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五章

大人しい人間の怒り

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「ナイスウル」

「貴女のがすごいわミライ。よくあの距離に魔法を当てられるわね」

 アルゴノート領で最も眺めが良い塔、デスティニータワーにてお互いを褒め合うミライとウル。
 ウルの弓が、アルバートの後方へと部分転移させたファウストの腕を穿った。
 そしてダメ撃ちとばかりにその矢にライトニングスピアを当てて、全身を痺れさせて一時的に動きを止めたのがミライだ。

「でもよかったの?あの金髪の彼を殺しちゃって」

 ウルの言う金髪の彼とはファウストのことだ。
 リアスは殺人を好まないと言うのは聞いていたし、何より明確にこちらを攻めてきた証拠もないのにと思ったのだ。

「ロウには予め敵に殺意がなかったら捕らえるように言っといたよ。今回アルバートを、街に入るのが一番早そうな彼の所に配置したのは、皇子だとわかっていてそれでも殺しに来るかの確認の為」

 この闘いの頭はミライとなり、全員に指示を出して配置を行なっていた。
 アルバートは最初こそ命令されるのに駄々をこねたが、ロウの説得により渋々と承諾してファウストのくる場所へと配置についたのだ。
 
「これで心置きなく殺せるねー!皇子の命もお構いなしに狙うような輩相手に、手加減するつもりもないよ」

「アタシは絶対あんたの敵にはなりたくないわ」

 純粋無垢な笑顔で容赦のなく殺すと言う言葉が出てくるミライに、少しだけ背筋がゾクっとするウル。

「見てきたわよミライ。この領地に近づいてくる残り4人はわたし達無しでもギリギリいけそうよ」

 リリィの転生特典を使って、この領地に迫ってくる、セコン、ライアン、フォルテ、フィニアの4人の最大火力を解析を行なった。
 そして現在配置している人間達で十分対処できると判断出来たから彼女は戻ってきた。

「残念です。魔法の腕は向上しませんでしたが、わたしもかなり鍛えたと言うのに」

「ふふっ。イルミナの気持ちもわかるけど、みんなに任せよ?」

「はい、承知しております」

 この塔には今、ミライ、イルミナ、リリィ、ウルがいた。
 他の場所に配置しているのはそれ以外の人物である。

「よっと!リリィ戻ってたんだな」

「グランベル遅い!リアス達の様子はどうだった?」

「あぁ、なんか兵士達の肉体が、ニコラみたいになっててさ。一応軍師殿に報告しとこうと思って」

「了解。でもスノーもいるし大丈夫でしょ。それに今のリアスくんならなんとかしそう」

「リアスってそんなに強くなってんのか?」

「むっさんとツリムが鍛えたんだよ。そりゃもうすごいね」

「しまったなぁ、あいつの戦ってる姿見とけばよかった」

「多分ジノアに譲るでしょ。無駄だよ無駄~」

 ミライは椅子の背もたれに寄りかかり、うわーと身体を逸らして伸びをした。

「それにしても敵はわたし達を舐めてるのかしらね?」

「ボクが向こうの大将なら、下調べの時点でSランクの魔物が人と交流ある領地に手を出したりしないよ」

「力を過信しているのも否定できないだろ?俺達相手に舐めてる」

「それもないとは言い切れないけど、だとしたら複数の方向から攻める戦法なんてしないよ」

「なんでだ?複数に分散して攻めるなんて、自身の力を過信して警戒が緩んでるんじゃないのか?」

「最大限の警戒をしてるからこそ、強者を複数人で同時に相手にするのを避けたかったんだよ」

「と言うと?」

 どこまで把握しているかはわからない。
 しかしリアスが神話級精霊の契約者であることは、エルーザによって各国へと知れ渡っている。
 そして敵が自国内の人間である以上リアスを警戒することは必然なのだ。
 いくらバカでも神話級の精霊を相手にしたらどうなるかくらいはわかる。
 マルデリンにリアスが神話級精霊の契約者と言う事実は、アルテリシアによって耳に入らないようにされていたのだが。
 そうじゃなくてもリアスが聖女を救ったと言う事実は貴族内では噂になっている。
 戦力として警戒しない愚か者はそうそういないだろう。

「なるほどな。確かにアルバートの醜聞以上に、リアスの功績が知れ渡るのは当たり前だ。リアスを警戒するのも頷ける」

「ただ状況を見るに、リアスくんを避けたいというわけじゃなく、アルゴノートの戦力がどの程度か把握できていないところにあるのかな」

「は?まさかぁ?仮にも進軍する形を取ってるんだぜ?情報収集は必須事項だろ。俺がいくら馬鹿だからってそれくらいはわかるぞ?」

「その通りだよ。舐めてると言うのもあながち間違いじゃないかもね。恐らくアルテリシア、リアスくんが今対峙してる男が元から潜伏していて、他の5人を呼んだってところかな?」

 ミライは状況から、正解とも言える答えに辿り着く。
 パズルのピースから答えに辿り着くのは、この領地にいる誰よりもミライが上でありだからこそ指揮をとっている。

「なるほど、アルテリシアがこの領地を舐めているのか------」

「或いは情報が古いか、だね。ボク的には後者が濃厚かな」

「そうね。アタシのスキルでは会話までは聞き取れないけど、姉御の攻撃に驚いた様子を見るからにアタシ達が来る前の情報はないと見るのが正しいかな」

「だとすりゃああれか。リアスのネームバリューは強すぎて、その程度の戦力だと認識されているってことか」

「そうだね。少なくとも夏季休業にリアスくんが帰省することくらいは予測できるし、リアスくんの名誉を下げるなら寧ろリアスくんがいる時に進軍を行う方がいい。リアスくんが敵戦力に対処できずに敗北と言うのが、あちら側の一番の目的だろうからね」

 リアスの名声を下げることがマルデリンの目的であるため、リアスを貶める作戦は仕方のないことだった。
 アルテリシアの誤算は、リアス以外に帰省してくる戦力を把握していないことにあるだろう。

「もしそれが全て本当なら、彼等はとことん救いようがないわね。わたしだってそんなことしないよ。本当に貴族かしら?」

「流石リリィ、多分マルデリンを殺したことと、皇子であるアルバートを殺そうとしたことから、この国の人間ではないと思う」

「他国の間者ですか」

「うん。少なくともアルバートと対峙していた奴は他国の人間。いくらアルバートの素行の悪さが国中に回ってたとしても、エルーザ陛下の息子を殺す選択肢を取る人間がいるとしたら、それは最早アルゴノートの一件では済まない。国取だよ」

 国取りとは滑稽な話だったが、この場で笑える者はいない。
 何故なら、自国の人間であるならばこの数分での出来事は正しく国取りではあるのだ。

「あまりも荒唐無稽な話ですね」

「まったくだよー!んーっ、けどどうやら敵さんもそれなりに出来るのもいるみたいだねー!ここの場所がわかったみたいだよ」

 ミライが言った途端、この場にいた全員が驚く間も無く警戒体制に入り、グランベルの後方から脚が出てくる。
 冷静に左の剣で受け止め右の剣を逆手持ちで後ろに突き刺した。
 しかしその剣は空を切る。

「避けられたよグランベル」

「わかってる!!ゴリュー!」

『任せるけぇ!マッドロール!』

 本来であれば段差を作ってバランスを崩す魔法だが、今回はそれを利用して勢いよく飛び上がる。
 何故敵にそれをしないかと言うと、グランベルのいる位置が塔の手すりであって、その後ろ側が攻撃が来ると言うことは空中にいることになるからだ。
 その状態で攻撃を避けつつ、自分自身が攻撃できる体制になるには飛び上がるのが一番良かった。
 上を取り、敵を視認するグランベル。
 その姿はマントを羽織ったグランベルでも感じとれる禍々しい魔力を持った男の姿だった。
 彼は六人の実験体の一人のフォルテだ。

「喰らえ!」

 両手に持つ剣を十字にして振るい、前方に斬撃を飛ばすグランベル。
 魔力を纏うことをおぼえたからこその斬撃だ。
 イルミナほどではないしろ、同様に魔力が少ない。
 その為に工夫を強いられ、鬼神のロウと同じように魔力を剣に纏わせることを選んだ。
 しかしロウのような剣の延長戦ではない。
 フォルテが、グランベルの攻撃を防ぐ為マントを前に突き出す。

「甘ぇ!」

「ッ!なんだ?」

 斬撃が変化したのだ。
 マントを避けるように曲がっていき再び元の斬撃に戻った。
 これはツリムの修行の一環で、魔力制御を学んだことにより生み出したグランベルだけの魔法、固有魔法オリジナル残像変化デクレアフタージュだ。
 当然フォルテは後ろに下がり魔法を受け止めようとするが、それでも残像変化は止まらない。
 今度は無数の斬撃へと変化しフォルテを襲う。

「普通じゃない」

「あー、マジかよ!」

 斬撃が全て止まっている。
 それはまるで、ツリムの境界斥力フォライズンの様に。

境界斥力フォライズンみたいだな」

「リリィの転生特典の弱点って、最大火力しか見極められないとこだよねー。まぁどのみち火力がない以上決めてもないんだけど」

『ミライ様、人間を侮ると・・・』

「わかってるよナスタリウム。ボクだって半分は人間なんだから」

 侮っているわけじゃない。
 純粋な力量差を鑑みて判断している。
 これだけじゃわからないけれど、少なくともリアスを警戒している時点で神話級の精霊には対抗できないと言っているも同然だ。
 そしてミライは人間とのハーフではあるが、神話級の精霊。
 
「人の気配が多いから来てみれば、これほどの逸材を隠しているとは、流石は神話級の精霊を領主に持つ領民と言ったところか」

「リアスくんは領主じゃないよ?」

「我々には関係ない」

「我々ってセバスとかのことかな?」

 フォルテに質問するミライ。
 お前達はセバスの息がかかっているのかと聞いたのだ。
 しかしフォルテは眉一つ動かさない。

「セバス?なんのことかさっぱりだ」

「あくまで隠し通すんだね。ふーん」

「なんだ?」

「いやーなんでもないよー」

「いい加減いいか?俺はこいつを攻略したくてウズウズしてんだが」

「ミライが話してるんだから少しくらい我慢しなよ」

「だってよぉ!」

 ウルは黙っていつでも狙撃できる位置へと移動している。
 あまりにも連携が早く、崩すには骨があると判断し逃走を図るフォルテ。
 一度は攻めに転じたものの、彼の役目は陽動であり戦力を削ることではなかった。
 
(勝てないとまでは言わないが、俺は俺の役目を全うしよう)

「逃げようとしてるのか?たしかにそうやって浮かばれたら俺達には為す術がねぇ」 

 グランベルは飛び上がり、フォルテの方へと近づいていく。

(挑発?だけど地の利はこちらにある)

 そう、ほんの一瞬だけ欲が出てしまった。
 その一瞬が彼の命となる。

細君支柱フィアンコネクト!」

 ミライの周りから雷の魔力が流れ出る。
 そしてそれはフォルテとグランベルの周りを煽ってしまった。
 そしてグランベルはその魔力へと着地する。
 細君支柱フィアンコネクトで作られた魔力は物理影響をもたらす。
 そして並大抵では脱出ができない。

「なんだこれは!?」

「わぁ!初めて表情筋が動いたねー!でもそれを答える義理も術も君にはないよー」

「なにっ!?」

「だって君の目的は領民の虐殺でしょ?ふふふ」

(馬鹿な!?まさかこいつは心が読めるのか?)

 ミライは細君支柱フィアンコネクト使用中のみ、脳の電子信号にある程度介入ができる様になった。
 フォルテの脳にも介入し、そのうちの一つに領民の虐殺と言うものがあった。
 陽動とはいえ、リアスの大事な領民に手を出そうとしたことはミライにとっては許し難い行為だ。

「ボク的にも領地のみんなはとーっても大事なんだよ?あったかいんだ。だからさグランベル。彼を殺せ」

 その声色はとても普段のミライから発せられる様なものではなく、味方ですら顔色を悪くする様な怒りを含んだ声だった。

「あ、えっと・・」

「どうしたの?加勢いる?」

 グランベルは少しだけミライの声色に動揺している。
 しかしいつまでも呆けてるわけにはいかない。

「いや、なんでもねぇ!加勢なんかいらない!俺はこいつを自らの手で叩き潰す!」

「ひとり?ひとりだと!?舐めるなよ小娘がっ!」

 フォルテもまた怒りで頭の中がどうにかなりそうだった。
 ミライは彼の読み取れただけの思考からかなりプライドの高い人間であることが窺え、さらに自身の力を過信もしていた。
 そういう人間の尺に触る様な思考の持ち主は、ミライの好物でもある。

「喚いてもいいけど、ボクばっか見てて余裕だね」

「なんだ------っと!」

 グランベルの剣速は父親譲りでかなり速い。
 そして狭い空間において、動きが制限される様な場所においてはリアスの動きすらも凌ぐほどだ。
 フォルテとグランベルの実力はミライの見た限りでは互角かよくてフォルテに軍配が上がると言った評価だったが、狭い空間に関していえばグランベルのワンマン勝負になることは確かだった。

「なんだこの速さは!」

「なんだなんだ?まさか追いつけないとか言うなヨォ!」

 グランベルは壁や天井を蹴って、スーパーボールの様に跳弾して攻撃を行っている。
 その勢いのおかげで本来持ってないはずの速度が段々と上がってきているのだ。
 フォルテは今でも速いと感じていたのに、グランベルが更に加速し始めたことに驚いている。

「どれだけ、加速------」

「首いただき!」

 首に向けて剣を薙ぐ。
 決着はついたと思われた。
 しかしグランベルの剣は、首元から下を覆っているフォルテのマントに塞がれてしまう。

「んっ!?」

「チッ、ムカつくがテメェらはできるってことがわかった。こっちも全力で行く!」

 その瞬間空気を振動させるような音が鳴り始める。
 まるで悲鳴をあげているかの様な.そしてどこか諦めたくなる様な、そんな絶望感が心に支配される。
 それは最初に感じた禍々しい魔力とは打って変わり暖かい気配だ。
 それが何より恐ろしく、グランベルもまた恐怖に駆られる。
 無垢という気持ちがこれほどまでに多大な影響を受けるとは夢にも思っていなかった

「覚悟はできているな?」

「ふふっ、アハハハ!」

 ミライが急に高笑いをし始め、面々達が一斉にミライの方へと顔を向ける。
 その瞬間恐怖感が霧散していることに気づかず。
 フォルテはと言うと、この状況で冷静さを欠いてくれることを期待していた為、忌々しそうにミライを睨みつけている。

「負けそうになってたから本気を出すとか、創作じゃないんだからありえないよぶぁぁか!なにが覚悟はできてるなだよ、三流?ふふふっ、面白いねー!君の主人は一体何に期待したんだろうねぇ」

「貴様!思考が読み取れるのだったなくそっ!貴様だけは亡き者にしなければならないようだ」

「あー無理無理。あんた、そこのグランベルにすら勝てないんだから。グランベル。彼は念動力の使い手で念じるだけで物を持ち上げる能力を持つ。でも気をつけなきゃいけないのは空気摩擦による炎の攻撃と小針による暗器の攻撃だけだよ。彼は実験の影響で魔力は恐ろしいほど痛いけど大した魔法も使えない。そして自身の肉体以外を持ち上げることはできないからね」

 全ての能力の情報を洗いざらい吐かれてしまう。
 フォルテの念動力は初見殺しであり、暗器にしろ炎にしろわかっていたら塞がれてしまうのだ。
 特にグランベルは魔剣士であり、勘が鋭く炎も土の壁を作り出すことで防げる。
 たとえ空中であっても無から有を生み出す魔法なら可能な防御方法だ。

「貴様ぁぁぁぁぁ!」

「ね?ちっちゃい男でしょ?グランベルはこんなのに負けるの?仮にもボクの婚約者に勝利をもぎ取ったひとりなんだから、負けないでよ?」

「ははっ、これだけの情報があって負けるかよ!」

 グランベルによる一方的な蹂躙がまさに始まろうとしている。
 もしこの闘いでフォルテが負ける様なことがあればその敗因は、怒らせてはいけない人間を怒らせてしまったことだろう。
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