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一章 ――王家の使命――
ロキ11 『破壊』
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③
あの日、つばさが倒れ、俺も傷つき死にかけた時、俺は円い宝石を握り締めていた。
それは石碑にはめ込むためのもので、ビル内に落ちていた右腕から拾った物だった。
ファティと俺の前に浮かぶ石碑にも、それははめ込まれている。
拳大の丸い宝石が赤い光を放っていた。
「転移石と宝玉《オーブ》の管理。エスタール王朝の王族には、代々その責務が任されているんだって」
ファティが普段の天真爛漫な表情を捨て、別人のような顔つきで語り出す。
「私も十二の誕生日の後に聞かされた事。パパはもう少し後で話すつもりだったみたいだけど……あのことがあったから。私たちがこの聖堂を見つけてしまったから」
俺は黙ってファティマの言葉に耳を傾ける。
考えがまとまらなかった。目の前の出来事に、思考が追いつかなかった。
「教会聖堂の地下には、大抵、似たような装置が置いてあるんだよ。目的は、聖堂と聖堂を繋ぐため。その装置の力を使えば、遠く離れた聖堂にも一瞬で辿り着くみたい」
ワープ装置のような物か?
「でもそれは、宝玉《オーブ》も付いていないまがい物。行けるところは限られている。……でも、この転移石は違う」
転移石を見つめていたファティマが振り返り俺を見つめる。
「これは『魔界』への扉。この転移石を使えば、私たちは『魔界』に移動できる」
「『魔界』……」
魔族達が跋扈《ばっこ》する世界。人間が足を踏み入れてはならない禁断の場所。
「宝玉《オーブ》は魔界に行くために必要不可欠なもの。これが無ければ、この転移石は力を発揮しない。だから私たちは、宝玉《オーブ》を家宝にして、転移石と合わせて管理してきた。これが全て」
「じゃあ……さっきお前が言った……行き止まりだけど、逃げ道がある。それはつまり――」
「……ロキ、あなたは『魔界』に逃げて」
ファティからの言葉。それを理解し頭に血が上る。
『魔界』に逃げる事ではない。ファティが言った“あなたは”という台詞に激高した。
それはつまり――
「ファティ、お前は――」
「私は残って、宝玉《オーブ》を破壊する。そうしたら追って来ることは出来ないし、宝玉《オーブ》を奪われることもない」
「駄目だ。そんなことは、……許さない!」
「……許してよ。あたし、これでもエスタールの姫だよ。役目を果たさないと」
「王族の役目か? それは自分の命よりも大事なものなのか!? そんなものに縛られるな。奪いたいなら奪わせればいいんだ。後で俺が奪い返してやるから!」
「ロキには分からないだろうけど、私らにとっては本当に、何より大事なんだよ。……もういいから、ほら、ここに立って」
「駄目だ。駄目だ! 駄目だ!! 却下だ!!!」
「わがまま言わないでよ、王子様」
「わがままなのはどっちだ! 俺は認めない。自分が犠牲になるから俺だけ生きろだ? そんなわがままは絶対に認めない。……ファティ、お前は大事な存在だ。家族だ! 俺は家族を見捨てない!」
そうさ、俺達は……俺達は家族だろ。
「ロキ……」
パチパチと軽やかな音が響き渡った。
「いやはや……素晴らしい。とても素晴らしい」
しゃがれた声が空間を反響する。
絹の擦れる音に続いて、甲が擦れる金属音が響き渡る。
「王子と姫の命をかけた物語。まるで歌劇を見ているようでしたわ」
俺達の降りてきた階段の方角見ると、まるで枯れ木がそのまま擬人化したような老人が、手を叩いていた。
その周りにはターンブル兵が続々と集まってきている。
「追い詰めれば、ここに向かうだろうと思ってましたよ。姫様。それも、転移石だけでなく、宝玉《オーブ》も付いた状態とは……嬉しいね」
腰に刺した剣を抜き、ファティを庇うように前に立つ。
「ああ、王子様。ご挨拶が遅れましたな。私はモルドットと申します。……帝国領の僻地で細々とやっている者です」
コイツが、ファティを得ようとしていた男か。
「さて、ご挨拶も済んだことですし――」
老人が、集まった三十人余りの兵達を見わたす。
「死んでもらおうか」
兵達が次々と剣を引き抜いた。
④
三十人余りの兵達がその腰に携えた剣を、次々に引き抜く。
それを見つめながら、俺は頭を高速に回転させていた。
男達の動きがスローモーションに映し出される。
敵は三十人以上。
この場の味方はファティのみ。ガラハドは間に合っていない。
武器は手に持つただの長剣のみ。
策は何も無い。
間違いなく、二度目の人生の中で、最大の危機だった。
どうする? どうすれば、俺もファティも助かることができる。
この局面を乗り切るため、俺は自分の持つエネルギーを全て脳に流し入れる。
様々な経験と、記憶が流れ込み濁流のように流れていく。
それは過去の、俺がまだ日本人だった頃の記憶も含まれる。
クラスメートとの何気ない会話、映画のワンシーン、漫画の一コマ。
様々な情景が高速で過ぎ去っていく。
そして、一つの策が浮かび上がった。
俺は、それを迷わず決断した。
「動くな! 動くと切るぞ!」
ファティの首筋に剣を充て、兵達に向け叫ぶ。
皆、唖然として俺を見つめている。それはモルドットも同じだった。
「……お前は馬鹿か? 今更その女に、価値があるとでも思っているのか?」
「……ま、そう反応するだろうな。俺もファティもひっくるめて討つ気満々だったもんな。俺だって、通用するなんて、思っちゃいない。だが……」
ほんの僅かだけ、隙を作れれば良かったんだ。
ほんの僅かだけ、近づければ良かったんだ。
この手に握る、この『宝玉《オーブ》』に。
「だったら、こっちなら、どうかな?」
転移石から取り外した宝玉《オーブ》を高々と掲げる。
モルドットの顔色が瞬時に切り替わる。
「貴様……それを、お前が……お前の汚い手で触るな!」
明らかに狼狽していた。その姿が周りの兵にも伝染していく。下手な動きが許されない状況に変わっていく。
「俺は剣が下手だが、この剣の切れ味はそれなりに良い。石ころ程度ならば切れるだろう。……それとも、床に叩きつけてもいいな」
「そんな脅しなど……や、やめろ!」
思いっきり床に叩きつける素振りを見せると、両手を広げ叫びだした。
……分かりやすいな。一体何をこの男は宝玉《オーブ》に求めているんだ。
「いいか、俺はルスランの王族だ。エスタールとは関係ない。この石ころに思い入れも責務も何一つない! いつでも、躊躇無く壊せるんだ」
モルドットの口からギリギリと歯軋りが聞こえてくる。
今の発言は嘘だ。俺だって、前世界からの共通点が突如現れたのだ。
簡単に壊せるものではない。
「分かったら、そこを開けろ。この石の交換条件は、俺と姫の命だ。命が保証されるまで、これは俺が預かる」
枯れ木のようなジジイの顔面が歪み、更に多くの皺が刻まれる。
「卑怯者め……」
「卑怯? 俺が卑怯ならば、俺達を男三十人で取り囲むお前達はどうなんだ? ……お互い様だ!」
卑怯であれなんであれ、切り抜けられればそれでいい。
それにこれは生き残る為の手段だ。卑怯だとも思わない。
じりじりと動く俺達を苦渋の顔で見つめるモルドット。襲うべきか、逃すべきか、決めかねている様子だった。
ターンブル兵達も主の命令が無ければ動けない。
一触即発の空気が広がっていく。
だが、その均衡はほどなく破られた。
一人の男が、教会聖堂とここを繋ぐ階段から降りてきたのだ。
その男は肩で切り揃えた金髪を掻きむしり、ブツブツと何かを呟いている。
身体は揺れ、手に持った長剣を腕が動くまま空で遊ばせていた。
「アイツは……」
縁談を持ちかけてきた帝国に断りを入れる際、会見した男だ。
高慢な態度で、千人隊長とか言っていたボブカットの男。
何故、アイツがここに――。
あの日、つばさが倒れ、俺も傷つき死にかけた時、俺は円い宝石を握り締めていた。
それは石碑にはめ込むためのもので、ビル内に落ちていた右腕から拾った物だった。
ファティと俺の前に浮かぶ石碑にも、それははめ込まれている。
拳大の丸い宝石が赤い光を放っていた。
「転移石と宝玉《オーブ》の管理。エスタール王朝の王族には、代々その責務が任されているんだって」
ファティが普段の天真爛漫な表情を捨て、別人のような顔つきで語り出す。
「私も十二の誕生日の後に聞かされた事。パパはもう少し後で話すつもりだったみたいだけど……あのことがあったから。私たちがこの聖堂を見つけてしまったから」
俺は黙ってファティマの言葉に耳を傾ける。
考えがまとまらなかった。目の前の出来事に、思考が追いつかなかった。
「教会聖堂の地下には、大抵、似たような装置が置いてあるんだよ。目的は、聖堂と聖堂を繋ぐため。その装置の力を使えば、遠く離れた聖堂にも一瞬で辿り着くみたい」
ワープ装置のような物か?
「でもそれは、宝玉《オーブ》も付いていないまがい物。行けるところは限られている。……でも、この転移石は違う」
転移石を見つめていたファティマが振り返り俺を見つめる。
「これは『魔界』への扉。この転移石を使えば、私たちは『魔界』に移動できる」
「『魔界』……」
魔族達が跋扈《ばっこ》する世界。人間が足を踏み入れてはならない禁断の場所。
「宝玉《オーブ》は魔界に行くために必要不可欠なもの。これが無ければ、この転移石は力を発揮しない。だから私たちは、宝玉《オーブ》を家宝にして、転移石と合わせて管理してきた。これが全て」
「じゃあ……さっきお前が言った……行き止まりだけど、逃げ道がある。それはつまり――」
「……ロキ、あなたは『魔界』に逃げて」
ファティからの言葉。それを理解し頭に血が上る。
『魔界』に逃げる事ではない。ファティが言った“あなたは”という台詞に激高した。
それはつまり――
「ファティ、お前は――」
「私は残って、宝玉《オーブ》を破壊する。そうしたら追って来ることは出来ないし、宝玉《オーブ》を奪われることもない」
「駄目だ。そんなことは、……許さない!」
「……許してよ。あたし、これでもエスタールの姫だよ。役目を果たさないと」
「王族の役目か? それは自分の命よりも大事なものなのか!? そんなものに縛られるな。奪いたいなら奪わせればいいんだ。後で俺が奪い返してやるから!」
「ロキには分からないだろうけど、私らにとっては本当に、何より大事なんだよ。……もういいから、ほら、ここに立って」
「駄目だ。駄目だ! 駄目だ!! 却下だ!!!」
「わがまま言わないでよ、王子様」
「わがままなのはどっちだ! 俺は認めない。自分が犠牲になるから俺だけ生きろだ? そんなわがままは絶対に認めない。……ファティ、お前は大事な存在だ。家族だ! 俺は家族を見捨てない!」
そうさ、俺達は……俺達は家族だろ。
「ロキ……」
パチパチと軽やかな音が響き渡った。
「いやはや……素晴らしい。とても素晴らしい」
しゃがれた声が空間を反響する。
絹の擦れる音に続いて、甲が擦れる金属音が響き渡る。
「王子と姫の命をかけた物語。まるで歌劇を見ているようでしたわ」
俺達の降りてきた階段の方角見ると、まるで枯れ木がそのまま擬人化したような老人が、手を叩いていた。
その周りにはターンブル兵が続々と集まってきている。
「追い詰めれば、ここに向かうだろうと思ってましたよ。姫様。それも、転移石だけでなく、宝玉《オーブ》も付いた状態とは……嬉しいね」
腰に刺した剣を抜き、ファティを庇うように前に立つ。
「ああ、王子様。ご挨拶が遅れましたな。私はモルドットと申します。……帝国領の僻地で細々とやっている者です」
コイツが、ファティを得ようとしていた男か。
「さて、ご挨拶も済んだことですし――」
老人が、集まった三十人余りの兵達を見わたす。
「死んでもらおうか」
兵達が次々と剣を引き抜いた。
④
三十人余りの兵達がその腰に携えた剣を、次々に引き抜く。
それを見つめながら、俺は頭を高速に回転させていた。
男達の動きがスローモーションに映し出される。
敵は三十人以上。
この場の味方はファティのみ。ガラハドは間に合っていない。
武器は手に持つただの長剣のみ。
策は何も無い。
間違いなく、二度目の人生の中で、最大の危機だった。
どうする? どうすれば、俺もファティも助かることができる。
この局面を乗り切るため、俺は自分の持つエネルギーを全て脳に流し入れる。
様々な経験と、記憶が流れ込み濁流のように流れていく。
それは過去の、俺がまだ日本人だった頃の記憶も含まれる。
クラスメートとの何気ない会話、映画のワンシーン、漫画の一コマ。
様々な情景が高速で過ぎ去っていく。
そして、一つの策が浮かび上がった。
俺は、それを迷わず決断した。
「動くな! 動くと切るぞ!」
ファティの首筋に剣を充て、兵達に向け叫ぶ。
皆、唖然として俺を見つめている。それはモルドットも同じだった。
「……お前は馬鹿か? 今更その女に、価値があるとでも思っているのか?」
「……ま、そう反応するだろうな。俺もファティもひっくるめて討つ気満々だったもんな。俺だって、通用するなんて、思っちゃいない。だが……」
ほんの僅かだけ、隙を作れれば良かったんだ。
ほんの僅かだけ、近づければ良かったんだ。
この手に握る、この『宝玉《オーブ》』に。
「だったら、こっちなら、どうかな?」
転移石から取り外した宝玉《オーブ》を高々と掲げる。
モルドットの顔色が瞬時に切り替わる。
「貴様……それを、お前が……お前の汚い手で触るな!」
明らかに狼狽していた。その姿が周りの兵にも伝染していく。下手な動きが許されない状況に変わっていく。
「俺は剣が下手だが、この剣の切れ味はそれなりに良い。石ころ程度ならば切れるだろう。……それとも、床に叩きつけてもいいな」
「そんな脅しなど……や、やめろ!」
思いっきり床に叩きつける素振りを見せると、両手を広げ叫びだした。
……分かりやすいな。一体何をこの男は宝玉《オーブ》に求めているんだ。
「いいか、俺はルスランの王族だ。エスタールとは関係ない。この石ころに思い入れも責務も何一つない! いつでも、躊躇無く壊せるんだ」
モルドットの口からギリギリと歯軋りが聞こえてくる。
今の発言は嘘だ。俺だって、前世界からの共通点が突如現れたのだ。
簡単に壊せるものではない。
「分かったら、そこを開けろ。この石の交換条件は、俺と姫の命だ。命が保証されるまで、これは俺が預かる」
枯れ木のようなジジイの顔面が歪み、更に多くの皺が刻まれる。
「卑怯者め……」
「卑怯? 俺が卑怯ならば、俺達を男三十人で取り囲むお前達はどうなんだ? ……お互い様だ!」
卑怯であれなんであれ、切り抜けられればそれでいい。
それにこれは生き残る為の手段だ。卑怯だとも思わない。
じりじりと動く俺達を苦渋の顔で見つめるモルドット。襲うべきか、逃すべきか、決めかねている様子だった。
ターンブル兵達も主の命令が無ければ動けない。
一触即発の空気が広がっていく。
だが、その均衡はほどなく破られた。
一人の男が、教会聖堂とここを繋ぐ階段から降りてきたのだ。
その男は肩で切り揃えた金髪を掻きむしり、ブツブツと何かを呟いている。
身体は揺れ、手に持った長剣を腕が動くまま空で遊ばせていた。
「アイツは……」
縁談を持ちかけてきた帝国に断りを入れる際、会見した男だ。
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