真昼の月

六角堂

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勝利前夜~害獣達の墓場~

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「もう出て来て下すって結構ですよ」
 すっと襖が開いた。
「なんじゃ、気づいておられたのか」
「監物殿が教えて下さいました」
 大隈の隣で、佐賀藩士鍋島監物が苦笑しつつ頭を掻いている。佐賀藩自慢の自国製アームストロング砲をあやつる砲術部隊の隊長で、大隈などよりよほど前から東征軍に居るから、大村と仲が良いとまでは言わぬでも気心は知れていよう。内緒で注進に及んだものと思われる。
「おかげで安心して西郷殿と語り合えました、御礼申し上げます」
「まあ良いわ、とにかく尊公の身柄さえ守れればなんでも構わぬ」
「ご心配をおかけいたします」
 過去形で言わぬあたりがいささか癪にさわる。
 佐賀人たちに礼を言い、念入りに口止めをして散会させ、大村と大隈は酒膳の残りを囲んだ。
 大隈には、まだ少し大村と話したいことがあった。



 大村は大村で、いささか、西郷の真意をはかりかねているらしい。
「本当に、御自身が聞きさえすれば私が総攻撃の日取りを語ると思っておいでだったのでしょうか」
 技術者かたぎで腹芸の通じぬ大村であるから真面目に不思議がっている。大隈には、それが可笑しい。
 大村も大隈も、ともに西郷の「人間的魅力」とやらには不伝導体で、巨大な一個の無能人としか思っていないところは同じだが、大隈の方はまだ少しは西郷の思惑が読めぬでもない。それに比べて大村は、どうも輪をかけて徹底して西郷の人たらしの手管がわからぬようだ。
「あれは、口実さ」
 大隈は解説してやった。
 西郷が、総攻撃の日取りを大村がすんなり答えると本気で思っていたのかどうかは知らない。ただ、なんにせよ西郷の本音は、返答を得ることよりも、余人をまじえず大村と二人きりで語り合いたかったところにあったと思われる。
 そう解説されれば大村は、ああなるほど、大隈殿は慧眼にあられる、などと言って納得した。慧眼などというほどのものではないので大隈はつい苦笑した。この無関心ぶりの結果として、無自覚なまま全力で西郷を袖にしてしまったわけだが。
 西郷は、大隈には興味を示さない。
 大隈の得手たる外交交渉には西郷は無関心であったが、一方で、大村の得意とする軍事能力には、おおいに興味があるだろう。何としてでも大村をたらしこみ、他の者同様、西郷のためなら水火も辞さずという信奉者に仕立て上げ、おのれの手駒にしたかったに違いない。結果はあえなく振られたわけだが。
 西郷本人には、学問もなければ技術もない。
 若いころ、薩摩の前藩主にして天下の四賢候のひとりと名高かった島津斉彬の手元で、下級武士の出身にもかかわらず側近にとりたてられ、さながら側近というより弟子のごとくその教えを受けたというが、斉彬はあくまでも大名であり学者ではなく、体系的な学問を教えたわけではない。
 大村のような蘭学修行を積んだわけでもなく、当然ながら大隈のように語学が堪能でもない。相棒の大久保のように謀才があるわけでもなかった。船ひとつ操れるわけでもなく、その上、子供の頃に怪我をしたとかで剣すらまともに振れぬという。
 ただ、人には好かれる。
 大隈や大村のような者は特殊例であって、その他大概の人間には、飾らぬ誠実な人柄、不正義をにくみ信義を貫き通す信念の強さ、その他諸々、あらゆる意味で尊敬し愛すべき君子人に見えるらしい。
 要するに西郷の政治力というのはそれがタネであろう。政治力とは結局のところ、人を動かす力を言う。日頃そう簡単に首を縦に振らぬたぐいの人種であっても、西郷に出て来られるとなんとなく言うことを聞いてやりたくなる、そういう理屈ではない何かが西郷にはある、らしい。
 だからこそ西郷の手元には異能の才が多く集まる。
 当人に能はなくとも、西郷のためなら水火も辞さぬ者はいくらでもいて、その中には様々な実務の才を持つ者が居て彼らが西郷のかわりに働く。
 これはことさら異常な発想なわけではない。古来、人の上に立つ者は、自身が直接異能の才を発揮するよりも、おのれの麾下の者にその能力を存分に発揮させることが本分であり、それこそが名将の在り方であるとされる。
 大村のような異能中の異能の者が現れたとなれば、西郷がこれを撫し、これまで通り己の手足にするべくいつものごとく「たらし込もう」とするのはむしろ当然と言えた。ただし今回は珍しく失敗した。
 世間では倒幕活動に奔走する志士だの言う連中は、何かというと偉そうに威張り散らすのが三度の飯より好きな手合いが多いが、西郷はよほど目下の者が相手であっても常に慇懃だった。
 それも、西郷人気のモトダネのひとつである。それが生来の性分なのか意図的にそうしていることなのか知らないが、これが尋常の相手なら、大西郷とまで呼ばれる自分が辞を低くして頭を下げれば、相手が耳も貸さぬという事はまずない。豈図らんや、今回の相手は尋常の人物ではなかった。
 しかるに大村は、
「西郷殿が私を自家薬籠中のものにするおつもりであったのは間違い御座いますまい。ただそれは私を働かせるためではない。逆でしょう。私を飼い殺しにして働かせぬ事が目的で御座いましょう」
「…やはりそう思うか」
 つい数刻前までは、大隈も割とそこは単純に、西郷は大村をただ存分に使い倒すために抱え込みたがっているだけと思っていた。ぽっと出も良いところの大村に寛大に接し、その手腕を振るわせ手柄を立てたせたとなれば、それはそれで西郷の優位性と懐深さを示す。
 が、先刻の大村と西郷の問答からすれば、ことはそう簡単ではないようだった。
「いつの世でも、乱世がおわって治世が訪れようとする時、治世を担う新勢力が頭を悩ますのは乱世を生き延びてしまった余剰兵力の処理です」
 近く本朝を伺うに、徳川幕府の開府後は天下に平和が訪れたが、それでも初期のころには大阪冬の陣・夏の陣がありその後は島原の乱もあった。さらにその後は由井正雪の乱もある。
 真の意味で天下に静謐が訪れたのは戦国生き残りの世代が死に絶えた後のことであった。要するに、毎日のようにあちこちで合戦があって当たり前の世の中で生まれ育った者は、平和な世の中でどう生きてよいのか本当にわからぬ者も多いのである。
 よしんば、治世に適応したとしても、戦でひとが死なぬとなれば、もともと抱えていた家臣郎等がかなり余ることになる。軍人というより役人として働かせるしかないが、そうそう役職を用意できる訳はない。徳川家に限らずどこの大名も、弱りぬいた挙句本来一人二人で充分な事務仕事を10人20人に手分けしてさせるという、合理主義的価値観からすると馬鹿馬鹿しさも極地の苦肉の策で対処するしかなくなったのである。つまらぬ仕事でもすることがあるだけまだまし、出仕して詰所で日がな一日なにもすることがなくあくびをかみ殺すだけ、などという笑止な事態も実際にめずらしくなかった。
 それでも、大人しくしていてくれるのならまだましな部類である。
 由井正雪の乱はどうにか事前に摘発することが出来た。もしあれが敢行されてしまっていたら、乱それ自体は成功しようが失敗しようが関係なく呼び水となって、その後も似たような浪人の反乱事件があとを追って乱発していただろう。結果的に幕府は早々に転覆されていたかも知れぬ。そうなれば、あとは乱世に逆戻りである。
 このままいけば新政府でもおなじことが起こるであろう。それが、大村の見解であった。
「俗に狡兎死して走狗煮らるなどと申しますが、飼い主とて好きで猟犬を殺す訳ではない。新時代を担う立場としては無辜の民草を守らねばならぬのです」




「…西郷はやはり、倒幕戦を意図的に長引かせるつもりでおるのかな」
 口に出すべきか迷ったが、大隈は、やはり一度ははっきりとそこを大村の予想を聞いておきたかった。
 大村は、
「意図的かどうかは敢えて措きますが、私があまり手際よく倒幕戦をおさめてしまえば当然、そのぶん敵味方問わず戦死者は減りましょう。逆に、手古摺れば手古摺るほど死人が増える。そこを御自身で匙加減したいお気持ちはございましょうな」
  常とかわらぬ無造作さであっさりと言ってのけた。
 要するに西郷は、なんらかの意図あって倒幕戦を長引かせたがっている。
 …後世には、西郷の戦争好き、とも言われた。
 当人に面と向かってそう揶揄した者もいたらしいが、そのとき西郷は、
 ―――自分は決して戦争が好きではありもはん。じゃっどん、戊辰のときに戦争がし足りんかったと思っていもす。
 と、真顔で言ったという。
 当人が戦争好きか嫌いかは別として、その後も彼は征韓論に固執し外征出兵を唱えつづけた。それは事実である。そしてついには無二の盟友大久保利通と対立し、西南戦争を起こして死んだ。
 西郷は、倒幕戦争がもっと長く続くと思っていたらしい。蔵六がもしこの世に存在しなければ実際にそうなっていただろう。
 しかし現実には蔵六は戊辰戦争を僅か1年ほどでおさめてしまった。その結果、旧幕勢力側でも新政府軍の側にも、昔ながらの刀槍の術しか戦うすべを知らぬ者たちが多く参加していて、そういう者たちが結構な確率で生き残ってしまった。
 彼らは、近代的な軍隊のありかたになじまない。
 当然、新政府軍には容れられず、役人仕事などもっと向かぬ。彼らの望みは古き良き時代の武士として誉れある討死を遂げることであり、出来る事といえばそれだけであった。
 西郷は、そういった「不運にも、生き残ってしまった」連中に、死に場所を与えてやるには外征しかないと考え、征韓論に固執したものと思われる。
 しかるにこれは大久保に潰された。当然である。早めに切り上げられたとはいえ内戦の直後、今後しばらくは国力の回復に専念せねばならぬところである。外征など出来るような余裕があるはずもない。無理をおかせば、諸外国につけいられる。
 征韓論に敗れた西郷が故郷薩摩に引きこもったのが明治6年、このころかつての武士たちはすでに廃藩置県で居場所を失い、廃刀令で誇りを奪われ、秩禄処分で最低限の収入も絶たれ全てを失くし、不平士族と呼ばれ、危険勢力と目されるようになっていた。
 そして明治10年、西郷と不平士族たちは西南戦争を起こして敗北し、『賊軍』として死んだ。当時はそれ以外にも大小の士族反乱事件が頻発した。
 そんなことは未だ慶応4年5月の現在、千里眼でもなんでもない大隈には予見のしようもない。が、どうも大村は、そして当の西郷は、すでに先のことを大筋で予見しているらしかった。
「西郷殿は、これまで御自身を支えてきて下すった薩摩藩士の皆様方のことを、決して見捨てることは出来ますまい」
 たとえどれほど皆様方、つまり薩摩者たちが無能だったとしても―――と大村。
 長州では大村が苦心して近代軍隊方式を叩き込んだが、それでも後年、長州でも不平士族の反乱事件は起きた。大隈の故郷佐賀藩では前藩主鍋島閑叟が反幕活動さえ禁じて藩をあげて近代化を推し進めたが、なんと大隈の先輩筋で佐賀藩の出世頭たる江藤新平が首謀者に担ぎ上げられ、佐賀の乱を起こしたのである。
 後年と言っても、わずか数年から10年弱程度のちの話でしかない。参加した士族たちは倒幕活動に従事した者もいる。旧幕勢力側で戦った者も居る。
 武士は誇りを捨てられぬ。生き方を変えられぬ。
 そんななかで唯一の救いは死を恐れぬことであろうか。生き方は変えられぬでも、旧い生き方を守ったまま誉ある討死にを遂げられれば当人は本望なのである。
「はっきりと、そう目論んでいたとまでは言い切れませんが、西郷殿の最初の思惑では、倒幕戦争のなかで、生き方を変えられぬ連中の大半は戦死することで自然に淘汰されたであろう、そうお考えで御座いましたろう」
 ところがそこに、唐突に大村という異能の天才が現れてしまったのである。
 第二次長州征伐時に幕軍15万をわずか7千5百で撃退してのけた大村である。死なせてやりたい者たちは大半生き延びてさせてしまうだろう。のちの世に適応出来ぬ者達がうかつに長く生きるようなことがあれば、あとは生き恥に甘んじるか、死ぬにしても不名誉な死に様を晒すに違いない。
 先の話で言えば、内戦が駄目ならば外征で死なせてやろうというのが、西郷の内心の本音であったろうと思われる。
が、
「だからといってそのために無関係の民草が塗炭の苦しみを背負うことになっては本末転倒」
 大村は、子供に鞠でも投げ渡すような無造作さで、あっさり片付けてのけた。
「倒幕戦争が長引けば、ただ兵の戦死者が増えるだけで済むはずがない。兵糧弾薬を無駄遣いし、戦場周辺の村落を焼き、無辜の民百姓、女子供年寄を戦禍に巻き込む。場合によっては列強につけこまれる隙を作ってしまうやもしれませぬ。意図的に内戦を長引かせるというのは、そういうことです」
 そのへんに関して、西郷は存外、あまり深く考えておらぬのではないか。あるいは民の苦しみは大したことはなく済むと軽く見積もっていて、悪気はないのかも知れぬが、
「だとしたら西郷殿には、本当に軍才がおありではないのですな」
 と、手厳しい。
 なんにしろ無辜の民草をいわれなく苦しめてまで、武士の誇りとやらを守ってやらねばならぬとは、大村は考えない。
「あるいは西郷殿自身が死に場所を求めておられるのかもしれませぬな」
 大村はそこで、彼自身気づいているのかいないのか、すさまじい表情になり、
「西郷殿とお武家様がたが、どうしても死にたいと申されるのであれば、別の形で死地を提供するべきでしょう」
「…そうだな」
 勝手なお願いですがそのときは大隈殿にもご助力いただきたい、と言われ、大隈は無言でうなずいた。
 のちの話になるが、明治後に大久保と組んで征韓論を排したのはたれあろう大隈自身であった。
 大隈は明治政府で栄達し顕官となったが、大久保は西南戦争の直後に暗殺され、そのころ、かつての盟友大村益次郎はとうにこの世にない。



 彰義隊掃討戦、世に言う上野戦争がおわった。
 東征軍の全面勝利である。指揮した大村の評価はいっそ清々しいほど極端に一変した。
「天から差し下された軍神」
 軍神かどうかはともかくとして、たったの一日で戦を終結させたのは事実である。まるで手妻のたねあかしのようだったが、蔵六は要するに雨を待っていたのである。
 ただ勝つだけではなく、江戸の市街と市民に被害を出したくない。つまり火事を起こさぬよう、たっぷりと雨が降りそそいで家屋が充分に湿り気を吸い込んだ日を総攻撃日にえらんだ。なるほど天気が相手であれば日取りが未定にもなろう。また偽情報を流して彰義隊がその本拠地上野山に籠るようしむけ、市街戦を避けた。
 蛇蝎のごとく彼を嫌っていた薩摩人も静かになった。本音や心底はどうあれ、表立ってはつべこべと揚げ足を取るような元気をなくしたらしい。
 その後は蔵六は江戸にいすわり、北越、会津、東北各地に箱館と、戊辰戦争の終結するまで動くことはなかった。しかしその指示の的確さはさながら最前線にてあるがごとしと言われ、一兵卒ひとりぶんの弾薬数すら狂いがなかった、という







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