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一章 ――王家の使命――
幕間 『破滅』
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【幕間⑥】
『私は――もう終わりだ』
エスタール領主の魔石により吹き飛ばされたエヌオーは、頭部を屋敷の柱に強打しながらも生きていた。
魔石戦士となど戦っていられるか、と逃げ出したものの、エスタールでは至る所で帝国兵が上げる阿鼻叫喚が広がっている。
襲いかかるエスタールの民を切り捨て、飛び交う矢を切り弾きながら考える。
『何故だ、何故私がこんな目に』
エヌオー自身、武の腕はそこそこ持っていたものの、元々内向きの性格をしていたので、内政に力を入れていた。
隊と隊の間を動き回り、千人隊長と交流を深め、裏と表、両面から自身を強く、魅力的に見せるよう努力してきた。
そうしているうちに、いつの日か自身も千人隊長となり、軍団長の側近までのし上がることが出来ていた。
『アイツだ、アイツが全て悪いんだ』
出世街道に乗り、順風満帆かに見えたエヌオーだったが、軍団長とは折り合いが悪かった。
軍団長のクラウディアは規律を重んじ過ぎるあまり、エヌオーの行動全てに制限がかかっていた。
エヌオーが一つ発言すれば、それを厳しく律してくる。
擦り寄っても靡かず、誉めても躱された。
そんなクラウディアに、帝国から一つの任務が下される。
それが、地方領主モルドット卿の護衛任務だった。
エヌオーは断るよう進言した。
皇帝の遠い親戚と聞くが、ほんの僅かな領を与えられ、屋敷に籠もり何をするわけでもない老人の警護など、なんの功にもならない。
そう激しく進言したにもかかわらず、クラウディアは煩わしそうな顔をするだけだった。
『そうだ――アイツも、アイツも悪い』
エヌオーは目に映る、動く全ての者を切り捨てながら呟く。
モルドット卿にも良い印象を覚えていなかった。
そもそも、エヌオーが何をどう擦り寄ろうとも、モルドット卿は取り合いもしない。
空気のように扱われていた。
次第に、敵意を帯びるようになる。
そもそも年老いてながらも若き姫を取りたいと考えるなど、不埒でしかない。
好色な老人が放つ戯れ言の所為で、エヌオーはこの田舎国家に連れて来られた。
老人の気まぐれで、考えもなく攻め込んだ所為で、軍が壊滅してしまう。
『どいつもコイツも……私は何も悪くない。全て私を無視したアイツらが悪いんだ』
最早、エヌオーの目に映る全ての存在は敵だった。
エスタールの民も、ターンブル兵も同じだった。
エヌオーは目に映る、動く全ての者を切り捨てながら呟く。
『そうだ、最早こうなれば、……信じられるのは私、自分のみ』
軍が崩壊した今、どれだけ自分が悪くなかろうと、千人隊長であるエヌオーの責が発生してしまう。
何一つ罪を持っていないにもかかわらず、責を負うなど許されることではない。
そう、エヌオーは憤慨する。
軍は見捨て、エヌオーは自分だけを信じ生きていくしかないと感じていた。
『その為には――』
先ずはエスタールの公女が必要だった。
この場を切り抜けるには、公女を人質にするしかない。
モルドット卿も、エスタールの民衆も必要としているエスタール公女を手中に収めれば、この局面は乗り切れる。
乗り切った後は、どこかに売るのも良い。立ち回るも良い。自分で使い捨てるのも良い。
そう考えていた。
長年、守護者に穢された姫だ。自分が手にかけようと、性奴にしようと、責められる謂われはない。
エヌオーは公女が居ると情報のあった場所に向かう。
途中にすれ違った帝国の残兵から情報を引き出し、斬り殺し、先に進む。
森を突き進み、音のする方へ足を向け、遂にエヌオーは森の中佇む教会聖堂へと辿り着いた。
『姫だ――姫さえ居れば、私は――私は悪くない……アイツらの所為だ』
エヌオーの思考は、最早崩壊していた。次々に抱く思いに、誘惑に身体を委ねる。
倒れる帝国兵を乗り越え、聖堂の中に入り、血を流すエスタールの民を蹴り飛ばし、エヌオーは見つけた。
聖堂の壁に設置された隠し扉。地下へ続く階段を。
*****
そこは広く美しい空間だった。
球状の天井から幾つもの煌めく星が降っている。
中央には赤く光る宝玉を付けた石版が浮かんでいて、王子と姫、そしてターンブルの兵が対峙している。
『私は悪くない、私は悪くない、姫だ。姫が居る。私の物だ。私が得るのだ。あの女が悪い。あの老人が悪――』
様々な思考に身を委ねていたエヌオーが一人の男に目を止める。
枯れ木を思わせる老人、モルドット卿だった。
『また、また――私の邪魔をするのか!』
注目を浴びるエヌオーの持つ剣が煌めいた。
目の前に居る剣士を切り裂き、それを見て唖然とする剣士達の喉元を切り裂いていく。
「何をしている! 討て!」
モルドット卿のしゃがれた声が響く。
エヌオーは背に剣戟を浴び、肩を切られながらも倒れない。
『私は――死なない。私はこんなところでこんな田舎で――私は生きる』
気がつけば、剣士は全て床に倒れていた。
残るは――エヌオーをこの状況に置いた、憎むべき敵。
全ての元凶。
エヌオーは枯れ木のような老人に目を向ける。
「やめろ……やめ――」
逃れようとするモルドット卿の背に、剣戟が入った。
『私は――もう終わりだ』
エスタール領主の魔石により吹き飛ばされたエヌオーは、頭部を屋敷の柱に強打しながらも生きていた。
魔石戦士となど戦っていられるか、と逃げ出したものの、エスタールでは至る所で帝国兵が上げる阿鼻叫喚が広がっている。
襲いかかるエスタールの民を切り捨て、飛び交う矢を切り弾きながら考える。
『何故だ、何故私がこんな目に』
エヌオー自身、武の腕はそこそこ持っていたものの、元々内向きの性格をしていたので、内政に力を入れていた。
隊と隊の間を動き回り、千人隊長と交流を深め、裏と表、両面から自身を強く、魅力的に見せるよう努力してきた。
そうしているうちに、いつの日か自身も千人隊長となり、軍団長の側近までのし上がることが出来ていた。
『アイツだ、アイツが全て悪いんだ』
出世街道に乗り、順風満帆かに見えたエヌオーだったが、軍団長とは折り合いが悪かった。
軍団長のクラウディアは規律を重んじ過ぎるあまり、エヌオーの行動全てに制限がかかっていた。
エヌオーが一つ発言すれば、それを厳しく律してくる。
擦り寄っても靡かず、誉めても躱された。
そんなクラウディアに、帝国から一つの任務が下される。
それが、地方領主モルドット卿の護衛任務だった。
エヌオーは断るよう進言した。
皇帝の遠い親戚と聞くが、ほんの僅かな領を与えられ、屋敷に籠もり何をするわけでもない老人の警護など、なんの功にもならない。
そう激しく進言したにもかかわらず、クラウディアは煩わしそうな顔をするだけだった。
『そうだ――アイツも、アイツも悪い』
エヌオーは目に映る、動く全ての者を切り捨てながら呟く。
モルドット卿にも良い印象を覚えていなかった。
そもそも、エヌオーが何をどう擦り寄ろうとも、モルドット卿は取り合いもしない。
空気のように扱われていた。
次第に、敵意を帯びるようになる。
そもそも年老いてながらも若き姫を取りたいと考えるなど、不埒でしかない。
好色な老人が放つ戯れ言の所為で、エヌオーはこの田舎国家に連れて来られた。
老人の気まぐれで、考えもなく攻め込んだ所為で、軍が壊滅してしまう。
『どいつもコイツも……私は何も悪くない。全て私を無視したアイツらが悪いんだ』
最早、エヌオーの目に映る全ての存在は敵だった。
エスタールの民も、ターンブル兵も同じだった。
エヌオーは目に映る、動く全ての者を切り捨てながら呟く。
『そうだ、最早こうなれば、……信じられるのは私、自分のみ』
軍が崩壊した今、どれだけ自分が悪くなかろうと、千人隊長であるエヌオーの責が発生してしまう。
何一つ罪を持っていないにもかかわらず、責を負うなど許されることではない。
そう、エヌオーは憤慨する。
軍は見捨て、エヌオーは自分だけを信じ生きていくしかないと感じていた。
『その為には――』
先ずはエスタールの公女が必要だった。
この場を切り抜けるには、公女を人質にするしかない。
モルドット卿も、エスタールの民衆も必要としているエスタール公女を手中に収めれば、この局面は乗り切れる。
乗り切った後は、どこかに売るのも良い。立ち回るも良い。自分で使い捨てるのも良い。
そう考えていた。
長年、守護者に穢された姫だ。自分が手にかけようと、性奴にしようと、責められる謂われはない。
エヌオーは公女が居ると情報のあった場所に向かう。
途中にすれ違った帝国の残兵から情報を引き出し、斬り殺し、先に進む。
森を突き進み、音のする方へ足を向け、遂にエヌオーは森の中佇む教会聖堂へと辿り着いた。
『姫だ――姫さえ居れば、私は――私は悪くない……アイツらの所為だ』
エヌオーの思考は、最早崩壊していた。次々に抱く思いに、誘惑に身体を委ねる。
倒れる帝国兵を乗り越え、聖堂の中に入り、血を流すエスタールの民を蹴り飛ばし、エヌオーは見つけた。
聖堂の壁に設置された隠し扉。地下へ続く階段を。
*****
そこは広く美しい空間だった。
球状の天井から幾つもの煌めく星が降っている。
中央には赤く光る宝玉を付けた石版が浮かんでいて、王子と姫、そしてターンブルの兵が対峙している。
『私は悪くない、私は悪くない、姫だ。姫が居る。私の物だ。私が得るのだ。あの女が悪い。あの老人が悪――』
様々な思考に身を委ねていたエヌオーが一人の男に目を止める。
枯れ木を思わせる老人、モルドット卿だった。
『また、また――私の邪魔をするのか!』
注目を浴びるエヌオーの持つ剣が煌めいた。
目の前に居る剣士を切り裂き、それを見て唖然とする剣士達の喉元を切り裂いていく。
「何をしている! 討て!」
モルドット卿のしゃがれた声が響く。
エヌオーは背に剣戟を浴び、肩を切られながらも倒れない。
『私は――死なない。私はこんなところでこんな田舎で――私は生きる』
気がつけば、剣士は全て床に倒れていた。
残るは――エヌオーをこの状況に置いた、憎むべき敵。
全ての元凶。
エヌオーは枯れ木のような老人に目を向ける。
「やめろ……やめ――」
逃れようとするモルドット卿の背に、剣戟が入った。
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