皇統を繋ぐ者 ~ 手白香皇女伝~

波月玲音

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ヲホド王来襲

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山門郎女やまかどのいらつめ!お前は筑紫に帰ったとばかり・・・」
「大和や近くの国の采女はもう去っていますが、私のように遠方から来たものは、春を待ってお暇しようと残っていました。おかげで皇女ひめみこ様のお世話が出来ます。どうぞお入りくださいませ。」
そう言いながら、山門郎女は頭を下げると手に持った灯りを掲げた。
采女は地方の豪族の娘が、大王への忠誠と側女候補として宮に上がる。大王が代替わりをする際は、僅かな年長者を除いて采女も代替わりするのが通例だった。
「それでも嬉しいわ。お前にまた会「主、話は後だ。山門殿、そこをどけ。」」
手白香が更に声を掛けようとすると、磐井が押し殺した声で遮った。驚いたように顔を上げた山門郎女も声を上げる。
「皇女様、お顔に血が!」
血?そう言えば打ち付けた鼻からふツ、と流れる温かいものがある。
いい年をして鼻血を出している顔を見られるなんて、恥ずかしい。
手白香は咄嗟に顔に領巾ひれ※を当てて隠すと慌てて言った。
「何でもな「危急ゆえ失礼する。」
「磐井殿、いけません!ここは皇女様のご寝所です!」
「煩い。手白香が血を流しているのだ、手当てをしなければ!」
磐井は押しとどめようとした山門郎女を肩で押しのけると、手白香の寝所に足を踏み入れた。


男を寝所に入れてしまった、、、。
夜具に座らされた手白香は軽く混乱していた。
大王と大后の嫡出子として生を受け、長じては大王の同母姉として生きてきた。
この国で最も身分の高い乙女である手白香は、二十歳近い今も男を知らない。
皇女でもお忍びで歌垣に行ったり、好きな男を部屋に招く者もいないではない。
しかし、手白香に男が近づくのを嫌った弟大王は彼女に専属の杖刀人を付け、その意を受け寝所の前を守っていたのが磐井だった。
それなのに。
寝所に磐井がいる。
しかも、夜具の敷かれた簾内に入って来た。
もちろん治療のためではあるけれど、山門郎女の抗議を無視した磐井は、彼女に湯だの布だのを持つよう指示して追い出すと、そのまま手白香の前に居座ったのだ。

どうしたらいいの?
血で汚れた顔を見られた恥ずかしさと、寝所に入られた恥ずかしさでいたたまれない。
領巾を鼻に押し付けたまま顔をそむけていると、何をしている、こっちを向け、と言われ、頬に手が添えられた。
磐井の方を向かされ、驚いて見上げようとすると。
いきなり鼻を摘ままれた。
「らにするの!」
「馬鹿、下を向け、血が止まらんだろう!」

え?

「鼻血の止め方も知らないのか?このまま鼻を摘まんでるから、暫く下を向いておくんだ。山門殿が戻る頃には止まってるはずだ。」
ふうっと溜め息を吐く磐井。

、、、そうよね。磐井だもの、主の治療のことで頭が一杯よね。寝所に入ったなんて自覚も無いに決まってるわ。
一気に気が抜ける。なぜかじんわり涙まで出てきた。

でも、また、手白香、て言われた。嫌な事のあった夜に、それだけでも私にとっては褒美と言える。
手白香はブツブツと文句を言い続ける磐井の言葉を聞き流しながら、そっと目を閉じた。


※の解説
領巾(ひれ)  古代の服飾具の一。女性が首から肩にかけ、左右に垂らして飾りとした布帛(ふはく)(デジタル大辞泉より)
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