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ヲホド王来襲
回顧Ⅱ出逢い(杖刀人磐井)
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磐井が杖刀人としての訓練を終え、初めて配属されたのは、つい二月前に若干十八歳で崩御された若雀命の護衛であった。
今から十年ほど前、当時はまだ若雀命や手白香の父である億計王が大王だった頃の事である。
十五歳と成人を迎えたばかりで意気軒高だった磐井は、七~八歳の童のお守りなど嫌だと、当時は杖刀人首※であった大伴金村に文句を言ったものだ。
余り年の変わらない上役に対する遠慮の無さもある。
親の代から大和で力をつけ始めた新興豪族の大伴一族より、自分の方が上という意識もあった。
何代か前に大和に屈したものの、大和より早く外国の文化が入り、華やかで豊かな筑紫。
磐井の一族は、その筑紫屈指の豪族であった上、彼は跡取りだ。国へ帰れば、それこそ伽耶や新羅の姫との縁談もある。
自らを省みても、剣の腕は杖刀人随一と言われていた上、背高く男らしい風貌の磐井は歌垣でもよく女に声を掛けられた。
生意気だったのも仕方ないと過去を振り返っても思う。
しかし、当時から武人とは思えぬ物静かな佇まいと怜悧な目をした金村は、絡む新人の少年をあっさりとあしらった。
「若雀命様は次代の大王。幼いながらも自覚のある賢きお方だ。ただ、御身体があまり強くない。それ故、護衛兼遊び相手として若く腕の立つものを側に、と大王より言われておる。其方にとっても次代の大王の信頼を得るのは後々良きことばかりであろう。」
疾く行け、と言われれば、それ以上反論の余地はなく。
向かった宮で会った皇子は、「お前が磐井か、よろしく頼むぞ」と穏やかに笑んだ、年より小さな、細く色白の美しい少年であった。
一番年の近い磐井に、皇子はたいそう懐いた、、、と思っていた。初めのうちは。
仕え始めて磐井が驚いたのは体の弱さだ。季節が変わる毎に床に臥すだけではない。外で遊びたがる皇子に付き合いながら、今日は風が強いなどと思っていると、夕刻には熱を出して臥せっているのだ。そうなると、叱られるのは磐井である。
なぜ皇子の体を気遣わなんだと言われても、生来体の頑丈な自分に加減が分かろうはずがない。
そう答えればなお叱られて、、、ある日、不貞腐れて皇子の元を離れ、宮を気ままにぶらついたことがあった。
政のための宮と違い、大王と大后、その子供が住まう宮は小さな建物がいくつか連なっている。
今までは皇子の住む宮の一隅、、、と言うより病室の外に詰めるだけであった磐井は、他の建物を興味深く眺めた。
大王と大后は仲睦まじく、皇子の他に数人の皇女がいると聞いているが、、、まだだいぶ幼いらしい。
奥から聞こえてくる幼子特有の高い声を聞きながら、庭先を歩き、不審者が通りやすそうなところなど無いか確認していく。
廊下を通りかかる采女も、要所に立つ兵も、磐井の杖刀人の装束を見ると、何も言わずに自らの仕事に戻っていく。
「この格好は良いな。何処でも入れてしまう。」
夜這いも簡単に出来そうだな。
怪しからぬ事を考えつつ良い気分で歩いているうちに、思わぬ奥まで来てしまったらしい。
ふと気づくと、小さな社があった。大王家の祖、つまりこの国の守り神を祭っているようだ。
普通、家祖の社は家の最奥にある。
「こんな奥まで来てしまったか、そろそろ戻らねば。」
そう思いつつ、何の気なしにひょいと覗くと、鳥居の向こうに熱心に祈る小さい姿が見えた。
「弟がまた熱を出したようです。早く良くなるよう、どうぞお力をお貸しください。」
小さな声の祈りは全て聞こえてくる訳ではないが、誰かの身を案じているようだ。
小さな女の子、、、皇女の一人に違いない。祈りの姿を覗くなど流石に不謹慎だな。
そう思って戻ろうとした時。
「誰だ!」
厳しい誰何の声がして、磐井の首の後ろに、刃物が突き付けられた。
後ろを取られたのに気付かなかった。内心冷や汗をかきつつも落ち着いた声音で答える。
「我は磐井。若雀皇子様の杖刀人である。」
「若雀皇子様?皇子様の宮はもっと表の方であろう。そこの杖刀人がなぜこのようなところにいる。」
「それは、、、」一瞬口籠ると。
「よもや杖刀人の姿を借りた曲者ではあるまいな!?」
刃物の先が首の後ろをクッと刺すのを感じた。
まずい、これはただの巡回の兵ではなさそうだ。
磐井がどう言い抜けようかと思った時。
「弟の宮の杖刀人なの?」
高く澄んだ声がして。
社で祈っていた少女が鳥居の影から顔を覗かせた。
※の解説
首 首長。統率者。 「汝は我が宮の-たれ/古事記 上訓」(大辞林より)
今から十年ほど前、当時はまだ若雀命や手白香の父である億計王が大王だった頃の事である。
十五歳と成人を迎えたばかりで意気軒高だった磐井は、七~八歳の童のお守りなど嫌だと、当時は杖刀人首※であった大伴金村に文句を言ったものだ。
余り年の変わらない上役に対する遠慮の無さもある。
親の代から大和で力をつけ始めた新興豪族の大伴一族より、自分の方が上という意識もあった。
何代か前に大和に屈したものの、大和より早く外国の文化が入り、華やかで豊かな筑紫。
磐井の一族は、その筑紫屈指の豪族であった上、彼は跡取りだ。国へ帰れば、それこそ伽耶や新羅の姫との縁談もある。
自らを省みても、剣の腕は杖刀人随一と言われていた上、背高く男らしい風貌の磐井は歌垣でもよく女に声を掛けられた。
生意気だったのも仕方ないと過去を振り返っても思う。
しかし、当時から武人とは思えぬ物静かな佇まいと怜悧な目をした金村は、絡む新人の少年をあっさりとあしらった。
「若雀命様は次代の大王。幼いながらも自覚のある賢きお方だ。ただ、御身体があまり強くない。それ故、護衛兼遊び相手として若く腕の立つものを側に、と大王より言われておる。其方にとっても次代の大王の信頼を得るのは後々良きことばかりであろう。」
疾く行け、と言われれば、それ以上反論の余地はなく。
向かった宮で会った皇子は、「お前が磐井か、よろしく頼むぞ」と穏やかに笑んだ、年より小さな、細く色白の美しい少年であった。
一番年の近い磐井に、皇子はたいそう懐いた、、、と思っていた。初めのうちは。
仕え始めて磐井が驚いたのは体の弱さだ。季節が変わる毎に床に臥すだけではない。外で遊びたがる皇子に付き合いながら、今日は風が強いなどと思っていると、夕刻には熱を出して臥せっているのだ。そうなると、叱られるのは磐井である。
なぜ皇子の体を気遣わなんだと言われても、生来体の頑丈な自分に加減が分かろうはずがない。
そう答えればなお叱られて、、、ある日、不貞腐れて皇子の元を離れ、宮を気ままにぶらついたことがあった。
政のための宮と違い、大王と大后、その子供が住まう宮は小さな建物がいくつか連なっている。
今までは皇子の住む宮の一隅、、、と言うより病室の外に詰めるだけであった磐井は、他の建物を興味深く眺めた。
大王と大后は仲睦まじく、皇子の他に数人の皇女がいると聞いているが、、、まだだいぶ幼いらしい。
奥から聞こえてくる幼子特有の高い声を聞きながら、庭先を歩き、不審者が通りやすそうなところなど無いか確認していく。
廊下を通りかかる采女も、要所に立つ兵も、磐井の杖刀人の装束を見ると、何も言わずに自らの仕事に戻っていく。
「この格好は良いな。何処でも入れてしまう。」
夜這いも簡単に出来そうだな。
怪しからぬ事を考えつつ良い気分で歩いているうちに、思わぬ奥まで来てしまったらしい。
ふと気づくと、小さな社があった。大王家の祖、つまりこの国の守り神を祭っているようだ。
普通、家祖の社は家の最奥にある。
「こんな奥まで来てしまったか、そろそろ戻らねば。」
そう思いつつ、何の気なしにひょいと覗くと、鳥居の向こうに熱心に祈る小さい姿が見えた。
「弟がまた熱を出したようです。早く良くなるよう、どうぞお力をお貸しください。」
小さな声の祈りは全て聞こえてくる訳ではないが、誰かの身を案じているようだ。
小さな女の子、、、皇女の一人に違いない。祈りの姿を覗くなど流石に不謹慎だな。
そう思って戻ろうとした時。
「誰だ!」
厳しい誰何の声がして、磐井の首の後ろに、刃物が突き付けられた。
後ろを取られたのに気付かなかった。内心冷や汗をかきつつも落ち着いた声音で答える。
「我は磐井。若雀皇子様の杖刀人である。」
「若雀皇子様?皇子様の宮はもっと表の方であろう。そこの杖刀人がなぜこのようなところにいる。」
「それは、、、」一瞬口籠ると。
「よもや杖刀人の姿を借りた曲者ではあるまいな!?」
刃物の先が首の後ろをクッと刺すのを感じた。
まずい、これはただの巡回の兵ではなさそうだ。
磐井がどう言い抜けようかと思った時。
「弟の宮の杖刀人なの?」
高く澄んだ声がして。
社で祈っていた少女が鳥居の影から顔を覗かせた。
※の解説
首 首長。統率者。 「汝は我が宮の-たれ/古事記 上訓」(大辞林より)
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