30 / 33
思惑
金村の思惑Ⅴ
しおりを挟む
金村は手白香の手をひしと握り締めながら、尚も言葉を紡ぐ。
「手白香様の欲の無いご希望に、益々思慕の念が募ります。他の皇女様ではこうは参りません。貴女様のような御方こそ、貴き地位に要らせられるべきなのです。古の大后息長帯比売命(神功皇后)も、お子の成人まで、大王の地位を兼ねたと伝わっております。何もご心配あそばさず、このまま私の下にいらして下さい。」
部屋も采女も衣も飾りも、必要なものは皆私が用意してありますので、疾く、御移りを。
言いながら手白香を立ち上がらせようとする。
その手が肩に触れて、やっと手白香は驚きから覚めた。
「なりませぬ。その手をお放しなさい。」
低い声で命じると、金村の手がビクッと止まる。その隙に、手を振り払い、円座から、じりじりと後じさった。
そのまま金村を睨み据える。
「今の話、ヲホドは兎も角、大和の豪族や倭国に対しても手酷い裏切りとは思いませぬか?到底上手く行くとは思えません。誰を引き込んでの策謀か敢えて問いませんが、結局は金村、お前の野望の為に国を混乱に巻き込むのですよ。よくよく思い直して……」
「考えております。幾晩も、幾年も。考え、悩み、逡巡し……決意したのです。一朝一夕の思い付きでは無いと思召し下さい。」
「それでも……」
「もう、後戻りはできませぬ。手白香様も、あのような遊び人の遠国の男など疾く忘れて、より貴女様を輝かせることの出来る私をお選びください。」
「遊び人?」
緊迫した状況なのに、引っかかる言葉につい耳が反応する。
金村は一瞬しまったと言う顔をしたが、すぐに何食わぬ顔に戻った。
「何のことでしょう?それより、手白香様の為に用意した部屋に移りましょう。」
「私は参りません。殯宮に戻ります。誰か!皇女が帰るのだ、扉を開けよ!」
後じさりながら大声を上げたが、金村は驚きもしなかった。一歩、にじり寄る。
「呼んでも、誰も来ません。私の部屋の周りは、毛野に命じて杖刀人で囲んでいます。どんなに腕の立つ者でも、この囲みは越えられませんよ。」
「……殯宮に毛野をよこした時から、話し合うつもりは無かったと言う事ですね。」
「そういう事です。私にとっても賭けでした。流石に先の大王の殯宮に武力で押し入ることは出来ませんから。依頼に応じて下さったら勝ち、断られたら負け、と。」
いらして下さったのですから、放しません。
金村は淡々と告げるが、その瞳の奇妙な熱っぽさは益々増してゆく。
「さあ、もう逃げ場も無くなりましたよ。」
後じさり続けた手白香の背が壁に当たったのを見て、金村がうっそりと笑った時。
「こちらに皇女様がお見えでは?今すぐお目通りを!」
「まさか無理やりお連れ申してはいないだろうな!」
入口の扉の方から、山門と磐井の声が聞こえてきた。
「手白香様の欲の無いご希望に、益々思慕の念が募ります。他の皇女様ではこうは参りません。貴女様のような御方こそ、貴き地位に要らせられるべきなのです。古の大后息長帯比売命(神功皇后)も、お子の成人まで、大王の地位を兼ねたと伝わっております。何もご心配あそばさず、このまま私の下にいらして下さい。」
部屋も采女も衣も飾りも、必要なものは皆私が用意してありますので、疾く、御移りを。
言いながら手白香を立ち上がらせようとする。
その手が肩に触れて、やっと手白香は驚きから覚めた。
「なりませぬ。その手をお放しなさい。」
低い声で命じると、金村の手がビクッと止まる。その隙に、手を振り払い、円座から、じりじりと後じさった。
そのまま金村を睨み据える。
「今の話、ヲホドは兎も角、大和の豪族や倭国に対しても手酷い裏切りとは思いませぬか?到底上手く行くとは思えません。誰を引き込んでの策謀か敢えて問いませんが、結局は金村、お前の野望の為に国を混乱に巻き込むのですよ。よくよく思い直して……」
「考えております。幾晩も、幾年も。考え、悩み、逡巡し……決意したのです。一朝一夕の思い付きでは無いと思召し下さい。」
「それでも……」
「もう、後戻りはできませぬ。手白香様も、あのような遊び人の遠国の男など疾く忘れて、より貴女様を輝かせることの出来る私をお選びください。」
「遊び人?」
緊迫した状況なのに、引っかかる言葉につい耳が反応する。
金村は一瞬しまったと言う顔をしたが、すぐに何食わぬ顔に戻った。
「何のことでしょう?それより、手白香様の為に用意した部屋に移りましょう。」
「私は参りません。殯宮に戻ります。誰か!皇女が帰るのだ、扉を開けよ!」
後じさりながら大声を上げたが、金村は驚きもしなかった。一歩、にじり寄る。
「呼んでも、誰も来ません。私の部屋の周りは、毛野に命じて杖刀人で囲んでいます。どんなに腕の立つ者でも、この囲みは越えられませんよ。」
「……殯宮に毛野をよこした時から、話し合うつもりは無かったと言う事ですね。」
「そういう事です。私にとっても賭けでした。流石に先の大王の殯宮に武力で押し入ることは出来ませんから。依頼に応じて下さったら勝ち、断られたら負け、と。」
いらして下さったのですから、放しません。
金村は淡々と告げるが、その瞳の奇妙な熱っぽさは益々増してゆく。
「さあ、もう逃げ場も無くなりましたよ。」
後じさり続けた手白香の背が壁に当たったのを見て、金村がうっそりと笑った時。
「こちらに皇女様がお見えでは?今すぐお目通りを!」
「まさか無理やりお連れ申してはいないだろうな!」
入口の扉の方から、山門と磐井の声が聞こえてきた。
0
お気に入りに追加
17
あなたにおすすめの小説
梅すだれ
木花薫
歴史・時代
江戸時代の女の子、お千代の一生の物語。恋に仕事に頑張るお千代は悲しいことも多いけど充実した女の人生を生き抜きます。が、現在お千代の物語から逸れて、九州の隠れキリシタンの話になっています。島原の乱の前後、農民たちがどのように生きていたのか、仏教やキリスト教の世界観も組み込んで書いています。
登場人物の繋がりで主人公がバトンタッチして物語が次々と移っていきます隠れキリシタンの次は戦国時代の姉妹のストーリーとなっていきます。
時代背景は戦国時代から江戸時代初期の歴史とリンクさせてあります。長編時代小説。長々と続きます。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。



余り侍~喧嘩仲裁稼業~
たい陸
歴史・時代
伊予国の山間にある小津藩は、六万国と小国であった。そこに一人の若い侍が長屋暮らしをしていた。彼の名は伊賀崎余一郎光泰。誰も知らないが、世が世なら、一国一城の主となっていた男だった。酒好き、女好きで働く事は大嫌い。三度の飯より、喧嘩が好きで、好きが高じて、喧嘩仲裁稼業なる片手業で、辛うじて生きている。そんな彼を世の人は、その名前に引っかけて、こう呼んだ。余侍(よざむらい)様と。
第七回歴史・時代小説大賞奨励賞作品

華麗なるブルゴーニュ家とハプスブルグ家の歴史絵巻~ 「我らが姫君」マリー姫と「中世最後の騎士」マクシミリアン1世のかくも美しい愛の物語
伽羅かおる
歴史・時代
15世紀欧州随一の富を誇ったブルゴーニュ家の「我らが美しき姫君 マリー・ド・ブルゴーニュ」とハプスブルグ家「中世最後の騎士 マクシミリアン1世」の悲しくも美しい愛の物語を、そしてその2人の側にいた2人の姫アリシアとセシリアの視点から、史実に基づき描いていく歴史小説です。
もともとマリーとマクシミリアンの曽祖父はポルトガルのジョアン1世で、この2人も再従兄弟(はとこ)同士、マリーの父方のお祖母様と、マクシミリアンの母方のお祖父様は兄と妹という関係だったのです。当時のヨーロッパではカトリック同士でしか婚姻を結べないのはもちろんのこと、貴族や王家の結婚は親同士が決める政略結婚ですから、親戚筋同士の結婚になることが多いのです。
そしてこの物語のもう一つの話になる主人公の2人の姫もやはり、アリシアはイングランド王ヨーク家の親族であり、またセシリアの方はマリーとマクシミリアンの曽祖父に当たるジョアン1世の妻であるイングランド王室ランカスター家出身のフィリパ(マリーの父方のお祖母様と、マクシミリアンの母方のお祖父様の母にあたる人)の父であるジョン・オブ・ゴーントの血を引いています。
またヨーク家とランカスター家とはかの有名な《薔薇戦争》の両家になります。
少し複雑なので、この話はおいおい本編において、詳しく説明させていただきますが、この4人はどこかしらで親戚筋に当たる関係だったのです。そしてマリーやマクシミリアンにとって大切な役割を果たしていたマリーの義母マーガレット・オブ・ヨークも決して忘れてはいけない存在です。
ブルゴーニュ家とハプスブルグ家というヨーロッパでも超名門王家の複雑な血筋が絡み合う、華麗なる中世のヨーロッパの姫物語の世界を覗いてみたい方必見です!
読者の皆さんにとって、中世の西洋史を深く知る助けのひとつになることを祈ります!
そしてこの時代のヨーロッパの歴史の面白さをお伝えできればこれほど嬉しいことはありません!
こちらがこの小説の主な参考文献になります。
「Maria von Burgund」 Carl Vossen 著
「Marie de Bourgogne」 Georges-Henri Dumonto著
独語と仏語の文献を駆使して、今までにないマリーとマクシミリアンの世界をお届け致します!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる