫌な予感を覚えつつ開いてみると……
『やあ、元気かい? たまにはキミと会いたいな』
見た瞬間破り捨ててやろうかと思った。
いや、実際続く話がなければ微塵のためらいもなく破り捨てていたことだろう。
よくよく読んでみると、ルスランの領地内、一部の地方で妙な病が流行りそうだから一度相談したいといった内容。
国王にも封書を送ったらしいのだが、現在、戦争の気配を感じ取った直後らしく、後手後手に回されているとのことだった。
正直、病の治し方など専門外もいいところだったが、放っておくわけにもいかない。
流行病ほど怖い物はない。前の世界でも、ペストなんかが流行って何人もの犠牲者が出たりしていた訳だしな。
ということで、従者ガラハドを引き連れて再び王都に凱旋を果たしたという訳だ。
ああ、今現在ガラハドは城内に待たせている。
俺の母親シャルルに会い、それとなくガラハドを連れてきていることを伝えといたから、今頃は困り顔をしながらも二人の会話を楽しんでいる頃だろう。
二人とも、本当に奥手だからな。まったく、世話を焼かせる。
「『教会』として拾えているだけでいい、現在の患者はどれくらいだ?」
「五人。ここから西にずっと行ったところにノカって町があるんだけど、発症した人間は今、その地方にしかいない」
「森の町ノカか。観光名所だな」
「知ってるんだ。そう、ターンブル領からも観光客が来るほど、そこそこ賑わっている町だよ。当然、『教会』としてもお布施が馬鹿にできないんだ」
「結局は金か。慈愛の心はどうした」
「勿論、この大陸中生きとし生けるもの全てに『教会』は慈愛の心を持っているよ。ちょーっとだけ優先順位があるだけさ」
酷い話だ。まあ『教会』への文句は今更言っても仕方がない。
問題は『眠り病』への対策だが……
「ここまで来ておいてなんだが、俺に医療知識など、皆無だぞ。探せば、腕の良い医者くらいは見つけられるかもしれないが」
「ああ、それは大丈夫だよ。医者はもうとっくに派遣しているから。もうね、原因不明のお手上げ状態だってさ」
まあ、『教会』と医者なんて持ちつ持たれつの関係性。腕の良い医者など、王族以上に独自ネットワークが構築されているはずだ。だが、その医者ですらお手上げならば益々俺をここに呼んだ理由が分からない。
「ならば一体、俺に何をさせようとしている? 先に行っておくが義援金ならば他を当たるんだな」
「ロキが年中、素寒貧なことくらい分かってるよ。そうじゃなくて……」
エメットは自分の懐をあさり、一つの小さな物体をテーブルの上に転がした。
それを見た瞬間、悪寒が背筋を駆け巡る。
「……なんの冗談だ、気色が悪い」
エメットが取り出したそれは、小さな宝石が付けられた指輪だった。
リングを捻ったような見た目で、主張しすぎない装飾が施されている。
「勘違いしないでもらいたいなぁ……僕だって、指輪をあげるなら可愛い子羊ちゃんの手に渡したいんだから」
「それでこそチャラ導師だ。遂に気が触れたのかと心配したぞ。……それで、なんだコレは?」
恐る恐る手に取ってみるが、特になんの変哲も無い指輪だった。サイズが小さめなので、俺の小指に丁度良いくらいだ。小ぶりの透明な宝石が取り付けられていて、婚約指輪を連想させる。
「さっき、王に封書を送ったって言ったでしょ? 返答はなかったわけだけど……変わりに王太子殿下から送られてきた」
「兄上から? コレをか?」
兄上であるテュール王太子は今現在大陸中央南にあるキューリア湾のいざこざにかかりっきりになっていた筈だ。
城内に居るには居るが、こんな地方の小事に関わろうとするとは思えない。
王から何かを言われたのだろうか。
「使いが言うには、『コレを王族の誰かに渡せば、分かるよ~』ってお言付けもあったらしいね。だから、キミをここに呼んだんだ」
なるほどな、今現在暇を持てあましている王族となると限りがある。
王やテュール王太子は論外、第二王子は王太子のサポートでもっと忙しい。
第四王子も領地内で小競り合いを抱えていたはずだ。
王族というカテゴリーで言うならば公爵達や腹違いの姉あたりか。ああ、腹違いならば妹も一人居たな。まだ俺がエスタールに赴任する前に会ったきりだが。
四人の兄上含め俺もそうだが、全員国王譲りの真っ白な髪に赤い瞳を持っている。
妹はそれに加え、色白で透き通るような肌をしているからな。病弱で薄幸な少女を連想し、心配したものだ。
その妹や上の姉達は政治から比較的離されているので除外。
王太子の兄上は選族思考が高い。王太子殿下の言う“王族”とは恐らく王とその息子、王子達のことを指すのだろう。
となると、誅殺大好き第三王子《ボンクラ》か俺かってことになる。
第三王子バルドルに物事を頼むと後が面倒くさくなるのは周知の事実。
となると、俺しか残らないということか。
「まんまと貧乏くじを引かされた、というわけだな」
「そう言わないでよ。それで、何かわかった?」
そう言われても、残念ながらさっぱりだ。
この指輪どころか、悲しいことに二度の人生で婚約指輪すらろくに拝んだことのない男だぞ。
兄上もなんのつもりでこんな指輪を……うん?
「――この宝石、恐らく、魔石だな」
「そうなの?」
エメットが意外そうに聞き返す。それもそうだ。人が魔法を使うために必須の鉱石、魔石はもっと大きめ、どんなに小さな物でもピンポン球くらいのサイズはある。こんな小さく加工がされた魔石など見たこともない。
「魔石には独特な光の歪みがある。『血の盟約』を行ってみれば、もっと確実なことが分かるだろうがな」
魔石と所有者をリンクさせ、魔法の使用を可能にする『血の盟約』はルスラン王族のみが行える。
だからこそ、王族はどんな魔石でも扱う事ができ、魔法の使用者を限定することで大陸東半分を支配してきた。
「『血の盟約』、出来るようになったんだ。ちょっとやってみせてよ」
エメットが目を輝かせて身を乗り出している。
「冗談言うな。兄上からも使用を許した者以外はなるべく見せるなと言われている。こんなところで、こんな胡散臭い男が居ながらやれる筈がない」
「ケチ。さっきの前振りはなんだったのさ」
チャラ導師が残念そうに頬を膨らませている。そして、その姿は恐らく、そう見せかけているだけだ。コイツの本心はもっと別の所にある。それが透けて見えるからこそ、胡散臭いと言われる原因だろうに。まあ、人の事は言えないがな。
「なんにせよ、父上が兄上を通してわざわざ送って下さった物だ。『眠り病』の解決に役立つ魔法が使えるのだろう」
「そうだろうね。キミさえ良ければ、是非解決まで一肌脱いでもらいたいけど、どうだろう?」
「……まあ、乗りかかった船だしな。知らぬ人間にこの魔石を使わせるくらいならば、いいだろう」
幸いにも、今現在エスタールは平和そのもので、緊急でやることも無い。良いことではあるのだが退屈もしていたから、丁度良い。
「キミに封書を出して正解だったよ。それで、ノカにはどうやって向かうつもりだい?」
エメットがよく分からないことを聞いてくる。どうやっても何も、この国の移動手段は主に馬か馬車だ。当然、俺もそのつもりでいた。
「王都からノカまで馬車で五日かかるよ。もっと別の、良い手段があるんだけど」
「良い手段?」
エメットが頷き、キラキラした笑顔を向けながら続ける。
「転移石さ。キミも、エスタールで見かけたでしょ?」
④【ロキ】
「こんなこともあろうかと、前もって色んな申請を通しといたから、遠慮無く使って構わないんだよ」
王都中央にある教会大聖堂の地下通路に、胡散臭い男の声が響き渡る。
「本当は枢機卿の同行が必要なんだけど、今回はそれも免除。僕が立ち会えばいいんだって。良かったね……って、そんな顔しないでよ。いい男が台無しだよ」
そんな酷い顔をしていたのだろうか。まあしていたのだろう。
なんせ、この胡散臭いチャラ導師にしてやられたのだからな。
転移石を「エスタールで見かけたでしょ?」と言われた時、俺はついつい「何故それを」と答えてしまった。
そうしたら、してやったりといった顔でエメットは答えた。
「やっぱり、エスタールにもあったんだ」
さらりとカマをかけられ、まんまとそれに引っかかった訳だ。俺としたことが……。
だから、この男はイマイチ心の底から信用できないんだ。
悪い男ではないように思えるが、それすらも虚像を見せられているかのような錯覚に陥ることがある。
俺が少し前にエスタールで見つけた転移石だが、俺がこの世に生まれる前の世界、日本では“石碑”と呼ばれるオーパーツだった。
それが砕かれていくつかのパーツに分かれ、何故かこの世に存在している。
その理由は未だに不明、俺も色々と調べてみたが、分からない事だらけだった。
その転移石には宝玉《オーブ》と呼ばれる拳大の宝石を取り付けることができる窪みがある。
宝玉《オーブ》は転移石のエネルギー原のようなものだ。
それを取り付けると魔族達が住む世界、『魔界』との扉が開き、その間を自由に行き来できる。
そして、それは正確に言うと違う。宝玉《オーブ》を取り付けた転移石間を自由に行き来できるというのが正しい表現だろう。
俺がエスタール公族と協力して調べてみた結果、『魔界』側の転移石にも宝玉《オーブ》が取り付けられていて、それを外すと転移が出来ない仕組みになっていた。
行き先と、到着先、二つの宝玉《オーブ》が設置されて初めて転移ができるということだな。
まだまだ“石碑”のカケラが存在すると仮定して、三つ以上宝玉が設置されていたらどうなるのか、気になるところだ。
また、人数制限もありそうだ。『魔界』への移動を繰り返す度、宝玉《オーブ》の輝きが弱くなっていくからだ。
エスタール公族曰く、大陸内に存在する教会聖堂の地下には必ず、似たようなものが存在していると言っていた。
今回は、その“似たようなもの”を使用するため、このように大聖堂地下を歩いている訳だ。
「『教会』はどの程度、転移石について把握しているんだ?」
もう、一度バレてしまったからにはしょうがない。
この際、腹を割って話していった方が実りのある会話になるだろう。
「殆ど何も。現在『教会』で把握している転移石は二つ。ああ、今回エスタールにもあることが判明したから三つだね」
「他の二つは何処にある?」
「……なんでそんなこと聞くのかな?」
一瞬だけだが、エメットの笑顔が消え去る。
「こちらも情報を伝えた。ならば同じ情報を返すのが礼儀なんじゃないか?」
「それにしても二つは多いかな。単純に二倍のお返しになっちゃう。女の子相手なら全然有りだけどね」
「茶化すな。ならば一つだけで構わない」
「ここだよ」
エメットは立ち止まり、指先で床を示す。
「転移石はここの地下に設置されている。宝玉《オーブ》ごと厳重な警備がなされてね。間違っても侵入しようと思わないように。消し飛ばされちゃうよ」
なるほど、確かにここならば、簡単に使われないように警備もしやすいだろう。それにしても――
「今度はそちらが口を滑らせたな。そうか、教会は宝玉《オーブ》についても把握しているんだな」
「転移石と切っては切れない間柄でしょ。転移石のことを知っているなら、別に秘密にすることじゃないよ」
「それもそうだな。それで、アレは一体なんなんだ? 何故、転移ができる? いつから存在する?」
俺の質問にエメットは表情一つ変えずに首を振る。
「全部、分からないよ。アレで魔界に行けることは分かっている。ただ、それだけさ。何故そんなものが人間界と魔界に設置されているのか。僕としても興味は尽きないけれどね」
俺はそこに前世界との繋がりも含まれる。
だが、流石に簡単には情報を掴めないか。エメットの言葉が嘘か本当かは分からないが少なくとも今のところこれ以上の情報は掴めないだろう。
「ただ、昔から『教会』でも研究を進めていたみたいだね。魔石のカケラを大量に使った疑似転移石が造られている。それがこれさ」
エメットが通路の左右に続く扉のうち、一つを選び開く。
「転移盤《アスティルミ》。大陸中の教会聖堂同士を繋ぐ、架け橋さ」
扉の先は小部屋になっていた。
壁には窓も飾り付けも何も無い。ただの真っ白な壁だ。
だからこそ、中央に設置された背の高い建造物が目立つことこのうえない。
それは背丈が二メートルほどだろうか。
土とも金属ともつかない素材の筒が、輪を描いていた。フラフープを立てたような形状だ。
輪の途中所々木の根っこのような触手が伸びていて、床と癒着している。見た目は余り良い物では無い。というかグロい。
筒の真ん中には四角いキューブが浮いていてクルクルと回転をしている。そしてそこから発生している碧色の光が水のように輪の中で濃縮され漂っている。
「アス……なんだって?」
「転移盤《アスティルミ》。転移石と違って宝玉《オーブ》は必要ない。けれど、ある一カ所へと向かうことしか出来ない装置さ。この転移盤《アスティルミ》はノカの町にある教会聖堂に繋がっている」
「なるほどな……戻りたいときはどうすればいいんだ?」
「向こうに設置されている転移盤《アスティルミ》で同じことをすればいいよ。ここに戻ってくる。けれど気をつけてね。一度使ったら、半年は使えなくなっちゃうから」
「簡単には戻れないということだな。……もう一度言うが、仲間は連れて行けないのか?」
「……言ったでしょ。一度に六人まで移動できるけど、今回上の人達に通せた申請は一名だけ。しかも王族だったからなんとかなったんだよ。気持ちは分かるけど従者を連れて行くのは諦めて。これでも頑張ったんだから」
頑張りついでにもう一名くらいはどうにかしてもらいたかった。
従者であるガラハドには事前に事情を説明し、既に馬を使ってノカの町まで向かってもらっている。
今回に関しては、奇病の調査だから武はそこまで必要としていないが、どこで何があるか分からないのがこの世界だ。ガラハドが到着するまでは慎重に調査するべきだろう。
エメットから使用方法を詳しく説明された後、キューブ状の鉱石に手を置く。
碧色の光が更に強く発光する。
……ああ、しまった。大事なことを聞き忘れていた。
「……ミイラ取りがミイラになる。ということにならなければいいがな。今回の『眠り病』だが、感染の心配はないのか?」
「前半、何を言っているのか分からないけど、『眠り病』はうつる病じゃないよ。……多分だけどね」
「多分ってなんだ、多分って」
「でも、混乱は避けたいかな。『眠り病』のことはできる限り、町の人達には伝えないで。それと、ロキ自身も……くれぐれも気をつけてね」
「その時はそれまでの命だったということだな」
眠りから覚めずにこの世界を旅立つ。それもまた悪くはないのかもしれない。
ふと沸いてきた自虐的な思いを払いのけ、俺は意識を集中する。
碧が白色へと変化する。
俺の身体が白色に溶け込み、薄れていく。
「あ、一つ伝え忘れてた!」
エメットが慌てて駆け寄ってきた。
「このタイミングかよ!?」
空気を読め、このチャラ導師。
「この転移盤《アスティルミ》だけど、希《まれ》に、凄く希《まれ》にだけど、全然別の場所に飛ばされることがあるから、気をつけ――」
視界が、音が白色に溶け込む。エメットの姿が視界から完全に溶け消える。
「ふ、不吉なフラグ立てて消えるんじゃねぇえええ!!」
俺の叫び声が光に溶け込み消えていった
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