皇統を繋ぐ者 ~ 手白香皇女伝~

波月玲音

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思惑

磐井の思惑

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何故だろう?磐井は今、蔵の一角に連れ込まれ、山門の前に座らされている。
目の前には腰に手を当て踏ん張って立つ山門。
彼女は表向きは手白香の采女だが、実際は磐井の手の者、もっと言えば一族の娘で乳姉妹だ。大和には磐井のお目付け兼世話役兼実家や部下との連絡役として来ている。
幼い頃を知られている山門郎女は、磐井に取って、手白香以外に唯一良いようにあしらえない女性であった。
「私、いつも申し上げておりましたよ!?女性といい加減な付き合い方ばかりしていると、本当に心を寄せる方にきちんと思いを伝えられません、と。御覧なさい、あっさり振られておしまいになったではありませんか!いい年して、情けない。原因が分かりますか?磐井様!」
「いや……あー、しかし山門、「うだうだ言い訳しない!」」
磐井は取り敢えず、済まない、と頭を下げた。

「しかし、お前はそういうがな、俺は、『妻問いしたら受けて頼ってもらえるか?』と、きちんと聞いたぞ?」
一しきり山門の小言を聞き流し、落ち着いた頃を見計らって、磐井は漸く口を挟んだ。
「それまでに、色々な条件を質問して考えて頂き、どれも嫌だと言うお心を自覚して頂いた上で、俺との条件を考えて頂いたのだ。なぜ、断る、と言う考えが出るのか、俺には分からぬ。」
そう言うと、山門郎女はふーっとわざとらしく溜め息を吐いた。
「本気で仰ってますか?磐井様。」
「時間も無いのになぜ嘘を言わねばならぬ。本当に分からぬから聞いている。」
流石に磐井がいらだたしげに言うと。
「では、良く聞いてくださいましね。磐井様。」
山門郎女は磐井の前にきちんと座り、目を合わせて話し始めた。
「確かに磐井様の出された他のどの条件より、磐井様の下へ行かれるのが一番良いと、山門も思います。」
「そうだろう?」
「ですが、仰りようが不味過ぎます。」
「何だと?」
「いいですか?貴方様は、手白香様に他に逃げ道がない事を思い知らせたうえで、自分を頼っても良いと伝えたに過ぎません。手白香様は思ったでしょう。主の身で、仕えていた者に憐れまれてしまったと。若しくは忠義ゆえに申し出たと。貴方様の言葉を受け入れるという事は、手白香様に矜持を捨て去れと、下の者に縋れという事なのですよ。どうしてあの誇り高い方が受け入れるでしょうか?あのお方は、この国で最も貴い未通女おとめなのですよ。」
「憐れみ?忠義?そんな、そんな訳ないだろう!?俺がどれだけ長い間あの方を想っていたか……」
「それを、一度でもお伝えしたことが有りましたか?例え戯れ事に見せかけてでも、お伝えしたことが有りましたか?」
「お前は知っていてそういう事を……!そんな事が出来る訳ないだろう!俺は所詮大王の狗で、あの方を主と呼ぶ護衛に過ぎなかったのだから!」
「では、手白香様は磐井様のご好意を全く御存じないのでしょう?側仕えしていた采女として申し上げれば、手白香様は、貴方様の事を、妻どころか特定の女も作らない遊び人だと思っていらっしゃいます。そんな男の、好意の無い突然の妻問い。あのお方の境遇への憐れみや忠義と考える以外ありますまい。」
「……」
「なぜ、想いを寄せていると仰らなかったのです。ずっと愛しく思っていたので、どうか妃になって欲しいと。」
「……」
「怖かったのでしょう?」
「そんな訳……」
「自分の心からの想いを言葉にするのは恐ろしい事です。思いのたけを伝えれば伝えるほど、拒まれた時は剣に抉られるような思いをすることになる。磐井様、逃げましたね?」
「「山門!」
「そのような情けないお顔で叱責されても、何も怖いことはありません。」
呆れたように話していた山門郎女は、ここで表情を和らげた。
「磐井様、貴方様はお小さい頃から人に好かれる方でした。何もせずとも、男であれ、女であれ、貴方の周りには人が集まる。山門にとっても、筑紫の一族にとっても、貴方様は誇らしい方です。でも、そのせいで貴方様は他人に乞い願う事を知らずに来てしまった。本当に望むのであれば心を伝えて願わなければ。」
「……」
「暫しお考え遊ばせ。でも、あまり時間は有りませんよ。昼餉の前にはお戻りくださいませ。」
山門の言葉は胸を突く。だが、すぐには頭が回らなかった。
「……分かった。少しだけ時間をくれ。その間あの方を……主を頼む。」
まだ、名前では呼べないあの方を主と呼べば、山門はにこりと微笑んだ。
「もちろんで御座います。お待ちしておりますよ、磐井殿。」
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