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皇宮での邂逅

殿下は虚空に向かって話し掛けた

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「これは殿下。失礼を致しました。」
「殿下!ご機嫌宜しゅう」
何故か顔が赤いジキスムントと、俯いていた顔をさっと上げ、俺を認めた途端美しくカーテシーをした令嬢。
ふーん、、、。
リューネブルク侯のマティルデ嬢か。なる程、従兄妹なら、ジキスムントこいつと親しくても不思議ではないが、、、どんな関係か試してみるか。
二人が顔を上げると同時に、マティルデ嬢に向かい腰をかがめ、ことさら優しく微笑んで見せた。
「マティルデ嬢、今日も私の茶会に愛らしい姿を見せて下さり有難う。ご挨拶しても?」

「光栄ですわ・・・」
マティルデ嬢は頬を染めながら右手を差し出して来た。その手をやさしく取り、手袋越しにそっと口づけする。
そのまま笑みを深めて上目遣いにマティルデ嬢を覗き込むと、、、彼女は真っ赤になってしまった。
でも、これは、俺への好意というより、照れてるんだよな。
その証拠に、俺にとられた手を僅かに引いてるし、目が泳いでる。

もうちょっと押してみるか。
「おや、どうしたの?マティルデ嬢?顔が赤いけれど?」
手を返して、心配そうに首を傾げてみると。
「いえ、その、」
動揺したマティルデ嬢はチラッとジキスムントを見た。

うん、彼女のターゲットは俺じゃないね。
目の付け所が良いじゃないか。そのままジキスムントこいつを捕まえてくれよ?
予期せぬ味方を得た思いで、俺は微笑ましく彼女を見つめた。

そうこうするうちに、やっとジキスムントもマティルデ嬢の様子に気づいたらしい。といってもこいつの場合、令嬢の僅かな視線の動きは分かってないだろう。
「本当だ、ティア、真っ赤だぞ。今日は日差しが強いから熱が身体に籠もったのかもしれない。テラスに入ったらどうだ?」
こっちの顔色は普通に戻ってるな。
心配そうではあるが、、、何という見当違い。
マティルデ嬢、強敵になりそうだが、頑張ってくれよ。少しばかりだが、援護するから。
俺はジキスムントに声を掛けた。

「それなら、君がマティルデ嬢をエスコートしてあげたら?滅多にこういう場に来ないんだから、こんな時こそ紳士として学んできた振る舞いを実践する時じゃないか?」
マティルデ嬢も、幼馴染の彼が付いていれば安心だろう?
こくこく頷くマティルデ嬢。今度はチラッと俺を見てきた。意図を察したらしい。
眼差しに感謝を感じる。

うんうん、君とは話が通じそうだね。
俺は思わず会心の笑みを浮かべた。

一方のジキスムントは、「承知しました。」と請け負ってから、そうだな、ディアナ嬢も慣れない帝都の集まりで体調を悪くするかもしれないから、その時は俺がきちんと、、、などとつぶやいている。

ん?
お前、今、ディアナ嬢って言ったな?
こいつも気付いてたのか?あの侍従見習いがディアナ嬢だと?
いやいや、こいつに限ってそれは無い。無いが、要注意発言だ。
後でまとめて確認の時間を取らねば。

俺はジキスムントにサッと近寄ると、帰る前に必ず俺の部屋に寄ってくれ、と耳打ちした。少し目を見開いて、それからしっかりとした顔で頷くジキスムント。
よし、これでマティルデ嬢には軽く恩を売ったし、ジキスムントと話す算段もついた。もう行っていいぞ。
こいつらが声の届かないところまで離れたら、今度は俺の勝負の時間だからな。
頷くと、二人は挨拶をして踵をかえす。

高まる緊張を抑えるため、俺は殊更優しく二人を見送った。


「さてと。」
呟くと、さり気なく辺りを見回す。
ちょっと離れたところで俺の様子を伺っている奴らもいるけど、今はまだ周りに誰もいない、、、居て欲しい彼等は見えないからな。

俺はサッと振り返った。
「どう思う?」
隠しきれない緊張のにじむ声に、だが、マルティンはにこやかに返して来た。

「おそらくはこの辺りに。人もおりませんし、試してみる価値はあるかと。」

よし、、、やるか。
グズグスして、ジキスムントについていかれても困るしな。
俺は大きく深呼吸すると、虚空に向かって呼びかけた。

「魔導師団長、ここに、いるのでは無いか?」
声は低く抑えた。だが、テーブルの周りに居れば充分聞こえるはずだ。

「いるのなら、話がしたい。そんなに時間は取らせないから。」

辛い。いるのか居ないのか分からない存在に呼びかけるのは、思った以上に恥ずかしさを感じる。頑張れ、俺!

「せめて、いるかどうかだけでも教えてくれ。いつまでも虚空に話しかけるのは、俺の立場ではまずいんだ・・・いるのなら、このテーブルの周りだけ、風を起こしてくれ。十数えても何もなければ、いないものとしてあきらめる。」
あまり長引くと人目を引いて不審がられるから、思い切って時間を決める。

一、二、、、ゆっくり数え始めた。

五、六、、、。
どうしても緊張を抑えきれず、声が少し震えてしまう。
やっぱり居ないのか?妄想や勘違いに過ぎないのか?
失望と羞恥に、声の震えが止まらない。
七、、、
次はどこを探す?
八、、、
いっそ大声で怒鳴るか?
九、、、
いや、きっとここに来てないんだ。
、、、
神様!
十。

その瞬間。
フワッとやさしい風が吹き、テーブルクロスの裾が揺れて。
「っ」」
俺は、思わず息をのんだ。

茫然として、マルティンの方を振り返る。
老執事は微かに口元に笑みを浮かべ、ありがとうございます、アルフレート坊ちゃま、とつぶやいた。

「あ、ありがとう。魔導師団長。」
いまだに信じられないけど、つっかえながら先ずはお礼を言う。
でも、いつまでも腑抜けては居られない。すぐに表情を取り繕うと、次に進むべく声を上げた。

「ここでは話しにくい。人目を避けるため、一旦中に入ってから奥の噴水のある庭に行くので、そこで話したい。」
これで、魔導師団長とは話せる。
俺は一瞬迷ったが言葉を続けた。
「もし連れがいるなら、、、それが俺の知る侍従見習いなら、、、図々しいお願いだが謝罪もしたいので、一緒に来てくれると嬉しい。」
話し終えると、後ろも振りむかず、テラスに向かって歩き出した。
変に待って、あそこで姿を現さずに話し掛けられても、困るのは俺だからな。
マルティンも意図を汲んだんだろう。影のようについて来た。

さあ、あとは噴水の庭に、どの姿で何人居るかだな。
でも、応えてくれて、嬉しかった。
これで機会が得られた。第一関門突破だ。

必ず、必ず挽回してみせる。

俺は来る時とは一転、言葉を交わさず会釈のみを客人達を交わしながら、足早にテラスへと向かった。
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