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 ルルシアの物心ついたのはまだ3歳の頃だった。
 窓を見てると大きな馬車が通る。
 シュナイダーと初めて会って以来、ルルシアは宮殿にも行けず退屈な日々を過ごしていた。
 それはルルシアの両親が馬車を手配しないからだ。
 それもこれも乳母がめんどくさがり、宮殿へと向かったと報告している為であった。

「乳母さんは私が文句を言うと叩くし、あの人のおかげで世の中の処世術は学んだわね」

 ルルシアは利発的で、3歳にして顔を使い分けると言うことを学んだ。
 乳母が暴力を振るってくる為である。

「ん?あの馬車は確か、アルケミー家の」

 毎日外を眺めているルルシアは、宮殿に向かう馬車の紋章を暇つぶしに貴族名鑑と照らし合わせてみていた。
 なので屋敷の前に一つの馬車が止まっていて、その紋章からアルケミー家のものだとすぐにわかった。
 馬車の前には犬のような見た目をした大きなな生き物がいる。

「あれはガイアウルフ。滅多に山から降りてこないのに珍しいわね」

「護衛の皆さん!ワイが食い止めるさかい、ロアのことを頼んます!」

「ですがレイン様!」

「ワイやて騎士の端くれ!うぉおお!」

「おー」

 一人立ち向かう少年を見て思わず感嘆が漏れるルルシア。
 自分なら絶対護衛を囮に逃げただろうと思った。
 それもそのはずで、ルルシアは護衛にも言うことを聞かなかったりするとぶたれたりしている。
 護衛は自分のことを殺さない程度に痛ぶってくる監視者だと思っていたからだった。

「んー、でも押されてるなぁ。ガイアウルフって確かーーーあったあった。部隊を編成して5人がかりでやっと倒せる生き物なんだ」

 図鑑の説明を見て、彼等が全員ここで命を散らすと言うことはなんとなくわかった。
 助けたい気持ちはあったが、二次災害になりかねない。
 護衛や使用人など大人が居れば話は違ったが、屋敷にはルルシアしかいない。
 屋敷の前で貴族が死ねば、いくら公爵家といえど責任は免れない。
 護衛や乳母、そして両親にざまぁないと内心ほくそ笑んで窓を閉めようとした時だった。

「レイン!誰か、誰かレインを助けて!」

 一人の少女の悲痛な声が窓を閉めるのを躊躇わせる。
 そして再び様子を見るとなんとガイアウルフは致命傷を負っており、腹に大きな穴が開いて内臓も飛び出している。。
 
「あの子すごいわね。でもあの傷じゃ」

 ガイアウルフに致命傷を負わせた少年の胸にも大きな傷が出来ており、出血が止まらずにいた。
 ガイアウルフは致命傷を受けてはいるもののまだ意識は残っており、最後の力でレインに襲い掛かろうとした。

「世話が焼けるわね。でも頑張りには報いが必要よね!そこまでの手負いなら私でもなんとかなる」

 意識の朦朧としている生き物など、頭に強い衝撃を与えれば意識は飛ぶ。
 ルルシアは窓から大きなタンスをガイアウルフに向かって投げつける。
 ガイアウルフの頭にタンスがぶつかり、ガイアウルフの意識は今度こそ手放された。
 この時期からもう魔力をある程度コントロール出来ていた為、魔法こそ使えないものの物を持ち上げたりなどは出来た。
 本来なら二次災害に繋がるためこのような行為はしないのだが、二人の同じくらいの子供がここまで頑張ってるのに何もしないのは良心が痛んだ。

「なんだこれ?いやそれよりもレイン様!」
 
「レイン!」

 一人の少女が祈るように少年の傷は塞がっていく。
 傷跡は残ったが、それ以外は元通りだった。

「聖女?いやでも傷が残ってる。これは治癒魔法!?魔女だ!」

「この魔女め!俺がここで成敗してやる!」

「いやっ!?」

 ルルシアは雲行きが変わったと察した。
 少女は少年を助けたのにどうして護衛に殺されそうになっているのか理解できなかったからだった。

「ちょっとちょっと!?」

「なっ!?剣が動かない!?」

「なんでそうなるわけ?護衛対象が死んでたら極刑になるのは貴方達でしょうに」
 
 いくら魔法を使ったとしても、普通は感謝するに決まってる。
 極刑になるのを理解できないバカなのか、それとも極刑になり得ないほどの人間なのか。

「魔女め!これも貴様の仕業だな!」

「いってぇ。え、治ってる?」

「レイン様離れてください!婚約者様は魔女でした!」

「どういうことや?」

「つい先ほどその女がレイン様の傷を治しました!傷痕が残った為それは治癒魔法だと思われます!」

「ロアが治してくれたんやな!おおきに!」

「レイン様!?」

「護衛が単純にバカなだけかぁ」

 ルルシアは呆れて物が言えない。
 小娘の自分でも想像できた事を大人が想像し得なかったのだ。
 ため息の一つも吐きたくなるだろう。

「それでなんや?自分ら、ワイの命恩人に何しようとしたんや?」

「そ、それは・・・」

「ここに来てやっと事の重大さに気付いたんだ。そこの君ー」

 ルルシアは護衛達がムカつく言い訳を始める前に、少年に真実を告げる事を選んだ。

「自分誰や?いやここは公爵の敷地・・・フェリシア嬢ですか?」

「私はその妹ー!彼ら、その子の事を魔女ってことで殺そうとしたのよー」

「妹?名前は何ちゅーたか?まぁええわ。今のほんまかいな?」

「そ,そんなことあるわけないじゃないですか」

「あら、私が抑えているのになおそれだけの力を加えてるなんて、もう殺そうとしてる以外に考えられないんだけど?」

「貴様も魔女か!ええい!魔女はすぐに淘汰せねばならぬのだ!」

「なるほどなぁ自分ら、覚悟はできとるんかいな?」

「お待ちくださいレインさーーー」

 問答無用と言わんばかりに、護衛の人たちは斬り伏せられた。
 少女もその様子には慣れているのか、そこまで怖がっては居なかった。

「わー、殺しちゃっていいの?」

「ロアを殺そうとしたんや。当然やろ。自分名前は?」

「私はルルシアよ。えーっとレインにロアーナ?」

「なんや、ワイらのこと知っとんのかい」

「私のことも」

「貴族名鑑で見たわ。馬車の御者も居なくなって困るでしょ?どこに向かってたかは知らないけど上がっていきなさいよ」

「ほな遠慮なくそうさせてもらうわ!ロア」

「えっと、お邪魔します」

 二人は護衛達の死体をガイアウルフの爪で肉を抉りやられたように細工して森に捨てた後、ルルシアの住む離れの邸に入った。
 
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