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五章

帝国での会議

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 リアス達がアルゴノート領で戦闘が始まった頃、帝都にはヒャルハッハ王国から帰還して間もないエルーザが宮殿で、国境警備をしていた領主騎士団の団長ガリオの話を聞いて頭を抱えていた。

「ガリオ、余は其方を信頼している。だからもう一度言ってくれ」

「はっ!現在、国境にて白銀のガーナに襲われていたロックバンド商国の人間を、捕虜と言うことを名目に保護をしております」

「それはわかってる。その後だ」

「彼等を処刑する許可をいただきたく、馳せ参じました!」

 それは捕虜を保護していると言ったにも関わらず、命を奪わしてほしいという許可だった。
 クレセントが亡命者全員を、ガリオにアルゴノート領まで連れて来てもらった後に彼等にリアスを通してある提案をしたのだ。
 ”君達はここで死ね“と。
 もちろんそれは言葉のままの意味ではなく、仮にも商人を生業とする彼等もその意味を理解していた。
 その言葉の意味は、自身の功績や人脈を全て捨てて、帝国の国民として新たに戸籍を作り、人生をやり直すと言うことを意味し、それを商人達はよく理解していた。
 もちろんこのままで居ると言う選択肢はあるが、エグゼリアガソ翁国の白銀のガーナに目をつけられている彼等を囲うデメリットが大き過ぎるため、帝国に居続けさせる許可は降りない。
 選ぶのは愚か者と言っていいだろう。
 しかし人生をやり直すのも決して簡単なことではなかった。
 リアスやリリィの様に肉体自体を失い、文字通り別の人間としてやり直すのとは訳が違う。
 商人は信用が第一であり、経歴を注視する。
 新しい戸籍を用意できたとしても、その経歴までを全て引き継ぐのは難しい。
 何故なら戸籍を変えること自体がそんなに簡単なことじゃないし、出来たとしても処刑された人間と経歴が同じなど、戸籍を変えて暮らしてるとバラす様なものだ。
 そんな信用すらも全て捨てて、一からやり直すのは決して簡単なことじゃない。
 下手をしたら死ぬほうがこの先の人生を考えれば楽かもしれないのだ。
 なにせほとんどの人間は、ゼロからスタートする年齢ではないからだ。
 それでも命を捨てずにやり直すことを商人達は選んだ。
 最もエルーザはそんなことを知る由もない。
 
「いくら不法入国して、更に翁国の白銀から目をつけられてるとは言え、処刑するには不十分だ。お前は余を帝国の暴君として君臨させたいのか?」

 本来であれば
 これはただの処刑じゃない。
 エグゼリアガソ翁国に対する宣戦布告の材料を消すための処刑なのだ。
 故に周知しなければならなかった。

「畏れ多い。陛下は明君にございます。アルゴノート家長男のリアスが、陛下なら必ず許可をしてくれると申しております」

 一応ここは公の場であり、宰相アデル以外にもその他の貴族がいる。
 そして男爵家でどぶさらいの家系のリアスが、神話級の契約者に選ばれたことを面白くも思っていない人物達だ。

「はぁー、リアスか。ってことはあいつは、その彼等を欲してる訳だ」

「さすがです陛下」

「陛下、よろしいですか?」

「なんだベイマン卿」

 財務大臣を担うパトリック・フォン・ペイマンが手を上げエルーザに発言の許可を求める。
 彼等はよくは思っていなくとも、国益を考えてリアスに何も行わない感情に流されない人間達である。
 故にこの場での発言は、意味のあるものと言えるため許可をする。

「罪状が不法入国のみの場合にその様なことをすれば、周辺諸国から糾弾は逃れられません」

「それは先程言った通り、余も思っていることだ」

 二人の視線はガリオへと向かっていく。
 そこのところはどうする気なのかと目で訴えていたのだ。

「私個人の意見を発言してもよろしいですか?」

「構わん。言ってみろ」

「個人としては、この方法には問題しかないと考えています」

 ほう、と顎を撫でるエルーザ。
 処刑の許可をもらったその口で、問題しかないと堂々という彼には、何か妙案があると思ったからだ。

「彼が処刑を選択したのかわかります」

「言ってみろ」

「公開処刑でない限り、死体の確認のしようがないからです」

「ふむ。たしかに処刑ならば死体の偽装という手間も無くなる。基本的に処刑者が遺族に骨壷を渡す様になってはいるが、滅亡した国にそれを送りつける必要もなければ、全く無関係のエグゼリアガソに送る義務もない」

「しかし、陛下の言った通り周辺諸国は確実に糾弾してくるでしょう。そして我々は言い訳をすることしかできません」

「そうだな。それで?それだけのことがわかっているのに提案したのは何故だ?」

「この地を去った商人達に多くを戻ってきてもらう為、じゃあ薄いですか?」

 ロックバンドがエグゼリアガソにより滅んだことは、最早世界規模にまで知れ渡っている。
 そこから亡命してきた人間を、不法侵入で再び追い出せば、神話級の精霊の契約者でもある白銀のガーナに殺される可能性は高いしそれを理解する人間も多いだろう。
 しかし商人がそんな彼等を国が処刑したと知ればどうなるだろうか。
 憤る人間は少なからずいるだろうが、それでも聡い彼等は気づく。
 そんな情状酌量の余地があるのに処刑が実行されれば、彼等を救う為に帝国が汚名を被ったと。
 そうなれば、一部の商人は再び帝国へと足を運ぶ可能性はある。
 商国は滅んでしまったが、商会自体は国に留まっていた訳でない為、商いを再開する所も多いだろう。
 そんな彼等が帝国と再び良い関係を結ぶ為に動く可能性は十分ある。
 
「陛下。現状に満足している人間は停滞します。しかし本国の後ろ盾を無くした彼等なら動く可能性は十分あります」

「ふむ。アデルがそう言うなら一考の価値はあるか」

「陛下発言をよろしいですか?」

 続いて手を挙げるのは、帝国騎士団の団長であるジャミール・フォン・デストラ騎士爵。
 ライザー帝国には領主を中心として作られ、辺境に遠征という名目の警備を行う領主騎士団と、帝都の治安を守る帝国騎士団が存在する。
 そしてジャミールは平民出身だったが30年の勤務を終え、46歳になる現在は爵位を承り団長というポジションについている。
 この世界はそれほど平和ではない為、彼の功績は数知れない。
 彼の出自は不明だったが、そんな人間は騎士には数多くいる。

「デストラ卿、発言を許す」

「失礼ではありますが、この国の商人への評判の現状はそれほど良くはありません。いえ、悪いまで言えます。そんな我々が彼等を救ったところで、周辺諸国との戦になることも考えれば、負債が大き過ぎると思うのですが」

「貴様!」

 声を荒げるのは外交官を務めるロリマーリ・フォン・レナード公爵。
 レナード公爵はターニャ家に並ぶ帝国の公爵家の一つであり、その当主であるロリマーリは国を繋ぐ貿易を主に担当する外交官だ。
 そして商人への評判が悪いのはロリマーリの責任であると遠回しにジャミールはそう言ったのだ。

「何か間違ったことでも?」

「この浅ましい騎士風情が!」

 この二人は仲が余り良くはない。
 汚職で何度も逮捕されているロリマーリと、汚職が何一つ見つからないジャミール。
 彼らは正反対の人間であり、何度も何度も対立している。
 同族嫌悪か、はたまた何か別の理由があるのか。

「レナード閣下。貴方に発言権はありません。陛下の御前ということをお忘れか!」

 アデルはロリマーリを叱責し口を閉じる様に命令した。
 当然この国で総理の立ち位置にある宰相への反論は、皇帝であるエルーザへの反旗と捉えられてもおかしくない為口をつぐむ。

「ふむ。デストラ卿の意見は間違っていない。余も商人達が愚父の行いを許すとは思えないのだ。だが、アルゴノート家長男が絡んでいるとすれば負債については問題ない。貴公らの階級では前世に立ってないから知らないだろうが、奴は婚約者と使用人の娘とたった三人で、魔物大量発生スタンピードを乗り切ったのだ」

 周囲がざわめき始める。
 そのことは箝口令を敷いていたのだが、リアスが神話級の精霊と契約している事を話してしまった以上、奪おうとする輩も現れる。
 むしろ話してしまったことでリアスを守ると言う意味でも、この事を公開するのは正しい判断ではあった。

「し、信じられん!たかが男爵風情が!」

「貴様!陛下の発言権を申し出ないどころか侮辱までする気か!」

 アデルの叱責を、手を出して止めるエルーザ。
 無理もないのだ。
 エルーザも含め、リアスやミライ達がそれほどの戦闘能力を有しているとは思って居なかったのだから。

「よい。レナード公が信じられない気持ちもわかるが、神話級の精霊の契約者はどれもそうなのだ」

「失礼を承知ですが、そんなことは可能なのですか?」

「余がなんのために其方を憚らなければならない?」

「も、申し訳ありません」

 男爵家を庇う理由が特筆した戦闘能力を持っているという以外の理由で庇うのはメリットがないからだ。
 アルゴノート領の発展は目を見張る物があるが、領地内で経済を回せる程度で外に回す余力はまだ無い。
 国益を考えると、発展途上ではあるが他の貴族達の不況を買うにはまだ足りなかった。
 
「もう良い。ガリオ領主騎士団長」

「はっ!」

「処刑を許可する」

「感謝致します」

「ただし、処刑の罪状はこちらの好きなようにさせてもらう」

「かしこまりました。それでは私はこれで」

 そういうとガリオは宮殿を後にした。

「陛下!このことはあまりにも、神話級の精霊の持ち主と知己とは言え横暴でございます」

「我々はまだ納得しておりません。不法入国者を囲うのは恐らく優秀だからでしょう。ですが白銀のガーナを敵に回して得るほどのメリットではございません!」

 残った家臣達はそれぞれエルーザに対して異議を唱える。

「あぁ、余もそう思うよ」

「でしたら------」

「つい先ほど帰国したばかりなのだ。今は内政で揉めてる場合じゃない。アデル」

 頭を抱えながら憂鬱そうに、手をひらひらと向けて玉座へと座るエルーザ。
 アデルはそれを合図に資料を手に取り口を開き始める。

「先ほど、停戦条約を結んだヒャルハッハ王国から書簡が届きました」

 停戦条約してすぐに書簡を飛ばしてくる当たりは、律儀と言える。
 しかしその書簡に書いてある内容を考えれば、とても正気の国のやることではないことがわかる。

「書簡にはこう書かれておりました」

 その内容はヒャルハッハ王国は停戦条約を結んだ為に送られてきたものだった。
 そしてそこには衝撃の内容が描かれていた。
 ヒャルハッハ王国はエグゾリアガソへと宣戦布告をしたとのことだった。

「これは!?」

「いや・・・しかし」

 口々に信じられないという声がこぼれる。
 そしてエルーザの意図を理解した貴族達は、それぞれ平伏する。

「陛下はこのことをご存じだった為に許可をしたのですね?」

「そうだ」

「大変失礼を申し上げました。申し訳ありません」

 ヒャルハッハ王国とはあくまで停戦条約が結ばれているだけ。
 もしこの状態でエグゾリアガソへと宣戦布告をした場合、停戦条約を凍結させるためにエグゾリアガソは躍起になられただろう。
 その点で、この処刑を実行したという事が公布されれば、間接的にエグゼリアガソとは良好な関係でいたいという意思表示になる。
 逆にロックバンド商国の商人達を強制退去させた場合は、エグゼリアガソと揉めたくないと思われるだけでエグゼリアガソからの圧力が来ないとは限らない。
 戦争を出来るほど、ライザー帝国の懐事情はあまりよくはない。
 いくら神話級の精霊持ちがいたとしても、頭脳がある人間と魔物とじゃ同じ量でも国を守り切れる可能性は決して高くはない。

「いい。ヒャルハッハ王国とは停戦条約を結んでいるが、今までの歴史でこの条約が守られた期間はあまり長くない。エグゼリアガソがここで勝とうが負けようが、奴らに媚びを売るのは決して悪いことじゃない」

「仰るとおりでございます」

「うむ。罪状は不法入国、並び国家を危険に晒した国家転覆罪とする。アデル、交付する準備をしておけ」

「御意」

 それから宮殿は忙しくなる。
 アデルを始めとした家臣達の忙しさは過去類を見ないほどだった。
 だから気づかない。
 ライザー帝国が過去類を見るほどの危機が訪れようとしていたことに。



 一般公務を終え、執務室へと戻ったエルーザ。
 内職をする為に執務室に戻ったのだが、席に着いた途端に大きなため息を吐く。

「はぁぁぁあ」

「ため息つくと幸せ逃げてくぞ?」

「うっさいわ。アタシは疲れてんだよ。幸せ逃げてくたしたら、執務室で二人きりでアタシといるあんただろ?」

「俺は大丈夫だ。セミールはそんな事を疑うやつじゃない。お前が皇帝な以上護衛は必須だからな」

 同室するのは、英雄のスカイベル。
 いつもの護衛に就く者たちには、先日までのヒャルハッハへの動向で負担をかけた為、彼等に暇を出したのだ。

「はいそうですかい」

「それにしてもお前、公の場とラフな状態で全然話し方違うよな。俺には真似できないぜ?」

「お前の息子は、アタシの息子に対してずっと猫かぶってたがな。皮肉なもんだよ。子供と関わる機会の多かったアタシのが子育てに失敗してるなんてね」

 国境でヒャルハッハを牽制してた英雄のスカイベルはほとんど家に帰っていないので、グランベルの教育は家庭教師達が行っていた。
 対してほとんど宮殿で暮らすエルーザは皇子三人の教育を失敗している。
 アルバートは傲慢に、ガランは非常識に、ジノアは信用しなかった事で廃嫡にまだしてしまったことに。

「たしかにジノアは不憫だよなぁ。あいつはまっすぐ育ったのにヨォ」
 
「アタシが一番ジノアを信じてやらないといけなかったのにさ。子供達はジノアを信じ、結果として正しかった」

 ジノアの婚約者のアルターニアやリアス一行は、完全に信じていたかはともかくジノアについた。
 その結果はアルバートはガランに誑かされ、ガランはセバスに誑かされた上に両脚を失い幽閉。
 ジノアだけが正しい道に進んだと言える。

「そこは仕方あるまい。これから関係を回復させていくしかあるまい」

「皇帝としてはまだわからないが、母としてはもうダメだろうね」

 一番苦しい時に助けてあげられなかった。
 ジノアが令嬢達は襲ってはいないと言う事実を知った時、母としてエルーザは胸が張り裂けそうになった。
 それと同時に、その事を証明できない自分自身に憤りも覚えた。
 廃嫡した事実とその噂は二度と消えない。
 アルターニアが居なければ心が壊れていたかも知れない。
 リアスがいなければその事実が公になる機会がなかったかも知れない。
 そう考えただけでヒャルハッハ王国へ向かう時、エルーザは涙が止まらなかった。

「ジノアには一生残る傷を作ってしまった」

「あー、ヒャルハッハに向かう時からイジイジうっせぇな!ジノアは周りに恵まれて荒んでないんだ。まだやり直す機会があったからいいだろうが!」

「それだけじゃない。アルバートもガランも大事な息子だ。だと言うのに・・・」

 アルバートやジノアよりも、ガランが一番問題だろう。
 なにせ二度と自分の足で歩くことができないのだから。

「もう過ぎちまった事だ。アルバートは少年のところで再教育だろう?」

「アデルが頼んでくれたそうだからな」

「なら問題ないだろう。なんならガランの義足でも作ってもらったどうだ?アルゴノート領は魔道具に卓越している」

 スカイベルなりにエルーザを慰めるつもりで言ったのだが、それが更に沈むことになる。

「全てリアスのおかげね。アタシって本当に人を見る目がないわ。セバスやジノアの事もそうだけど、リアスは国の戦力程度にしか考えてなかったよ」

 聖女リリィの間違った道を正しジノアを救った。
 これだけでもライザー帝国の未来は変わったと言える。
 アルバートの強い後ろ盾は無くなり国が荒れる事も無くなったし、ジノアの事実をやり直しがまだ効く段階でエルーザが知れた事で、後悔こそしているが心は壊れなかった。
 ジノアが命を投げ出していれば、後悔し心が壊れていたことは間違いない。
 なにせジノアもエルーザの腹を痛めて産んだ子供なのだから。

「まぁ気にするなとは言えないがな。それよりもさっさと公務を------」

「エルーザ!」

「こんな時に面倒な奴が。なんだゼラル」

 執務室へと扉をバンっと開け入ってくる無礼な人間が突撃してくる。
 それはゼラル・フォン・ティタニア。
 髪色が青色で顔面右側にに刺青を入れている男だった。
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