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帝都のひと夏

コンラート公爵邸にてⅡ

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公爵家の客間から一転、明るい夏の初めの午後の日差しの中に出て眩しい。
でも、目が慣れると、私たちは人気のない、木立に囲まれた小さな建物の前に立っていた。すぐ脇には小さいけれど珍しい硝子張りの温室が有り、建物の裏手にはきちんと手入れされた薬草園が見える。

そして目の前の扉の前に立って、私たちを待っていてくれたのは。
以前殿下に怪我をさせられて父さまがキレた時に、宰相閣下の執務室まで来てくれた女魔導師さんだった。

「・・・ラーナさん?」
私が驚いて呟くと、ラーナさんはフードを脱いで穏やかな笑みを浮かべた。
「お元気そうで何よりです。お嬢様。それにしても・・・」
少し呆れたように見つめられる。
「あれだけの厳重な封印その他の魔術が綺麗に無くなっているとは。そしてこの魔力。量もそうですが、この魔力の質は・・・。坊っちゃまや母上様の流れを強く感じますね。」
、、、そうなの?
私が父さまを見上げると。
「ラーナなら分かると思ったよ。」
父さまは私に向かって頷きながら頭を撫でて。
それから私の肩に両手を置くと、そっとラーナさんに向かわせた。
「だから君に頼みがあってね。」
私の代わりに、この子に魔術の手ほどきをして欲しいんだ。

「??」
初めて聞く話に驚く私と違い、ラーナさんは予め話を聞いていたみたい。穏やかな表情のままだ。
でも、後三日で取り敢えず魔力の制御が出来るようにしたいという父さまに、ラーナさんは首を傾げた。
「落ち着いていらっしゃるように見えますが・・・?」
「今はね。でも、私のせいで、不安な心持になると押さえ切れなくなっているんだ。」
父さまが言いにくそうに小さな声で呟くと、ラーナさんはまた呆れた顔をして、、、それからフッと微笑んだ。
「おやおや、大きくなっても坊ちゃまは手がかかりますこと。・・・分かりました。どこまでお役に立つかは分かりませんが、お受けいたしましょう。今日はお泊りで?」
「いや、晩餐が終わればバーベンベルクの街屋敷に戻るから、今日は晩餐まででいい。明日と明後日は・・・連絡したうえで私が連れてくる。」
「承知しました。ちなみに公爵閣下は?」
「屋敷の者を借りるのだ。兄上は無論承知だ。済まないな。」
「いえいえ・・・ではよろしく頼みますよ、お嬢様。」
ラーナさんと父さまの話がずんずん進んでいくので黙って聞いているしかなかった私に向かって、ラーナさんは安心させるように笑顔を向けてくれる。
深いしわの中の瞳には温かい光。うん、いい人だ。
「・・・こちらこそよろしくお願いします。師匠せんせい。」
私は父さまの手から一歩離れると、取り敢えずは令嬢としての挨拶カーテシーを取った。

魔術師と弟子はどういう挨拶をするか分からないけれど、師匠せんせいになら、取り敢えず自分の知っている一番正式な挨拶をしたほうが良いものね。

「これはこれは。この婆の教え、大したことはありませんが・・・楽しくやっていきましょう。」
そう言うと、ラーナさんはこちらへ、と言いながらゆっくりとドアを開けてくれた。
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