群像転生物語 ――幸せになり損ねたサキュバスと王子のお話――

宮島更紗/三良坂光輝

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二章    ――生まれの片一羽――

ノエル5 『ゴブリンの集落』

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 「やっぱり誰かタキギしてたみたい」
 私は燃えかすになった薪の残骸を小枝でつつく。まだ少し火の気が残っていた。

「あーこれは……うん、酷いね」
 リレフが横倒しになって崩壊している馬車に乗っかり、上からのぞき込んでる。

「やっぱり、……居るのか。人間」
 リレフを下から見上げながら厳しい表情を浮かべるフィリー。

「人間、だったモノだね。カルルシャル焼きみたいになってるよ」
 カルルシャル焼き、とは元の世界で例えるならば、大きめの具材がゴロゴロ入ったもんじゃ焼きみたいな食べ物だ。
 ……うん、私は見ない。絶対見ない。

「やっぱり、上から落ちてきたのかな……」
 断罪の崖を見上げるエア。間近で見ても頂上が見えない。

「途中生えてる木がクッションになって落ちたみたいだね。じゃなきゃこんな形も残ってないと思うし」
 リレフは馬車からシュタっと飛び降り、今度は地面を観察する。

「……んで、ここに薪の跡があるって事はだ」

「生きてる人が……居る?」
 当たり前の結論である私の回答。そして重苦しくなる空気。

「どうしよ。すぐ誰か呼ばなきゃ」
 エアが言う。もし本当にそうなら、異常事態だ。
 魔族の街は六つの自治体がそれぞれ統治しているが、その自治体は全て、海に囲まれた半島に点在している。
 海はちょっと沖に行けば巨大な魔物がうようよ出現する。
 そして半島の北側は人間の領土である大陸へと繋がっているが、国境のようにドラゴン山脈が横に連なっているので、人間側からは簡単に山脈を越えて来る事ができないようになっている。
 下手に山脈を越えようとしたら巨大なドラゴンの餌食だ。
 私たち魔族が住んでいる地方は人間が易々と入ってこれない様になっている筈なのだ。
 なので私はこちらで生まれ変わってこの方、人間という種族を見たことがない。

「リレフ、生き残りの数は分かるか?」

「うーん……断定はできないけど、大人が一、子供が三、いや四かな」
 地面の匂いを嗅ぎながらリレフは言う。

「そんなに多くはないな。……まさか攻めてこようとして失敗したって事はないよな」

「多分、違うと思う」
 私は馬車を遠巻きに見つめフィリーに言う。

「馬車の見た目が兵隊さん用じゃない。どちらかと言うと貴族――えーと、偉い人が乗る用の馬車だから」

「……本の知識か?」

「あっ、えっと、そうそう!」
 危ない。元の世界基準で考えていた。まあ、私も馬車の実物なんて初めて見たんだけどね。

「偉い人が乗ってたんだとしたら、これ一台で終わりかな? まさか、まだまだこの変な乗り物が落ちてくるとかないよね?」
 リレフはまだ鼻をヒクヒクさせながら森の方へと向かって行った。

「ねぇ、子供がそんなに居るなら、この辺危ないんじゃない?」
 この辺りはハイキングコースと違い、魔物避けの結界は張られていない。

「……ちっ、ガキを見殺しにしたら目覚め悪ぃな」

「うん、私も……できれば助けたい」
 人間、と言っても別に住み分けしているだけ。
 昔は色々あったみたいだが、私たちの世代は恐怖心こそ人によりあれ、敵対心は持ってない。元人間の私は特にそうだ。

「私、急いで誰か呼んで来ようか?」
 エアが羽ばたく。エアの本気なら、街とここまでの往復で三十分もあれば戻ってこれそう。

「もし助けるなら、早くしないとちょっと余裕ないかもね」
 リレフが深刻な顔で戻って来た。

「あっちに骨だけになった大人の死体があったよ。頭が無い。……ゴブリンだ」



 夕焼けの中、二人の魔族が、二人を運んでいる。
 山岳地帯に差し掛かり、澄んだ空気の中岩肌沿いに上昇を続ける。
 今度はエアちゃんに運んで貰ってる。私の両肩を鳥の足でがっしりと掴んでの飛行。何かの漫画で見たことあるけど実際にされるととても痛い。私の全体重が肩に掛かって今にも抜けそうだ。

「エアちゃん……一旦休憩しない?」

「もー、ノエルも早く翼を生やしなよー!」

「そんな事言われたって……」

「あの辺りで降りよう。見晴らし良さそうだよ」
 リレフがフィリーに抱えられながら指差す。見ると岩肌の登り斜面が途絶え、頭を見せている。そこに降り立つと、山岳からの風景が一望できた。

「おお~!」

「絶景だねぇー!」
 そこは大きなすり鉢の様になっていて、緩やかな斜面を降った先は平原になっていた。流れる川と草原がまるく広がり、色とりどりの花が咲いている。
 U字になった山岳地帯とドラゴン山脈に挟まれ丁度凹みになった場所に水が流れてこうなった様だ。


「観光は後だ。見えるぞ……アレだ」

 すり鉢の傾斜の上はちょっとした台地になっていて下にある花畑が一望できる。
 その台地を目で追っていくと、すぐにゴブリンの集落を発見した。

 枯れた草の屋根が点々と円上に配置されている。
 中央には一際大きな枯れ草屋根が配置されていて、その横に石でできた祭壇らしき建造物が見えた。
 日本の弥生時代を彷彿させるその集落にゴブリンがウジャウジャと走り回っていて、それを私たちは遠巻きに眺めていた。
 ……ゴブリンって火を使えるんだね。外が暗くなるにつれて、松明を持ち歩くゴブリンも増えて、次々と掲げられている。
 棒や石でできた武器を持ち歩いているゴブリンもいる。
 初めて実物を見るゴブリンは大きなネズミの体に潰れた人の顔面が付いている、そんな印象を受けた。

 魔族にとってゴブリンはモンスターに位置づけられている。一匹見たら三十匹いると思え、と言われる程繁殖力が高く、ごくまれに街の近くに集落を作るので、その度に駆逐されている。と、何かの本で見た。

「……多いな。もう食われてんじゃねーか?」

「どっちも、可能性はあると思う」
 リレフも半分あきらめ顔だ。

「まだ祈呪前なら可能性あるよ」
 私は本で見た知識を総動員させる。
 ゴブリンは独自の宗教感みたいなものを持っていて、上質な獲物を狩るとできるだけ新鮮な状態で祭壇に捧げてから食べるらしい。だから生け捕りが多いと。
 人間の大人は抵抗したため、殺されてその場で食われ、無抵抗になった子供を連れ去ったんじゃないか、と私は推測を立てた。子供の骨は無かったし。

「リレフ、なるべく早く探して」

「エア、無茶言わないで。ゴブリン臭いし遠いし」
 そう言いながらも鼻を利かせるリレフ。あの竪穴住居みたいな建物のどれかに子供達は居るはずだ。 

「……! 分かった、あの左から二番目の建物だ」
 ……なんか薄々気が付いてたけどリレフって凄い。一家に一台欲しい。
 私たちはなるべく物音を立てない様に枯れ草屋根に近づく。
 そしてタイミングを計って私だけが枯れ草に潜り込む。人間と変わらない格好の私の方が良いだろう。という判断だ。
 むぁんとした空気が私の鼻に直撃する。くさっ! ゴブリン臭い!!

 鼻をつまみながら中に入り込むと、まず真っ先に中央に置かれている松明が目に入ってきた。
 とは言っても今にも消えそうな程か細い炎だ。丸い室内は暗く見通しが悪い。床一面に枯れ草が敷き詰められていて、歩く度に音を立てる。外のゴブリンに感づかれない様に慎重に歩みを進める。

 ……いた!
 人間の子供が三人固まって、ガクガクと震えて私を見ている。
 私は口に手を当て、声を上げないようにジェスチャーする。この世界の人間に通じるのかは分からないが、声を出さないって事は伝わったみたいだ。
 私は素早く子供達に近づき、状態を確認する。男の子が一人、女の子が二人。
 おおう、久しぶりの人間。感動だ。手も足もあり、特に大きな怪我はなさそう。良かった。

「他にお友達居る?」
 小さな声で男の子に尋ねる。男の子は一瞬、悲しそうな顔をして、床を指差す。目を向けると、そこには折り畳まれた血まみれの子供服が置かれていた。

「……じゃあ、この子も一緒に連れて帰ろう」
 私の言葉にこくりと頷き、男の子は子供服を胸で抱える。間に合わなかった。その思いが胸を打つ。私は子供服に手を置き「ごめんね」、と呟いた。
 感傷に浸ってる場合じゃない。せめてこの子たちだけでも無傷で助けないと。
 私は無言で子供達の手をそれぞれに握らせ、一列になるようにする。男の子の手を握り、外から聞こえてくる物音に耳を傾け、神経を集中させる。

 物音がしなくなったタイミングで入ってきた穴から外に出る。松明の明かりを頼りに暗闇に目を光らせる。よし、ゴブリンは居ない。今しかない。
 男の子の手を引きこっそり歩く。



 もう少し……もう少し。


「!!」

「ギャギャ!?」
 ゴブリンと目が合っちゃった。なんでそんな物陰から出て来るの。
 ゴブリンは素早く腰から角笛の様な物を取り出す。

 響き渡る角笛の音。マズイ、仲間呼ばれた!
 手に魔力を込め、下から上に手を振り上げる。
 ドォン! と、大轟音と共に巨大な火柱が吹き上がり、ゴブリンは一瞬にして消し炭に変化した。
 やっば! やり過ぎた!
 後ろを振り向くと、私の炎魔法を目印にゴブリンがワラワラと集まってきていた。

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