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思惑
朝餉の後
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簡単な朝餉の後、早速磐井の話を聞く場を設けた。
「手が回らず大したものがご用意できず申し訳ありませんでした。」
「手早く済ませられれば何でもいいのよ。」
磐井も采女の山門も頭を下げるけど、主が居ない宮が寂れて物が滞るのは当たり前の事。
大王とその家人が居ない今、僅かな煮炊き以外しなくなっているのだから。
「せめて温かいものを飲んで温まり下さい。」
食後に山門が置いた白湯は、ほんのり甘かった。
「あら、懐かしい。これ、蜜入りね。」
大和では甘味は甘葛で取る。昔を思い出し、思わず磐井に向かって微笑むと、律儀に下座に控えた彼は珍しく少し笑みを返してきた。が、すぐに真顔に戻る。
「ことは急を要します。話を始めてよろしいか?主。」
「・・・もちろん。始めて下さい。」
一晩のうちに磐井が集めてきた情報は多岐にわたった。
「山背の国境へ送った者が帰って参りました。ヲホドなるもの、出自は近江、これは間違いないようです。今回引きつれた百余の兵も、近江の訛りだと申しておりました。ただ、その者、赤子の頃に父が亡くなり、以降、母方の一族が済む越に住まうとか。勢力範囲ですが・・・倭国では父方の近江・母方の越の他、妃の実家のある尾張。外国では母親の縁のある伽耶や、どうやら百済とも貿易を通して付き合いがありそうです。兵の持つ鉄器の充実から行って、吉備か出雲との取引も・・・」
「待って、磐井。情報が多すぎる。」
手白香は慌てて口を挟んだ。
「出身は分かりました。近江なら、大和にもそこそこ近く、隠された大王の血脈があってもおかしくはありません。」
近江は北や東へ行く時に必ず通る道があると聞いたことがある。大きな湖があり、かつて西に東にと大王の命のまま征討を繰り返した皇子も、その道を幾度も通ったとか。時に、旅の徒然に、草生す宿で血を分けることがあってもおかしくは無い。
しかし。
「妃、と言いましたか?」
婚姻の話が出ているのだ。その者がどのような縁を結んでいるのかは、手白香にとって最も重要な情報であった。
ましてや、妃と言う言葉が磐井から出るならば。
「・・・はい。ヲホドなる者は近江・越の豪族の娘を何人か夫人に持ち、尾張の豪族尾張連草の娘、目子媛を妃としているとか。そして・・・」
礼儀正しく下座で伏し目がちに報告をしていた磐井が、一瞬言葉を留め、チラリと手白香の顔を伺った。嫌な予感が胸をかすめ、、、それは直ぐに当たる。
「・・・妃との間には、既に成人した男子が二名おります。」
「成人した、男子?二名も?」
驚きのあまり、聞いた言葉を繰り返してしまう。
「はい。今回の陣にも二人とも一軍の将、とまではいきませんが、それなりの役で参加しているとか。」
「そんな・・・それでは、そんな息子が二人もいるヲホドなる男は、一体・・・」
手白香は聞きにくいことを敢えて知るため、目に力を込めて磐井を見つめる。
「一体、幾つなの?」
磐井はスッと目を逸らした。言いにくいのか、逡巡している。
「磐井、知っているのでしょう。答えなさい。」
手白香とて、知りたい訳では無いが、知らなくてはならない情報だ。
そのまま少し待つと。
磐井は観念したように口を開いた。
「今年五十八にお成りとか。」
「・・・ごじゅうはち?」
手白香は茫然と繰り返した。
「手が回らず大したものがご用意できず申し訳ありませんでした。」
「手早く済ませられれば何でもいいのよ。」
磐井も采女の山門も頭を下げるけど、主が居ない宮が寂れて物が滞るのは当たり前の事。
大王とその家人が居ない今、僅かな煮炊き以外しなくなっているのだから。
「せめて温かいものを飲んで温まり下さい。」
食後に山門が置いた白湯は、ほんのり甘かった。
「あら、懐かしい。これ、蜜入りね。」
大和では甘味は甘葛で取る。昔を思い出し、思わず磐井に向かって微笑むと、律儀に下座に控えた彼は珍しく少し笑みを返してきた。が、すぐに真顔に戻る。
「ことは急を要します。話を始めてよろしいか?主。」
「・・・もちろん。始めて下さい。」
一晩のうちに磐井が集めてきた情報は多岐にわたった。
「山背の国境へ送った者が帰って参りました。ヲホドなるもの、出自は近江、これは間違いないようです。今回引きつれた百余の兵も、近江の訛りだと申しておりました。ただ、その者、赤子の頃に父が亡くなり、以降、母方の一族が済む越に住まうとか。勢力範囲ですが・・・倭国では父方の近江・母方の越の他、妃の実家のある尾張。外国では母親の縁のある伽耶や、どうやら百済とも貿易を通して付き合いがありそうです。兵の持つ鉄器の充実から行って、吉備か出雲との取引も・・・」
「待って、磐井。情報が多すぎる。」
手白香は慌てて口を挟んだ。
「出身は分かりました。近江なら、大和にもそこそこ近く、隠された大王の血脈があってもおかしくはありません。」
近江は北や東へ行く時に必ず通る道があると聞いたことがある。大きな湖があり、かつて西に東にと大王の命のまま征討を繰り返した皇子も、その道を幾度も通ったとか。時に、旅の徒然に、草生す宿で血を分けることがあってもおかしくは無い。
しかし。
「妃、と言いましたか?」
婚姻の話が出ているのだ。その者がどのような縁を結んでいるのかは、手白香にとって最も重要な情報であった。
ましてや、妃と言う言葉が磐井から出るならば。
「・・・はい。ヲホドなる者は近江・越の豪族の娘を何人か夫人に持ち、尾張の豪族尾張連草の娘、目子媛を妃としているとか。そして・・・」
礼儀正しく下座で伏し目がちに報告をしていた磐井が、一瞬言葉を留め、チラリと手白香の顔を伺った。嫌な予感が胸をかすめ、、、それは直ぐに当たる。
「・・・妃との間には、既に成人した男子が二名おります。」
「成人した、男子?二名も?」
驚きのあまり、聞いた言葉を繰り返してしまう。
「はい。今回の陣にも二人とも一軍の将、とまではいきませんが、それなりの役で参加しているとか。」
「そんな・・・それでは、そんな息子が二人もいるヲホドなる男は、一体・・・」
手白香は聞きにくいことを敢えて知るため、目に力を込めて磐井を見つめる。
「一体、幾つなの?」
磐井はスッと目を逸らした。言いにくいのか、逡巡している。
「磐井、知っているのでしょう。答えなさい。」
手白香とて、知りたい訳では無いが、知らなくてはならない情報だ。
そのまま少し待つと。
磐井は観念したように口を開いた。
「今年五十八にお成りとか。」
「・・・ごじゅうはち?」
手白香は茫然と繰り返した。
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