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五章
虚をつく配置
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ファウストはアルテリシアの指示によりアルゴノート領へと少しだけ早く辿り着いていた。
そこで見たものは、聞いていた情報とはかけ離れたものだった。
「都心に負けないほどの活気がついてる街だって嘘だろ?いや他の方角からこの街に入った誰かのところが都心の様に賑わってる可能性もあるが・・・」
街には人影が全くない。
それどころか、人の気配すら消えてしまっている。
今ならここが廃してしまった街だと言われても驚かない自信がファウストにはあった。
それもそのはず。
リアスはあらかじめ非難誘導を済ませていて、この街に残ってる人間はほとんどいなかった。
「まるでもぬけの殻。いやもしかすればこのチクだけが廃れているのかもしれない・・・」
それは考えにくいという事は彼とてわかっている。
たしかに気配はないが、ここは廃していると言うにはあまりにも綺麗だからだ。
「考えられるのは------」
「策が読まれる、または露呈していて避難が済んでいるか?」
「アルバート・・・第一皇子?」
ファウストは理解ができていなかった。
いや例えこの場にいるのが六人の実験体の誰であったとしても、理解できる人間はいなかっただろう。
何せアルバートは護衛も付けずに一人なのだ。
ファニア以外のファウスト達の主な目的は、アルゴノート領の掌握もしくはいるであろう神話級の精霊の確保だ。
そこには皇族の殺害は含まれていない。
故にこの状況で戦うこと自体にファウストは危険を感じていた。
しかし皇族を殺害したともなれば、彼らの名声は上がる。
彼らの所属する組織には、実験によって手に入れた力を軽視している者も少なくない。
ここで名声をあげるチャンスだとファウストは判断した。
「なんだ?ころころと表情を変えるなんて」
「失礼。この国の第一皇子は愚かと聞いていたが、どうにも本当のようで驚いたのだ」
「この国?貴様、ライザー帝国の者ではないのか!」
「応える義理もない」
即座に帯刀してる剣に手をかけるファウスト。
対してアルバートは変わった動きもしない。
話をしようとしている態度だ。
甘いやつ。
そう思って剣を抜き、勢いに任せて振るった。
首を掻っ切って終わり。
そのはずだった・・・
「危ないではないか!」
「避けた?」
しかしそんなことで一々驚いたりはしない。
相手は仮にも皇太子候補の筆頭。
当然、護身術も学んでいる。
しかし護身術程度ならば、持久力がないと判断しすぐに攻勢へと繋いだ。
「ハァァァ!」
「貴様皇子たるこの俺にそれだけの刃を向けて、ただで済むと思うなよ?」
「構うものか」
何度も何度も剣を振るうが、その剣がアルバートに届くことはなかった。
まだ抜刀もしていないというのに、素の剣士としての実力は明らかになってしまう。
「ハァ、ハァ!何故皇子が!これほどまでの!実力を!?」
「別に不思議なことでもないだろう?母上だって外国からは恐れられているのだから」
驚きが隠せずにいるファウストを他所に鼻で笑うアルバート。
アルバートはここ数日、鬼神であるロウの動きを実際に目にして扱きを受けた。
ロウの剣の実力はそれこそ、歴戦の猛者であるグランベルの父である剣聖スカイベルとほぼ互角の実力なのだ。
更に加えて、魔力やスキルを操ることによりスカイベルを上回る。
当然ファウストの実力はそこにまで至っておらず、ほとんどゆっくりと見えていた。
そしてアルバートは魔力量の向上も図り、成功している。
「皇子たらしめる俺に刃を向けたらどうなるか。その身に刻め!」
初めてアルバートが腰に帯刀する剣に手をかける。
ファウストは咄嗟に剣を縦に構えて受け止めようとする。
しかしそれだけでは足りない。
アルバートの構えは居合術だ。
居合術、またの名前を抜刀術。
剣を鞘に収めた状態で、鞘から抜き放ち目にも止まらない一撃を加える。
「くっ!重いがこの程度------」
「甘いわ!」
居合術の真骨頂はここからにある。
鞘から抜き放つ一撃は確かに威力があり、速度もさながら避けにくい。
けれど確実に一撃で決められるかと聞かれれば、答えは否だ。
どんな斬撃も一閃であり、その一閃の範囲に入っていなければ当たらない。
言うに漏らさず、ファウストも居合の一撃を逸らした。
そこで来るのが二の太刀だ。
剣で受け止められた場合のニの太刀は、刀を後ろへと受け流し、後ろから振り切って斬り捨てる技だ。
案の定ファウストは剣を後ろに受け流され、ニ撃目を左脇腹から右肩まで斬りつけられ、鮮血が舞う。
そこからドクドクと血が溢れ出る。
「あっがっ!馬鹿な!?たかが皇子にこの私が!?」
「ふんっ!」
3回目以降は、通常抜刀時と対して変わらない剣術となる。
一度剣を鞘に納め、次の攻撃を伺うのが抜刀術の基本だ。
それでもなお剣を振るい続けるのは、アルバートはまだまだ未熟で実戦経験もない故に、相手が何か奥の手がある場合不利となるため、長期戦に持っていけないからだ。
アルバートの判断は正しい。
とても数日前まで、利己的な判断ができなかった皇子とは思えないほどの動きだ。
現にファウストはまだ奥の手が残っている。
しかしそれを使うということは、通常の戦闘力では皇子に劣ると認めてしまうことに他ならない。
「この状況でしのごの言えるはずもない、か」
出血が酷いのは事実であり、そして剣術もアルバートのがファウストより上だ。
このまま闘いが続けば負けるのはファウスト。
だからこそ、彼はとっておきを使わざる得ない。
「ふんっ!」
アルバートが剣を振り落としたときにファウストの右腕は切れるはずだった。
しかしファウストの右腕は、宙に舞うことなく消え去ってしまう。
それも持っていた剣ごと消え去った。
「腕が、消えた?」
「言い得て妙・・はぁっ!」
「ぐあっ!」
アルバートは後ろから斬りつけられる。
まるで援軍でも表れたかのように。
しかし鮮血はしない。
アルバートは、シングルによって防具を授けられているからだ。
「手応えが硬い。そこは皇子と言うことか」
斬りつけたと言うのに全くと言っていいほど斬った感触がなかったファウストは驚きを隠せない。
何らかの方法で後ろから斬りつけられたと口振りから察することができたアルバート。
実際ファウストの右腕と手に持つ剣は元に戻っており、どういう技を使用したのかまだは不明だったが後ろから斬りつけられたと言う事実だけはわかった。
「痛いではないか!だが貴様が皇子に手を出した意味がわかっているのだろうな!」
それは今更の話だったが、アルバートは自身が皇族であることを誇りに思っており、度々こう言ったことを言うのが好きだった。
言わずにはいられないのだ。
「わからないな。どうなるのだ?」
「不敬罪で投獄だ!そして一生俺の奴隷として働かせてやる」
「ほぅ、それは怖い」
しかしファウストは自信の能力の種が割れていないからと、強きの姿勢でアルバートと応対する。
その自信は彼の実験によって得た能力が魔法とは異なる物だからだ。
普通に闘っている分には割れることはない。
「貴様の剣術が強い事は認めざる得ないが、闘いにおいてはそれ以外も考慮にいれなければならない。故に、貴様では私には勝つことができないのだ!」
「最初から勝利発言とは、皇子である俺より目立つなんとけしからん行為!だが喜べ、俺は寛大だ!お前のその無礼極まりない行為も、その身ひとつで許してやる!」
いつの間にか納刀している剣をアルバートが手にかける。
ファウストはいち早く彼の剣技の特性を見抜いている。
威力があるのは初手の切り込みと、二刀目。
それ以外は常人の戦闘能力のそれと大差は無かった。
数日ですべてが鍛えられるほど世の中は甘くなく、本来であればアルバートはファウスト相手に一人で対峙して勝ちをもぎ取れるほど実勢経験も豊富ではない。
能力がわかっていない状態のままではアルバートに勝ち目はなかった。
「その技はもう見切った」
「なら試して見ると良い!」
居合術には致命的弱点がある。
それは超近接技であると言うこと。
「この間合いにさえ入らなければ何も問題は無い」
「そう思ってるなら好都合!覇者一閃」
アルバートの魔力が籠もった斬撃が前方に放たれる。
簡単に言えばロウの使う怒撥天-凪幽咫-の劣化版だ。
居合いで斬撃の残滓を生み出し、魔力で強化することによって時にどんな魔法をも凌ぐ高出力の遠距離攻撃となる。
覇者一閃でも、リアスが放つライジングトルネードを切り裂けると言うのだから、その威力がどれほどかはわかるだろう。
「斬撃を飛ばすか!ますます血が羨ましい」
どうあがいても剣士としては大成しなかったファウストは、皇子であるアルバートを妬む。
しかし負けてやる気もないので、再び今度は斬撃に合わせて身体分裂した。
ファウストの能力は部分テレポート。
その部分テレポートをもって、上下に少しだけ斬撃に合わせて身体を分裂させ難を凌ぐ。
そして再び右腕をアルバートの後ろへとテレポートさせ、剣を振りかざす。
今度は防具が確実にない首筋を狙った一撃。
「獲った!」
そう思ってファウストは、一瞬だけ。
その一瞬だけ気が緩んでしまう。
本来の彼なら気づけたのだ。
この場にアルバート、第一皇子がたった一人でいれる理由に。
シュッという空気を切る音と共に、剣を握っていた手に痛みが来る。
「ぐっがあ!」
ファウストがそれでも剣を落とさなかったのは矜恃か意地か。
手には何かが突き刺さり、痛みが途切れることはない。
しかしファウストに更なる痛みが襲い来る。
電流か何かが、身体中を駆け巡り肉体を硬直させる。
当然、部分テレポートも使用出来ない。
そしてニの太刀を残すアルバートは、剣を振り下ろそうとしていた。
「ま、待て!」
ファウストが実験体でテレポーテーションという稀少且つ有用性のある能力を得たにも関わらず、部分での転移能力しか出来なかったのには理由がある。
それは自分の死というものに恐怖を感じ、転移自体をすることができなかったのだった。
そしてこの状況でアルバートの剣に恐怖し、部分転位すらも上手く作用出来なくなってしまった。
そんな彼がアルバートのニの太刀を避けれるはずもなく------
「ぐあっ!くっ!」
「っ!?」
また避けられると思って、次の攻勢に出ようとしていたアルバートは幸か不幸か力が少しだけ抑え気味になってしまう。
故に、鈍い音がなりながら左肩に剣が突き刺さった。
そして剣が刺さったままだと、抜けなくなってしまう恐れがあるのですぐさまアルバートはファウストの身体から剣を引き抜いた。
当然、せき止められていた血液はドバドバとあふれだし、一瞬でファウストの足下が血で水浸しになる。
「痛ぇ、くそ!痛ぇ!!」
「命を取るつもりで狙ってはいたが、まさか避けないとは思わなかった」
「殺してやる!くそがっ!なんなんだよこれ!矢!?」
「チッ、避けないことを」
アルバートは自信が守られたことがわかる。
弓矢はクピドであるウルが得意としていることをアルバートも知っている。
攻撃が来る瞬間に、矢を放ちアルバートを助けたと言うことも。
アルバートはここまでされて、先ほどの攻撃の正体がわかる。
「なるほど。肉体の一部を転移させる魔法か?」
「・・・っ!」
忌々しいと言わんばかりの目をアルバートに向けるファウスト。
彼にそんな目を向けるのは、命のやりとりをしていたというのに、アルバートですら呆れてしまう。
それと同時に彼もまた自己嫌悪に浸っている。
自信の行動が間違っていると、アルバートはこれっぽっちも思ったことは無いし、今でも後悔はしていない。
しかし、自分の行動に実力が伴っていなかったこともまた事実。
ファウストは自分と比べて信念はないが力自体はかなりの物を持っていて、ウルが居なければ敗北していたという事実に頭を抱えたくなるほど、腸が煮えくりかえるほどの自己嫌悪となっている。
「いかんいかん。また鬼神のクソに何を言われるかわかったものではない」
「鬼神・・・だと?」
「Sランクの魔物だ。おっとこれ以上は言えん。帝国の機密事項だ」
「機密事項・・・」
「別に知る必要はないだろう。皇族の俺に手を出した以上、貴様は死刑確定なのだから」
最初からアルバートはファウストを殺すつもりでいた。
リアスやミライ、イルミナの様にあからさまに煽るも自信に害の無い奴をアルバートは積極的に不敬罪で咎めようとはしていない。
しかしファウストはどう考えても命を奪いに来た。
誇り高い皇族の自信を狙ったと言うことは、その誇りを穢したことを意味している。
死刑という言葉で、鬼神というSランクで災害とも言われる魔物の名前を出されたことで動揺していた気持ちを引き締める。
「殺されるのは貴様だ第一皇子アルバート!」
「それだけ深い傷を負っておきながら、それだけの叫び声を上げるとは大した物だ。どうだ?俺の臣下になるなら見逃してもいいぞ?」
「誰がなるか!」
「残念だ。最も俺が貴様を生かしたところで、リアス・フォン・アルゴノートが貴様を生かしておくとも思えない。やはりここで死ね」
その瞬間、ニヤリと笑うファウストはその場から姿を消した。
部分転移ではなく、自身を転移させることに成功した。
そう思われた------
迷うことなくアルバートが剣を振るうと同時に、ファウストが姿を現す。
そして振りかざされた剣で、胴体をもろに斬り割く。
「馬鹿な・・・」
「さすがに鬼神の目は誤魔化せなかったか」
「これは貸しでござるよ!」
そこには青髪の姿をした鬼神のロウが笑いながら刀を背負っていた。
その姿を見たファウストは直感でわかった。
自分達は手を出してはいけない物に手を出したのだと。
「感謝はしない。俺は皇族だからな!」
「あっそぉ。じゃあ今日のメニューは倍でござるなぁ?」
「は?え?ふ、ふざけるなぁ!」
「癇癪起こすと寿命が縮むでござるよー」
「がっはぁ・・・」
談笑し合ってるところを他所に、一人ふらふらと立ち上がるファウスト。
痛みでうまくテレポートもできなくなっている。
それでもまだ逃げようと必死に歩き出していた。
「その執念をもっと別のところに活かせば、アルバートくらいは倒せたと思うでござるけどなぁ」
「戯けたことを!俺は皇族だぞ!」
「主人様に・・・報告を」
最早虚として、いっそ哀れに思えてくる二人。
アルバートにロウは目くばせで殺してやれと伝えた。
「皇族に殺されることを敬意に思え!」
そう言ってアルバートは背中からファウストを刺した。
心臓の位置だ。
しばらく痙攣した後に、ファウストは絶命した。
ファウストから剣引き抜き、血を振り払って納刀するアルバート。
「この死体はサンプルになるでござるな。精霊の気配を感じるでござる」
「その行為は外道ではないか?」
「バカ言うなでござる。もし今の敵が、実力が備わっていたら拙者でも苦戦していたでござる」
「そ、それほどなのか?」
「これだからクソ皇子は・・・今日のメニューはもう少し厳しくいくでござる」
アルバートは青ざめて肩を震わす。
勝利したと言うのにまるで達成感がない彼は、ファウストの遺体を抱えてアルゴノート邸へと向かっていった。
そこで見たものは、聞いていた情報とはかけ離れたものだった。
「都心に負けないほどの活気がついてる街だって嘘だろ?いや他の方角からこの街に入った誰かのところが都心の様に賑わってる可能性もあるが・・・」
街には人影が全くない。
それどころか、人の気配すら消えてしまっている。
今ならここが廃してしまった街だと言われても驚かない自信がファウストにはあった。
それもそのはず。
リアスはあらかじめ非難誘導を済ませていて、この街に残ってる人間はほとんどいなかった。
「まるでもぬけの殻。いやもしかすればこのチクだけが廃れているのかもしれない・・・」
それは考えにくいという事は彼とてわかっている。
たしかに気配はないが、ここは廃していると言うにはあまりにも綺麗だからだ。
「考えられるのは------」
「策が読まれる、または露呈していて避難が済んでいるか?」
「アルバート・・・第一皇子?」
ファウストは理解ができていなかった。
いや例えこの場にいるのが六人の実験体の誰であったとしても、理解できる人間はいなかっただろう。
何せアルバートは護衛も付けずに一人なのだ。
ファニア以外のファウスト達の主な目的は、アルゴノート領の掌握もしくはいるであろう神話級の精霊の確保だ。
そこには皇族の殺害は含まれていない。
故にこの状況で戦うこと自体にファウストは危険を感じていた。
しかし皇族を殺害したともなれば、彼らの名声は上がる。
彼らの所属する組織には、実験によって手に入れた力を軽視している者も少なくない。
ここで名声をあげるチャンスだとファウストは判断した。
「なんだ?ころころと表情を変えるなんて」
「失礼。この国の第一皇子は愚かと聞いていたが、どうにも本当のようで驚いたのだ」
「この国?貴様、ライザー帝国の者ではないのか!」
「応える義理もない」
即座に帯刀してる剣に手をかけるファウスト。
対してアルバートは変わった動きもしない。
話をしようとしている態度だ。
甘いやつ。
そう思って剣を抜き、勢いに任せて振るった。
首を掻っ切って終わり。
そのはずだった・・・
「危ないではないか!」
「避けた?」
しかしそんなことで一々驚いたりはしない。
相手は仮にも皇太子候補の筆頭。
当然、護身術も学んでいる。
しかし護身術程度ならば、持久力がないと判断しすぐに攻勢へと繋いだ。
「ハァァァ!」
「貴様皇子たるこの俺にそれだけの刃を向けて、ただで済むと思うなよ?」
「構うものか」
何度も何度も剣を振るうが、その剣がアルバートに届くことはなかった。
まだ抜刀もしていないというのに、素の剣士としての実力は明らかになってしまう。
「ハァ、ハァ!何故皇子が!これほどまでの!実力を!?」
「別に不思議なことでもないだろう?母上だって外国からは恐れられているのだから」
驚きが隠せずにいるファウストを他所に鼻で笑うアルバート。
アルバートはここ数日、鬼神であるロウの動きを実際に目にして扱きを受けた。
ロウの剣の実力はそれこそ、歴戦の猛者であるグランベルの父である剣聖スカイベルとほぼ互角の実力なのだ。
更に加えて、魔力やスキルを操ることによりスカイベルを上回る。
当然ファウストの実力はそこにまで至っておらず、ほとんどゆっくりと見えていた。
そしてアルバートは魔力量の向上も図り、成功している。
「皇子たらしめる俺に刃を向けたらどうなるか。その身に刻め!」
初めてアルバートが腰に帯刀する剣に手をかける。
ファウストは咄嗟に剣を縦に構えて受け止めようとする。
しかしそれだけでは足りない。
アルバートの構えは居合術だ。
居合術、またの名前を抜刀術。
剣を鞘に収めた状態で、鞘から抜き放ち目にも止まらない一撃を加える。
「くっ!重いがこの程度------」
「甘いわ!」
居合術の真骨頂はここからにある。
鞘から抜き放つ一撃は確かに威力があり、速度もさながら避けにくい。
けれど確実に一撃で決められるかと聞かれれば、答えは否だ。
どんな斬撃も一閃であり、その一閃の範囲に入っていなければ当たらない。
言うに漏らさず、ファウストも居合の一撃を逸らした。
そこで来るのが二の太刀だ。
剣で受け止められた場合のニの太刀は、刀を後ろへと受け流し、後ろから振り切って斬り捨てる技だ。
案の定ファウストは剣を後ろに受け流され、ニ撃目を左脇腹から右肩まで斬りつけられ、鮮血が舞う。
そこからドクドクと血が溢れ出る。
「あっがっ!馬鹿な!?たかが皇子にこの私が!?」
「ふんっ!」
3回目以降は、通常抜刀時と対して変わらない剣術となる。
一度剣を鞘に納め、次の攻撃を伺うのが抜刀術の基本だ。
それでもなお剣を振るい続けるのは、アルバートはまだまだ未熟で実戦経験もない故に、相手が何か奥の手がある場合不利となるため、長期戦に持っていけないからだ。
アルバートの判断は正しい。
とても数日前まで、利己的な判断ができなかった皇子とは思えないほどの動きだ。
現にファウストはまだ奥の手が残っている。
しかしそれを使うということは、通常の戦闘力では皇子に劣ると認めてしまうことに他ならない。
「この状況でしのごの言えるはずもない、か」
出血が酷いのは事実であり、そして剣術もアルバートのがファウストより上だ。
このまま闘いが続けば負けるのはファウスト。
だからこそ、彼はとっておきを使わざる得ない。
「ふんっ!」
アルバートが剣を振り落としたときにファウストの右腕は切れるはずだった。
しかしファウストの右腕は、宙に舞うことなく消え去ってしまう。
それも持っていた剣ごと消え去った。
「腕が、消えた?」
「言い得て妙・・はぁっ!」
「ぐあっ!」
アルバートは後ろから斬りつけられる。
まるで援軍でも表れたかのように。
しかし鮮血はしない。
アルバートは、シングルによって防具を授けられているからだ。
「手応えが硬い。そこは皇子と言うことか」
斬りつけたと言うのに全くと言っていいほど斬った感触がなかったファウストは驚きを隠せない。
何らかの方法で後ろから斬りつけられたと口振りから察することができたアルバート。
実際ファウストの右腕と手に持つ剣は元に戻っており、どういう技を使用したのかまだは不明だったが後ろから斬りつけられたと言う事実だけはわかった。
「痛いではないか!だが貴様が皇子に手を出した意味がわかっているのだろうな!」
それは今更の話だったが、アルバートは自身が皇族であることを誇りに思っており、度々こう言ったことを言うのが好きだった。
言わずにはいられないのだ。
「わからないな。どうなるのだ?」
「不敬罪で投獄だ!そして一生俺の奴隷として働かせてやる」
「ほぅ、それは怖い」
しかしファウストは自信の能力の種が割れていないからと、強きの姿勢でアルバートと応対する。
その自信は彼の実験によって得た能力が魔法とは異なる物だからだ。
普通に闘っている分には割れることはない。
「貴様の剣術が強い事は認めざる得ないが、闘いにおいてはそれ以外も考慮にいれなければならない。故に、貴様では私には勝つことができないのだ!」
「最初から勝利発言とは、皇子である俺より目立つなんとけしからん行為!だが喜べ、俺は寛大だ!お前のその無礼極まりない行為も、その身ひとつで許してやる!」
いつの間にか納刀している剣をアルバートが手にかける。
ファウストはいち早く彼の剣技の特性を見抜いている。
威力があるのは初手の切り込みと、二刀目。
それ以外は常人の戦闘能力のそれと大差は無かった。
数日ですべてが鍛えられるほど世の中は甘くなく、本来であればアルバートはファウスト相手に一人で対峙して勝ちをもぎ取れるほど実勢経験も豊富ではない。
能力がわかっていない状態のままではアルバートに勝ち目はなかった。
「その技はもう見切った」
「なら試して見ると良い!」
居合術には致命的弱点がある。
それは超近接技であると言うこと。
「この間合いにさえ入らなければ何も問題は無い」
「そう思ってるなら好都合!覇者一閃」
アルバートの魔力が籠もった斬撃が前方に放たれる。
簡単に言えばロウの使う怒撥天-凪幽咫-の劣化版だ。
居合いで斬撃の残滓を生み出し、魔力で強化することによって時にどんな魔法をも凌ぐ高出力の遠距離攻撃となる。
覇者一閃でも、リアスが放つライジングトルネードを切り裂けると言うのだから、その威力がどれほどかはわかるだろう。
「斬撃を飛ばすか!ますます血が羨ましい」
どうあがいても剣士としては大成しなかったファウストは、皇子であるアルバートを妬む。
しかし負けてやる気もないので、再び今度は斬撃に合わせて身体分裂した。
ファウストの能力は部分テレポート。
その部分テレポートをもって、上下に少しだけ斬撃に合わせて身体を分裂させ難を凌ぐ。
そして再び右腕をアルバートの後ろへとテレポートさせ、剣を振りかざす。
今度は防具が確実にない首筋を狙った一撃。
「獲った!」
そう思ってファウストは、一瞬だけ。
その一瞬だけ気が緩んでしまう。
本来の彼なら気づけたのだ。
この場にアルバート、第一皇子がたった一人でいれる理由に。
シュッという空気を切る音と共に、剣を握っていた手に痛みが来る。
「ぐっがあ!」
ファウストがそれでも剣を落とさなかったのは矜恃か意地か。
手には何かが突き刺さり、痛みが途切れることはない。
しかしファウストに更なる痛みが襲い来る。
電流か何かが、身体中を駆け巡り肉体を硬直させる。
当然、部分テレポートも使用出来ない。
そしてニの太刀を残すアルバートは、剣を振り下ろそうとしていた。
「ま、待て!」
ファウストが実験体でテレポーテーションという稀少且つ有用性のある能力を得たにも関わらず、部分での転移能力しか出来なかったのには理由がある。
それは自分の死というものに恐怖を感じ、転移自体をすることができなかったのだった。
そしてこの状況でアルバートの剣に恐怖し、部分転位すらも上手く作用出来なくなってしまった。
そんな彼がアルバートのニの太刀を避けれるはずもなく------
「ぐあっ!くっ!」
「っ!?」
また避けられると思って、次の攻勢に出ようとしていたアルバートは幸か不幸か力が少しだけ抑え気味になってしまう。
故に、鈍い音がなりながら左肩に剣が突き刺さった。
そして剣が刺さったままだと、抜けなくなってしまう恐れがあるのですぐさまアルバートはファウストの身体から剣を引き抜いた。
当然、せき止められていた血液はドバドバとあふれだし、一瞬でファウストの足下が血で水浸しになる。
「痛ぇ、くそ!痛ぇ!!」
「命を取るつもりで狙ってはいたが、まさか避けないとは思わなかった」
「殺してやる!くそがっ!なんなんだよこれ!矢!?」
「チッ、避けないことを」
アルバートは自信が守られたことがわかる。
弓矢はクピドであるウルが得意としていることをアルバートも知っている。
攻撃が来る瞬間に、矢を放ちアルバートを助けたと言うことも。
アルバートはここまでされて、先ほどの攻撃の正体がわかる。
「なるほど。肉体の一部を転移させる魔法か?」
「・・・っ!」
忌々しいと言わんばかりの目をアルバートに向けるファウスト。
彼にそんな目を向けるのは、命のやりとりをしていたというのに、アルバートですら呆れてしまう。
それと同時に彼もまた自己嫌悪に浸っている。
自信の行動が間違っていると、アルバートはこれっぽっちも思ったことは無いし、今でも後悔はしていない。
しかし、自分の行動に実力が伴っていなかったこともまた事実。
ファウストは自分と比べて信念はないが力自体はかなりの物を持っていて、ウルが居なければ敗北していたという事実に頭を抱えたくなるほど、腸が煮えくりかえるほどの自己嫌悪となっている。
「いかんいかん。また鬼神のクソに何を言われるかわかったものではない」
「鬼神・・・だと?」
「Sランクの魔物だ。おっとこれ以上は言えん。帝国の機密事項だ」
「機密事項・・・」
「別に知る必要はないだろう。皇族の俺に手を出した以上、貴様は死刑確定なのだから」
最初からアルバートはファウストを殺すつもりでいた。
リアスやミライ、イルミナの様にあからさまに煽るも自信に害の無い奴をアルバートは積極的に不敬罪で咎めようとはしていない。
しかしファウストはどう考えても命を奪いに来た。
誇り高い皇族の自信を狙ったと言うことは、その誇りを穢したことを意味している。
死刑という言葉で、鬼神というSランクで災害とも言われる魔物の名前を出されたことで動揺していた気持ちを引き締める。
「殺されるのは貴様だ第一皇子アルバート!」
「それだけ深い傷を負っておきながら、それだけの叫び声を上げるとは大した物だ。どうだ?俺の臣下になるなら見逃してもいいぞ?」
「誰がなるか!」
「残念だ。最も俺が貴様を生かしたところで、リアス・フォン・アルゴノートが貴様を生かしておくとも思えない。やはりここで死ね」
その瞬間、ニヤリと笑うファウストはその場から姿を消した。
部分転移ではなく、自身を転移させることに成功した。
そう思われた------
迷うことなくアルバートが剣を振るうと同時に、ファウストが姿を現す。
そして振りかざされた剣で、胴体をもろに斬り割く。
「馬鹿な・・・」
「さすがに鬼神の目は誤魔化せなかったか」
「これは貸しでござるよ!」
そこには青髪の姿をした鬼神のロウが笑いながら刀を背負っていた。
その姿を見たファウストは直感でわかった。
自分達は手を出してはいけない物に手を出したのだと。
「感謝はしない。俺は皇族だからな!」
「あっそぉ。じゃあ今日のメニューは倍でござるなぁ?」
「は?え?ふ、ふざけるなぁ!」
「癇癪起こすと寿命が縮むでござるよー」
「がっはぁ・・・」
談笑し合ってるところを他所に、一人ふらふらと立ち上がるファウスト。
痛みでうまくテレポートもできなくなっている。
それでもまだ逃げようと必死に歩き出していた。
「その執念をもっと別のところに活かせば、アルバートくらいは倒せたと思うでござるけどなぁ」
「戯けたことを!俺は皇族だぞ!」
「主人様に・・・報告を」
最早虚として、いっそ哀れに思えてくる二人。
アルバートにロウは目くばせで殺してやれと伝えた。
「皇族に殺されることを敬意に思え!」
そう言ってアルバートは背中からファウストを刺した。
心臓の位置だ。
しばらく痙攣した後に、ファウストは絶命した。
ファウストから剣引き抜き、血を振り払って納刀するアルバート。
「この死体はサンプルになるでござるな。精霊の気配を感じるでござる」
「その行為は外道ではないか?」
「バカ言うなでござる。もし今の敵が、実力が備わっていたら拙者でも苦戦していたでござる」
「そ、それほどなのか?」
「これだからクソ皇子は・・・今日のメニューはもう少し厳しくいくでござる」
アルバートは青ざめて肩を震わす。
勝利したと言うのにまるで達成感がない彼は、ファウストの遺体を抱えてアルゴノート邸へと向かっていった。
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