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第一章 【森林の妖精達】

9話 三人の生徒

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 六ノ月、ミーリス領都ラクシャクの入り口である南部では、畑一面の麦穂が黄金の絨毯を広げていた。
 その黄金の絨毯を、切り裂くように伸びた田舎道の片隅にある東屋で、穏やかな風に吹かれていたルシアンは、誰の目から見てもソワソワしていた。
 今日は三人の生徒が、ラクシャクへと移住してくる日である。すでに三人と面談してから半月はんつきの時が経っている。緊張しているのだ。
 本来なら屋敷でドッシリ構えている方が、貴族らしいと言えるが、ルシアンは一面の麦穂や、ラクシャクの景色を見た三人の生徒の反応が見たいがために、わざわざ出迎えにきていた。

 (バルドルまだかなぁ……てかどんな風にしゃべ——

「おーい!ルシアン?」
「うわぁっ!びっくりした!」

 突然、声をかけられてビクッと跳ね上がったルシアンは、バルドル達の乗る馬車がいつのまにか到着していたことに気付かなかった。

「「「ルシアン様!お久しぶりです!」」」
「ひ、ひさしぶりぃー」

 三人の生徒——アーシェ、ベル、ウルスラの元気な挨拶にルシアンは気持ち悪い挨拶を返した。

「早く乗れよ……てかなんでこんなとこいんだよ。どうせエドワード様に挨拶しなきゃいけないんだから屋敷で待って——いてぇッ!」

 あまりにも容赦のない正論をかますバルドルに、元騎士の力を見せつけてやったルシアンは、傲慢な態度で馬車へと乗り込んだ。珍しく混乱していたルシアンはやりたい放題だった。

 

 
 
「うわぁ……綺麗」

 馬車の窓から覗いて見た景色にそう呟いたアーシェは、ラクシャク狂いのルシアンに捕まった。

「ラクシャクでは、夏には麦穂が一面に広がって、秋には稲穂が一面に広がるんだよ!この都市に住めば毎年見れるんだよ。毎年一緒に見ようね!ね?」
「毎年一緒に……それは素敵ですね。」
「ベルやめとけ。こいつラクシャクのことになると気持ち悪いくらい話し始めるから。反応しないほうがいい。」

 ルシアンの中でアーシェとベルの評価が上がったところで、バルドルの失礼な注意が入る。
 また元騎士の底力を見せてやろうかと思った時、ルシアンの耳に最高の褒め言葉が聞こえた。

「まるで先生みたいに温かい都市ですねぇ!」
「……ウルスラは何かほしいものある?先生がなんでも買ってあげるよ?」
「えぇなんでもいいんですかぁ?」

 ウルスラは絶対にラクシャクに沈めてやろうと心に決めたルシアンは、父親のように甘やかしてあげたくなった。
 なぜか舌打ちが二つ聞こえたが、屋敷までの道のりを、ルシアンは上機嫌で過ごすことができた。

 
 屋敷についてからの生徒三人は、ガチガチに緊張していた。
 アーシェはエドワードとマリーダのことをお父様、お母様と呼んでしまい、顔を真っ赤にしていた。そのアーシェの愛らしさに、エドワードとマリーダはだらしなく破顔はがんしていた。
 その様子を見ていたベルとウルスラも、アーシェに続いていた。
 マリーダは娘が三人できたようで嬉しいと喜びながら、終始、三人に話しかけていた。
 エドワードはかっこつけていたが、口角が上がりっぱなしなのを隠せていなかった。
 ラクシャクでは高齢化が進み、若者は都会へと出ていってしまうため、十代の少女というのは珍しいのだ。





 
 三人の生徒とバルドルを、教育施設へと案内できたのは、昼食を食べたあとだった。
 教育施設を見た三人からは、ラクシャクに来てから、何度目かの感嘆かんたんの声が漏れていた。
 そして個人部屋の紹介をした時に、アーシェが泣き出してしまった。
 ずっと農家の雑用をしていた彼女には、個人部屋がそれほどに感動するものだったのか、快活なアーシェが泣く姿に少し胸が痛んだ。

「アーシェ僕は喜んで欲しくて建てたんだよ?」
「ごめんなさい……本当に嬉しくて……」

 アーシェの健気さに、微笑みながら背中をさすっていると、突然、バルドルが背を向けて歩き出した。

「……じゃ。俺は見たいもん見れたし帰るわ……三人とも頑張れよ。後は頼んだわルシアン。」

 誰の返事も待たずにバルドルは立ち去った。
 皆、いきなりのことで驚いたが、アーシェの泣き顔を見て、もらい泣きする前に帰ったなとルシアンは思った。バルドルは涙もろいのだ。
 そうして三人へ施設の説明をしたあと、ルシアンは生徒達を大部屋へと集めた。
 
「今日は授業はないけど、初めに三人に伝えておくべきことがあるんだ。」

 これはルシアンの生徒として、ミーリス領に生きるものとして守ってほしいことだった。
 三人は席についてルシアンの言葉を待っていた。

「三人には仲間になってもらう。」
「「「仲間?」」」
「そう仲間だよ。これは隣人を大切にするという意味でもあるんだ。そしてこれから経験する困難や苦悩を、乗り越える方法の一つでもある。」

 三人の生徒はこれから、新しい土地で、同じ奴隷という境遇で、同じ施設で暮らし、学んでいくのだ。それはいわば同志と呼んでも良い存在だ。
 それだけの共通点がある者を友人だと思えなければ、ラクシャク市民のことなど、さらに他人事になってしまうだろう。

 人は一人では生きていけない生き物である。
 三人に降りかかる困難や苦悩を、話し合い、慰め合うことができる関係性とは大切だ。一人では難しい望みであっても、三人ならば叶えられることだってあるのだ。
 そのためにも、まずは一番近くにいるお互いを大事にしてもらいたかった。
 そしてルシアンもバルドルもナイラも、エドワードにそう教えてもらった。

「今は正しく理解する必要はないけど、大事なことだから覚えておいて。それに三人が親しくなってくれるのは、僕にとって嬉しいことでもあるんだ。」
「「「はいッ!」」」

 三人は元気よく返事をしたあと、早速、固まってヒソヒソと話しあっていた。その姿を見てルシアンは優しく微笑んだ。
 その後は、三人の長旅の疲れと荷解きのことを考慮して、教育日程を伝えてから、ルシアンは教育施設を去った。
 教育は最初の一週だけは、アーシェ、ベル、ウルスラの順で、二日連続で施していく。
 その後は、必要に応じてという形になる。

(三人の生徒だけじゃなくて、父上と母上も嬉しそうにしてたな……バルドルなんて泣いてたし、でも僕はもっとみんなを幸せにできる。)

 ルシアンは屋敷へと帰りながら、今日の様子を思い出してニヤけが止まらなかった。
 特に気に入っているのは、不能の四十歳エドワードがいい歳してかっこつけていたところだ。
 生徒達もエドワードもマリーダも喜んでくれた時点で、ルシアンの作戦は成功と言えるが、これからみんなには、さらに幸せになってもらわなければならない。
 もはや『幸福製造機』と呼ばれたい。
 そんなミーリス領への愛で狂ったルシアンは、生徒達への教育方法を考えながら、その日を過ごした。
 
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