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一章 ――王家の使命――
ロキ12 『異形』
しおりを挟む⑤
「やめろ……やめ――」
モルドットの背が切り裂かれた。
声を上げることもなく倒れ込むモルドット。
「仲間割れか? 同情するね」
仲間であるはずの帝国兵達と枯れ木のようなジジイを躊躇《ちゅうちょ》せずに切り捨てた男に話しかける。
その男、ボブカットの千人隊長はブツブツと何かを呟きながら虚ろな目でファティを見つめている。
コイツ……正気を失ってやがる。
その男は奇声を上げながら俺に向かってきた。俺は持っていた宝玉《オーブ》をファティに手渡し、応戦する。型も糞もない剣戟を自分の長剣ではじき返す。
淡く光を放ち、浮かび上がる転移石の前で、剣と剣が幾度となく交差する。
「お前は……何故、剣を振る!?」
正気を失った男に答えなど求めていない。それでも、尋ねたかった。
「私は――私は悪くない!」
ボブカットは背から、肩から血を流しながらも力強く俺に襲いかかる。
焦点をなくした両目がぐるぐると回り、涎が垂れ流しのままだ。
「悪くないだと? 千人隊長だろうお前は! 自分らで選んだ道だ!」
ボブカットが奇声を上げる。剣戟が更に早くなっていく。
「違う! 私は何も悪くないんだ!」
「全員が悪いんだよ。この現状は! 俺も! お前も! 関わった人間全ての決断が、結果を生むんだ!」
ボブカットはもう応えない。ただひたすら、敵である俺を切ろうと我武者羅に剣を振る。
「この世にはな、自分の惚れた女を奪われ、それでも自分の力不足だと他人を憎まず、不運の所為にもせず、惚れた相手の産んだ子に尽くす、馬鹿な騎士だっているんだ」
剣と剣が交差し火花が飛び散る中、俺は続ける。
「それはな、自分の選んだ道が正義だと信じているから出来るんだ。お前が今の現状を、他人の所為だと言うならば、それはお前が正義を持っていないからだ!」
俺はエスタールに滞在する間、ガラハドから沢山のことを教わった。
「……俺は長年、『雷英』と供にいる。奴に教えられたのは、剣のみではない。奴の本当の強さは剣の腕じゃない、騎士道だ。奴の中にある正義だ」
動きが鈍くなったボブカットは最早敵ではなかった。
ガラハドから剣を学んだ俺にとって敵ではなかった。
奴の持つ騎士道を目の当たりにしてきた俺にとって敵ではなかった。
「うるさい! うるさい! 私を誰だと思ってる!」
「俺も、自分の信じる正義を持っている! ……俺はお前の持つ、姑息な考えになど負けやしない!」
「黙れ! 黙れぇ!!」
一際甲高い金属音が鳴り響き、一振りの剣が宙を舞った。
それは高く上がり回転し曲線を作り落ちていく。
剣が床に突き刺さった。
「……ガラハドの勝ちだ」
金髪の男が、床に沈み込んだ。
⑥
終わった……これで全て終わった。
俺は剣を治め、ターンブルの兵達が床に散らばる光景を眺める。
今この場所で動く者は俺とファティだけだった。
「ロキ……ありがとう。もう、駄目かと思った」
ファティが俺の腕を取り、抱きしめてくる。
「実は俺もだ。……半分諦めかけていたよ」
「……珍しいね。ロキだったら、『見たか! 俺の力だ!』くらい言いそうなのに」
「ったく、俺だって素直な時があるんだぞ」
拳で軽く、ファティの頭を小突く。
でもまあ無事に終わって本当に良かった。攻め込まれた公国に関しても、俺の用意しておいた策が功を奏したのか、帝国軍は壊滅状態に陥っている。
ほぼ被害も出ていないようだし、一度は占領されたエスタールも時を待たずに復興してくれるだろう。
「でも、ロキ強いじゃん。ことあるごとに、『俺は弱い』とか言ってる癖に」
床に倒れ、動かなくなった金髪を見つめながらファティが言う。
事実俺が持つ剣の腕はたかが知れている。
俺がこの金髪に勝てたのは、元々、手負いだったのとガラハドの心、そして――
「必死だったんだよ。……ファティが居たしな」
そうだ。金髪との戦いをファティはずっと見守ってくれていた。
それが、弱い俺にとってどれだけ励みになったことか。
家族を死なせたくない。
その想いがどれだけ力になったことか。
「……本当に、無事で良かったな。ファティ」
「ロキ……」
見つめ合う俺とファティ。
淡く光る転移石に照らされ、ファティの整った顔立ちが、更に綺麗に映し出される。
天井から星の光が落ち、俺達二人を包み込む。
俺はそっと、ファティの腕に手を添える。
彼女は少し震え、でも俺のされるがまま、身体の力を抜く。
二人の顔が近づく。そして――
俺は既に聞いていた。悍ましい音を。
何かが蠢く、忌々しい音を。
全身に寒気が走り、嫌な予感が頭を駆け巡る。
だからこうして、咄嗟にファティを抱き締めていた。
ファティを守るその背中、肩の付近に鋭い激痛が走った。
「……死とは何度繰り返しても、慣れぬものだ」
びちゃり、びちゃりと足音が聞こえる。
ぐじゅり、ぐじゅりと蠢く音が聞こえる。
“それ”があった場所に目を向ける。
倒れていたはずの、“それ”は既に消えていた。
背に剣戟を受け、死んだはずの“それ”はいなくなっていた。
「今度こそ、終わると思っていたが……どうやら、そうではなかったようだ」
枯れ木を思わせる男が消えていた。
代わりに、一人の男が立っていた。
その姿は歪み、崩れ、身体の至る所がひび割れ赤黒い液体を垂れ流している。
「醜いだろう? 死を迎えられぬ者の、成れの果てだ」
男はその両腕を極限まで膨らませていた。
腕の至る所から赤黒い液体が吹き上がり、それが大きな疣となり鉱石のように固くなる。
長く伸びた指の、鋭く尖らせた指先を俺の肩に突き刺していた。
「お前は……お前はなんだ!?」
俺の質問に、男はその歪んだ顔を更に歪ませる。
黒目だけになった瞳が爛々とこちらを見つめている。
そこには、異形の者が立っていた。
死んだはずの、モルドットがそこに立っていた。
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