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一章 ――王家の使命――
帝国軍5 『戦士の煌』
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【帝国⑧】
「……ルスランの『雷』ね。何故ここにいるの?」
ガラハドから間合いを置き、クラウディアは尋ねる。
「我が主はこの国を護るため、使わされている。国の危機とあらば早急に戻れるよう力を尽くすさ」
また、守護者の話か。とクラウディアはアーメットの中で奥歯を噛みしめる。
「オッさん、大丈夫か!?」
色とりどりに羽を染められた鶏馬《ルロ》に跨がった男が近づいてきた。
白を基調とした煌びやかな軽装甲冑を身につけていて、白銀の髪色と合わせて目立つことこの上ない。
コイツが守護者か。とクラウディアは男を睨み付ける。
「ロキ、ワシのことはいい。ファティマのところへ行け!」
未だ地に膝を付けたままのホルマが声を上げる。
「ファティは無事なんだな。どこに居る?」
「お前らが十二の頃、ワシらを心配させた場所だ。分かるであろう?」
「……ああ、分かった。あそこだな」
クラウディアは守護者と領主の会話を聞き流す。
彼女の現状として、もはや姫の居場所など然したる問題ではなかった。
今を乗り切ることだけを考えていた。
「ロキ様、向かって下さい。私は……この者と」
ガラハドが手に持つ剣をクラウディアに向ける。
「……レギオン軍団長か。分かった。オッサンのことは任せたぞ」
「御意」
色とりどりの鶏馬《ルロ》が戦場を駆け抜けて行く。
この場に残されたのは、クラウディアとガラハド、そして動けずにいるホルマだけ。
白い男がこの場から去った直後から、再び緊迫した空気が訪れる。
「……女子供を切りたくない。この場を去れ」
――女、子供だと?
ガラハドの言葉にクラウディアは激昂する。
「……ふざけるな。この現状を見ろ! 死にゆく兵達を見ろ! 私は――私はレギオン軍団長だ。私には、この者達の思いを継ぐ責任がある! この戦争の責任がある! 女には責を負う権利がないとでも言うのか!」
胸から込み上げて来る思いを吐き捨てる。
目の前の男は、顔色一つ変えず、その言葉を受け止める。
「――この戦争は、お主が起こした訳ではないのだろう」
「だからなんだ! 自分には関係ないと投げ捨てれば良いのか!」
「背負う必要などない、と言っている」
「違う! この戦争は私が決断した! 勝てると踏んで決めた道だ! だから私は――ここで、自分の意思で終わらせる!」
モルドット卿に従った結果だとはいえ、クラウディアにはこの戦争を断る権利があった。
兵を無残に死なせた現状ではなく、別の道もあった。
――それを選ばなかったのは自分自身だ。ならば、この戦争は自分の起こした戦争だ。
彼女はそう決意し、覚悟を決めた。
男はクラウディアの思いを受け止め、ゆっくりと頷いた。
「――非礼を詫びる。済まなかった」
「……ターンブル帝国第三二レギオン軍団長、クラウディア」
名乗りを上げ、短剣を構える女。
「ルスラン王国王下直属親衛騎士、『雷』のガラハド――」
それに応え、男は剣先を女に向ける。
「いくよ! 『雷』!」
「いざ!」
長剣と短剣の煌めきが交差し、激しい火花が上がった。
【帝国⑨】
――強い。
剣を重ねた瞬間からクラウディアは男の力量を感じ取る。
男の繰り出す剣戟が縦横無尽に走り、彼女はそれを追うだけで精一杯になる。
彼女は自信の得意とする身軽さで、時に空から、時に壁を蹴り、ガラハドを翻弄しようと動き回る。
「――早いのだな。驚いた」
さして驚きもしていない素振りで言い放つガラハド。
どれだけ彼女が両腕の短剣を振ろうともそれは最小の動きで避けられ、剣で受け流される。
一騎打ちの真っ最中ながら、彼女は笑いが込み上げてきた。
――私が軍団長でなければ、とうに死んでいたな。
彼女はそう悟る。軍団長以上のみが付けることを許されたミスリル製の甲冑に次々と剣の削り跡が残っていく。
剣閃の全てに必殺の気迫が込められており、鉄であれば簡単に切り裂いていただろう。
短剣同士を重ね合わせ受けた剣戟だったが、その威力の大きさでクラウディアは体勢を崩す。
肩に、三つの剣閃が同時に繰り出された。
激しい金属音が響き渡る。
「――早いのはどちらだ」
ガラハドは一閃の動きで三手切り抜いてきた。人の領域を越えた動きに、クラウディアは畏怖を覚える。
――だが、
クラウディアは考える。化け物じみた『雷』であっても、人であるのは間違いない。
ならば、限界もどこかには有るはずだった。
クラウディアの狙いは持久戦。持ち前の脚力で翻弄しつつ、ミスリル甲冑の防御力で耐えきる。
そうしていれば、いつかは隙を――。
そこまで考えたクラウディアは、次の瞬間に悟った。
自身の考えが甘かったことを。
二振りの短剣をくぐり抜け、ガラハドが彼女の胸元目掛け、突きを繰り出してきたのだ。
三つの打撃音を聞きながら背後に吹き飛ぶクラウディア。
倒れる寸前で持ちこたえ、ガラハドとの間合いを広げる。
その彼女の耳に、それは入ってきた。
ぴきり、と小さな音が、アーメットの中を確かに反響した。
咄嗟に自分の胸元を見る。そして――領主ホルマとの戦いを思い出した。
ホルマの魔法を受けた際、ほんの僅かではあったがミスリルを越えた衝撃があった。
――あの時の傷。
ミスリル甲冑の胸板にヒビが入っていた。
「……この、化け物め」
クラウディアは吐き捨てる。
ホルマの魔法により、僅かながら甲冑の一部に脆くなった部分があったようだった。
そこを狙われた。
それを悟った瞬間、目の前で対峙する男に戦慄を覚える。
ガラハドは彼女の連激を受け流しながらも、その事に気がつき、脆くなった一点部分を目掛け、突きを繰り出してきた。
そんなこと、人間に出来るのか。
どれだけの鍛錬を詰んだら、そんな芸当が出来るのか。
理不尽な状況に、クラウディアは震えた。
「……まだ、やるのか?」
ガラハドの言葉には“慈悲”が混じっていた。欲していたはずのそれを受け、クラウディアは首を振る。
「……愚問だね」
――それは、優しさではないよ。
心の中で、『雷英』にそう忠告し、彼女は飛び上がった。死んでいった仲間達のために、せめて、一矢報いるために。
彼女の胸に衝撃が走る。
鋭い剣先がミスリルを砕き、彼女の皮を突き破り、心臓を切り裂き背に達する。
――ああ、私は本当に
薄れていく意識の中、彼女は思う。
どこで間違えたのか。何故、自分は死ななくてはならないのか。
――私は本当に、運が悪い
戦乱の世を生きる一人の戦士《おんな》が、この日、尊い命を失った。
「……ルスランの『雷』ね。何故ここにいるの?」
ガラハドから間合いを置き、クラウディアは尋ねる。
「我が主はこの国を護るため、使わされている。国の危機とあらば早急に戻れるよう力を尽くすさ」
また、守護者の話か。とクラウディアはアーメットの中で奥歯を噛みしめる。
「オッさん、大丈夫か!?」
色とりどりに羽を染められた鶏馬《ルロ》に跨がった男が近づいてきた。
白を基調とした煌びやかな軽装甲冑を身につけていて、白銀の髪色と合わせて目立つことこの上ない。
コイツが守護者か。とクラウディアは男を睨み付ける。
「ロキ、ワシのことはいい。ファティマのところへ行け!」
未だ地に膝を付けたままのホルマが声を上げる。
「ファティは無事なんだな。どこに居る?」
「お前らが十二の頃、ワシらを心配させた場所だ。分かるであろう?」
「……ああ、分かった。あそこだな」
クラウディアは守護者と領主の会話を聞き流す。
彼女の現状として、もはや姫の居場所など然したる問題ではなかった。
今を乗り切ることだけを考えていた。
「ロキ様、向かって下さい。私は……この者と」
ガラハドが手に持つ剣をクラウディアに向ける。
「……レギオン軍団長か。分かった。オッサンのことは任せたぞ」
「御意」
色とりどりの鶏馬《ルロ》が戦場を駆け抜けて行く。
この場に残されたのは、クラウディアとガラハド、そして動けずにいるホルマだけ。
白い男がこの場から去った直後から、再び緊迫した空気が訪れる。
「……女子供を切りたくない。この場を去れ」
――女、子供だと?
ガラハドの言葉にクラウディアは激昂する。
「……ふざけるな。この現状を見ろ! 死にゆく兵達を見ろ! 私は――私はレギオン軍団長だ。私には、この者達の思いを継ぐ責任がある! この戦争の責任がある! 女には責を負う権利がないとでも言うのか!」
胸から込み上げて来る思いを吐き捨てる。
目の前の男は、顔色一つ変えず、その言葉を受け止める。
「――この戦争は、お主が起こした訳ではないのだろう」
「だからなんだ! 自分には関係ないと投げ捨てれば良いのか!」
「背負う必要などない、と言っている」
「違う! この戦争は私が決断した! 勝てると踏んで決めた道だ! だから私は――ここで、自分の意思で終わらせる!」
モルドット卿に従った結果だとはいえ、クラウディアにはこの戦争を断る権利があった。
兵を無残に死なせた現状ではなく、別の道もあった。
――それを選ばなかったのは自分自身だ。ならば、この戦争は自分の起こした戦争だ。
彼女はそう決意し、覚悟を決めた。
男はクラウディアの思いを受け止め、ゆっくりと頷いた。
「――非礼を詫びる。済まなかった」
「……ターンブル帝国第三二レギオン軍団長、クラウディア」
名乗りを上げ、短剣を構える女。
「ルスラン王国王下直属親衛騎士、『雷』のガラハド――」
それに応え、男は剣先を女に向ける。
「いくよ! 『雷』!」
「いざ!」
長剣と短剣の煌めきが交差し、激しい火花が上がった。
【帝国⑨】
――強い。
剣を重ねた瞬間からクラウディアは男の力量を感じ取る。
男の繰り出す剣戟が縦横無尽に走り、彼女はそれを追うだけで精一杯になる。
彼女は自信の得意とする身軽さで、時に空から、時に壁を蹴り、ガラハドを翻弄しようと動き回る。
「――早いのだな。驚いた」
さして驚きもしていない素振りで言い放つガラハド。
どれだけ彼女が両腕の短剣を振ろうともそれは最小の動きで避けられ、剣で受け流される。
一騎打ちの真っ最中ながら、彼女は笑いが込み上げてきた。
――私が軍団長でなければ、とうに死んでいたな。
彼女はそう悟る。軍団長以上のみが付けることを許されたミスリル製の甲冑に次々と剣の削り跡が残っていく。
剣閃の全てに必殺の気迫が込められており、鉄であれば簡単に切り裂いていただろう。
短剣同士を重ね合わせ受けた剣戟だったが、その威力の大きさでクラウディアは体勢を崩す。
肩に、三つの剣閃が同時に繰り出された。
激しい金属音が響き渡る。
「――早いのはどちらだ」
ガラハドは一閃の動きで三手切り抜いてきた。人の領域を越えた動きに、クラウディアは畏怖を覚える。
――だが、
クラウディアは考える。化け物じみた『雷』であっても、人であるのは間違いない。
ならば、限界もどこかには有るはずだった。
クラウディアの狙いは持久戦。持ち前の脚力で翻弄しつつ、ミスリル甲冑の防御力で耐えきる。
そうしていれば、いつかは隙を――。
そこまで考えたクラウディアは、次の瞬間に悟った。
自身の考えが甘かったことを。
二振りの短剣をくぐり抜け、ガラハドが彼女の胸元目掛け、突きを繰り出してきたのだ。
三つの打撃音を聞きながら背後に吹き飛ぶクラウディア。
倒れる寸前で持ちこたえ、ガラハドとの間合いを広げる。
その彼女の耳に、それは入ってきた。
ぴきり、と小さな音が、アーメットの中を確かに反響した。
咄嗟に自分の胸元を見る。そして――領主ホルマとの戦いを思い出した。
ホルマの魔法を受けた際、ほんの僅かではあったがミスリルを越えた衝撃があった。
――あの時の傷。
ミスリル甲冑の胸板にヒビが入っていた。
「……この、化け物め」
クラウディアは吐き捨てる。
ホルマの魔法により、僅かながら甲冑の一部に脆くなった部分があったようだった。
そこを狙われた。
それを悟った瞬間、目の前で対峙する男に戦慄を覚える。
ガラハドは彼女の連激を受け流しながらも、その事に気がつき、脆くなった一点部分を目掛け、突きを繰り出してきた。
そんなこと、人間に出来るのか。
どれだけの鍛錬を詰んだら、そんな芸当が出来るのか。
理不尽な状況に、クラウディアは震えた。
「……まだ、やるのか?」
ガラハドの言葉には“慈悲”が混じっていた。欲していたはずのそれを受け、クラウディアは首を振る。
「……愚問だね」
――それは、優しさではないよ。
心の中で、『雷英』にそう忠告し、彼女は飛び上がった。死んでいった仲間達のために、せめて、一矢報いるために。
彼女の胸に衝撃が走る。
鋭い剣先がミスリルを砕き、彼女の皮を突き破り、心臓を切り裂き背に達する。
――ああ、私は本当に
薄れていく意識の中、彼女は思う。
どこで間違えたのか。何故、自分は死ななくてはならないのか。
――私は本当に、運が悪い
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