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五章

虚偽の大義

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 リンガーウッド邸では現在慌ただしい状況に陥っていた。
 領主の召集で徴兵された平民達の付け焼き刃ではあるが、騎士にするための指導。
 並びにその他領民達の不満への対応。
 猫の手も借りたいほどの忙しさであり、リンガーウッド邸の使用人達は呆れながらもここをクビになったら行き着く場所がない人間ばかりなので黙って従っていた。

「ラフィング、領民達の指導の進捗は?」

「は!ある程度闘える様にはなっております」

「そうか。もうそろそろアルゴノート領の不正の数々を裁くためにも、彼らの力は必要不可欠だ。ギリギリまで励むように」

「はい・・・かしこまりました」

 ラフィングと呼ばれた男性は、マルデリンが領主となってからずっと彼の付き人となっている執事だ。
 彼は元々公爵家の執事だったが、当時の主人の公爵夫人と身体の関係になってしまったことを脅され、マルデリンの命令に絶対服従をしている。
 彼にも妻と息子がおり、もしマルデリンがそれをバラす事になれば家庭は崩壊してしまうからだ。
 平民は基本的に共働きであり夫婦であり続ける理由は、愛し合っているというただ一点のみ。
 そして貴族と違って平民は浮気を絶対に許さない。
 公爵夫人が愛人としてラフィングを囲うことは良くても、逆は許されないのだ。
 愛人となった平民は働くことも許されず、一生貴族の愛人として夜のみの仕事を興じる。
 それがこのライザー帝国の常識だ。
 愛人の末路は、再起することの出来ない年齢になるまで性奴隷のように扱われ追い出されてしまう。
 幸いにも、ラフィングは浮気相手の旦那である公爵閣下が浮気を許さない堅物であったことだ。
 そうでなければすぐに公爵夫人に囲われてしまっていただろう。
 
「なにか文句あるのかね?」

「い、いえ!とんでもございません」

 そういうとそそくさと部屋を退室ラフィング。
 いつバラされてもおかしくはないので、ラフィングは従う。
 しかし彼は教養がないので気づいていない。
 それほど堅物の公爵の耳に、その醜聞が入れば主であるマルデリン共々簡単に殺されてしまうという事実に。
 だからマルデリンは彼のことを平民同様、いや平民よりも最も消したいと思っている。
 そしてラフィングは利用するだけして殺されようとしていることに気づいていない。
 しかしそれはマルデリンも同様だった。
 
「アルテリシア。計画は順調か?」

 計画とはアルゴノート領に侵攻し、邪魔な領主代行のグレコ・フォン・アルゴノート並びに、その領地の平民を始末すると言うもの。
 そのための戦力として、マルデリンは領地中の男を徴兵し、軍隊に近いものを作った。
 指導を施したとは言っても、リンガーウッドとアルゴノートでの食料の差は激しく、資本がそもそも成り立っていない。
 なので全くの付け焼き刃になるがそれはどうでもよかった。
 アルゴノート領の人間はお人好しばかりなので、こちらを殺そうとする者は多くなく、こちらは殺さなければ今より酷い仕打ちが待っていると、領民達を脅しているからだ。

「えぇもちろんです。彼も含めて邪魔者を始末しつつ、アルゴノート領を手に入れる算段はついております。一つ障害となる自体があるのですが、現在アルゴノート領には、第一皇子アルバートと第三皇子ジノアが滞在しております」

「ふんっ、問題を起こしたバカ皇子共か。問題あるまい。奴らは仮にも皇子だ。側近騎士達が我先にと逃がすことだろう。大義はこちらにあるのだからな!」

 マルデリンがアルゴノート領に攻め込む理由として、セバスからもらった薬品の実験に使った村を焼いたのをアルゴノートの領の領民が行ったというでっち上げの事実だった。
 しかしこれは証明することも否定することも難しい。
 証拠など何一つ残らず焼けているのだから。
 そしてマルデリン側にはアルテリシアという生き証人がいる。
 
「そうでございますね。では明日、早速宣戦布告を致しましょう。現在はあまり行われてはいませんが、過去に領地どうして宣戦布告は起こっております。問題ないでしょう」

 過去に宣戦布告をし、貴族領同士での小さな戦争が起こった。
 それはかなり前の話で、今じゃもう語られてはいない。
 それをマルデリンは見つけ出した。
 
「筋書きはこうだ。一週間後には、我が領民に対して悪逆の限りを尽くした、アルゴノート領もアルゴノート男爵も存在しない。そしてリンガーウッド領の犠牲は領民半分と、優秀な近衛騎士二人の戦死者。決して被害の少なくない戦果だが、そこから残った良識のある元アルゴノート領の民と共にリンガーウッドは立ち上がる」

「えぇもちろんです」

 アルテリシアは、マルデリンに同意するように笑い部屋を後にし、廊下をそそくさと歩いて行く。
 彼にとってもその事実は変わらなず覆らない。
 マルデリンの言うとおりになるように、リンガーウッドが立ち上がるために最善を尽くす。
 例えそこにマルデリンという領主がいなかったとしても、彼に取ってなんの不都合もない。

「全く、貴方は私がここにいるとわかってあのゴミに薬を渡したのでしょう。やはり主は食えない方だ」

 夜空を見上げて、かつて忠誠を誓った主に向けて手を仰いで呟く。
 その時のアルテリシアの目は酷く濁っていた。
 しかしそのことには誰も気づかない。
 そしていつものように夜は更けていく。



 あっという間に夏季休業、所謂夏休みというものが半分終わった。
 前世で学生の時、夏休みは気がつけば終わっていると言うのを聞いたことがある。
 俺としても妹との時間が楽しかったから、夏休みはあっという間に終わってしまっていた。

「けどまだ半分しか終わってないのか!俺達はこの暑い中、今までの地獄をもう半分味合わないといけないのか!!」

「あー、うっせぇな!地獄地獄と言いつつ、修行が始まれば某と楽しそうに闘いに興じているじゃねぇか!」

「あぁ、組み手は大好きだからな!身体を動かすのは楽しい!だけど、お前の基礎はエグいんだよ!全力疾走の距離を徐々に増やしやがるから慣れやしねぇ!」

「基礎はどれだけ積み上げても足りないぞ?某だってむだまだ足りねぇしな」

「はい、集中乱さないっすよ。話しながらやって制度が落ちるんじゃ、意味ないっす。少し歯を食いしばるといいっす」

 ツリムの全力で頬を殴られる。
 全く俺にダメージを与えられてはいない。
 身体強化を部分的に頬にだけ収束したのだ。
 いくらツリムが近接が苦手とは言ってもSランクのチーリンの打撃なんて、まともな身体強化で防ぐのは難しい。

「うん!いいっすね!俺の拳を受けとめられるのは、リアスとリリィだけっすよ。他は成長が著しいっすね。特にイルミナとグランベルは基礎がしっかり出来ている分期待してたっすけど、魔法関係はやはり魔力量の問題が想像以上に大きな課題みたいっすね」

 イルミナについては俺達は把握してたけど、驚いたことにグランベルもイルミナほどじゃないにしても中級魔法以上を扱えるほど魔力が多くないらしい。

「わたしは半ば諦めておりますゆえ、身体能力を高める次第です」
 
「情けねぇけどな」

 そうは言っても、二人とも成長の一縷の望みを懸けて修練は怠らない。
 まぁ魔法を握りつぶす熊男や、ぶった斬るローブ男なんかがいるくらいだ。
 魔法が使えるに越したことはないけど、不便にはならないだろう。
 それこそ強くなって得られる物なんか、戦争で生き残りやすくなるその一点のみ。
 確かに安全面の確保に必要だから、修練は怠らないんだけどな。

「それに比べてグレイとグレシアはすごいっすよ!魔力総量がミライより少し少ないくらいっすからね!」

「へへーん!どーよリアス?」

「・・・そっか」

 あまりにも素っ気ない態度に、グレイは思わず口を塞いでしまう。
 何か間違ったこと言ったかオレ?みたいな顔すんなよ。

「そういうところがリアスにいつも呆れられるのよ。リアスはこの場にいる誰よりも魔力総量が高いんだから」

「グレシアがまさに俺の考えを代弁してくれた!そういうとこだぞ?」

「そうっすね!魔法自体は中級魔法レベルまでしかまだ行使できないっすからね!」

 ちょうどいいから魔法の仕組みについて話そう。
 実は魔法を行使するには、感覚の話になってくるがどんな魔法を生み出したいかをイメージした基盤のようなところに、魔力を注入必要がある。
 例えばライトニングスピアで話をしようか。
 俺やミラはよく多様するが、それは上級魔法でライトニングスピアが一番魔力調節をし易いからだ。
 バスケットボールで例えたらわかりやすい。
 リングが魔法の基盤で、ボールが調節した魔力の塊と思ってもらっていい。
 魔法を行使するにはボールをリングに入れなければならない。
 そこで下級中級上級でリングの大きさが異なり、上級になるほどリングは大きくなる。
 これだけ聞くと下級魔法のが上級魔法より難しく感じるだろう。
 だけど、上級魔法のが難しい。
 下級中級上級での難易度は、より正確な魔力量に達する必要値が変わってくる。
 簡単に言うと、下級魔法はリングに入れるときにリング以外に当てても言い代わりに、上級魔法はリングのどこにも当てずにリングにボールをいれないといけない。
 因みに外したり条件が間違っていたりすると、魔法は行使されなかったりする。
 
「まだまだ上級魔法を生み出せるほどの魔力調整ができないんだよ。リアスが魔力を調節した複合魔法を使えるのがどんだけすごいかよくわかったぜ。大きく注入させるならともかく小さく調節させるのは難しいな」

「ドヤ!」

「いや、その顔はムカつくからなんかやめろ」

 俺達が魔法に対して魔力量を調節するのは、実はかなり厳しい技術だったりする。
 バスケに例えて申し訳ないが、魔法を使うための規定値のボールは実は簡単に作れる。
 しかし魔力量を多くしたり少なくしたりするには、それだけじゃ上手くいかない。
 規定値というのは最善になるように作られているんだ。
 それをわざわざ変えると言うことは、ボールの重さが変わるようなもんだ。
 
「まぁ取りあえず、ライトニングスピアからやってみたらどうっすかね。ライトニングスピアは、上級魔法の中では比較的に簡単な方だから」

 ここで例えであるライトニングスピアが何故一番調節しやすいかというと、ボールの形がまん丸で済むからだ。
 他の上級魔法は星の形だったり、ハートの形をしたボールを生み出す。そしてそれをリングにいれなければいけない。
 それがどれだけ難しいことは、言わなくてもわかるだろう。
 
「うーん、ライトニングスピアか」

「リアスとミライはよく使うわよね?コツとかないのかしら?」

「うーん。こればっかりは魔力制御の練習をしてくしかないんじゃねーの?」

 俺も必死になって練習して会得した魔力制御。
 むしろ短期間で覚えたリリィが異常なんだ。
 でもこうして見ると、精獣と契約した人間はかなり魔法のスペックが高いよな。
 
『あとはリアスのように、魔法のみで細かい作業をすることですね。今じゃ精霊の私よりも制御に関しては凄まじいのですよ』

「あぁ、俺は彫刻をライトニングスピア、下級魔法ならエレキニードルでやったな」

 ライトニングスピアのまさに劣化の下級魔法エレキニードルなら、グレイ達の魔力量的にも適量だ。
 中級魔法を使える魔力制御ができるようになれば中級魔法のエレクトロホーンあたりでいいだろう。

「エレクトロホーンが使える様になれば、ライトニングスピアを習得するまでは簡単っすよ。魔力消費量がほとんど同じっすから」

「魔力消費量が上級と中級の魔法で同じなのか?それじゃあ誰もエレクトロホーンを使わないんじゃ?」

「貴方魔法について何を学んできたのよ!上級魔法は誰でも到達できるわけじゃないのよ?リアス、ミライ、リリィの三人が異常なのよ!ミライは半精霊だからまだわかるけど、貴方達転生者はなんなのよ!」

「えへへ~」

「ドヤ!」

 リリィは照れながらニヤケで頭を掻き、俺は胸を張ってドヤ顔を決める。
 確かにまともに魔法が使えるのってこれまでの闘いからわかる通りそんなに多くはいないんだよな。
 そもそも魔法行使は精霊が行うのが常識の世界で、セバスの様に魔法を使いこなしてるのがいるのがおかしいんだ。
 まぁあいつも転生者だろうから、実質は変わらないんだろうけど。
 でも身体強化や収納魔法なんかは魔法の中でも初歩で、誰でも簡単に使えるし魔法全てがそう言った物じゃないことは言っておこう。

「なんか話してるところ悪いけど------」

「リッアッスくーん!」

 ミラが俺の首に抱きついてきた。
 上から最初に何か発しようとしてたウルが可哀想だ。
 呆れ顔で羽ばたきながら降りてきてる。

「そんなにリアスと一緒にいたいなら、アタシについてこなくてもよかったのに」

「えー、つれないなぁ。あんなに仲良くお話しした友達のに」

「ん、あ、えーっと・・・早々、リアスとみんなに伝えないといけないことがあったのよ」

 ウルが照れてる。
 言われ慣れてないのか?
 しかしまぁそんなことより警備をしてくれてるミラとウルが戻ってきたってことは、あまりいい知らせじゃないんだろうなぁ。

「ちょうどさっき、リンガーウッド領から中隊規模の武装集団が、アルゴノート領に向けて進軍を始めたよ」

「やっぱリンガーウッドの領主が、ペリュカの村を焼いて、村人達を薬の実験にした犯人か」

 ペリュカとは魔物達が保護した子供の名前だ。
 魔物達が保護していたとは言え、恐怖で何度も気絶して流石に可哀想だと思ってマーサさん達のいる孤児院へと預けてきた。
 少し話をしたけど、やっぱり親を亡くして元気になれる子供は早々いなく、まだ消沈してるらしい。

「それでその犯人さんらしき輩の部下か子分かわからんが、そいつらが進軍してくる理由はなんだろうな」

「むっさん、わかってて言ってるのは意地が悪いぜ」

「こう言うのは大好きだ。お前とツリムが共にしてる間は、書庫で本を読み進めていたからな!」

 うちの書庫は男爵領とは思えないほど本の揃えが良い。
 単純に俺が取り寄せたんだけどな。
 知識ほど大きな財産はない。
 情報収集の差で、どんな争いでも有利に働く。
 それは商売競争から命のやり取りの戦争に至るまで共通する。
 
「あんた、戦争物ばっか読んでたろ?」

「はっはっ、よくわかったな!」

「この世界の話は大体、小悪党が裏からでっち上げの証拠を突きつけて、被害に遭う奴らがいるところから始まるからな」

「でもそうじゃないんだろう?」

 俺はニヤリと笑う。
 その通りだ。
 休憩時間に俺は犯人達の行動を予測していた。
 それこそ、この領地に偵察に来る間者も居たが放置した。
 皇子二人がいる領地には流石に手を出して来ないと思ったからな。
 皇子二人がいるので手を出してこなければ、しばらくは薬品も使わないだろうと踏んでたが、普通に手を出してきたな。
 だったらだったで構わない。

「本当に今まで後手後手に回ってたからな。しかも相手は子爵。実に面白い状況だ」

『情報収集を怠った彼らの落ち度です』

「違いない。仮にわかってやってたとしても、皇子二人くらいどうにかなると思ってるバカ共だろう」

 アルバートの策略ではないが、あのアルバートですら言い逃れができない状況を作り出すまで事に乗じなかった。
 それに比べたら、これが情報不足じゃなくてなんと言えようか!

「ふふっ、三下相手に全力だねリアスくん」

「俺は弱い者イジメが大好きだからな!お前ら一旦修行は中止だ!各自、持ち場に入れ!」

 全員が頷いて、自分達の仕事をこなそうとする。
 さて、俺は領民達に避難喚起だ。
 万が一戦争に発展したら困るからな。

『あの薬品ですが、かすかに精霊の気配がしました』

「わかってる。そう言った面でも、領民達を実験にした面でも、到底奴等は許せない」

『えぇ、精霊契約の儀もそうですが、人間は本当に愚かだ』

「おそらく敵の尻尾くらいは掴めるだろ。薬品の危険さ程度は頭のわかる領主でよかったぜ」

 おそらく自身の護身用に薬は手元にあるだろう。
 そいつを解析するのが、この進行に対して交戦的な理由の一番の目的。
 そしてあわよくばセバスや、セバス以外の敵の確保だ。
 
「悪いが戦力は過剰だからなすぐに終わらせる」

『油断しない事です。貴方の前世にあったのでしょう?窮鼠猫を噛むという言葉が』

 もちろん油断はしない。
 こないだ痛い目に遭ったからな!
 俺はその後、領民達に避難勧告を行い、アジャイルさんに頼んで作ってもらった地下シェルターに避難してもらい、リンガーウッド領の国境へと足を運んだ。
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