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一章 ――王家の使命――
ロキ7 『母親』
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【ロキ⑩】
国王との外交はどうやら失敗に終わりそうだ。
まさか本国側も本気でエスタールを得ようとしているとは思っていなかった。
てっきりただの厄介払いだと思っていたのだが、俺の役割をキチンと考えた上で送り込んだということも意外だ。自然な流れで俺にファティマを娶《めと》らせ、できるだけ民の反感を買わないようにルスラン王族の血を引く後継者を作り上げ、実質のエスタール支配者にするつもりだったということだ。
こうしてみるとルスランの思惑とファティマの思惑が得てせずして一致していたことになる。
ルスランの国益だけを見るならば、確かにそれはアリだろう。
だが、エスタールの立場で考えるならばナシだ。
大国の庇護を受けていただけの国が丸々一つ、取り潰しになるようなものだぞ。
反乱が起こるのは目に見えている。父上は小事だと言っていたが、領主を崇拝するエスタール国民が簡単に気持ちを切り替えるとは思えない。
俺の結婚一つで、国全体が波乱に巻き込まれるということだ。そんなリスクを冒してまで結婚する必要が何処にある。
「……色々と見通しが甘かったな。どうするか」
城内通路を歩きながら考える。結局のところ、俺が色々な状況をなめてかかっていたことが問題の拍車をかけている。
エスタールは田舎国家だから、本国は禄に注視しないだろう。
僻地に飛ばした“碌でなし王子”が婿に行こうが気にしないだろう。
国王であっても言いくるめられるだろう。
結果として、そういった俺の思惑は全てズレていたということだ。
「……なんにせよ、策を練らないとな」
ウダウダと考えを纏めながら大聖堂へ向かうため城内通路を歩いていると、バルコニーまで辿り着いた。
長々と設置されたバルコニーからはルスランの城下町が一望できる。
そよ風に当たりながら火照った頭を冷やしていると、遠目にガラハドの姿が目に入ってきた。
「ガラ――」
呼びかける声を途中で押しとどめ、慌てて柱の物陰に隠れる。
ガラハドの後ろを歩く人影を見つけたからだ。
青みがかった長い髪。一目で分かる高いドレスを着ながらも、整った容姿によりそれが調和している。
あれは、間違いない。俺の母親であるシャルルだ。
俺の従者ガラハドが、シャルルを連れバルコニーまでやってきていた。
【ロキ⑪】
「街も、貴女様もお変わりありませんね。安心しました」
ガラハドが俺の母親に笑いかける。その顔は慈愛に満ちていて、幸せが溢れ出ている。
……エスタールにいるときは決して見せなかった顔だ。
「もう只のおばさんです。……ガラハド様も、お変わりありませんね。ロキと一緒ですので色々と心配しておりました」
シャルルも、息子の前では絶対に見せない表情になっている。
俺の意識はゼロ歳からあった訳だから、ある程度二人の関係は知っている。
一度は近くまで詰めた距離を、色々な事情により広げてしまった二人だった。
お互い距離を置いていたはずなんだが、六年ぶりの再開で再び燃え上がってしまったのか?
……ガラハドも隅に置けないじゃないか。
「色々と楽しく過ごせております。陛下との謁見が終わり次第、シャルル様へもご挨拶を」
「私は後回しで大丈夫。ロキの姿は、遠目ですが既に見ました。見違えるほど大きくなって……」
「日に日に成長されております。国王陛下譲りの白銀の髪と赤い瞳もございますので、王族として強い気迫を持った子に育っていくことでしょう」
「“英雄”様も身近におりますものね。心配はしておりませんが、私が関われないのはやはり少し寂しいですわね」
「……お顔とその心はシャルル様に似て、優しく、柔和に育っております。……悪戯好きなところが似てしまったのは困りものですがね」
「まあ、ガラハド様の意地悪。昔の話ですわ」
二人笑い合う。……というか、優しく柔和だ? 俺が? ヘソで茶を沸かすとはこの事だな。
というか、シャルルは生みの親ではあるが、俺は別世界からの転生者だぞ。
心や考え方が似るはずがないだろうに。
「……でも、そうですか。ロキも遂に身を固める覚悟を決めたのですね。早いものです」
いや、今現在、その件で絶賛揉めている最中なのだが……まあその辺りの事情はまだシャルルやガラハドには伝わっていないのだろう。
「ええ、上手く行けば良いのですが」
「……婿養子の件ですが、ガラハド様からも説得いただけませんか?」
シャルルが風になびいた自分の髪を撫で、ガラハドを見つめる。
「……私は、ロキ様に従うだけの存在です。ですが、やはり、ご納得いただけませんか」
「親としては良いのです。誰であれ、あの子が好きになり身を固める覚悟があるのであれば形式など問いません」
……親としては?
「であれば、何を危惧されているのです?」
ガラハドも同じ疑問を抱いたのか、シャルルに向き合い顔を引き締める。
「危惧ではありません。私は……私は……」
暫し俯き何かを考えていたシャルルが顔を上げ、ガラハドへと近づく。
そして――
「な、シ、シャルル様!?」
ガラハドが驚愕の声を上げる。俺も物陰に隠れながら、似たような声を上げていた。
何故なら、ガラハドに近づいたシャルルは――目の前に立つ男を抱きしめたからだ。
「い、いけません。誰かに見られでもしたら――」
「構いません。誰が今の私を気にするのです。もう何年も陛下は私の近くには来ておりません。私はただのお飾りです。陛下の気まぐれでここに呼ばれ、只の趨向でここに止まっているに過ぎません。たまには好きなことをさせて下さい」
どんなことにも動じないガラハドが慌てている。それ事態は楽しい反面、俺もハラハラする。幸い近くに人影は見当たらないが、こんな光景見られようものならば、流石の英雄でもタダでは済まないだろう。
流石にシャルルもそれは分かったのか、両手を離し、ガラハドの身体を解放する。
「私は、ロキがこの王国で活躍するために、その地盤として、エスタールは良き巡り合わせだと感じています。エスタールを地盤にし、英雄を得ているあの子ならば……幼き頃より聡明なあの子ならば……もっと違う道があるかと思います」
「それは……つまり」
軍団長として活躍していたガラハドだからこそ、シャルルが言いたいことを察したのだろう。顔色が一気に変わる。
俺だって察した。……シャルルが言いたいことはつまり――
「私は、あの子に王になってもらいたいのです」
いやいやいや、やめてくれ。母上。俺はそんな人生を望んでいない。
何を野心に燃えているんだ。そんなキャラじゃなかったはずなのに。
「……ロキ様は第五王子です。その道は無いとはいいませんが、辛く険しい道のりでしょう。そして、私はそれが正しき道とは思いません。何よりもロキ様が望んでおられないでしょう」
おお……流石はガラハド。俺が言いたいことを言ってくれた。
「正しい、正しくないの話ならば正しくないのでしょう。ですが、少しでも……その道があるのならば、希望があるのならば、縋りたくもなります」
ガラハドが眉を潜める。
「希望……ですか? どうされたのです。私の知るシャルル様は、そんな野心など抱く方ではありませんでした」
「野心ではありません。私はもっと別の考えを持っています」
「……ご事情をお聞かせいただけませんか?」
ガラハドの問いかけに暫し考えていたシャルルだったが、覚悟を決めたのか顔を引き締め、ガラハドを見上げる。
「ロキが携わる戦いの場を……地方ではなくここで、本国に移してもらいたいのです。貴方にあの子が王になるための旗振り役となってもらいたいのです。私の関われるこの街に住まい、もっと近くで……共に居たいのです」
「……子と共に居たいというのは親として当たり前ですが……しかし――」
「違います!」
ガラハドの言葉を遮るシャルルの言葉は鬼気迫るものがあった。
道筋の無い話だからガラハドの頭はハテナマークで一杯だろう。だが、外側から聞いていた俺にはシャルルの言いたいことが理解できていた。
シャルルの思惑は、実はとてもシンプルだ。
……だからこそ、タチが悪い。
「ガラハド様……私は、貴方と共に居たいのです。私は――貴方を……貴方様と――」
飛び出しかけた最後の言葉はシャルルの胸に引き戻された。
危なかった。その一言は、取り返しのつかない一言だ。
シャルルの考えはとても単純だ。
現在、俺とガラハドは地方に飛ばされている。自分は国王の妾であるから動けない。
でも、ガラハドと一緒に居たいと考えている。
じゃあそのためには、どうすればいいのか?
俺が王になるため凱旋帰国するという流れを作れば良い。
それがベストだと考えたということだ。
地方を平定し、手中に収めた俺が“英雄”ガラハドとともに帰国し、兄上達に宣戦布告をする。
そうなれば確かに、母親であるシャルルは俺の……もとい、ガラハドの近くで保護されることになるだろう。
……自分勝手というか、子供っぽいというか。
自分が好きな男と一緒にいたいから戦争したいですだと?
そんな事、許されるわけがない。
「……聞かなかったことにします」
ガラハドも同じ思いを感じたのか、険しい顔で首を振る。
「ですが――」
「それ以上はいけません。確かに、ロキ殿下は才覚もあり、人心を掴む天恵を持っておられます。しかしながらその優しさ故に野心を持っておりません。その高い知性故に……世界を達観して見ておられます。そんな殿下に、その道は相応しくありません。殿下も望んでおられない外道を、母が導いてどうするのですか」
ガラハドは諭すように一言一言、しっかりとシャルルへ届ける。
「貴女はロキ殿下の母です。そして私は、貴女の子を生涯かけて護ると決めた一騎士に過ぎません。それ以上の存在には……これからもなり得ません。私は、ロキ殿下の未来だけを考え生きます。ですから、貴女も、どうか――」
ガラハドのハッキリとした決意に、シャルルは涙を流す。それを見て言葉を止めた忠誠の騎士は、一体何を思ったのだろう。
「そう……ですね。私は、母親でした。子の幸せを考えることが……私の幸せでした」
シャルルは無理矢理、笑顔を見せる。
ガラハドからハンカチを受け取ったシャルルは涙を拭き取った瞬間、雰囲気が変わる。
涙とともに、自分の想いを拭き取ったのだろう。
「どうか、この話はご内密に。忘れて下さい。……ロキをよろしくお願いします」
母の顔に戻ったシャルルが、ガラハドへ深々と頭を下げた。
国王との外交はどうやら失敗に終わりそうだ。
まさか本国側も本気でエスタールを得ようとしているとは思っていなかった。
てっきりただの厄介払いだと思っていたのだが、俺の役割をキチンと考えた上で送り込んだということも意外だ。自然な流れで俺にファティマを娶《めと》らせ、できるだけ民の反感を買わないようにルスラン王族の血を引く後継者を作り上げ、実質のエスタール支配者にするつもりだったということだ。
こうしてみるとルスランの思惑とファティマの思惑が得てせずして一致していたことになる。
ルスランの国益だけを見るならば、確かにそれはアリだろう。
だが、エスタールの立場で考えるならばナシだ。
大国の庇護を受けていただけの国が丸々一つ、取り潰しになるようなものだぞ。
反乱が起こるのは目に見えている。父上は小事だと言っていたが、領主を崇拝するエスタール国民が簡単に気持ちを切り替えるとは思えない。
俺の結婚一つで、国全体が波乱に巻き込まれるということだ。そんなリスクを冒してまで結婚する必要が何処にある。
「……色々と見通しが甘かったな。どうするか」
城内通路を歩きながら考える。結局のところ、俺が色々な状況をなめてかかっていたことが問題の拍車をかけている。
エスタールは田舎国家だから、本国は禄に注視しないだろう。
僻地に飛ばした“碌でなし王子”が婿に行こうが気にしないだろう。
国王であっても言いくるめられるだろう。
結果として、そういった俺の思惑は全てズレていたということだ。
「……なんにせよ、策を練らないとな」
ウダウダと考えを纏めながら大聖堂へ向かうため城内通路を歩いていると、バルコニーまで辿り着いた。
長々と設置されたバルコニーからはルスランの城下町が一望できる。
そよ風に当たりながら火照った頭を冷やしていると、遠目にガラハドの姿が目に入ってきた。
「ガラ――」
呼びかける声を途中で押しとどめ、慌てて柱の物陰に隠れる。
ガラハドの後ろを歩く人影を見つけたからだ。
青みがかった長い髪。一目で分かる高いドレスを着ながらも、整った容姿によりそれが調和している。
あれは、間違いない。俺の母親であるシャルルだ。
俺の従者ガラハドが、シャルルを連れバルコニーまでやってきていた。
【ロキ⑪】
「街も、貴女様もお変わりありませんね。安心しました」
ガラハドが俺の母親に笑いかける。その顔は慈愛に満ちていて、幸せが溢れ出ている。
……エスタールにいるときは決して見せなかった顔だ。
「もう只のおばさんです。……ガラハド様も、お変わりありませんね。ロキと一緒ですので色々と心配しておりました」
シャルルも、息子の前では絶対に見せない表情になっている。
俺の意識はゼロ歳からあった訳だから、ある程度二人の関係は知っている。
一度は近くまで詰めた距離を、色々な事情により広げてしまった二人だった。
お互い距離を置いていたはずなんだが、六年ぶりの再開で再び燃え上がってしまったのか?
……ガラハドも隅に置けないじゃないか。
「色々と楽しく過ごせております。陛下との謁見が終わり次第、シャルル様へもご挨拶を」
「私は後回しで大丈夫。ロキの姿は、遠目ですが既に見ました。見違えるほど大きくなって……」
「日に日に成長されております。国王陛下譲りの白銀の髪と赤い瞳もございますので、王族として強い気迫を持った子に育っていくことでしょう」
「“英雄”様も身近におりますものね。心配はしておりませんが、私が関われないのはやはり少し寂しいですわね」
「……お顔とその心はシャルル様に似て、優しく、柔和に育っております。……悪戯好きなところが似てしまったのは困りものですがね」
「まあ、ガラハド様の意地悪。昔の話ですわ」
二人笑い合う。……というか、優しく柔和だ? 俺が? ヘソで茶を沸かすとはこの事だな。
というか、シャルルは生みの親ではあるが、俺は別世界からの転生者だぞ。
心や考え方が似るはずがないだろうに。
「……でも、そうですか。ロキも遂に身を固める覚悟を決めたのですね。早いものです」
いや、今現在、その件で絶賛揉めている最中なのだが……まあその辺りの事情はまだシャルルやガラハドには伝わっていないのだろう。
「ええ、上手く行けば良いのですが」
「……婿養子の件ですが、ガラハド様からも説得いただけませんか?」
シャルルが風になびいた自分の髪を撫で、ガラハドを見つめる。
「……私は、ロキ様に従うだけの存在です。ですが、やはり、ご納得いただけませんか」
「親としては良いのです。誰であれ、あの子が好きになり身を固める覚悟があるのであれば形式など問いません」
……親としては?
「であれば、何を危惧されているのです?」
ガラハドも同じ疑問を抱いたのか、シャルルに向き合い顔を引き締める。
「危惧ではありません。私は……私は……」
暫し俯き何かを考えていたシャルルが顔を上げ、ガラハドへと近づく。
そして――
「な、シ、シャルル様!?」
ガラハドが驚愕の声を上げる。俺も物陰に隠れながら、似たような声を上げていた。
何故なら、ガラハドに近づいたシャルルは――目の前に立つ男を抱きしめたからだ。
「い、いけません。誰かに見られでもしたら――」
「構いません。誰が今の私を気にするのです。もう何年も陛下は私の近くには来ておりません。私はただのお飾りです。陛下の気まぐれでここに呼ばれ、只の趨向でここに止まっているに過ぎません。たまには好きなことをさせて下さい」
どんなことにも動じないガラハドが慌てている。それ事態は楽しい反面、俺もハラハラする。幸い近くに人影は見当たらないが、こんな光景見られようものならば、流石の英雄でもタダでは済まないだろう。
流石にシャルルもそれは分かったのか、両手を離し、ガラハドの身体を解放する。
「私は、ロキがこの王国で活躍するために、その地盤として、エスタールは良き巡り合わせだと感じています。エスタールを地盤にし、英雄を得ているあの子ならば……幼き頃より聡明なあの子ならば……もっと違う道があるかと思います」
「それは……つまり」
軍団長として活躍していたガラハドだからこそ、シャルルが言いたいことを察したのだろう。顔色が一気に変わる。
俺だって察した。……シャルルが言いたいことはつまり――
「私は、あの子に王になってもらいたいのです」
いやいやいや、やめてくれ。母上。俺はそんな人生を望んでいない。
何を野心に燃えているんだ。そんなキャラじゃなかったはずなのに。
「……ロキ様は第五王子です。その道は無いとはいいませんが、辛く険しい道のりでしょう。そして、私はそれが正しき道とは思いません。何よりもロキ様が望んでおられないでしょう」
おお……流石はガラハド。俺が言いたいことを言ってくれた。
「正しい、正しくないの話ならば正しくないのでしょう。ですが、少しでも……その道があるのならば、希望があるのならば、縋りたくもなります」
ガラハドが眉を潜める。
「希望……ですか? どうされたのです。私の知るシャルル様は、そんな野心など抱く方ではありませんでした」
「野心ではありません。私はもっと別の考えを持っています」
「……ご事情をお聞かせいただけませんか?」
ガラハドの問いかけに暫し考えていたシャルルだったが、覚悟を決めたのか顔を引き締め、ガラハドを見上げる。
「ロキが携わる戦いの場を……地方ではなくここで、本国に移してもらいたいのです。貴方にあの子が王になるための旗振り役となってもらいたいのです。私の関われるこの街に住まい、もっと近くで……共に居たいのです」
「……子と共に居たいというのは親として当たり前ですが……しかし――」
「違います!」
ガラハドの言葉を遮るシャルルの言葉は鬼気迫るものがあった。
道筋の無い話だからガラハドの頭はハテナマークで一杯だろう。だが、外側から聞いていた俺にはシャルルの言いたいことが理解できていた。
シャルルの思惑は、実はとてもシンプルだ。
……だからこそ、タチが悪い。
「ガラハド様……私は、貴方と共に居たいのです。私は――貴方を……貴方様と――」
飛び出しかけた最後の言葉はシャルルの胸に引き戻された。
危なかった。その一言は、取り返しのつかない一言だ。
シャルルの考えはとても単純だ。
現在、俺とガラハドは地方に飛ばされている。自分は国王の妾であるから動けない。
でも、ガラハドと一緒に居たいと考えている。
じゃあそのためには、どうすればいいのか?
俺が王になるため凱旋帰国するという流れを作れば良い。
それがベストだと考えたということだ。
地方を平定し、手中に収めた俺が“英雄”ガラハドとともに帰国し、兄上達に宣戦布告をする。
そうなれば確かに、母親であるシャルルは俺の……もとい、ガラハドの近くで保護されることになるだろう。
……自分勝手というか、子供っぽいというか。
自分が好きな男と一緒にいたいから戦争したいですだと?
そんな事、許されるわけがない。
「……聞かなかったことにします」
ガラハドも同じ思いを感じたのか、険しい顔で首を振る。
「ですが――」
「それ以上はいけません。確かに、ロキ殿下は才覚もあり、人心を掴む天恵を持っておられます。しかしながらその優しさ故に野心を持っておりません。その高い知性故に……世界を達観して見ておられます。そんな殿下に、その道は相応しくありません。殿下も望んでおられない外道を、母が導いてどうするのですか」
ガラハドは諭すように一言一言、しっかりとシャルルへ届ける。
「貴女はロキ殿下の母です。そして私は、貴女の子を生涯かけて護ると決めた一騎士に過ぎません。それ以上の存在には……これからもなり得ません。私は、ロキ殿下の未来だけを考え生きます。ですから、貴女も、どうか――」
ガラハドのハッキリとした決意に、シャルルは涙を流す。それを見て言葉を止めた忠誠の騎士は、一体何を思ったのだろう。
「そう……ですね。私は、母親でした。子の幸せを考えることが……私の幸せでした」
シャルルは無理矢理、笑顔を見せる。
ガラハドからハンカチを受け取ったシャルルは涙を拭き取った瞬間、雰囲気が変わる。
涙とともに、自分の想いを拭き取ったのだろう。
「どうか、この話はご内密に。忘れて下さい。……ロキをよろしくお願いします」
母の顔に戻ったシャルルが、ガラハドへ深々と頭を下げた。
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