皇統を繋ぐ者 ~ 手白香皇女伝~

波月玲音

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思惑

金村の思惑

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磐井が山門郎女に引き摺られて出て行った。
手白香は一人部屋に取り残されて、やや茫然とした。
「あの二人は、あんなに仲が良かったかしら……」
同じ筑紫の一族の出だと言う事は知っている。一度山門に聞いたことがあったから。その時彼女は何と答えたか。
「そうそう、磐井は主筋だって言ってたはず……?」
主筋にあんな態度をとるものか?もしや、自分の最も信頼する二人には、自分の知らない秘め事があるのではないか?
「いやね、子供でもないのに邪な疑いをかけるなんて。」
反省しつつ、早く戻って欲しいと思ってしまう。自分から出て行ってなどと叫んだのに。
だからだろうか。
静かな足音が近付いて、落ち着いた叩扉の音が聞こえた時、つい自分で扉に近付いてしまったのだ。
「殯宮から使いが戻りました。皇女様にと荷を預かっています。」
その内容が山門から聞いていたものであり、その声が女性のものだったから、つい油断してしまったのだ。
よく聞いていれば、その声は微かに震えていたと言うのに。
「そう、ありがとう。」
殯宮は人が少なく、手白香は一人で動くことに慣れてきていた。
二人が来る前にさっさと着替えてしまおう。そう思って、つい扉を開けてしまう。
「皇女様。荷をお渡しに参りました。こちらは采女の手が足りておりませんようで、先ほど、杖刀人磐井が朝餉の用意をしているのを見かけました。どうぞ大伴大連様のところへご足労賜りたく。こちらよりはお付けできる采女の数も多うございます。」
そこには。
荷を持って蒼ざめた顔をした見知らぬ采女と、その采女の肩をつかんでいる、、、毛野が居た。


「これは皇女様……と毛野。お早いお越しですね。采女より、まだお休みだと伺っておりましたのに。」
大王が居なくとも、新しい大王と新しい宮が出来るまでは、ここが倭国の政の中心だ。宮の警備と大和の治安を一手に担う金村は、宮の表御殿の一角に部屋を持っていた。
扉が開いて中に入ると、意外にも質素な佇まいに驚く。奥から出てきた金村は、手白香を見ると少し目を見開いてから、丁寧に頭を下げた。
「どこぞの杖刀人に、無理やりね。」
手白香は冷たく返した。
身体に触れはしなかったものの、肩をつかまれ震える采女に訴える様に見つめられては同行せざるを得ない。
扉を閉めて立て籠もろうにも、毛野は中からの攻撃を一切警戒せず、人目も気にせず扉をぐいっと開け放った。それで手白香にも分かったのだ。部屋は見張られていたと。毛野は磐井や山門味方が居なくなった隙を狙ったのだ。
「殯宮から取り寄せた忌み籠りの衣に着替えたかったけれど、それも許されませんでした。大連は杖刀人に一体どんな躾をしているのですか?」
そう、重ねて冷たく言えば、金村は謝罪の言葉と共に、すぐに采女と部屋を用意した。この男は、まじめに政を行うため現在手白香の味方では無いが、元来は大王家に忠実な男なのだ。
だからこそ、敵にせずに何とかしたいのだけれど。

「湯を使われますか?」
見知らぬ采女に慇懃に問いかけられたが、自分の宮以外で肌を見せるつもりはない。
「要らぬ。衣のみ替える故、其方らも下がりおれ。誰も入れるでないぞ。」
素っ気なく言えば、どんな指示を受けているのか、采女たちはさっと下がった。一人、扉のうちに残し、残りは部屋を出る。
手白香はこの後の金村のとの話し合いを考えながら手早く衣を替えた。
忌み籠りの衣は装飾の類が一切ない。死者を悼む心を表す衣に華美は必要ないからだ。
染めの無い上衣に裳(長いスカート)、倭文布しづりの帯も色糸を使わず、領巾も纏わない。代わりに肩から細布をかければ、殯宮にいる時と同じ、厳粛な気分になる。
そうだ、どんな話が来ても、若雀命先の大王の喪が明けるまでは受けられない、と断ろう。
金村は、先の大王の忠実な部下であった。手白香と先の大王が仲睦まじい姉弟だったのも知っているのだから、その喪に服すと言う手白香に無理は言うまい。
いや、言わせない。独りでも、いや、独りだからこそ、金村の思惑を変えて見せる。
手白香は自らの心を奮い立たせると、「行く。案内を」と短く行って着替えの部屋を出た。
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