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皇宮での邂逅

エピソードⅣ オリヴィエ兄さまは葛藤中Ⅸ

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階段を上がりきると、微かな声を耳が拾った。

「?」
思わず父を伺うと、うんうんと頷いている。
「君と先に話をして時間稼ぎしておいて良かった。エレオノーレが気が付く前に行っても、扉を開けてもらえないからね。」
これならすんなり話が出来そうだ。
喜んでるけど、大丈夫なのか?

廊下を進むにつれて、ほんの少しずつだがはっきりとしてくる声。
絶対叔父夫妻の部屋の方からだ。え、ちょっと待って。
僕の動揺に気づかず、さっさと扉に向かって拳を握る父。
「っ!」
ノックしようとする腕を、咄嗟に止める。
「?」
不思議そうに僕を見る父に、慌てて小声で囁いた。
「待って下さい。あれは、あの声は、お取込み中では・・・」
「お取込み中って言えばお取込み中かもしれないけど、あれは・・・ああ、そう来たか。」
僕の下世話な想像を、父は一笑に付した。
「違うよ。君はなじみが無いから知らないだろうけど、あれは女の声じゃなくて、赤ん坊の泣き声さ。」

知るかよ。そんなもん。




果たして。
ノックに答えて開いた扉の向こうでは、魔道具の灯りが煌々と照らす中、少し顔色の戻ったエレオノーレ様が、むずがる赤ん坊を叔父から受け取ろうとしているところだった。
「兄上。」
「そのままで。その子がアルフ待望の女の子かい?」
父が近づいていくのに付いていき、そのままエレオノーレ様の腕の中を覗き込む。

そこには。
鮮やかな紅髪の赤ん坊が目に一杯涙を溜めて泣いていた。
「え?」
初めて見る赤ん坊は確かに珍しいけれど。
これは!?
見たものが信じられなくてもう一度覗き込もうとすると。
「この子、多分お腹が空いてるな。ちょっと向こうで授乳してくるから、アルも来て。義兄上、少しお待ちいただけますか?」
授乳、、、。
僕がサッと顔を赤らめたのにも気づかず、エレオノーレ様は赤ん坊の顔を見つめながらそれだけ言うと、叔父とさっさと寝室へ消えてしまった。

「アルフはすぐ来るだろうから、ソファに座って待ってよう。」
父は驚きもせずどっかりとソファに身を沈めると、やっと一息入れられる、なんて言っている。
子持ち既婚者はこんなことでは驚かないだろうけど。僕は一人っ子だし、大人の仲間入りをしたばかりなんだ。
ちょっとムッとしながら、それでも大事なことを確認したくて、父の隣に腰を下ろした。

「叔父上が戻る前に聞きたいのですが。」
「うん?」
僕の緊張が伝わったのか、父が閉じていた目を片目だけ開けて視線を向けてくる。

「あの子の瞳、黄金でしたよね?」


そう。
建国の兄弟から引継ぐ黄金の瞳は、隔世でコンラート公爵家の男子にしか現れないはずだ。

父と叔父、同世代に複数現れることすら珍しいのに、女の子に顕現したなんて。

ところが。
「うん、そうなんだよ。私も聞いたときは驚いてさ。」
いま初めて見たけど、ほんとに黄金の瞳だったね。
とても驚いているとは思えない口調の父。え、何で?帝国千年の歴史で初めての事じゃないの?
口ごもる僕を見て。
「まあ、それも驚きだったんだけどさ。」
父はちらっと寝室の方を見てから、僕に向き直った。
「それだけならわざわざ話し合いをする程じゃない。実はあの子の持つ魔力の方が問題でね。どの程度のものなのか、今日は魔導師団長に確認に来たんだ。」
宰相の顔をして仰った。



「まさかこんなことがあるとは思わなかったんですが。あの子は、ディアナは、確かに私を継ぐ者です。」
叔父はすぐに一人で戻ってきた。ちらっと僕を見たけれど、そのまま無視して対面のソファに座り、父の問いにあっさりと答える。
「フィンと比べてどうなんだ?」
父が叔父の二番目の息子の名前を挙げると、即座に首を振った。
「あの子は能力の高い人間です。全くとは言わないが、まず問題は無いかと。」
「そうか。アルフが言うのなら間違いはないか。とすると、あの子の対処だが・・・こう言っては何だが、子供のうちだけでも、もしあの子がお前のようにエレオノーレに依存するなら、彼女にとってかなりきついと思う。どうなんだ?」
「そこはなんとも・・・あと一年もすれば、どちらに似たか分かってくると思いますが。」

父と叔父の会話がおかしい。
人間ですってなんだ?それじゃあの赤ん坊は人間じゃないみたいじゃないか。
それに、、、さっきは上手いこと誤魔化されてしまったが。叔父はやっぱりエレオノーレ様に依存してるのか?
僕の声なき問いは誰の耳にも届かず、二人の会話は続いていく。

「お前に限りなく似た場合、繋ぎとめるカギは家族ではなく、『最愛の者』なのか?」
「・・・」

あれ、会話が途切れた。
答えを返さなかった叔父を見ると、彼は暫く沈黙したのち。
「多分・・・いえ。きっとそうなります。」
重い溜め息とともに答えた。

なんだ、この会話。重いうえ、僕には全く理解が及ばない。
珍しい瞳も見せて貰ったし、久しぶりの実家の自室に引き取ろうかな。
ぼんやりと考えていると。


「そうなると、滅多な男とは娶わせられないな。」
フム、と頷きながら、父が呟いた。そしてちら、と僕を見やる。

え、ここ?ここで僕なのか?
僕はたじろいだ。

イヤな予感がする。
今すぐこの部屋から逃げ出したい。
「あ、ええと、僕はもう部屋に・・・」
腰を浮かせると、父に肩を押さえられて。


「なあ、アルフ。そうなるとやはりある程度のレベルの婚約者候補が要るだろう。取り敢えず私からは自慢の息子を推薦するよ。」
良い笑顔の父が言った瞬間。

叔父が、初めて自分から、僕の視線を捉えにきた。

ああ、父の言っていた叔父の気にせざる得ない状況って、こういう事だったのか。
僕の溜め息も重くなりますよ、叔父上、、、。
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