ツァオベラーの結婚

三日月千絢

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「陛下、その魔女であるエデルガルトから聞いたのですが、ユシュルの魔力は王城を満たすように漂っているそうです」
「何?衰弱しているのにか?!」
「エデルガルト曰く、それがユシュルだと」
「あの子が自分で決めたことなので、恐らくそうなのだろうなというフワッとした予測です。真意は、ユシュル様自身にお伺いしてくださいませ。あと、陛下にご相談があるのですが」
「えっ、なに?何相談されんの?」

陛下の訝しむような表情に私は笑いました。そんな、国を落としてこいとかそういうご相談はしませんわよ。自分で落とした方が手間も時間も掛かりませんもの。

「いえ、殿下とユシュル様の婚約を完全なものにした方がよろしいかと」
「あー…」
「魔術師は王城に守護陣が構築されたことを不思議に思うのと同時に、他国の魔術師もこの動きに気付くでしょう。幸いにも、盾の子アイギスは愛の乙女とも呼ばれているので、殿下と婚約していれば他国からの横槍は入らないかと」
「そうだよなあ」
「来月には展開し始めるので、早ければ早いほどいいですね。万が一、億が一戦争を吹っかけられても、盾の子の守護が発動していれば国一帯は守ることが出来ます」
「…国全部?王城だけじゃなくて?」

母様の声に、私はきょとんとしてしまいました。此処王城だけ守ってどうするんですか。あの子はそれで満足をするような子ではありません。盾の子が嫁いだ先は、その代は安寧だと言われてきている。それがその証左です。

「盾の子の拠点に守護陣があるだけで、守備範囲はこの国まるひとつですよ。母様が想像している王城だけの守護は、鎧の子ヒルデですわ。盾の子は愛した男の国ごと守ることを選ぶ子です」
「まぁ」

私の言葉に母様は顔をポッと赤くさせたあと、にまにまと笑いながら殿下を見ました。恐らく、お茶飲み友達である王妃様にお話が行くことでしょう。殿下、頑張ってくださいませ。

「まあ、あとは伝承通りのことばかりかと思います。殿下には、ユシュル様と話を重ね愛を育んでいただけたら何よりです」
「エデルガルトに言われなくても」
「魔導書の魔女として表立って動けませんが、陰ながら協力させていただくことはできますので」
「陰ながら?」
「えぇ。侍女として、というお話もいただいていたようですが正直なところ、私は秘宝の中でも盾の子には思い入れがあり、格別可愛いのです。殿下よりも独占してしまう恐れがありますから、陰ながら。さすがに四六時中そばで見守りたいなんて言われると、殿下も嫌でしょう?」
「…それは、嫌だが。エデルガルトが居た方がユシュルのためではないか?」

なおも言い縋って来る殿下に、私は何度か瞬きを繰り返した。稀に居るのだ、こういう自信がない王族

「あぁ、あれですか。怖じ気づいてるので?」
「何?」
「そういう時は、『お前が居なくても、俺が盾の子を守るから何処でも行け』とでも仰いませ。何代か前の国王ギルトロメアはそう言って、私を辺境に追いやったんですよ。とんでもない男でしょう、アイツは」
「ギッ!?」

ギルトロメアとはソリが合わなくて、当代の盾の子には本当に迷惑をかけたと思います。顔を合わせるたびに口喧嘩をして。盾の子が身ごもった時に、城を半壊させるほど大喧嘩をしたこともあるのです。

グリモワールを見ていると、その記述もしっかり残っていました。なんでも書き残していますね、本当に。誰が見るわけでもないのに。私がそう設定したからですけど。

「どうしても、とおっしゃるなら考えはあるのです、一応」
「考え?」

殿下がきょとんとするのを見て、私はひとつ頷きました。あくまでも、考えというだけですが。

「私の結婚相手を見繕っていただくことはできますか?」
「「は!?」」
「エ、エデルちゃん?今日はいっぱい母様たちを驚かせてくれるのだけど、その心は…?」
「私もよく考えたのです。が、もう二十歳でしょう?このままベールマー家に居つくわけにもいきません。しかし、盾の子アイギスの近くに居たいのです。そうすると結婚が一番手っ取り早いでしょう?」
「…なるほど。王として言うなら、他国に出られるよりは良いが。ちょうど良い奴いるか?ヨルダンよ」
「陛下、私はもう何がなんだか」
「理解したくないか?」
「正直なところ」

陛下とお父様が溜息を吐いている所に、母様はそそくさと私の隣に来て囁くように話しかけてきました。

「結婚だなんて、エデルちゃん良いの?嫌なんでしょう?」
「まぁ、ろくな思い出がありませんからね。本音を言えば嫌です。でも、盾の子の側に居れるなら妥協するという思いが強いですね。殿下の婚約者に会うためには、それなりの地位が必要でしょう?面倒で時間のかかる手続きは出来れば略したい。私自身に役職や地位は要らないので、まあそうなると結婚しか残りませんよね」
「侍女であれば」
「ド素人の侍女なんて使い物になりませんよ。他の者にもナメられてしまいますし。母様は誰かご存知ないですか?王太子殿下の婚約者と関わり続けれるような立場にある殿方で、せめて私を愛してくれそうな僅かな可能性があるような人」

嫌ですよ結婚なんて。でも、王城に上がって来る必要があるなら、そうも言ってられないのも事実で。殿下の婚約者にあの子がなるなら、私もそれなりの地位が必要になります。とはいえ、変に爵位や地位を与えられるのは嫌なので、消去法で結婚を選択しただけのこと。

「陛下や殿下の前で失礼なことを言っている自覚はありますわよ、お父様。そんな顔で見ないでくださいませ」
「なっ、どんな顔だ!」

ついでに、言うと今代はちょっと今までとは違うことがたくさんあります。爵位持ちの家に生まれたことや、家族にも恵まれたということ。それを踏まえて、結婚に“愛”を求めてしまう強欲さがいかにも魔女らしいです。つらい。

「——そうねえ。マリウスが仕えている騎士団長のメルキゼデク様は?確か、あの御方も独身だったしょう?今は王位継承権を破棄してフォークナー公爵家の跡継ぎとして養子に入っているから、エデルちゃんの求める条件の地位はクリアするでしょう?それに結婚するとしても、ぎりぎりうちベールマーでも問題ないわ」
「フォークナー様ですか?」
「マリウスに話をして、団長様と会うだけでもどうかしら?顔良し、権力良し、収入良し、なんなら仕事もできる男よ?こんな優良物件なかなかに居ないわよ」
「…随分と推してきますね。しかも、私が言うのもなんですが言葉選びがいささか不敬では?」

脳裏に浮かぶのは、短髪の黒髪と蒼天を思わせるような鮮やかな蒼い目をした美丈夫。一度、国境での隣国の進軍を防いだ時のパレードで見かけたことがあります。陛下の甥ということもあり、厳つい強面の方でしたが、それはもう美丈夫で。町娘たちが騒いでおりました。

母様の言葉に、ついつい半目になってしまいます。しかし、母様は肩を竦めるだけ。身内であるはずの陛下や殿下は何も言わず静観しています。

「エデルちゃん、大人な卑屈な恋をしそうじゃない」
「おっと。母様、なんてことを娘に言うんですか」
「前世ではろくでもない結婚ばかりだったんでしょう?」
「それはそうですが。流石に、フォークナー様にこんな事故物件をぶつけるのはどうかと」
「愛されたいのでしょう?安心しなさい、この国の王族の男は驚くほど愛に忠実で執着するのよ」
「いや、それは昔からそうですけど、ちょっと話が違うのでは」
「んもう、煮え切らない子ね」

母様がごり押しするからです。それに、本当に私はある種の事故物件と言っても過言ではありません。なんだか、結婚することそのものが恐れ多く感じてしまいます。

「…やっぱり、結婚するのやめた方がいいのでしょうか。事故物件魔導書の魔女ですし」
「それとこれとは話が別でしょうに。ねえ、殿下はどう思われます?」
「え゛、俺に振るんですか…?まあ、メルキゼデク兄上は確かに腕は立ちますし、魔術にも覚えはあり優秀ですが…。あれはあまりにも寡黙すぎます」
「あら、エデルガルトも喋ればコレよ?それに口数が多い方でもないし」
「母様…」
「確か、陛下。この後、メルキゼデクと会議がありましたよね?」
「エデルガルトを紹介すればいいのか?」
「いえ、しなくていいです」
「いいじゃないの。紹介してもらいなさいな」
「母様!!」

駄目だ、母様が止まらない。にまにまと楽しそうに笑って。確かにこれまで心配をかけ続けてきたかもしれませんが、ちょっとこれは頂けません。陛下もノらないでくださいませ。お父様は空気と化していますが、今は気に掛ける余裕がないのです。

「母様、母様。ちょっとお待ちくださいませ。私、まだフォークナー様とお会いすると決めたわけではないのです。本当に、私なぞと結婚するようなことになればフォークナー様に申し訳がないのです!ただ、私が楽して登城したいだけの結婚ですよ!?」
「あらあら。そんなこと言っちゃって。でもほかにいらっしゃるかしら。魔術師団長さんはご結婚されてるし、」
「あ、魔術師は嫌です。絶対に、魔術師は嫌です」
「そうよね。ならやっぱり騎士団長よ」

魔術師と結婚するぐらいなら、変な地位でも爵位でもいただきます。魔術師と結婚すると、それこそろくでもないことばかりですもの。しかし、しかしです。言葉にならず顔を覆い隠します。もうやだ、別荘に帰りたい。

「…母様、そんなに私に結婚を?」
「そうねえ。できることなら、エデルちゃんには結婚してもらいたいわ。もちろん、幸せな結婚よ。家庭を持つのも悪いことじゃないもの。ね、ちょっとだけ会うだけでも分かるものはあるわ」
「しかし、私はベールマー家の病弱令嬢ですし。いきなり、そんな結婚をしても大丈夫なのでしょうか?」
「それはベールマー家が言い出したことのない根も葉もない噂だから大丈夫よ」

母様の押せ押せと、殿下の「まあメルキゼデクにならエデルガルトを任せても」と謎の兄心を見せ、本当にお相手がフォークナー様に決まりそうな空気が漂っています。

「良いんじゃないか。そろそろ、メルキゼデクの結婚を突っつき始める予定だったし。あぁ、なんなら先のドラゴン討伐ん時の報酬がまだだったから、エデルガルトと結婚に決めるか。どうだ、ヨルダン」
「…陛下のお心のままに」
「お前、娘の結婚相手だぞ?もうちょっとないのか」
「メルキゼデク様は無口なだけで、不足はないかと思うのですが」
「渋るかと思ったが、潔いな、お前は」

陛下のとんでも発言により、ますます私の中の罪悪感が膨れ上がります。フォークナー様のドラゴン討伐の褒美が事故物件との結婚だなんて、本当に申し訳が立ちません。

「ろくでもない結婚…。ろくでもない記憶…。陛下、グリモワールをお借りしても?」
「…ヨルダンよ、それだけはやめてやれ。流石に個人情報もあるだろうに」
「しかし。父としては、幸せな人生をと願ってしまうのです」

これは、私と母様が退室した後の話だそうです。殿下がぽつりと呟き教えてくださいました。そうですね、陛下。確かにあれにはありとあらゆる個人情報が詰まっております。よくぞ、止めてくださいました。感謝しきれませんわ。

あれグリモワールは読むものではありませんもの。ヒトの親であるならば猶更のこと。
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