群像転生物語 ――幸せになり損ねたサキュバスと王子のお話――

宮島更紗/三良坂光輝

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一章    ――王家の使命――

 ロキ15  『敵地』

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「これが……全てだ。満足したか?」
 モルドットの語る物語に一区切りが付く。
 
 なるほどな……。
 モルドットの言葉により、不足していた情報が継ぎ足され全ての真相が理解できた。

 つまるところ、奴は好きな女を追いかけるためエスタールの宝玉《オーブ》と転移石に目を付けたということか。

 最初は穏便に済ませる気があったのだろう。
 ファティを得た後に、ゆっくりと転移石の場所を聞き出し、宝玉《オーブ》を手にする腹積もりだったに違いない。

 だが、俺がそれを突っぱねてしまった。
 そのため、奴は軍を率いてエスタール占領を強行してしまったのだ。
 恐らくだが、高齢のため死期が怖かったのだろう。次に生き返ることができるのか不安だった。だから焦ってしまった。
 
「……下らないな」
 俺は腹の底から、笑いが込み上げる。
 感情を自重しようにも、どうにも抑えきれない。

「何が可笑しい……」
 俺の返す言葉を聞き、目を見張るモルドットに続ける。

「下らない。何かと思えば、結局は、惚れた女のケツを追いかけるためだと? そんなことのために、沢山の人間が死んだと思うと、どうにも笑える」

「……所詮は、エルデナ様を知らぬ人間。私の心情を理解できなくても仕方のないことなのだろう。まあ、私は“どちらでも良い”。お前が理解しようと、せずともな」

「いやいや、心情は理解できている。……何故なら、俺でも同じことをするだろう。例えば、仮にだが、“つばさが『魔界』にいる”と分かったなら、俺は何もかもを捨て、どんな手段を使ってでも、俺は『魔界』へと向かう」
 そうだ。つばさがこの世界のどこかで、俺と同じように生まれ変わっているのなら、俺はどんな状況であったとしても彼女の側へと飛んでいく。

 同じように、モルドットは心の底から愛した女と、共に過ごす時間のため全力を尽くしたのだろう。その心情は、とても良く分かる……決して誉められる手段ではなかったが。

「俺が下らない、と言ったのはな。“奪う必要など、何処にもない”と思ったからだ」

「……何を言っている」
 俺の否定的な意見に、薄れていた殺意を蘇らせていくモルドット。
 もしかしたら、自分の悲劇的な人生に、賛同を求めていたのかもな。
 そんなことは絶対に有り得ないが。

「そうだろう? エスタールに『魔界』へと繋がる扉があると分かった。そこまでは良い。その後、何故お前はこんな手段を取った?」
 俺が何を言いたいのか理解ができないのだろう。モルドットは何も返さない。

「いいか……エスタールに全ての事情を話し、頭を下げて『魔界』への扉を開いてもらう。お前はそれをするだけで、『魔界』へと向かえたんだよ。こんなまどろっこしい事をしなくてもな」
 考えもしなかったのだろう。モルドットは息を呑み、目を見開かせる。

「誓って言うが、ファティもオッサンもキチンと事情を聞かされたのならば、それにしっかりと応えるだろう。無慈悲には扱わない。……それをしなかった、考えもしなかったことが、お前の罪だ」

「……お前に、お前に私の何が分かる!」

「結局お前は、誰も信じられなかったんだよ。人間に備わった、当たり前の情を忘れ、自分のプライドを優先し、他人を巻き込んだはた迷惑な存在だ。だからお前は――」

「黙れ! もう良い、議論などするつもりはない! お前はここで――」

「だからお前は――ここで死ぬんだ」
 俺の断定に、振りかざした鋭い指先を止める。
 今度こそ、本当に俺が何を言っているのか理解できないのだろう。

 当たり前だ。俺はとうに詰んでいる。
 後は、俺をさっくりと殺し、宝玉《オーブ》を使って『魔界』に向かえば良いだけだ。
 もう誰も、モルドットを止める者はいない。

 だが、俺は気がついていた。夜空から響き渡るこの音に。

 正直、モルドットの昔話など、悲劇だろうが喜劇だろうがどちらでも良かった・・・・・・・・・
 俺は待っていただけだ。
 なんでもいい、時間を稼げれば、それで良かったんだ。

「……遅いんだよ。正直、ハラハラしていた」
 俺の呟きに、モルドットも異変に気がついたようだ。
 夜空に広がる、風を切り裂く音に気がつき、空を見上げる。

「まさか……まさか――」
 モルドットが“それ”に気がつき、目を見開く。

「知ってるか? モルドット。戦争はな、どれだけ敵を自分の有利な場所に引き込めるかが大事なんだ」
 驚愕するモルドットに、俺の声は届いていないだろう。

 お前は敵地を知ることを怠った。だから負けるんだ。


―― 噂じゃないよ。ラーフィア山脈は凶暴な白竜の縄張り。山脈のどこから登っても、たちまち見つかって食べられちゃう ――

―― 白竜ねぇ……一度は拝んでみたいが――

―― 冗談。一度見つかったらもう誰も逃げられない。登らなくて良かったね ――


 ルスランに一時帰国したあの日、エメットはそう言っていた。
 あのチャラ導師も、たまには良い情報をくれるじゃないか。

 その会話を思いだし、モルドットを誘導しながら走っていた。
 俺はモルドットを導いていた。闇へと、本物の災厄へと。
 そして同時にもう一つ、導いていた。
 それが現れるのを待っていた。

 それは、すなわち――

「――ここは、既にラーフィア山脈だ・・・・・・・・・・
 驚愕するモルドットに、王子らしく、とっておきの不敵な笑みを浮かべる。

「は、図ったな!! 王子ィイイッ!!」
 当たり前だ。俺を誰だと思っている。

「……王族をなめるなよ。モルドット」
 巨大な白竜が、俺とモルドットの前に降り立った。


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