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帝都のひと夏
やっと二人になれたけど(アルフレート視点)
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子供たちは、マクシミリアン殿下をどの部屋に入れるかわいわい揉めながら出て行った。
廊下の向こうの声が静まるまで目を閉じてじっと動かなかったエレオノーレは、ふうっと溜め息を付くと私を見る。
「どう思う?」
いつも私室で浮かべる穏やかで温かい眼差しではない。切れ長の翠の瞳に浮かぶのは、国境を守る騎士団を指揮する辺境伯の眼差しだ。
やっと二人きりになれたけれど。
今彼女に求められているのは、夫、ではなくて魔導師団長としての見解だ。
「相手は一枚岩ではないと言う事ですね。馬を暴走させたり、茶器に毒を塗った者達の目的は警告。しかし、最後の、狩場での一件は別の集団でしょう。あれは誤射を装った暗殺ですね。」
話している時にマクシミリアン殿下の脳裏に浮かんだイメージ。
先の二つの状況にはそれなりに余裕があったが、最後の一件。あれは、頭上から落ちてきた残雪に馬が驚かなければ、矢が確実に殿下の心臓を貫いていた。
彼の位置から矢を射った人物が見えなかったのが残念だ。
そう言うと、エレオノーレはそうだな、と頷いた。
「警告の方は、我が国ではなく、ロンヌと結びたい連中だな。一刻も早く、上手く行けば少ない手勢で帝国に入らせてから暗殺、若しくは誘拐。罪を帝国に擦り付け、帝国と、帝国出身の王妃、引いては国王を糾弾するという流れが見える。」
だが、暗殺の方は。
「これだけでは絞り切れませんね。」
「そうだな。単純に考えれば王位継承権が絡んだ殿下の異母弟の一派が一番怪しいんだが、王弟に王位を移そうとするロンヌ派の強硬派とも取れるし。まあ、その他にも・・・」
「王妃への私怨ですね?」
「やっぱり君もそう思うか?あの方はまあ、ユランでも変わらないからな・・・」
二人で思わず溜め息を付く。
現オストマルク帝国皇帝の姉で、現ユラン王国王妃、イメルダ・クラーラ・ユラン。
彼女は溶けた黄金のような豪奢な金髪と夏空のような青い瞳の典型的なオストマルク美人だ。
帝国で最も高貴な女性として、豪奢に甘やかされて育てられた彼女は、育った環境のわりにきちんと王族の義務を弁え、貞操観念もあり、貴婦人としての教養も申し分なく身に着けた女性だ。
だが。
「あの、率直な物言いと行動がな・・・」
エレオノーレは貴族らしく柔らかく言っているが。
要は。
実行力付きの毒舌家なのだ。
なまじ才長けた方なので、その一言は、実に的を射ていて強烈に相手の心を抉る。
帝国内では所詮未婚の皇女殿下だったから、「お転婆だから」でごまかされ、何かしようとする輩は居なかったが、異国に嫁いで王妃となり、帝国を背景にそれなりの権力を握った今となっては、何をされるか分からない。
帝国から嫁ぐ皇族の広く知られた慣習として、彼女には、魔導師団長である私自らが防御の魔法陣を刻んでいるから、彼女への私怨がその子供に及んでも不思議ではない。
「泣かされた、左遷された方々は、男女問わず大勢いそうですからね。」
私が暗に絞り切れないと言うと、エレオノーレは苦笑した。
「悪い方では無いんだけど、正義感が強くて不正や甘さを嫌うからな。でも、有能で清廉な人物を見出す眼もお持ちだし、分かる人には分かってもらえるんだけどな。」
まあ、それはそうなんだが。今はその話では無くて。
私は一つ咳ばらいをすると、話を続けた。
「絞り切れないなら、確認すればいいことです。幸い、殿下は帝国に入り、不本意ながら、貴女の庇護のもと帝都まで来た。後は私が見て来ればいい。」
話が帝国内であれば、言わばすべてが私の手の内だ。行けない場所、聞けない会話は無い。
ただでさえ忙しく、疲れているエレオノーレをこれ以上煩わせたくない。
「今晩にも・・・」
言いかける私の言葉を、エレオノーレは「いや、少し様子を見よう。」と遮った。
「イメルダ妃殿下やマクシミリアン殿下の個人的な話で済むならともかく、主要な事案は間違いなく外交政策だろう?我々が秘密裡に動くより、帝国の政策の一環として処理することが必要だと思う。」
取り敢えず宰相閣下に相談しよう。それまでは下手に動くのは無しだ。
「いいね、魔導師団長殿。」
エレオノーレに念を押されて私が断れるはずも無い。
「仰せのままに。辺境伯閣下。」
まあいいか。長旅で疲れた彼女が休んだら少し抜け出せば。
貴族社会の一般的な論理で言えば、時に平民もなることが出来る魔導師団長の私より、辺境伯の方が地位が高い。爵位で呼びかければ彼女も、私が納得したと分かるだろう。
そう思っただけだったが、、、。
エレオノーレはハッと目を見開くと、一呼吸おいて申し訳なさそうに言った。
「悪いね、アル。私がやられ案件をさばききれなかったばっかりに、面倒に巻き込んで。」
しかも、やっと二人きりになったのに、偉そうにこんな話ばっかりして。
「いえ、そんな・・・」
「そう言えば、汚れた旅装のままだったな。髪も梳いてなくて、ああ、日焼けもしてるって母上に言われたんだった・・・こんな格好をアルにさらしてたのか・・・!」
私の答えを聞きもせず、急にあわあわと自分の身なりを確認しだしたエレオノーレは、真っ赤になったかと思うと両手で顔を覆ってしまった。
「?エレオノーレ?」
近寄ってその手をゆっくりどける。
そこには、いつのまにか愛しい奥さんの表情になったエレオノーレがいて。
「いつも、どんな格好でも、貴女は私の唯一人の愛しい人です。」
今夜は絶対にユランの連中になど時間を割かない。
私は深く決意してエレオノーレを抱きしめた。
廊下の向こうの声が静まるまで目を閉じてじっと動かなかったエレオノーレは、ふうっと溜め息を付くと私を見る。
「どう思う?」
いつも私室で浮かべる穏やかで温かい眼差しではない。切れ長の翠の瞳に浮かぶのは、国境を守る騎士団を指揮する辺境伯の眼差しだ。
やっと二人きりになれたけれど。
今彼女に求められているのは、夫、ではなくて魔導師団長としての見解だ。
「相手は一枚岩ではないと言う事ですね。馬を暴走させたり、茶器に毒を塗った者達の目的は警告。しかし、最後の、狩場での一件は別の集団でしょう。あれは誤射を装った暗殺ですね。」
話している時にマクシミリアン殿下の脳裏に浮かんだイメージ。
先の二つの状況にはそれなりに余裕があったが、最後の一件。あれは、頭上から落ちてきた残雪に馬が驚かなければ、矢が確実に殿下の心臓を貫いていた。
彼の位置から矢を射った人物が見えなかったのが残念だ。
そう言うと、エレオノーレはそうだな、と頷いた。
「警告の方は、我が国ではなく、ロンヌと結びたい連中だな。一刻も早く、上手く行けば少ない手勢で帝国に入らせてから暗殺、若しくは誘拐。罪を帝国に擦り付け、帝国と、帝国出身の王妃、引いては国王を糾弾するという流れが見える。」
だが、暗殺の方は。
「これだけでは絞り切れませんね。」
「そうだな。単純に考えれば王位継承権が絡んだ殿下の異母弟の一派が一番怪しいんだが、王弟に王位を移そうとするロンヌ派の強硬派とも取れるし。まあ、その他にも・・・」
「王妃への私怨ですね?」
「やっぱり君もそう思うか?あの方はまあ、ユランでも変わらないからな・・・」
二人で思わず溜め息を付く。
現オストマルク帝国皇帝の姉で、現ユラン王国王妃、イメルダ・クラーラ・ユラン。
彼女は溶けた黄金のような豪奢な金髪と夏空のような青い瞳の典型的なオストマルク美人だ。
帝国で最も高貴な女性として、豪奢に甘やかされて育てられた彼女は、育った環境のわりにきちんと王族の義務を弁え、貞操観念もあり、貴婦人としての教養も申し分なく身に着けた女性だ。
だが。
「あの、率直な物言いと行動がな・・・」
エレオノーレは貴族らしく柔らかく言っているが。
要は。
実行力付きの毒舌家なのだ。
なまじ才長けた方なので、その一言は、実に的を射ていて強烈に相手の心を抉る。
帝国内では所詮未婚の皇女殿下だったから、「お転婆だから」でごまかされ、何かしようとする輩は居なかったが、異国に嫁いで王妃となり、帝国を背景にそれなりの権力を握った今となっては、何をされるか分からない。
帝国から嫁ぐ皇族の広く知られた慣習として、彼女には、魔導師団長である私自らが防御の魔法陣を刻んでいるから、彼女への私怨がその子供に及んでも不思議ではない。
「泣かされた、左遷された方々は、男女問わず大勢いそうですからね。」
私が暗に絞り切れないと言うと、エレオノーレは苦笑した。
「悪い方では無いんだけど、正義感が強くて不正や甘さを嫌うからな。でも、有能で清廉な人物を見出す眼もお持ちだし、分かる人には分かってもらえるんだけどな。」
まあ、それはそうなんだが。今はその話では無くて。
私は一つ咳ばらいをすると、話を続けた。
「絞り切れないなら、確認すればいいことです。幸い、殿下は帝国に入り、不本意ながら、貴女の庇護のもと帝都まで来た。後は私が見て来ればいい。」
話が帝国内であれば、言わばすべてが私の手の内だ。行けない場所、聞けない会話は無い。
ただでさえ忙しく、疲れているエレオノーレをこれ以上煩わせたくない。
「今晩にも・・・」
言いかける私の言葉を、エレオノーレは「いや、少し様子を見よう。」と遮った。
「イメルダ妃殿下やマクシミリアン殿下の個人的な話で済むならともかく、主要な事案は間違いなく外交政策だろう?我々が秘密裡に動くより、帝国の政策の一環として処理することが必要だと思う。」
取り敢えず宰相閣下に相談しよう。それまでは下手に動くのは無しだ。
「いいね、魔導師団長殿。」
エレオノーレに念を押されて私が断れるはずも無い。
「仰せのままに。辺境伯閣下。」
まあいいか。長旅で疲れた彼女が休んだら少し抜け出せば。
貴族社会の一般的な論理で言えば、時に平民もなることが出来る魔導師団長の私より、辺境伯の方が地位が高い。爵位で呼びかければ彼女も、私が納得したと分かるだろう。
そう思っただけだったが、、、。
エレオノーレはハッと目を見開くと、一呼吸おいて申し訳なさそうに言った。
「悪いね、アル。私がやられ案件をさばききれなかったばっかりに、面倒に巻き込んで。」
しかも、やっと二人きりになったのに、偉そうにこんな話ばっかりして。
「いえ、そんな・・・」
「そう言えば、汚れた旅装のままだったな。髪も梳いてなくて、ああ、日焼けもしてるって母上に言われたんだった・・・こんな格好をアルにさらしてたのか・・・!」
私の答えを聞きもせず、急にあわあわと自分の身なりを確認しだしたエレオノーレは、真っ赤になったかと思うと両手で顔を覆ってしまった。
「?エレオノーレ?」
近寄ってその手をゆっくりどける。
そこには、いつのまにか愛しい奥さんの表情になったエレオノーレがいて。
「いつも、どんな格好でも、貴女は私の唯一人の愛しい人です。」
今夜は絶対にユランの連中になど時間を割かない。
私は深く決意してエレオノーレを抱きしめた。
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