皇統を繋ぐ者 ~ 手白香皇女伝~

波月玲音

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思惑

金村の思惑Ⅴ

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金村は手白香の手をひしと握り締めながら、尚も言葉を紡ぐ。
「手白香様の欲の無いご希望に、益々思慕の念が募ります。他の皇女様ではこうは参りません。貴女様のような御方こそ、貴き地位に要らせられるべきなのです。古の大后息長帯比売命おきながたらしひめのみこと(神功皇后)も、お子の成人まで、大王の地位を兼ねたと伝わっております。何もご心配あそばさず、このまま私の下にいらして下さい。」
部屋も采女も衣も飾りも、必要なものは皆私が用意してありますので、疾く、御移りを。
言いながら手白香を立ち上がらせようとする。
その手が肩に触れて、やっと手白香は驚きから覚めた。
「なりませぬ。その手をお放しなさい。」
低い声で命じると、金村の手がビクッと止まる。その隙に、手を振り払い、円座わろうだから、じりじりと後じさった。
そのまま金村を睨み据える。
「今の話、ヲホドは兎も角、大和の豪族や倭国に対しても手酷い裏切りとは思いませぬか?到底上手く行くとは思えません。誰を引き込んでの策謀か敢えて問いませんが、結局は金村、お前の野望の為に国を混乱に巻き込むのですよ。よくよく思い直して……」
「考えております。幾晩も、幾年も。考え、悩み、逡巡し……決意したのです。一朝一夕の思い付きでは無いと思召し下さい。」
「それでも……」
「もう、後戻りはできませぬ。手白香様も、あのような遊び人の遠国の男など疾く忘れて、より貴女様を輝かせることの出来る私をお選びください。」
「遊び人?」
緊迫した状況なのに、引っかかる言葉につい耳が反応する。
金村は一瞬しまったと言う顔をしたが、すぐに何食わぬ顔に戻った。
「何のことでしょう?それより、手白香様の為に用意した部屋に移りましょう。」
「私は参りません。殯宮に戻ります。誰か!皇女が帰るのだ、扉を開けよ!」
後じさりながら大声を上げたが、金村は驚きもしなかった。一歩、にじり寄る。
「呼んでも、誰も来ません。私の部屋の周りは、毛野に命じて杖刀人で囲んでいます。どんなに腕の立つ者でも、この囲みは越えられませんよ。」
「……殯宮に毛野をよこした時から、話し合うつもりは無かったと言う事ですね。」
「そういう事です。私にとっても賭けでした。流石に先の大王の殯宮に武力で押し入ることは出来ませんから。依頼に応じて下さったら勝ち、断られたら負け、と。」
いらして下さったのですから、放しません。
金村は淡々と告げるが、その瞳の奇妙な熱っぽさは益々増してゆく。
「さあ、もう逃げ場も無くなりましたよ。」
後じさり続けた手白香の背が壁に当たったのを見て、金村がうっそりと笑った時。
「こちらに皇女様がお見えでは?今すぐお目通りを!」
「まさか無理やりお連れ申してはいないだろうな!」
入口の扉の方から、山門と磐井の声が聞こえてきた。
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